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2019年3月

隔週で富士登山。馬返から佐藤小屋テント泊経由の吉田ルート。(後篇)

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大量の輸入牛肉に予め焼肉のタレを漬け込んでおいたジップロックのハードケースを取り出す。山用フライパンに野菜と肉を漸次投入すると、香ばしい匂いと煙がテント場に瀰漫する。私は缶麦酒を、叡君は缶チューハイのプルトップ蓋を開けて乾杯した。富士山吉田口一合目、馬返から此処佐藤小屋迄の道程は順調で、およそ三時間弱で踏破したことになる。二週間前の下見登山より三十分くらい余計に掛かったが、途中の軽食休憩を含んでのことなので、標準コースタイムよりも充分に速いペースである。

2018/8/29-30
馬返(11:00)---二合目(11:55)---三合目(12:50)---御座石(13:15)---佐藤小屋(13:50)(23:00)---七合目・日の出館(0:45)---八合目・太子館(2:00)---元祖室(3:20)---御来光館(4:20)---九合目(4:55)---富士山頂浅間神社奥宮(5:40)---下山口(6:30)---六合目(8:25)---佐藤小屋(8:50)(10:00)---富士スバルライン五合目(10:25)

Umagaeshi

先々週と全く同じ行程で富士山駅に到着し、順調に馬返の登山口から歩き出した。大文司屋のお休み処では、親子ふたり組故か、一層の歓待を受ける。叡君は黙々と歩き、私は徐々に引き離されていった。二合目の小室浅間神社跡で休憩し、叡君の様子を窺うが、疲労感は無いようである。

幕営用の荷物などはクレッタルムーセンHuginに入れて私が背負い、叡君は自分用の着替えや食糧などを、クレッタルムーセンGungnerに詰めて背負っている。水とテント装備で、私のHuginの方が断然重いようにしてあるのだが、彼の足取りと表情を見て、ザックを取り替えて貰うことにした。大きく膨らんだHuginを背負った叡君は、うお、と声を出し、其れでも笑いながら、同じようなペースで、どんどん先行していった。

逞しくなった長男君に感懐を深めつつ、私はひとりでしみじみと歩いていた。と、感心したのも束の間、細尾野林道に交差する手前の、やや急勾配になっている木段の途中で、汗だくになった叡君が座り込んで、スポーツドリンクをごくごくと飲んでいた。我武者羅な若者らしさが微笑ましい。そう思いながら、ひと声掛けて叡君を追い越して林道を跨ぎ、私は淡々と歩き続けた。三合目の三社宮跡に達する迄、叡君に追い着かれることは無かった。

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ハイカーの多い三合目を敬遠して、四合目の大黒茶屋跡迄歩くことにした。漸く達すると、叡君はクレッタルムーセンHuginを下ろし、へとへとになって座り込んだ。そして、ザックをまた取り替えるかと訊くと、素直に応じた。テント装備の巨大ザックを背負って登り続ける、と云うことを体感して、素直に白旗を掲げた模様であった。私は、我が意を得たり、の気分である。

長男の叡君は、小学生の頃、家族登山に参加した折には、登り始めた途端に愚痴を云い出すような子供で、根気の無さが突出していた。その後は紆余曲折もあり、高校生の時から親元を離れて生活し、今は九州に在る某大学に在籍している。当然のことながら、私とふたりで山に登る機会は一度も無く、今回富士登山に誘って快諾はしたものの、決して能動的な素振りでは無い様子だった。高校のヨット部で三年間鍛えられただけあって、体力の心配は無さそうだが、気力が持続して呉れるか、其の点にだけ、一抹の不安を感じた出発前であった。だが、其れも杞憂に終わったようである。

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佐藤小屋のテント場に、今夜の寝床を設えて、我々は午後三時の酒宴を開始していた。叡君と諸事を語り合いながら酒を酌み交わすのは、何物にも変え難い時間だったが、今回も夜の十時に起床しなければならない。午後五時を過ぎた処で、テントに潜り込んだ。其れからきちんと眠れたかどうかは、余り覚えていない。とにかく、其の夜の十一時丁度に、私と叡君は佐藤小屋を出発し、夜間の富士登山を開始した。

馬返からの登山道ではTシャツと短パン姿だったが、深夜の富士山五合目は充分に寒く、就寝時の重ね着アンダーウェアの上から登山ズボンを穿いて、叡君は歩き始めた。経ヶ岳を経て、暗黒の樹林帯の急登を黙々と歩いているうちに、身体が温まってくる。六合目の安全指導センターが視界に入った辺りで、股引を脱ぐよう、衣類調整の指示をした。

風は無く、月が煌々と光っている。とりあえずは好天に恵まれたようであった。七合目の花小屋迄、整地されたジグザグの道を、淡々と登り続ける。ふたりのペースは申し分が無かった。しかし、暗闇の中、八合目迄の岩場を歩くのはさすがに難渋していたようである。太子館に着いた途端、叡君はベンチに座ると、弱音は吐かないが、ちょっと休む、そう云って仰向けになった。

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八合目、そして標高3100mを標榜する太子館の看板を見て、全行程の八割方を登ってきたと合点するのは止むを得ないことである。疲弊して仰臥している叡君に、糠喜びを先延ばしさせないように、私は、此処からが長い行程であり、次は九合目では無く、本八合目であることを告げる。若者は気落ちする様子も無く、解った、と呟くように云った。

岩場は無くなるが、砂礫の斜面を延々と登り続ける。八合目から本八合目の区間は、忍耐の時間帯である。白雲荘、元祖室では気温が急降下してくるのを肌で感じる。前回のように風雨に襲われるということが無かったのは幸いであったが、我々は防寒の為のレインウェアの上着を重ねた。そして、八号五勺の御来光館に達した頃、地平線に赤味が増してきた。下見登山の時に比べて、僅か十分の延着である。叡君の脚力は未だ衰えていない。少しの休憩で出発する。黎明の空に、富士山の頂上が直ぐ其処に在るように見える。

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鉛色の雲海が徐々に明度を上げて、標高凡そ3500mから、全ての景色を眼下に視界が開けてくる。雲の絨毯から突き出た山塊は、距離を推し量る下界の様子が判らないので、どれが何の山だか判らない。唯一確認できるのが山中湖で、ちょうど雲が渦巻く中に、ぽっかりと其の形を表出させている。其れを起点に考えると、突出している山塊は御正体山なのかなと思うが、正確には判らない。四方の山を見下ろして、と云う唱歌のフレーズが浮かぶ。全ては下方を窺うような視点の、富士山の上部に居るのだと云う認識が、判然としてくる。

硬貨が無尽に差し込まれた九合目の鳥居に達した。朝陽が今にも顔を出しそうな気配である。鳥居の下に座り込んだ叡君は茫然と足を投げ出した。佐藤小屋から六時間を歩き続けているので無理も無い。頂上を間近に控えて、後方から登山者たちが続々と登って来る。

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此処で御来光を待ってもよいが、光量の増す地平線から、太陽の姿はなかなか現われない。少々の休憩で鳥居から歩き出す。白いロープで区切られた登山道が、ジグザグに斜面を辿っている。其の途上で、雲海の更に上を漂っている雲が真っ赤に染まる。振り返ると、滲んだように濃厚な朱色の日輪が彼方から出現した。御来光を拝むと云う感興よりも、寒さを溶かして呉れる暖かさに対する、安堵の念が湧きあがってくる。太陽の光の有難さを、今更のように感じている。

昇りきった朝陽が色の温度を上げて、我々が久須志神社の山頂に辿り着いた時は、すっかり好天の青空になっていた。罫君の時もそうだったが、登頂を果たした叡君の表情も冴えない。やっと終わったかと云う顔である。ふたりで登りきったと云う達成感で情緒的になっているのは、私だけのようであった。人混みに溢れる御来光直後の山頂を辞して、我々は山小屋と売店が軒を連ねる雑踏の道を、下山口迄歩いていく。

須走口下山道の石柱に到達すると、大内院の火口底と、剣ヶ峰を始めとする御鉢の淵を一望できる。晴天となり眺望が開けて、申し分の無い登頂であったが、さすがは富士山頂、と云った感じで、強風が吹き荒んでいる。

富士の御鉢を眺めながら、カップ麺でも食べようと思っていたが、猛烈な風で其れどころではない。山口屋の裏手に入り、風は除けられるが余り居心地のよくない場所で、仕方が無いので湯を沸かして、ふたりで食した。後から思うと、下山道の途中で、のんびりと食べればよかったと思うが後の祭りである。

風除けのために、ひとりのハイカーが我々の居る処に入ってきた。若い外国人の女性は、我々の顔を見て、笑顔で話し掛けてくる。英語はなんとなく解せるが喋ることのできない私とは対照的に、叡君が澱みなく彼女と会話しているので、ラーメンを食べながらぼんやりと彼らの会話に耳を傾ける。早口で何だか判らない。東欧の国からのツーリストであること、昨日は山頂の小屋で宿泊したこと。日本の数多の山に登ってみたいと考えていること、富士山の人の多さに驚いていること。何を云っているんだと私が訊ねると、叡君は最小限度の言葉で教えて呉れる。私は曖昧な感じで首肯するばかりであった。

食事も終えて、御鉢巡りをする元気など微塵も無いので、早速下山に掛かろうとする叡君を呼び止める。私は未練がましく周囲を眺めて当惑する。記念写真を撮ろうと思うが、石柱に記してあるのは「須走口下山口」の案内だけで、富士山頂の言葉が無い。仕方が無いので、其れで我慢する。

富士山安全誘導員と思しき女性に頼んで、シャッターを押して貰う。撮って貰った画像を確認すると、愛想の無い筈の叡君が、きちんと笑顔で写っている。自分の家族だが、何を考えているのか、相変わらず判らない。そういうものなのだろうと思案を打ち切り、下山口に歩を進める。晴天はいよいよ本格化して、あれだけ纏わりついていた雲は消え去り、富士山吉田口、須走口下山道は快晴となり、叡君の足取りも、軽快になっていった。

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追記

ブルドーザー道を駈足で下山。叡君は疲労が極まったか、余り駆けることができない。単調なジグザグ道も此れで三回目なので、精神的には何の支障も無い。誤って須走ルートに迷い込んでしまう人が頻出していると云う江戸屋の八合目分岐は、明確な道標が在り、屋外スピーカーが連続的に注意喚起していて、人だかりがしている場所である。此れで間違うことがあるのかと思うが、そういうものなのかもしれない。

佐藤小屋に帰還し、撤収に一時間を掛けて、改めて馬返に下山しようとしたのが午前十時。叡君に指摘されてバス時刻を確認すると、次の発車は11:05でちょうど一時間後である。下見登山の時は急いで降りて一時間強掛かったことを考えると、先ず間に合わない。その次の発車は、二時間後となっている。のんびり下って、と云う考えは全く起きず、富士スバルライン五合目に向かうことにした。

歩調は其れ程でもなかったが、バス停に着くと予定したバスの、一本前の富士山駅行きが発車寸前なのに間に合った。勿論超満員だが止むを得ない。富士山駅では好都合なことに、バスタ新宿行きの高速バスが程よく接続していて、空席があったので乗車した。午後二時台には都内の自宅に帰着したので、今朝富士山に登頂したと云う実感が、少し揺らぐ程であった。




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