« 2018年3月 | トップページ | 2018年6月 »

2018年4月

東天狗・初めての厳冬期八ヶ岳登山(後篇)

アイゼンを外して二重の扉を経て、黒百合ヒュッテの屋内に入ると、眼鏡が瞬時に曇って何も見えなくなった。土間の左手に在る休憩場所の小上がりは、隙間無く人々が蠢いている。ストーブの暖気と人いきれで、小屋の中は熱気に溢れていた。眼鏡を拭き直して前方を確認し、難渋しながら靴を脱いで、二階に上がると、薄っぺらい布団が敷き詰められている大広間に出た。

黒百合ヒュッテは、夕刻になってから宿泊客に布団の割り当てが行なわれるので、其れ迄は二階に上がることが出来ないと云う規則になっているが、我々は大広間の奥にある個室に入って、荷を下ろした。布団部屋のような狭い空間に、七人が泊まることになるが、此れで心おきなく仲間だけで酒宴を開催することが出来る。一人当たり千円の追加料金で個室を確保出来たのは幸運であった。

未だ時刻は午後三時だが、早速一献を傾ける。大勢居るので、持参された酒も潤沢にあり、随分飲んだ。随分飲んで酒肴も食したが、午後六時から開始された小屋の晩飯もたらふくに食した。初めての小屋泊は、グループ登山のおかげで愉しく過ごすことができた。そして改めて思うのは、単独行の場合では、やっぱり小屋には泊まらないだろうと云うことであった。

Yatsugatake

2018/2/11
黒百合ヒュッテ---中山峠---東天狗---黒百合ヒュッテ---渋の湯

個室に七人が隙間無く寝床を作ったので、室内は存外に暖かく、快適に眠ることが出来た。未明の四時には目覚めてしまい、玄関先に出て紫煙を燻らせる。ひと晩で積雪は増していて、降雪は続いている。其れでも、敷地内には、多くのテントが設営されていた。暖かい小屋に居ると、テント泊の人々が気の毒に思えてくるが、其れは相対的な思惟であることも承知している。

時間に余裕を持って、荷造りを行なう。今日の行程は、未だ正式には世話人氏から発せられていない。登山隊のリーダーは、登頂の可能性を推し量りながら、決断を遷延しているのだろうと察せられた。夜が明けても、鉛色の空から微弱な降雪は続いている。私は、天狗岳登山は、やはり諦めなければならないのだろうと思った。しかし、午前中に天候が回復するだろうと云う予断で、結局は登頂を目指すことに決まった。其れで小屋の朝食の席に付いた。食欲は旺盛で、我ながら不思議になる程、体調は万全だった。およそ九時間も熟睡したので、然もありなんである。

ふたたび中山峠に向けて歩き出したのは、午前八時に近い時刻だった。夏道の所要時間が約一時間半の、東天狗岳への行程である。程無く稜線上の峠に達して、南に進路を変える。樹林に囲まれた勾配の向こうに、白い空間が広がっている。少しの勾配を経て、積雪の岩稜帯に飛び出した。明瞭だったトレースが、風雪によって曖昧になっていった。私は、前を歩く人に、唯々諾々と追随するように歩いていた。

風が強くなり、雪の粒がアウターシェルを叩く。ゴーグルの向こうに見る光景は、右も左も判らなくなるくらいに茫漠としていた。雪塊から突き出ている巨岩、風雪に塗れながら眺める其の佇まいは、不気味だった。先行するパーティが道を失ったらしく、支尾根に入り込んだ。そして、我々も其れに釣られてしまいそうになったりした。そんな出来事に接すると、もしも単独行だったならば、と云うようなことを考えて、空恐ろしくなった。視界の儘ならない、荒天の雪山を歩くと云う難しさを、実感できたような気がした。

Htg2

黒百合平の南側に連なる支尾根が、もう直ぐ合流しようかと云う地点で、徐々に前方から歩いてくる登山者たちと擦れ違うようになった。標高2455mに登る勾配に突き当たった時点で、撤退を決めた人々だった。天候が穏やかに転ずる徴候は、未だに窺うことができないが、我々は、黙々と歩を進めた。やがて東天狗の前衛峰に登る傾斜が現われる。下山してくる人は散見できたが、我々の後続には、人影が無くなってしまった。

時間は然程掛かっていない筈なのに、前衛ピークを越えて、左方に急峻な断崖を認めながら稜線を辿る過程は、非常に長く感じられた。いよいよ山頂直下に掛かる岩礫の高みを確認する箇所で、世話人氏の細君氏が、撤退を表明した。MD氏も疲労の表情を隠せないでいるようであったので、私は此処で全員が撤退するのかと思った。其れも止むを得ないだろう、そんな気持ちになるような強風の稜線の上に、我々は居た。

細君氏とHSさんの女性ふたりが下山すると云うことになって、男性五人が東天狗への登頂を目指すことが決まった。付き添いはHSさんに拠る配慮であった。世話人氏は、折角なので登頂を、と云うメンバーに対する気遣いから、登山を続行する決断をしたものと察せられた。再出発したが、NZ、KR両氏と私は、体力的に問題が無いようだったが、MD氏が遅れ始めた。東天狗岳北面の岩稜下で、とうとうMD氏が、此処で待っている、と云った。岩稜帯の小鞍部の、吹き曝しで、ひとりを残すことは出来ない。そう世話人氏が伝えて、MD氏はアタックを再開することになった。

Htg1

東天狗岳に至る岩稜帯のルートが、夏はどうなっているのかは知らないが、我々はピークの西側を捲くようにして、徐々に岩礫の雪道を登り続けた。そうして、標高約2640m、厳冬期の北八ヶ岳、東天狗岳に登頂した。吹雪と形容してよいような強風の中で、我々は防寒姿で握手を交わした。周囲がどうなっているのか、全く判別出来ない荒天の中の登頂であった。西天狗岳と根石岳、夏沢峠を示す標柱が、凍てついた儘立っている。茫然としながら其れに触れて、一応は目的を果たしたのだ、と云う感慨が自分の心裡に湧きあがるのを待った。しかし、感慨に耽ると云うような気持ちの余裕が全く無い、と云うことだけが実感できただけであった。

登ってきた行程を引き返し、頂上直下の岩稜帯をトラバースして、断崖の淵の稜線に達した処で、HSさんと細君氏が待っていたので驚いた。一旦は下山に掛かったが、トレースが不明瞭になったので、無理をしないで待つことにしたと云うHSさんの判断であった。雪山登山に於ける慎重を期した行動に、私はふたたび感じ入った。

Htg3

黒百合ヒュッテに帰還したのは、正午に近い頃だった。私は腕時計の類を持たないので、登山中の時刻の確認は、デジタルカメラの液晶画面で行なっている。今回、行動の時刻が曖昧なのは、カメラを取り出して写真を撮ると云う行為が全く出来なかった為である。黒百合平から東天狗の往復で、約四時間が経過していたことになるので、其の厳しい道程が判然としてくる。小屋の中に入り、漸く息を返したような思いになって、長い休憩を取った。二月の厳冬期だが、日曜日の正午の黒百合ヒュッテは、多くの利用客で賑わっていた。

渋の湯に引き返す行程は、およそ一時間半のコースタイムであったが、一時間程で到達した。硫黄の香漂う渋川の畔に出て、雪山登山が終了した。吹雪の稜線に居たのが信じられない程に、麓に戻ると天候が回復していて、青空が広がっていた。

初めての雪山の登山を顧みる。自分の意識は、めくるめく、と云う表現しか出来ない程に、混沌としていた。眼前の積雪の傾斜を、一歩ずつ辿っていくことしか、考えることが出来なかった。其れは、出発前にあれこれと想像していた、畏怖の念のようなものに、十分に合致した経験であった。私は其れで、すべてを納得したような気持ちになり、同時に、雪山の恐ろしさを、いつかふたたび経験するのだろうか、そんな未知の不安を考えたりしながら、皆と帰途に就いた。

« 2018年3月 | トップページ | 2018年6月 »

2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック