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弟富士山、明ヶ指の卵水、清雲寺の枝垂桜。(後篇)

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荒川に注ぐ立派な支流である安谷(あんや)川が、山深い渓谷を縫うようにして流れている。我々は弟富士山から車道を歩き続け、十二天神社から分岐した山道を下り、存外に立派な木橋が架かっていたので、無難に安谷川を渡った。

対岸の斜面を登ると、集落の集会所のような建物の側を通り、日野渓谷キャンプ場に至る林道に合流した。周囲は多彩な花が咲き乱れ、陽光に光り輝いている。長閑さを画に描いたような風景で、ぼんやりとした空気に包まれた儘、自分が何故こんな処を歩いているのか、だんだん判らなくなる。

人の気配の無いキャンプ場の敷地を通過すると、建造物の群れが、樹林の奥に窺えるようになって、明ヶ指の卵水が在る筈の、別荘地の敷地内に入った。

Tamagomizu

2017/4/13
武州日野駅(8:20)---虚空蔵岩---弟富士山(9:00)---浅間神社---明ヶ指の卵水(10:10)---事上沢左岸尾根上の新秩父線72号送電鉄塔(10:50)---事上沢左岸尾根の極細尾根往復---事上沢---事上沢右岸尾根上の新秩父線71号送電鉄塔直下伐採地(12:25)---事上沢右岸尾根---千手観音堂(14:35)---清雲寺---武州中川駅(16:20)

舗装の尽きた林道になり、奥に進んでいくと、私有地につき迷惑にならないように、と云う注意書きの看板が現われる。卵水の湧水は、山林所有者に釘を刺されながら見物に訪れなければならないようで、途端に興味が逓減していくような気分になった。

高揚しない気持ちの儘に歩いていくと、ふたたび安谷川の畔に行き着いた。古びた標柱に、明ヶ指の卵水、の文字が寂れている。周囲を見渡しても、単なる渓谷の川岸の風景で、何のことか判らない。

ふと下方を見る。円柱形の小さなドラム缶に、パイプから水が注がれている。なるほどと思い、見た目にも判然とする透明な水を掬って口に含んだ。含んでから、猛烈な硫黄の匂いに驚く。卵水の名の所以であり、鉱泉の湯治場でも在れば風情も出そうだが、其れも昔の話のようであった。

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来た道を引き返し、別荘地を通過して進路を東に取り、やがて沢沿いの作業道に出る。此の沢は矢岳から流れ出る持小屋沢で、先程の安谷川に至る。

さて、此処からの道中を、文章で表現するのが難しい、と云うよりも面倒で煩雑である。眼前の持小屋沢を渡渉して対岸の尾根に登りつめ、更に其れを下降して、もうひとつの沢を渡渉し、更に向こうの尾根に登っていく。顕著な山に向かって登っていくと云う趣向では無い。

対岸の尾根上に、送電鉄塔が在り、付近に572mと云う標高点のピークが在る。其の辺りを目指すのだが、地形図の等高線を眺めても、私にはどうやって登っていけばいいのか判らない。此の先の進行はkz氏の独壇場となり、作業道の尽きる処で朽ち掛けた木橋を渡渉する。

なあんだ、巡視路が在るじゃないか。kz氏が云った。黄色の送電鉄塔巡視路を示す標柱が立っている。其れに準じて、明瞭な踏路がジグザグに、尾根上に向かって続いていた。首肯して感心しながら、私は嬉嬉として登り始める。漠然とした儘歩き続けてきた、落ち着かない気持ちが、明確な進路を指し示されて、能動的になっていく。

植林帯の九十九折の道を一心不乱に登り続けて、見上げると明るさが増してきている。尾根上に間も無く到達しようかと云う頃、後方を振り返る。踏路が折り返す度に、其の都度メモ帖に歩行状況を記録しているkz氏が、随分遅れて登ってくるのが窺えた。

送電鉄塔新秩父線72号に到達したkz氏が、息の上がった声で、随分引き離されたから焦って登ってきたよ、と云った。そして、鉄塔の向こうに開けた眺望を見て、おお、と歓声を上げる。送電線が連なる向こうに、両神山が明瞭に浮かんでいる良景であった。

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標高560m圏の送電鉄塔から、572mピークに続く尾根は、明瞭に歩き易そうな道が続いている。いつか再訪することがあるだろうかと考え、先ず無いだろうと思いながら後ろ髪を引かれつつ、我々は南南東に向かって尾根を一旦下り始めた。此処から、更に谷へ降りて隣の尾根に向かうことになる。尾根を横断して越えて、目的地に向かうと云うのは、凡そ道楽の山登りと云う雰囲気では無いが、誰に頼まれた訳でも無い物好きな道中である。

程無く鞍部に立ち、相変わらずの巡視路標柱が左方を示している。送電線の作業道は実直に、そして合理的に次の鉄塔に向かって設えてあった。尾根を降りる前に、我々はザックをデポして、此処から空身で、尾根の行き着く先を視察することにした。

現在我々が立っている尾根は、大反山から矢岳に至る尾根に収斂されていくが、地形図で表現される其の形態は、極端にか細い。尾根が上昇するに連れて、其の幅は広がっていくのが自然なのに、此の尾根は左の事上沢、右の持小屋沢から派生する沢の両方に侵食されるようにして、狭まっていく。奇異な形状の尾根の上はどんな光景なのか、其れはkz氏と私の共通する興味であった。

鞍部から登り返すと、程無く平坦な踏路が続いて、尾根が分かれる瘤の上は樹林に囲まれ、鬱蒼としている。右手を窺うと、植林帯の向こうに支尾根が下っている。巡視路が無ければ、恐らく此の尾根を登っていた筈だが、藪を掻き分けて此処に達したとすれば、随分疲弊したのではないかと思われた。

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いよいよ尾根が痩せていき、kz氏は右側の踏路を進んでいく。枯葉の敷き詰められた尾根の端の下は断崖である。私は崖淵を歩くのが怖いので、岩稜の上を難渋しながら歩くことにした。やがて、kz氏の嬌声のような叫び声が聞こえてきた。何事かと岩の上から覗くと、祠の残骸だ、とkz氏が云う。恐る恐る尾根のエッジに降りていくと、なるほど小さな祠の屋根と思しき建材が打ち捨てられている。

此の、険阻な細尾根の上にも、いにしえの人々に拠る足跡が在ったと云うことで、kz氏は興奮気味であった。修験道は、こんなにも厳しい処迄やってくるのかと思うと、感慨を禁じ得ない。

やがて、尺取虫が屈伸しているような、細長い尾根が極まる地点に近づいてきた。崖下を流れる沢が、尾根の両側に纏わりつくようにして接近してくる。右手の持小屋沢支流と、左手の事上沢の瀬音が、それぞれ違う響きで聞こえてくる。渓流の形状が異なるので、せせらぎのトーンも違うのであろうか。両側から異なる急流の音が聞こえてくるので、ステレオのようだと云うと、kz氏が尤もだと共感して呉れた。

括れた尾根は、標高600m地点の手前で落ち着き、急勾配の山肌を眼前にする。事上沢の側に小平地が広がっているので、其処に足を踏み入れた。事上沢の流れが垣間見えるのを確認して、今度は尾根の反対側を見下ろすと、持小屋沢の支流は、直ぐ其処を流れている。此処にテントを張って、沢音を聴いたら楽しいだろうな。kz氏が云った。

此の儘、尾根が極限に括れた箇所が崩落してしまうと、どうなるのであろうかと想像してみる。送電鉄塔付近の572mピークを中心にした、独立した島のような峰になるのだろうか、などと考えたが、尾根は尾根で、変わることは無いのだろうと思惟を着地させた。

ザックを回収し、巡視路の標柱に従って、鞍部から急斜面を蛇行しながら下った。事上沢に近づき、踏路は徐々に不明瞭になる。人為的に造られた、朽ち果てそうな木橋を渡渉すると、荒々しく切れ込んだ谷間が在り、両側に尾根が在る。どちらを進んでいくべきか迷うが、頼りの黄色標柱の姿が無い。と、思って周囲を見渡すと、倒れて埋没しそうな送電線巡視路の標柱を発見した。

進路の目途は判然としたが、何処を登ってよいのか、踏み跡が見当たらない。先行する私は、傾斜の加減を見て登り始めたが、kz氏は違う角度から登ってきて、其れが微かに残存する腐った木段の設置された巡視路だった。kz氏にルートファインディング能力を誇示されて、私はどっと疲れを感じつつ、ふたたび合理的に辿る巡視路の、ジグザグ道を登り続けた。

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ふたつ目の尾根の上に乗ると、其処は伐採された傾斜地で、送電鉄塔は尾根の先を見上げるような地点に立っている。切り株に事欠かないので、適当な処に腰を落ち着けて、昼食の休憩にする。恒例のカップ麺を作るが、何の気なしに購入してきた唐辛子の粉末で辛味を調節する激辛麺は、辛すぎて難渋した。

山と谷をふたつずつ越えて、此の山行も終盤に入りたい。そんな気持ちがお互いに湧出したか、見上げる勾配の先の送電新秩父線71号鉄塔迄、登るのが億劫になり、其の儘標高700mくらいの地点から、山肌をトラバースして、隣の尾根に移動することになった。

辿り着いた尾根は、前回も下山に使った事上沢右岸尾根である。勝手知ったる要領で、快速で下り続け、標高550m付近で顕著に分岐する尾根を、今回は右に進路を取った。最後の目的地、枝垂桜の清雲寺の方角に舵を切った積もりであった。

麓の気配を間近に感じる標高430m地点で、唐突に急傾斜となり、右手の様子を窺うと、露岩が突き出る崖になっている。ふたりで逡巡した後、意を決して、岩場では無い方の急勾配を、下ることにした。腐葉土のような柔らかい土で、踏み出した足が意に反してずぶずぶに埋もれていく。難渋して勾配の落ち着いた地点に右往左往しながら下るうちに、とうとう両足の制御が利かなくなって、私は四つん這いになりながら土砂に流されて数メートル下降した。

見上げるとkz氏の姿は無い。振り返って下方を見れば、もう直ぐ傾斜は緩くなることが窺えたので、私は足首迄埋もれた下肢に気力を集中させ、ジグザグに進路を取りながら、徐々に下降していった。踏路の無い急傾斜を、登ることは儘有るが、下るのは滅多に無いことであった。薄氷を踏むような気持ちで下り続けて、漸く麓の沢の畔に辿り着いた。kz氏も、随分時間を掛けて、降りてきた。

尾根と沢を横断する、不思議な山歩きが漸く終わった。下山した場所には、鹿柵が延々と張り巡らされて、車道に復帰するのに難渋した。微かに下方に隙間の在る箇所を発見し、ザックを柵の上から放り投げ、人体は腹這いになって、匍匐前進しながら柵の下に潜らせていく。文字通りの、ほうほうの態になって、漸く脱出した。

長閑な田園地帯に帰還して、強い陽差しを浴びながら、車道を辿る。千手観音堂で休憩し、約一ヶ月ぶりの若御子神社に到着すると、今日は観光客で賑わっている。清雲寺の枝垂桜は絶頂かと思いきや、少し盛りを過ぎたか、若芽混じりの満開だった。しかし、枯木の境内を眺めた先月のことを回想すると、目を見張るような見事な光景である。樹齢六百年のエドヒガンザクラは、老木らしく突っ支い棒に支えられながら、独特の形状で花を咲かせていた。

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心地好い疲労感の儘、花見を終えて、武州中川駅迄歩いていく。秩父鉄道の電車は先程出てしまったばかりなので、駅付近の酒屋で私は缶麦酒を買い求め、kz氏は珍しく缶チューハイを購入して、駅に戻った。

武州中川駅前の自転車置場にも桜並木が在り、ソメイヨシノは見事な満開であった。御誂え向きに設置されたベンチに座って、ささやかな乾杯をする。陽光が逆光になり、見上げる桜の花が眩しい。都心に居ても、こんな花見は味わうことが出来ない。長閑さに浸って、其の儘沈み込んでしまうような、弛緩した気分で、私は至福の紫煙を燻らせる。程よい待ち時間が過ぎて、遠くで踏切の音が聞こえる。やがて、ローカル線が茫洋とした雰囲気で到着し、今日の山歩きが、ゆっくりと終わった。

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