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箱根レーダー局前から星ヶ山公園「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

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湯河原駅を出発した箱根町港行きバスが、藤木川に沿った県道の坂を登っていく。奥湯河原の温泉場を過ぎると椿ラインに入り、高原バスの趣になった。標高700mを超える芦ノ湖畔に向かっている訳なので、さもありなんとは思うが、車窓は既に相模湾や伊豆の山々を見渡す絶景である。歩き出す前に広がっていく大展望に、山登りにやってきた積もりの意識が、混沌として訳が判らなくなる。

標高867m地点の表記が地形図に記載されている、箱根レーダー局前と云うバス停で、MD氏の先導する「箱根登山詳細図」踏査メンバー全員が下車した。レーダー局とは、「箱根航空路監視レーダー局」のことで、航空機の飛行状況を把握する為に、飛行路を見渡せる場所に設置されたレーダー塔が立っている。バスの車窓からの見晴らしが良いのは、至極当たり前のことなのであった。バス停からレーダー塔の立つ、標高904.8mの立沢山が、直ぐ其処に見える。舗装路が続いている山頂に、折角なので登頂したいと云う願望が内心に在るのだが、今日は「箱根登山詳細図」踏査の団体行動なので自制しなければならない。

Yugawara

2017/3/25
箱根レーダー局前バス停(10:30)---土肥大杉跡---六方ノ滝付近(11:50)---白銀林道---大石ヶ平(12:55)---白銀林道---自鑑水---星ヶ山公園---真鶴駅(18:00)

今日の行程を踏査隊に説明するMD氏が、私に向かって「本日は枝葉末節の極みでありまして」と、笑いながら云う。『明星ヶ岳・塔ノ峰「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。』を読んで呉れたMD氏は、枝葉末節、のフレーズが面白かったとのことで、そんなことを云っている。本日の踏査コースは、此処、箱根レーダー局前から県道を少し歩いた先に分岐する、沢沿いの登山道を下降していくことから始まり、白銀林道を歩いて星ヶ山公園に至る、と云うものである。湯河原の代表的な山である、幕山や南郷山には登らず、其れ等を縫うようにして林道を歩くだけである。枝葉末節の極み、と云う言葉には微塵の隙も無い。

行程の説明が終了して、YM、HSさんの女性ふたりと、ベテランのIH氏を含めた計五人の踏査隊が、レーダー塔に背を向けて出発した。県道は尾根の上を走っているが、程無く右手に道標が現われて、土肥大杉跡方面に進路を変えて下降していく。土肥は湯河原の山域の地名だったようで、敗走中の源頼朝が潜伏した場所が杉の大木に空いていた穴倉だと云う。巨木は既に跡形も無く、記念碑が立っているだけだが、観光名所になっている。

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登山道の木段は腐敗し、泥濘の踏路が続いていた。昭文社の登山地図には、道が荒れているので通行止め、と云う記載のある赤実線ルートである。植林に覆われている茫漠とした尾根と谷をトラバースして、踏路は夥しい倒木で不明瞭となり踏査隊は逡巡して暫し停滞した。そこで以前、沢登りで訪れたことがあると云うYMさんが、倒木に隠れた登山道を発見したので、難渋しながらなんとか進路が確定した。

出発したばかりだというのに、尾根群を掻き分けるようにして、谷筋に下山すると云う恰好になった。やがて土肥大杉沢の本流の音が聞こえてくると、漸く清涼感に満ちた登山道となり、樹間から見上げると立沢山のレーダー塔が確認できる。何度も繰り返すようで恐縮だが、下山するためにわざわざバスに乗ってやってきた、と云うような、何とも不思議な気分である。

土肥大杉沢から離れて、山肌を縫うようにして歩くと、やがて支流を渡渉する。松浦本の概念図のコピーを参照すると、此の沢沿いに遡行して行けば、六方ノ滝が在る筈であった。心細い踏み跡が、其れでも着実に分岐している。木枝には紫色のリボンが目印として括り付けられていたので、一行は登山道から沢沿いの踏路に進入していった。土肥大杉跡から此処迄、誰にも会うことが無かったが、此の踏路では、上流から下ってくるハイカーと擦れ違った。

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沢が二股に分かれる箇所に到達し、右俣に黒い壁状の滝が在った。左俣の上方を見上げると、同じような黒色の岩崖に滝が落ちている。六方ノ滝の由来である、六角柱に覆われた柱状節理の滝を期待してしまうが、其のような形状では無い。後日調べた結果、柱状節理の滝は、右俣の滝の、更に上の方に在ると云うことらしい。二股の中間部分の山肌から、見物から帰ってきたと思しき数人のハイカーが散見される。簡単には眺めることの出来ない場所に在るのは、六方ノ滝が幻の滝と呼ばれる所以なのだろう。

白銀林道に達し、林道の未計測区間、大石ヶ平迄の往復と、二手に分かれて踏査を終える。ふたたび合流してからは、全員で白銀林道を歩いていく。鬱蒼とした崩壊気味の登山道を歩き続けてきたので、林道とは云え、心地好い散歩の気分である。湯河原一帯の踏査を殆ど終え、枝葉末節の踏査は自鑑水経由の登山道から南郷山の西北の尾根に向かう。名所旧跡の風格で解説文の記された看板が立っている自鑑水は、植林帯の中に泥水が溜まったような処で、なんとも貧相なものだったので驚いた。

曖昧な尾根筋を登り詰めると、南郷山に至る道に合流した。西北の尾根は星ヶ山に続いているが、登山道は唐突に尾根を跨いでいく。星ヶ山は踏査の対象に入っていないが、周辺に在る星ヶ山公園の所在が判然としないので、登山道がクイックリターンする箇所から、微かに踏み跡のある細い道が尾根上に向かって続いているので、其処に進入していった。ハコネダケに覆われた、か細い踏路は途中で不明瞭になり、止むを得ず引き返す。結局、Uターンするように続く登山道を辿っていくと、見晴らしの良い舗装路にぶつかった。

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小高い丘の上に敷かれた舗装路から、相模湾の広がりと、真鶴半島や初島が明瞭に見渡せた。舗道は自家用車が立ち入れない区域を巡っているので、ハイキングコースとして機能しているのかもしれない。此処一帯が、星ヶ山公園なのかもしれませんね。MD氏が云った。

眺めのよい丘陵に、遊歩道が幾重にも分かれているので、ふたたび二班に分かれて踏査を続ける。私はMD氏と行動を共にすることになったのだが、合流地点である、さつきの郷に達しても別班の姿が無い。携帯電話の電波も届かないので、ふたりで探し回ることになった。踏査隊のリーダーとして、MD氏は焦燥感を漂わせている。当ても無い儘に湯河原美化センター迄下り、ふたたび友逢の丘に登り返した我々は、漸く三人の姿を発見して安堵した。細かく分岐する舗道を丹念に踏査していたと云う三人は、予想以上に遅れてやってきたと云うことであった。

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全員で車道を歩いて下山することになった。湯河原カントリー倶楽部の敷地に沿うようにして、海迄続く尾根を下っていると云う恰好である。我々の歩いている下には、東海道新幹線の南郷山隧道が通っている筈で、新幹線に乗って小田原を過ぎると、隧道を頻々に通過するのが判るが、そんな地形の場所を歩いている。段丘状の土地に住宅街が広がり、やがて東海道本線の線路に併行する県道に出て、薄暮の街を真鶴駅迄歩いた。山に登頂しない行程の一日だったが、歩行時間は七時間を越えていたのが意外だった。

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