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弟富士山、明ヶ指の卵水、清雲寺の枝垂桜。(前篇)

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富士山と名づける御当地の山は幾多も在るが、弟富士山と云うのは珍しい。弟とは謙虚な響きにも感じられるが、二番手を主張する頑なさのようにも聞こえる。読み方は「おとふじやま」で、山麓には勿論、浅間神社が在る。標高は386mで、秩父鉄道、武州日野駅の直ぐ南側に、寄り添うように盛り上がっている。標高290m前後の武州日野駅から眺めると、余りにも近い所為か全容は判らず、雑木林のようにしか見えない。

前回の秩父行からひと月近く経って、kz氏とふたたび再訪することになった。前回の山行の途上で見た、「明ヶ指の卵水」の道標が気になると云うkz氏。地図で確認すると、安谷川に沿って山深く入ったキャンプ場付近に、其れは在るようだが、山道を行く訳では無い。

弟富士山に登り、卵水を視察してから、尾根を二つ横断して、若御子神社の隣に在る、清雲寺の枝垂桜の見物に行こう、と云う、少々風変わりな本日の行程である。四月に入ってから雨が続き、春寒は大袈裟だが、少々冷え込んだ。四月も第二週になって、都心の桜は新緑になってしまったが、秩父の桜は未だ見頃ではないか、と云う目論見でもある。


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2017/4/13
武州日野駅(8:20)---虚空蔵岩---弟富士山(9:00)---浅間神社---明ヶ指の卵水(10:10)---事上沢左岸尾根上の新秩父線72号送電鉄塔(10:50)---事上沢左岸尾根の極細尾根往復---事上沢---事上沢右岸尾根上の新秩父線71号送電鉄塔直下伐採地(12:25)---事上沢右岸尾根---千手観音堂(14:35)---清雲寺---武州中川駅(16:20)

御花畑駅を出た秩父鉄道の電車に、小学生が数人乗車して、何処かの駅で一斉に下車していった。其れで、平日の朝なのだな、と思い返した。陽光が注いで明るい、古びた武州日野の駅前に出ると、満開の桜が立ち並んでいたので、目論見は早速成就した模様である。武州中川方面に少し戻ってから踏切を渡ると、既に弟富士山の裾を歩いている。浅間神社とは逆の方角に遊歩道が設置されていて、カタクリ自生地の標識が在る。kz氏の提案で、取り敢えず見物していくことになった。

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武州日野駅の歩廊からも確認できる、連続する赤い鳥居をくぐって、歩を進めていく。風穴稲荷の小さい社が在り、何処迄も富士山を意識させるが、風穴らしきものは見当たらない。遊歩道が下ると、左側に緩やかな斜面が広がる。北面の朝なので薄暗い片栗の自生地には、一見して何も見当たらない。もう終わっちゃったのかなあ、と嘆息気味にkz氏が呟く。其れでも、少し先に進んでいくと、萎れかけた片栗の花が散見されるようになってきた。しかし、花を愛でる感覚の無い私は、kz氏のガイドに、曖昧に頷くだけであった。

弟富士山の北側の裾を捲いて歩き、武州日野駅のプラットホームも途切れて、左手に虚空蔵大菩薩と銘打たれた社が現われる。弟富士山と云うこんもりと立っている山肌に、稲荷神や虚空蔵菩薩が、張り付くようにして祀られている。富士山の代替品である富士塚の、少し大掛かりなものだろうかと云う、弟富士山に就いての考えが、少し揺らいでくる。

其れにしても、北面の裾は余りにも薄暗い。陽の当たる線路沿いの桜を遠目に見ながら、何とも云えない燻ったような気分である。朽ち掛けた道標に、弟富士山の記載を認めて、どうやら浅間神社に戻らなくても、登山道が整備されているようだった。民家の脇を縫うようにして小径が続き、左に旋回して勾配になった。虚空蔵大菩薩の裏手に廻って、山道が続いている。丸太を模した人工のステップが、枯葉に埋もれている。勾配が上がるに連れて、徐々に北面の鬱蒼とした雰囲気が和らいでくる。其の所為か、此の周囲の斜面に咲く片栗の花は、少しだけ精気を感じさせる。

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陽の当たる尾根上に立って、漸く開放感に満ちた気分になった。雑木林は未だ枯木で、春浅い山の風景である。十数分しか歩いていないのに、麓の桜並木の風景とは一線を画しているのが、とても不思議な気がする。尾根に合流した処には石標が在り、五合目と刻まれている。一合目は何処だったんだろう。kz氏が云った。

尾根道を東に向かって歩くと、間も無く二手に別れる分岐点が在り、弟富士山と虚空蔵岩が記されている。左廻りの虚空蔵岩方面に入ると、ふたたび北面の斜面を、か細いトラバース道が刻んでいる。程無く、弟富士山北尾根とでも云うべき尾根に乗り上げると、明るい広場に小さな祠が鎮座している。其の先を北に下ると、一気に眺望が広がり、造形的な巨岩が屹立していて、其れが虚空蔵岩だった。

全く期待していなかったので、此の眺望は胸のすくような気分になった。眼下に広がる盆地に、ローカル線の鉄路が、桜花に沿って続いている。小学校の校庭が、桜に埋もれている。虚空蔵岩に凭れて、広大な秩父盆地を見下ろしながら、紫煙を燻らせる。雑木林のような、とか、富士塚の少し大袈裟なもの、などと軽視していた弟富士山に、余り莫迦にするものではないよと、嗤われているような気がした。

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尾根を引き返し、改めて弟富士山の頂上に向かって歩く。小さな祠の広場から、一分足らずで、浅間神社奥ノ院が在る頂上に達した。周囲は潅木で何も見渡すことは出来ないが、虚空蔵岩の眺めに圧倒された私は、社殿に参拝し、内心で非礼を詫びる。

其の昔、敬虔な富士信仰の徒が、此の山に氏神様を祀った。そして、六月の在る日に雪が降り積もる、と云う天変地異的な現象が起こり、以来「弟富士山」と称して神域となった、と云うのが山名の謂れであると云う。

練馬区の江古田駅から程近い浅間神社内に、江古田の富士塚、通称江古田富士が在る。突然話が江古田になってしまうが、私は学生時代に、小竹町に下宿していたことがある。銭湯に行く道すがら、浅間神社の前を通るので思い出した。改めて富士塚の江古田を調べると、此の神社の所有権を争っていた小竹町と江古田町が、夏に降雪が起こると云う天変地異に驚いて争議を中止し、共有することになったと云う伝説があることを知った。なんだか此の話、富士塚と較べる非礼を詫びた後で恐縮だが、弟富士山の話と、よく似ている。富士山信仰が、自然の計り知れない驚異、と云うような教訓が加味されて、長く敷衍してきたとすれば、伝説の類似にも頷くことが出来る。

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通例の登山道と云える、東側の浅間神社に至るコースで、下山を開始した。東北東に真直ぐ続いている尾根を下り、北面の山肌に進路を変えると、あっと云う間に、浅間神社に降り立った。虚空蔵大菩薩から登り始めて、途中でゆっくり休憩もしたが、此の間の所要時間は約40分程度であった。休まずに踏破すると、其の半分くらいで済んでしまうかもしれない。そんな山ではあったのだが、其れでも何故か、異界から帰ってきたような、時間の概念を忘れさせるような気持ちになったのは、霊山の効果であろうか。

車道に出ると、人の気配の無い農村風景である。暖かい陽が射し、微風が満開の桜を揺らせている。時刻は、朝の九時を過ぎたばかりである。此れで山は登ったね、kz氏が山行の区切りを確認して、満足気に云った。そうして、弟富士山の南側に沿った長閑な舗道を、ふたりで歩き始めた。

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