« 倉岳山北東尾根 | トップページ | 台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 »

矢倉岳・鷹落場・鳥手山「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。

1_2


うたた寝から覚めて窓外を眺めると、電車は既に渋沢駅を過ぎて、山深い処を走っている。早朝に新宿駅を出発した小田急の電車に揺られて、一時間が経っていた。新松田駅には、待ち合わせ時刻の随分前に到着したので、駅前の箱根蕎麦をゆっくりと食す。地蔵堂行のバス乗り場に向かうと、既にKR氏とNZ氏が並んでいる。

前回初めて参加した「箱根登山詳細図」の踏査は、箱根外輪山の東端を歩いたが、本日の行程は更に周縁の外側を巡ることになっている。外輪山の北端である金時山から、静岡、神奈川の県境が寄り添う尾根が延びて、ハイキングコースは足柄峠迄続く。其の東側に、独立峰のように端整な山が唐突に在る。

標高870mの矢倉岳は、其の存在は認識していたが、此迄訪れたことは無い。小田急電車が新松田を発車して、小田原に向かって南下し始めた車窓右手の、箱根の山塊を眺めると、余りにも顕著な三角形の山が出現する。見事な山容は、一瞬、金時山か、と思うが然にあらず、此れが矢倉岳である。今日は其の山に登ることになっている。

Photo


2017/1/29
矢倉沢バス停(9:00)---矢倉岳(10:55)---山伏平---鷹落場(12:40)---鳥手山(13:40)---(休憩)---立山(14:10)---酒水の滝(16:10)---山北駅(17:00)

地蔵堂行きバスが駅前に入ってくる頃、引率するMD氏が登場した。閑散とした車内に踏査隊が落ち着いた時、急遽参加することになっていたTMさんが、複雑な表情をしてバスに乗り込んできて、山スキーで負傷した箇所が痛むから、本日の踏査の参加は辞退するが、持参したロードメジャーを置いていくから、と云うようなことを云った。突然のことに皆が茫然としているので、私がロードメジャーを受け取った。前回の塔ノ峰踏査で、厳格に計測器の転がし方を指摘されたTMさんのロードメジャーを私が使うことになり、奇妙な因縁を感じざるを得ない。TMさんは要件を伝えるとバスの車内から去っていった。律儀なのか合理的思考なのか、TMさんがどのような人かは判らないが、とにかく本日の踏査隊四名を乗せた、箱根登山バスは、新松田駅前を発車した。

大雄山駅の関本で若干のハイカーを乗せたバスが、田園地帯を軽快に走っていく。矢倉岳が大きくなって正面に見えてくる頃、江戸幕府が関所を設置した矢倉沢の名が付いている割りには、何の特徴も無いバス停に到着した。下車後、少々の打ち合わせを終えて、県道御殿場大井線から離れていく。公民館を経て内川を渡ると程無く、静かな畑地の広がる集落を歩くようになった。矢倉岳方面の道標が在る処で二班に分かれた踏査隊は、別のルートを歩くことになる。初めて矢倉岳を訪れる私は、配慮を戴いた恰好で、KR氏と共に、矢倉岳へのメインルートを踏査することになった。MD氏とNZ氏は、矢倉沢林道を歩き、矢倉岳の裾野を迂回するようにして山伏平に向かった。後に合流して其のルートに関する旨を訊くと、距離が長く、面白味の無い行程で、昭文社登山地図に記されている「あしかりの郷」の地点には、何も見当たらなかった、とのことであった。

2

ところで、登山詳細図の酒宴ではたびたび御一緒しながらも、一緒に歩くのは初めてのKR氏である。クラシックなニッカーボッカーとニッカーホースのスタイルが似合っているのは、山岳部出身のベテランである実質が加味されているからだろうか。一方の、碌な登山経験の無い私であるが、KR氏と御一緒すると云うことで、久しぶりにウール地のニッカーボッカーを穿いて来た。KR氏の好む、ザックやウェアなど、登山用具の話題で盛り上がりながら、矢倉岳に通じる登山道を歩いた。

植林帯のジグザグに続く登山道が、自然林の枯木が疎らになる景色に変わって、尾根に乗った。鞘越しの両側に、丹沢山塊や明神ヶ岳を見渡せる心地好い尾根歩きが続き、凡そ二時間を掛けて矢倉岳に登頂した。茅戸に覆われた広い山頂に立つと眼前に、箱根の山が在った。外輪山を衝立にして、大涌谷の白い噴煙と共に、中央火口丘の神山が聳える。そして、晴天の彼方に、富士山から続く愛鷹連峰が緩やかに連なっている。余りにも出来過ぎのような、雄大な景色である。

所要時間が余計に掛かるのは織り込み済みの、矢倉岳の裾を捲いて登ってくるMD氏とNZ氏がやってくる気配は無い。此の後の行程としては、山伏平で合流する方が合理的ではあるのだが、NZ氏にも矢倉岳に登って貰うと云うMD氏の配慮故であるから、我々はのんびりとふたりを待つことにする。風も無く暖かい山頂は余りにも心地好いので、待つことは苦にならない。珈琲を淹れて他愛の無い会話をしつつ、私は紫煙を燻らせて、KM氏は軽食を摂って休憩する。矢倉岳の頂上は、家族連れやグループ登山の徒が敷物を広げて、嬌声が飛び交う長閑な雰囲気であった。

3

そんなところに、苦悶の表情と共に汗だくで登頂してくる男性がひとり。健脚のNZ氏であった。後方からMD氏が、淡々とした表情で登って来る。踏査隊が合流して、簡単な報告を行なったが、NZ氏の疲弊が明瞭なので、暫くの大休憩となった。計画に於けるオンタイムに固執するMD氏も、少し心配そうにNZ氏を窺っている。漸く回復したNZ氏は、長い登りの果てに、山頂直下の急勾配がきつかった、と云った。

山伏平に向かう山頂直下の登山道は、木段が設置されていて、NZ氏の云う通りの急傾斜であり、登ってくるハイカーの足取りも重そうであった。右手に植林帯、左手は深い茅戸が広がる尾根である。其れを直截的に下り続けて、行き着いた処が山伏平だった。樹林に覆われた薄暗い峠は、名称の平と云うような風情ではない狭小な空間で、以前は清水越と云う表記で地図に載っていた処でもある。此処でふたたび踏査隊は二班になる。21世紀の森迄、尾根伝いに歩く「浜居場城ハイキングコース」と、北東の山北町方面に向かって延びていく尾根歩きに分かれる。私は志願して後者のルートを歩くことになった。コンビを組むのは此処迄同様、KR氏である。

4

北東方面はバリエーションルートなので、と、MD氏が真剣な面持ちで云う。そして、コンパスを頻々に確認して進んでください、と続けた。コンパスを取り出して眺めている私に突然、(進むべきは)どの方向ですか、とMD氏が尋ねてくる。動揺した私は、赤い針が差す方角を眺めて、あっちかな、などと曖昧に云う。其れが足柄峠方面に向かう登山道だったので、MD氏が怪訝な顔をした。落ち着いて眺めると、北東の尾根が明瞭に続いているのは直ぐに判明した。急に訊かれて慌てただけのことである。だが、そんな弁明を行なうのも変なので、何事も無い風を装って、KR氏とふたりで登山地図の破線ルートである、鷹落場、鳥手山方面に歩き出した。

平坦な尾根道を進み、小さな瘤を越えると、次第に人の気配が無くなり、周囲が静まり返った。東に支尾根が分岐するピークをパスして、進路は右に旋回していく。右手に併行する浜居場城ハイキングコースの尾根の向こうに、午後の陽光が逆光になって、こんもりと丸い矢倉岳が、暗色になって聳えている。左手には採石場の荒野が広がり、人工的な重機の音が微かに聞こえてくる。誰も居ない静かな尾根道を順調に歩いて、前方に幅広いピークが現われる。緩やかに登り、頂上部の端に立つ。鷹落場の山名標は、頂上部を南東に百メートル程歩いた処に在った。

鷹落場とは山名としては異様だが、近隣の鳥手山や、浜居場城址跡の名称をひと括りに考えると、戦国時代、此の山域が砦であった頃の名残を感じることができる。尤も、万葉集に於ける、足柄の八重山、と云うような山域でもあるから、古代から中世の鷹狩りに関する名残である可能性も、在るのかもしれない。

5

それはそうとして、鷹落場の山頂は、自然林が疎らに林立する、静かな場所だった。南東に、丁度浜居場城址と対峙する谷に向かって、緩やかな尾根道が続いている。ハマイバと古道、そんな言葉が脳裏に浮遊して、此の静かな尾根を通り過ぎた、いにしえの人々を想像する。そんな、情緒的な感覚に浸っているうちに、遠くから人の声がしてきた。其れで、我々は頂上の端に在る分岐点に戻った。

ロードメジャーを転がして歩く我々を見て、三名の中年男性グループが声を掛けてきた。登山詳細図を愛用している方々で、踏査隊との遭遇を喜んでいる風であった。暫く談笑して、我々は先に出発する。鷹落場を北に下って、間も無く尾根が分岐して、コースは右に旋回していく。昭文社地図に記されている、押立山の位置は、更に東に分岐する尾根の、小ピークを越えた処に記されているので、怪訝に思いながら歩いていくが、其のような印は無い。ピークに戻ると、樹木に巻かれたテープに乱雑に、776m、押立山、と記されているだけであった。微細に標高が記されているが、俄かには信じ難いような気分である。

小ピークから少し戻って、押立山を北面に捲くようにして、心細いトラバース道を北に進んでいく。其の先は、細尾根が複雑に分岐して広がるような、曖昧な地形になってくるが、眼前には杉、桧の植林を纏った鳥手山(とでやま)が立ち塞がっているから、其れに向かって歩き続ける。踏路は山腹を左側にトラバースして続いているが、鳥手山に登らない訳にもいかない。我々は植林帯の急登を、喘ぎながら登り続けた。漸く山頂に達するかと云う頃に、下方から話し声が聞こえてくる。くだんの中年氏グループも、鳥手山に登ってくるようであった。

植林に囲まれて鬱蒼とした山頂に、特筆すべきものは無く、手製の山名板が括りつけられている杉の木の傍らで、我々は計測の記録作業を行なう。そのうちに、後続が登って来た。三人はいずれも山に慣れた感じの風貌で、近野山にも行きますか、と我々に訊いてきた。鳥手山から北に延びる尾根は、急激に東側に旋回して続いていて、昭文社地図には、登山ルートの破線から離れた尾根上に、ふたつの山名が記されている。此処、鳥手山から程近い位置に在る、等高線の閉じた小ピークが立山で、旋回した後には、21世紀の森の北方のピークが在り、其れが近野山である。我々は登山道だけを計測するので、立ち寄る予定は無い。

5b

中年氏グループは、澱みのない足取りで、立山の方に下っていった。尾根伝いに歩いていく彼等は、黄色いガムテープを手にして、所々に目印として其れを捲き付けて歩いていた。恣意的な行為であり、其れが道義的に正しいのかは疑問である。先程の会話で、彼等が谷峨に在住していると聞いた。地元の山に登りに来るハイカーの為に、山中をマーキングして歩いていると云うことであった。そう云われると、余所者の身分では何も云えない。

山頂の北側に、陽差しの在る箇所を見つけた。私は空腹を覚えたので、KR氏に食事休憩を提案する。暫くの休憩を終えてから、登山道に復帰する前に、直ぐ其処に在る立山迄は歩いてみようと云うことになった。鳥手山の北面は緩やかな傾斜が続き、自然林の枯木が立ち並んでいて、陽当たりがよい。直ぐに鞍部となり、瘤を登り返すと、太くて黄色いガムテープが枯木に捲き付けてあるのが見える。近づいて確認すると、樹皮に直接に、立山、640、と乱雑な文字が記されている。文字は薄く、以前に書かれたものであろうが、黄色いガムテープは、余りにも捲き方が粗雑だった。

立山の在るピークから、尾根は広がって北面に落ちている。茫洋とした様相で、凡そのところ、進路を左に取って行けば、やがて登山道に合流するだろう、そんな意識で下っていった。しかし、黄色テープは尾根の端に沿って所々に貼ってあるので、其の儘行けば、谷に向かってしまうようにも見える。首を捻るような気持ちで、北西に進路を取ると、やがて緩やかに盛り上がった尾根に寄り添うような踏路になった。すると、其処にも黄色テープが捲かれている木が在ったので、訳が判らない。

鳥手山から尾根伝いに下りてきたので、捲道を計測するために、ふたたび先程の、鳥手山を直登した地点迄歩いた。鳥手山に登る経路は、果たして登山詳細図に記載されるべきなのかどうか、そんなことを話しながら、私とKR氏は、破線ルートに忠実に、山北町方面に向かって、実直に計測して歩いた。旋回して東に向かう登山道を歩いていると、陽光が徐々に傾いていくのが感じられる。山歩きは、終盤に差し掛かっていた。

御殿場線の下り電車に乗って、山北駅を発車すると、トンネルが断続的に現われて通過していく。蛇行する酒匂川は渓谷の底を流れて、車窓は山深い景色になる。御殿場線が東海道本線だった頃、国府津からやってきた列車は、勾配の厳しくなる山北駅で必ず停車し、蒸気機関車を増結して箱根を越えたと云う。昭和初期の話である。今も御殿場線に乗ると、山に入ってきたな、と感じさせる車窓の風景である。我々は今、其の風景の、山の上を歩いている訳であるが、強く想像しないと実感は湧いてこない。

6

尾根を東端迄歩いて、やがて廃れた舗装路に変わった踏路は急降下していく。北東に尾根が尽きてクイック状にターンをして、住宅街に降り立つ。急峻だった尾根の下は、平穏な市街地であった。先程迄脳裏に描いていた、御殿場線の車窓風景の幻影は、雲散霧消していった。そして、長かった歩行距離を反芻する。15キロ程は歩いただろうか。随分長かったような気がする。

陽は山陰に消えて、薄暗い川沿いの舗装路に合流する。其処が、浜居場城址方面に向かったMD、NZ両氏との待ち合わせである、酒水(しゃすい)の滝の入口だった。人の気配の無い観光地のゲートを潜って、暮れていく渓流に沿った遊歩道に入った。疲労感が徐々に湧きあがってきて、少し肌寒くなってきた。酒水の滝は想像した以上に落差のある濠瀑で、見応えがある。市街地に程近いのに、唐突に山深くなる、なんとも不思議な場所であった。紫煙を燻らせて滝を眺めているうちに、MD氏の踏査隊が到着して、長い一日が終わった。

追記

全員で山北駅迄歩き、気になっていた店である「ポッポ駅前屋 」にて酒宴。店主、従業員ともに良い雰囲気だった。山の談義に引っ張られ、鉄道模型をゆっくり鑑賞できなかったので少し悔いが残った。

「ポッポ駅前屋 」に関する好blog

« 倉岳山北東尾根 | トップページ | 台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 »

富士山・御坂・愛鷹・箱根」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/69862861

この記事へのトラックバック一覧です: 矢倉岳・鷹落場・鳥手山「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。:

« 倉岳山北東尾根 | トップページ | 台ヶ岳「箱根登山詳細図」踏査隊と歩く。 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック