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倉岳山北東尾根

倉岳山に登る時は、いつも決まって梁川駅からであり、時計廻りに周回して、鳥沢駅に下りる。月尾根沢に沿って続く登山道が心地好い、と云うのが理由である。逆廻りで下山路にしても構わないのだが、都会の喧騒から離れて山に入る朝、最初に出会う風景が月尾根沢、と云うのが個人的に重要なのである。日常の中で、気持ちが落ち着かなかったり、深く沈んでしまう時、月尾根沢沿いの登山道を歩く為に、電車を乗り継いで、なんとなく無為に出掛けてしまうことが儘ある。倉岳山と云うよりも、月尾根沢が目的の山歩きは、私にとって馴染みの深い行為である。

一月の中旬に、そんな気分で相変わらずの倉岳山に行った。沢を詰める頃に現われる水場付近から、登山道は薄い積雪で凍結していた。油断していて、軽アイゼンを忘れてきたのだが、滑らないように及び腰で、なんとか立野峠に登った。しかし、其処で精魂尽き果て、倉岳山に登る気力が失せてしまった。仕方が無いので、付近に在る細野山に登り、頂上部を東に下った処から、雪に埋もれた秋山郷を眺めて帰ってきた。中央本線沿線は長閑な冬の風景だったが、山ひとつ隔てた秋山郷は、まるで新潟県の山奥のような感じの、暗い雪国を見ているようだった。

中途半端な気持ちが溜まっているようで気分が悪く、翌週に、ふたたび梁川駅に降り立った。好きな月尾根沢を歩くのも吝かでは無いのだが、先週の今週では、幾ら何でも飽きてしまう。其処で唐突に、倉岳山から北方に延びる尾根を登ってみようと云う気持ちになった。月尾根沢登山口に入って直ぐ右手に、尾根に向かう踏跡が在るのは判っている。単独で地形図だけを頼りに尾根を登るのは少し心細いが、緊張感を抱いて歩くと云うことが、最近少なくなっているような気もする。我が身を奮い立たせるような積もりで、敢行することにした。

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2017/1/22
梁川駅(8:30)---倉岳山登山口(8:50)---貯水槽(9:00)---747mピーク(10:30)---倉岳山(11:30)---穴路峠---天神山(12:05)---穴路峠---鳥沢駅(14:20)

冬晴れの陽が木立の隙間から差し込んでくる。登山道から外れて、少しの藪を掻き分けながら歩くと、コンクリートの貯水槽が出現し、其処が尾根の上であった。尾根はトタン沢橋の方角に落ちていく筈だが、貯水槽の裏手に廻って眺めても、藪状になっていて視界は遮られている。私は踵を返すと、早速の尾根登りに掛かった。

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小さな祠の在る雑木林を抜けると、緩やかに傾斜が始まる。恩賜林の石柱が現われ、少し急勾配になるが、陽当たりの良い自然林の細尾根になり、北西の風景が鞘越しに見渡せるようになった。枯葉の敷き詰められた尾根上の道が、傾斜を厳しくさせていく。露岩を縦横に擦り抜けるようにして通過すると、緩やかな尾根の肩に乗る。そんな平坦地が断続的に現われて、そのたびに、振り返って北面の景色を俯瞰して眺める。標高500mを越えると、周囲の山々を、同じようなレベルで対峙し、眺めるようになった。

見上げると、青空が立木の背景となって広がっている。月尾根沢の直ぐ傍に在る尾根道は、存外に心地好かった。ひと登りで、最初のピークである、580m圏に立つ。倉岳山の容姿が明瞭に聳えているのを見上げる。此処で梁川町立野の集落に落ちていく尾根と合流した。実質的に、倉岳山北東尾根が始まった恰好であった。紫煙を燻らせて休憩してから、急激に鞍部へと下っていく。左手に延びる尾根を見て、月尾根沢の、どの辺りに落ちていくのかと思いながら、岩礫の坂を慎重に下った。

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鞍部を通過して、ふたたびの勾配に掛かる。倉岳山北尾根の途上に在る747mピークの横腹に向かって、攀じ登っていく。傾斜は激化して、疎らに林立する樹木が傾き出す。枯葉の足元は滑りやすく、前傾姿勢になって、喘ぎながら登り続けた。勾配に抗えなくなる頃に、お誂え向きのトラロープが張られていた。其れに摑まり、何処迄も続く急登を、一歩ずつ、踏み進んでいく。標高650mを越えて、空が近づいてくる。足元が疎らな残雪を踏むようになり、巨大なサルノコシカケを根元に生やした樹木が傾斜に抗うようにして、斜めになって踏ん張っている。右手から尾根の合流点が視界に入ってくると、傾斜は徐々に緩んでいった。

倉岳山北東尾根は、北尾根と合流した。目前に在る747mピークに向かう尾根は、積雪で真白である。倉岳山の陰になって、明るい尾根は途端に寒々しい色彩に変わった。真冬なのに心地好かった微風が、凍るように冷たい。747mピークは、特徴の無い瘤だった。寒さから逃れるようにして、碌に滞留せずに出発する。其処からは、黙々と薄暗い積雪の道を歩き続けた。

最近は軽登山靴を履くのも億劫になり、今日もコロンビア製のローカットの靴を履き、ストレッチゲイターで足首をカバーしているだけである。深い雪を踏み抜くと浸水してくる恐れがあるので、積雪の薄そうな処を選んで、歩を進める。頂上が近いので、ふたたび傾斜は急になっているのに、足元に神経を遣いながら登っている。疲労感は徐々に増してきていた。

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標高940m付近の、平坦になっている処に辿り着くと、前方に青空が眩い。月尾根沢から競り上がってくる最後の尾根が合流する地点である。此処迄幾つもの尾根が左方から合流したが、其の都度気になって其の先を覗きに行った。心の何処かで、月尾根沢と北西尾根を両方愉しみたい、月尾根沢から登ることのできる尾根はあるだろうか、そんなことを思い続けていた。此の、最後の尾根は、お誂え向きの位置に落ちているようだが、地形図の等高線を確認すると、随分厳しそうに見える。

緩やかになった勾配を歩いて間も無く、曖昧に広がる山頂直下の処で、右側の樹木が朱色でマーキングされていた。北西尾根、ヘソ水の方向に誘う分岐点である。其れを見送ると、やがて人々の話し声が上から聞こえてきた。見覚えのある立入規制の看板の裏側が近づいてきて、倉岳山の頂上に、呆気なく到着した。真ん中のベンチに若い女性がひとりで食事を摂っているので、邪魔にならないようにして山名標の向こうに移動する。日曜日の正午近くである。南面の方で、数組のハイカーが腰を下ろして休憩している。富士山は、雲ひとつ無い青空の彼方に、ぽっかりと浮かんでいた。

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登山口から間も無く尾根に入って、およそ二時間半で登頂したことになるので、月尾根沢コースから比べると、随分所要時間が掛かった計算になる。しかし、倉岳山へのアプローチの選択肢が増えたのは有意義なことであった。ふと思い立って出掛けることのできる、登り甲斐のある登山コースであり、眺望もよい。未だ幾つも、倉岳山北面の尾根が残っているので、少しずつ踏破していけるだろう。

誰にも会わなかった静かな尾根歩きから、喧騒の山頂に立ち尽くしていると、続々とハイカーがやってきた。辟易とした気分で、私は穴路峠の方向に歩き出した。月尾根沢とは逆の方面に向かったのは、どういう心境に拠るものだったのか、其れは覚えていない。惰性の儘、時計廻りの鳥沢駅に足が向かったのだろうか。其の後は、空腹を覚えたので、穴路峠から直ぐに登った処に在る、天神山で休憩の食事を摂った。此の山頂も、北面の眺望が好くて、密かに気に入っている小ピークである。

桂川を渡る中央本線の鉄橋を正面にして、背後に百蔵山と扇山がジオラマのように並んでいる。標高は向こうの方が高い筈なのに、何故か見下ろしているように眺めている感覚であった。天神山のアカマツが、青空と対照的なコントラストを醸し出しながら屹立して、風景にアクセントを与えている。昨年の暮れに登ったセーメーバンから、銀嶺の大菩薩迄、果てしなく続いていく山々を眺めた。

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誰も居ない山頂で景色を満喫していると、何の前触れも無く、誰かが登って来た。其れは先程、倉岳山で食事をしていた女性のようだった。単独で歩く若い娘は、少し驚いたような顔をして、挨拶を交わし、逃げるように高畑山の方に、去って行った。私は、抑揚の無い気持ちの儘、煙草に火を点けた。

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