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武尊神社から武尊山(後篇)

薄暗い北尾根から漸く稜線に出て、武尊連峰の一角を担う剣ヶ峰山に立った我々は、最高峰、沖武尊へと続く稜線に戻って、好天の登山道を歩き続けた。紅葉の断片が、夏山の緑と混淆しながら、秋の彩りに染めていこうとしている。しかし、陽差しを受けて歩き続けていると、徐々に暑さで疲労していき、絶景の稜線散歩と云う気分は、途中に在る鞍部を越えて、1975mのピークに達する頃には徐々に霧消していった。未だ着かないのか。そんな風情で眼前に聳える沖武尊を見上げている無言の友人、磨都井君の様子を、私は慎重に窺っていた。

此の儘稜線を進んだ先の、沖武尊山頂直下は急坂だと、ガイドブックには明記してある。そして、1975mピークから、其の急登の取り付き迄、延々と降りていかなければならない。沖武尊から須原尾根に下る途中の鎖場を怖れる余り、此の稜線をふたたび引き返し下山しようと云う友人の意思が、何処で揺らいでくるのか。其れは間もなくやってきそうな気配を感じる。折角の稜線歩きの途上なのに、同行者の機嫌を伺いながら奸佞の算段をしているようで気が退けるが、止むを得ない。


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2016/9/25
武尊神社(7:10)---林道終点駐車場(7:35)---武尊沢渡渉地点(8:50)---剣ヶ峰山(10:55)---武尊山(12:25)---手小屋沢避難小屋分岐(15:05)---林道終点駐車場(16:20)---武尊神社(16:55)

急斜面のジグザクの道に貼り付き、沖武尊の直截的な登りが始まる。踏路は砂礫になって、時折ずるりと滑るから、淡々と歩くと云う訳にもいかない。下山者が、及び腰で向かってくるのを避けてやり過ごしながら、息つく暇の無い急登を続けた。前武尊へと続く山並みが、低潅木に隠れていく。振り返ると、剣ヶ峰山が怜悧な姿で尖っている。圧倒的に広大な武尊連峰の懐で、自分が藻掻きながら壁を攀じ登っている蟻のように思えてくる。

砂礫の道が落ち着いて、進路は徐々に東面に向かい、尾根が合流した。中ノ岳方面からの登山道に、ハイカーが行き交っている。山頂の方向に、空が広がっている。ひと登りで、武尊山の最高峰、沖武尊の山頂に到達した。立派な風景指示盤が設置された頂上広場に、多くの登山者たちが食事を摂って休憩している。やれやれと云う気分でザックを下ろし、低潅木の向こうに広がる北側の風景を眺めた。日光白根山から皇海山迄、国境の山脈が連なっている。そして、此の武尊山を眺めて詠嘆した至仏山と、ひと目で判る燧ケ岳の、尾瀬の山々が遠くに浮かんでいた。

磨都井君が腰を下ろすこともせず、立った儘パンを齧っている。私は、殊更にのんびりとジェットボイルを取り出して、湯を沸かし始めた。カップ麺に湯を注いでから、出来上がりの間に煙草に火を点ける。いつか登った至仏山のことなどを話題にするが、友人は生返事である。私は此処で、下山はどうするか、と云うようなことを、努めてどうでもいいような口調で訊いた。内心では、此処迄来ても、彼が鎖、梯子を忌避して引き返すと云ったら、別行動を提案する積もりであった。

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結局は、剣ヶ峰山からの稜線アップダウンの疲弊が余程堪えたのか、磨都井君は須原尾根で下山することに同意した。其れで私は漸く安堵して、カップ麺を食した。午後一時を廻って、山頂のハイカーたちが次々に下山の途に就いていった。みんなあっちに下山していく。友人が不安そうに云う。あっち、とは、我々が向かう須原尾根とは反対側のことである。武尊山登山のマジョリティ・ルートは川場村方向なので当然と云えば当然なのだが、友人の狼狽ぶりは鬱陶しい限りで、仕方が無いので其の儘黙殺することにした。誰も居なくなった山頂から、改めて川場谷を挟んで広がる武尊連峰の眺めを堪能する。山々の遠い彼方に、関東平野が広がっている。武尊沢の奥深い谷底から登ってきた身にとって、其の山頂からの風景は、余りにも穏やかで、漠々たるものであった。

西側に延びる尾根に歩を進めて、緩やかな傾斜を軽快に下る。振り返ると、沖武尊の山肌に、紅葉が纏わりつくようにして色づいている。円盤が縦に突き刺さったように思えた剣ヶ峰山も、此処から眺めると綺麗な曲線の頂点が、人工的なまでに尖っていて美しい。風景に見惚れながら平坦になった踏路を進むと、やがて尾根の分岐に掛かるピークに達した。藤原武尊の名が付いている標高2040m圏峰を過ぎると、右手に急降下する岩礫のルートに入った。
下降していく尾根道の途中で傾斜が穏やかになり、左手に開けた箇所から、藤原武尊の断崖を横から眺める。暫く歩いていくと、正面に深い森の風景が広がった。須原尾根の連なる彼方に、峻険な山塊が鎮座している。白毛門から続く馬蹄形の山並みを前衛にして、谷川岳の奇怪な山容が広がっていた。展望所のようになっている断崖の上は、武尊山の高みから風景を眺める最後のポイントで、私は名残惜しい気分で紫煙を燻らせ、佇んでいた。すると、先に行ってる、と、落ち着かない様子で友人が云った。

展望所の右手から、岩混じりの道になり、程無く崖状になって、鎖が設置されていた。危険印がいよいよ始まった訳だが、臆していた筈の磨都井君は、率先して鎖を掴んで降下していった。見おろすと垂直の崖のようにも見える巨岩の割れ目を、慎重に下る。鎖が堅牢なので足場を確認しながら、ゆっくりと降りていった。いよいよ垂直になる箇所で、梯子が立て掛けられていて、其処に移動するのだが、此れが見るからに朽ち果てそうな古びた梯子で、却って肝を冷やした。

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其の後は四箇所の鎖場が在り、いずれも露岩を無理矢理に降下していく難所であったが、最初の古びた梯子が最も怖かった、と云うのが後になっての印象である。意外なことに、危険印にあれだけ腰が引けていた磨都井君だったが、腹を括ったようで、何事も無く難所をクリアしていった。

「怖がっていた割には、随分あっさりと下っていったね」
「崖の上にひとりで残ると、怖いからな」

判らないでもないが、やっぱりよく判らない。とにかく、無事に鎖場が終わったことで、奸佞を弄して此処迄彼を誘導してきた私としては、云いようの無い安堵感を覚える。岩礫の道はいつしか樹林帯の尾根道に変わり、須原尾根は緩やかに高度を下げながら続いていた。尾根上の標高は、まだ1800mもあるのだが、沢の音が随分近くに聞こえる。其れは不思議な感覚だった。尾根の分岐するピークを越えて、沢音は徐々に高まっていく。手小屋沢避難小屋を下に見る箇所に達すると、手小屋沢が直ぐ其処にあるのだな、と判った。

尾根から沢に、其の繰り返しを九十九折になって、須原尾根から武尊川へと下っていく。急速に傾いていく陽差しを浴びて、今朝通過した分岐点に戻った。獅子ヶ鼻山から延びる、対岸の尾根に、黄昏の余韻も無く、陽は隠れていこうとしている。我々は、往路に歩いた林道を歩き始めた。朝は車で埋め尽くされていた最奥の駐車場は、空っぽになっていた。

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其処から、ふたたび長い林道歩きになったが、友人の足取りが極端に遅くなった。とうとう持病の足裏痛がぶり返したようであった。愛車をダートに入れたくないと云って、最奥の駐車場迄を歩くことにしたのは彼の決断なので、此れも止むを得ない。私は、不機嫌になっていく友人の気配を感じながら、歩調を合わせるのに苦労しながら、ゆっくりと暮れていく林道を、歩き続けていた。

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