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重太郎新道から前穂高岳ふたたび(前篇)

何処で誰からどのような影響を受けたのか、今夏は富士山に登りたいと次男の罫君が云うので、其れならば、と計画を立てたのが山開き前の六月頃だった。私の経験した富士登山は、あの御殿場ルート日帰り往復だけである。苛烈だった登山の記憶は、今も鮮明に蘇ってくる。日頃、スマートフォンを相手にして、部屋に閉じ籠もっている高校生に、耐えられる訳が無い。そう思って、此処は無難に吉田口五合目からの往復にしておくかと考えてから、やはり、あの非人道的な環境であろう山小屋に高い代金を払って宿泊するのは嫌だなと思い直した。そうして、馬返しから五合目に登り、テント場の在る佐藤小屋で幕営し、程よい未明に出発して往復してこようと云うプランに落ち着いた。

学校の夏休みが始まって間もない七月下旬に決行と決まったが、相次ぐ台風の影響で天候が不安定になって順延となった。高校生は夏休みだが、勤労者である私は都合を事前に設定しなければならない。八月の中旬に改めて休みを取ったが、今度は太平洋から真直ぐ北上してきた台風九号が関東を直撃し、またもや計画は御破算になった。因みに此の台風は北海道迄上陸して農作物を破壊し、其の後の野菜価格の高騰に発展することになる。それはそうとして、罫君の夏休みも残り一週間となり、太平洋上では次から次に低気圧が発生してくる。本土の天候も不安定を極めている。私の都合もそう頻繁には変更できない。富士山の山閉めも前倒しに早く、九月十日となっているので、残念ながら今夏の富士登山は中止と決定した。止むを得ない。

止むを得ないのであるが、親子でテントに泊まって山頂アタック、と云う珍しい計画に高揚していた私の気持ちが納まらない。成長するほどに意思の疎通が難しくなってくる子供と、自然の偉大さの支援を受けて、思い出深い山行をしてみようではないか、と云う気持ちが納まらない。そういうわけで、九月になっても富士山に比肩できる登山の計画を考えた。そうして、私が今迄の山行で最も感銘を受けた、重太郎新道からの前穂高岳を実行することにした。罫君に其れを持ちかけると、どっちでも、と云う前置きがあるような口調で、いいよと云った。

2016/10/1
上高地(13:00)---岳沢小屋(15:40)

Maehomap

鉛色の空が虚しいバスタ新宿から、松本行きの高速バスに乗り、上高地行きに乗り換えても、天候は曖昧な曇天の儘であった。しかし、釜トンネルを抜けて、焼岳の赤茶けた山肌を見上げると、陽差しが照り付けている。此れは、と云う期待に応えてくれるかのように、バスが上高地に到着した時は、見事な晴天となった。

食堂で腹ごしらえをしてから、観光客でごった返す河童橋の袂に歩いていく。峻険な北アルプスに登ると聞いて、其れなりに緊張感を抱いてきた罫君は、なんとも怪訝な表情である。橋の真ん中から、穂高連峰を見上げて、明日はあの山に登るのだと云いたいが、岳沢は霧に煙って殆ど見えない。しかし、観光客の雑踏から離れて、梓川の畔を歩いているうちに、漸く凡庸では無い自然景勝地にやってきたと云う雰囲気になった。あの山はすごいね。罫君が感心したように六百山の前衛ピークを見上げて云った。岳沢湿原から眺める良景である。

岳沢登山口に入り、鬱蒼とした樹林帯を登り始める。明日はテント場に殆どの荷物を置いて前穂に登るので、多少の負荷の掛かる山歩きは、此の上高地から岳沢小屋の往復だけである。私が背負っている、クレッタルムーセンHuginには、いつも通りのテント泊一式が詰め込まれているが、今回は相方が居るので、重量は其れ程でもないが嵩張る衣類を、罫君に背負わせたGungner40に入れてある。岳沢小屋で補給できるから水も持たないので、ザックの重さは其れ程でも無い。我々は、雨後の湿った雰囲気の漂う登山道を、淡々と登り続けた。

Maehokoko0

小尾根を縫うようにして続く登山道が勾配を上げて、前方に明るさの気配が現われる。広大な岳沢の手前を遮る尾根に乗った処で最初の休憩を取る。此処迄約三十分間歩き続けたが、高校生の表情に疲労の色は無い。案外体力があるもんだね、と話しかけると、毎日の電車通学で、(足腰が)鍛えられてるのかな、と云った。彼と一緒に丹沢や奥武蔵の山に登ったのは四年くらい前のことで、其の頃は小学生だった。出掛ける前に袋菓子をたくさん買い込んで、登山道にベンチが在ると頻繁に休憩を要求し、嬉しそうにお菓子を食べていたのを思い出す。子供と云うのも、僅か数年で、随分雰囲気が変わるものである。高校生は、私の煙草が終わるのを見て、行こうか、と云った。

天然クーラーを通過して、瓦礫場の道に変わり、一挙に風景が広がった。初めて此の道を登った時の感動を思い出す。瓦礫の白い岳沢を挟んで、峻険な山々が天に向かって延びていく風景に、圧倒された。しかし、今日は分厚い雲が頭上を覆って、西穂の連嶺を隠している。罫君に、あの感動的な光景を見せたかったのだが仕様が無い。と思っていると、高校生はザックを置いて、上高地を遥かに見おろす風景を、熱心にスマートフォンのカメラで撮影している。あれが、さっき渡った河童橋だと教えると、素直に驚いていた。やはり、来てよかった。私は内心で安堵した。

Maehokoko1

岳沢に併行する登山道が、時折瓦礫の淵に近づくと、上高地が徐々に遠く望むようになる。分厚い雲から、ぱらぱらと雨が落ちてきた。大したことの無い小雨だが、罫君にレインウェアの上着を出すように指示した。子供と高山に行く為に、新たに準備したのは雨具だけである。寝具はどうするかと考えたが、其れ程の寒さでは無いだろうと想像して、シュラフは貸与するとして、私はサーモライトリアクターとシュラフカバーで眠ることにした。行動中の雨具は絶対に必要で、出費を強いられるなと思ったが、評判のよい美津濃製ベルグテックが廉価だったので購入した。赤いレインジャケットを着た罫君がザックを背負って、ふたたび淡々と登るのを背後から見上げる。クレッタルムーセンGungner40にヘルメットを括りつけて、カリマーのザックカバーを被せているので、ザックが瘤のように膨れている。雰囲気だけは、初心者に見えない精悍さである。

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丹念に休憩ポイントが表示される標柱が現われるが、我々は意にも介さず登り続けた。順調に歩を進めていくが、胸突き八丁の岩の階段で、徐々に私と罫君の差が広がっていった。想定外の健脚ぶりである。此れなら明日は大丈夫だろう。私は、ペースを変えずに長い勾配を歩き続けた。岳沢の左岸に下り、順調に瓦礫場を横断して、最後の登りは晩秋の雰囲気を醸し出す、紅葉の道であった。次第に御機嫌な親爺たちの声が響いてきて、久しぶりの岳沢小屋に到着した。

テント場の受付を済ませて、水を補給してから、テント場に向かう。ふたたび瓦礫場を渡って、前回設営した最奥のサイト迄登った。巨岩の在るお気に入りの場所に到達して、荷を下ろした。ポーカーフェイスだった罫君は、緊張の糸が切れたように座り込み、汗を拭きながらペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。テントを作り、カップ麺を食して、あとはすることも無い。晴天だった上高地の様子とは裏腹に、穂高の断崖の上から、不穏な色の霧が降りてくる。明日の朝、もしも雨だったら。罫君が一応は聞いておこうと云う態度で質問する。

Maehokoko3

岳沢小屋から前穂を往復し、上高地に下山する。私の経験、初めての北アルプスであった重太郎新道の登山。其の、今回と同じコースの所要時間は、十時間半であった。帰途に就くバスに乗車できる時刻に下山する為に、逆算すると、明朝の出発は午前五時と云うことになる。そして、其の時刻に雨が降っていた場合は、出発を遅らせなければならないだろう。単独行の時とは事情が違うので、安全に就いて、万全を期さなければならない。私は、もしも雨なら登頂は出来ない、行ける処迄行って引き返す、と答えた。

雲の隙間から、夕暮れの陽差しが唐突に現われて、明神岳の険阻な岩肌が赤く染まった。暗雲に包まれていた岳沢に明るさが戻り、青空になった。そして、暫くすると白い雲がふたたび広がって青空を隠し、やがて、不穏な色彩に戻っていった。目まぐるしく変化する十月の北アルプスの空を、我々は茫然と見上げている。此の自然に抗うことなど、出来ない。そう実感できる光景だった。

Maehokoko4

もし登れなくても、と罫君が云った。此の景色だけでも来た甲斐があるよ。雲に包まれた儘、上高地の底が薄暮に転じていった。此れは快適だあ、と云って罫君はテントに入ってシュラフに潜り込んだ。其れからはスマートフォンを見つめて、何かに没頭し始めたようである。私は、安堵感に包まれたような気分で、暮れていく岳沢を眺める。ぼんやりと紫煙を燻らせていると、山懐の谷が、あっと云う間に、夜になっていった。

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コメント

観光客の雑踏から離れていく気分は、身が引き締まりますよね。
私は小学生の頃は、親父と山に行っていましたが、中学から反抗期で行かなくなりました。
あの頃は二度と戻ってこないので後悔しております。

いつか、息子さんとテン場で冷えたビールを酌み交わす日が来るといいですね。

コメントありがとうございます。
いろいろ思い出深い山行になりました。こんな文章を書くのは照れますね。
子供が大きくなって、よかったのは、自分の登山ウェアが流用できたことです。
靴も前に履いていたサロモンのミッドカットで済んだし…。
出費は雨具だけでした。

来年こそは富士山にふたりで登ろうと思います。
いつまで付き合ってくれるか・・・ですね。

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