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2016年10月

白毛門

暗がりの中を延々と続く階段を登り続ける。背後にざわめきを感じながら、逸る心を抑えながら、淡々と歩を進める。三番手をキープして登っていたが、終盤にトレラン然とした恰好の若者に追い越され、続いて単独行の女性ハイカーに追いつかれる。昨年の同じ頃に訪れた時は、上越線の電車から降り立って、久しぶりのトンネル駅が懐かしくてうろうろしたが、今日は一目散に階段に取り付いた。五番手で462段の階段を登り終え、地上の改札口に到達すると、人が随分居るので少し驚いた。自家用車でやってきた観光客が、駅を見物するために立ち寄っているのだろうか。快晴の空を見上げながら、一年前の曇天だった駅前の風景を思い出す。途中で降雨に遭い、登頂することなく引き返した白毛門。去年の秋は、其の挫折感で気持ちが沈んだ儘、山に行く気力が逓減していった。そう云う訳で、落し物を拾いに行くような気持ちで、ふたたび土合駅にやってきた。

2016/9/10
土合駅(10:20)---松ノ木沢ノ頭(12:20)---白毛門(13:10)---土合駅(15:30)


Shiragamon

思い返すと、途中で挫折した動機には、上越線の電車に間に合うかどうか、と云う焦燥感も大きく作用していた。東京から普通電車で土合駅に到達できるのが午前十時。帰途に就く為の午後に発車する電車の時刻は午後三時台と六時台の二本だけである。併行する国道に、路線バスが走っているのは承知しているけれど、午後三時過ぎに戻ってきたいと云う気持ちが逸り、去年は途中の松ノ木沢ノ頭で引き返してきてしまった。

今日はなんとしても白毛門に登頂して、予定通りの電車で帰る。其れが至上の命題のような気持ちになっている。降車して直ぐに、土合駅の階段を一心不乱に登り続けたのも、其のような気持ちに端を発していた。上厠を無事に済ませ、身支度えを整えて、軽快に歩き出した。国道が線路を跨いで下り勾配になり、程無く土合橋のバス停に着く。砂利の駐車場の奥から登山道になる。大多数の人が谷川岳に向かうので、白毛門への山道は程よく空いている。ふた組のハイカーを追い越し、東黒沢を渡渉し、登攀の速度を速めること脱兎のごとしで、少し喘ぐような息遣いで、其れでも意欲的に登り続けた。白毛門に登頂しないと、心の奥底に在る澱のようなものが払拭できない。私は、そんな想念だけで脚を繰り出していた。

南北を一直線に貫く尾根、地図の上では、土合から白毛門への道は単純に其れを辿っている。登山口から尾根登りを始めて、暫くは樹林帯の急登が続く。其れも前回の記憶に留まっている。急傾斜が極端になると折り返しの道になり、或る地点で唐突に眺望が開ける。直ぐ眼の前に、沢の詰まった断崖の壁が、凄惨な表情をしている谷川岳の威容が聳えている。昨年訪れた時には一度も見ることの出来なかった光景に、私の溜飲が、いよいよ下がっていく。首肯しながら尾根の直登を続けて、朽ち果てそうな桧のウロを過ぎると、漸く尾根の分岐する平坦地に立った。

標高1154m地点を通過して、東側の眺望が開けてくる。広がる谷を、森林の尾根が取り囲んでいる。微かに聞こえてくる瀬音は、白毛門沢のものだろうか。行く先に向かって延びている東の尾根は、目指す白毛門に収斂されている。其れだけを確認して、私は休憩することもなく歩き続ける。

下山の徒が少しずつ増えてきた。自家用車で早朝に登山を開始した人々であろうと思われる。単独行の白髪の男性と擦れ違い、挨拶を交わした。白毛門ですか、と訊いてみる。
「齢をとると、段々遠くなるよ。頂上がね」精悍な顔付きの白髪氏が云った。
彼が松ノ木沢ノ頭で折り返したと知って、私は云いようの無い安堵感を覚えた。

直截的に尾根を辿り、相変わらずの樹林帯が続いて、遂に彼方が明るくなる。岩襖の折り重なる鎖場を越えると、前回の終点、松ノ木沢ノ頭であった。眼前の谷川岳が明瞭に全貌を表出している。一ノ倉沢と幽ノ沢の断崖と、青空の背景が、奇妙なコントラストになっている。私は、漸く人心地が着いた気分になり、ザックを下ろして紫煙を燻らせた。続いて登って来た壮年夫妻の旦那の方が、もう此処で諦めるか、と妻に云っている。私は内心で首肯している。

白毛門は、尾根の続く先に在るのだが、此処から眺めると、別個に在る山のようである。私も、未だあんなに遠いのか、と思う。繰り返してばかりいるが、昨年の苦い思い出を反芻する。あの時は、霧で白毛門は見えなかった。此処で引き返したのは、全く合理的な判断であったのだと思った。自己肯定の言葉を刻んで、私は自身を鼓舞していく。

標高1484mの松ノ木沢ノ頭は、等高線の閉じたピークであった。必然的に鞍部に下降していく。一旦姿を消した、ふたつの突起を持つ山容が、ふたたび全容を現わした。白毛門の東面には、出来物のような奇岩が固着している。ジジ岩とババ岩と呼ばれる其の形状に就いて、此の時点では合点がいかなかったが、登頂の直前に横顔を見て首肯できた。踏路は岩場に変わり、山腹から急激に攀じ登る形で尾根上に辿り着く。細い稜線の上に出ると、最後の鎖場が現われ、いよいよ白毛門の上に乗る。ひとつ目の突起を越えて、少し歩くと、銀色の山名標が在る狭いピークだった。云いようの無い達成感が、身体に染み渡っていくような気持ちだった。

土合から直截的に登ってきて、白毛門の頂上に立って、ひと回り大きいようにも見える笠ヶ岳の姿を眺める。湯檜曽川を挟んで対峙する谷川岳から、三国峠の国境稜線を経由して、朝日岳、笠ヶ岳とUターンして白毛門に至る、所謂馬蹄形の縦走路が続いている。いつか、テントを担いで馬蹄形縦走を、此の半時計回りで実行してみたいと考えていたが、実際の笠ヶ岳を眼の前にすると、一体何処迄大荷物を背負って歩けるのか、そんな気持ちになった。

ひと足先に登頂していた中年男性と、土合から此処迄の厳しい道程に就いて話をする。此の男性も、前回登った時は、松ノ木沢ノ頭で敗退したと云った。私の、心の奥底に在った澱のようなものは、其れを聞いて霧消していった。自己弁護の為の登山を行なっているような、不思議な気分なのだが、其れは実際の心裡のことなので、止むを得ない。

中年氏は先に下山して行った。私も、帰りの電車の時刻を逆算して、山頂でのんびりしてはいられないことを薄々感じている。対岸の谷川岳を眺めながら、未練がましく、新しい煙草に火を点けた。いつの間にか谷川岳に、灰色の霧が湧き出して、山頂部を覆い始めた。周囲の全ての山々が陽光に照らされて泰然としているのに、断崖で険悪な容貌の谷川岳は、ひとりだけ薄暗いヴェールを纏って、独立した人格を持った山のようになった。魔の山と呼ばれる所以には、此のようなヴィジョンの要素もあるのだろうか。其の姿は、特別としか、云いようの無いものであった。

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白馬岳(後篇其の参・国境の稜線を辿り栂池に下山する)

Tsuga1

テント場の若者たちは飽くことも無く酒宴を続けて、どうなることかと思ったが、常識的な時刻に終了してそれぞれのねぐらに散って呉れたので安堵した。唯一の女性がどのテントで寝るのかという問題で、男性諸君が侃侃諤諤の議論を交わしていたのも御愛嬌である。そうして白馬岳頂上宿舎の夜は更けて、私は簡単な食事を済ませると、直ぐに眠ってしまった。未明にアラームで目覚めると、既にテントの外側からざわざわとした物音が聞こえる。若者たちが御来光目当てに出発していくのを確認して、私はゆっくりと撤収を開始した。ふたたびの白馬岳山頂に向かって、砂礫の傾斜を登って行く。朝の白馬山荘は、物資を運搬するヘリコプターが何往復もしていて、轟音が絶えない。山荘のベンチでパンの朝食を摂っていると、白馬岳に遮ぎられていた朝陽が顔を出して、眼前に広がる後立山連峰は、明瞭な朝の風景になった。

2016/8/8

白馬岳頂上宿舎(5:20)---白馬岳(6:20)---三国境(7:10)---小蓮華山(8:00)---白馬大池(9:40)---白馬乗鞍岳(10:15)---天狗原(11:00)---栂池ヒュッテ(12:00)

Photo

陽が昇りきって茫洋とした雰囲気の白馬岳山頂に立って、雪倉岳、朝日岳方面のパノラマを眺める。申し分の無い晴天だが、彼方に広がっている筈の日本海は霞んで見えない。大雪渓、黄昏のブロッケン現象と、減り張りが利き過ぎる程であった今回の山行の後半は、国境の稜線を辿りながら白馬大池を経由して栂池に至るコースである。昨夕に白馬山荘で話し込んだ壮年氏は、其の栂池から登ってきたそうで、感想を訊くと、長いのでうんざりしたと云った。其れを思い出しながら、白馬岳から小蓮華岳に至る山稜のラインを俯瞰して眺める。すっぱり切れ落ちた信州側の岩崖が、曲線を描いている。

岩稜の起伏に抗わずに辿る登山道。白馬岳から北に続く稜線を下り始める。馬の背と呼ばれる尾根の途上で振り返り、改めて白馬岳を見上げる。其の姿は、岩壁の曲線が、恰も身体を捻ってポーズをとっているかのように造形的な佇まいだった。稜線の上は、花崗岩の白い瓦礫の道が、何処迄も続いている。顕著な瘤山を越えると、江戸時代の奥山廻りが区分した、越中、越後、信濃の境界を、標高二千五百米の稜線が描いていると云うのが明瞭に判る。其れを俯瞰して眺めていると、不届き者が跳梁跋扈していても、簡単に発見できそうな気がする。三国境に近づくにつれて、稜線は二重に分かれて、登山道は徐々に越中側へと移動していく。尾根の分岐を示す小さなピークを右手に見ながら歩いていくと、やがて三国境の道標が現われた。

Tsuga2

小蓮華山に向かって、久しぶりに勾配を登り、標高点2719mに達すると、稜線は穏やかな傾斜に戻った。白馬岳から白馬大池に向かう人々は多く、目指す小蓮華の山頂に、人だかりがしているのが窺える。這松に沿って続く登山道から、既に白馬三山を対峙して眺める角度で、展望が広がっている。私は、手頃な平坦地を選んで立ち止まり、ザックを置いた。白馬岳は木々の緑と花崗岩の白と、筋状の雪渓が交錯する不思議な色彩で、静かに聳えている。遥か遠くに、緩やかに長い八方尾根が横たわり、其の向こうに、特徴的な鹿島槍ヶ岳が双頭を突き出している。

あそこで休んでいる人の気持ちが解るわ。遠くで声がした。小蓮華山から老夫妻が歩いて来る。やがて近づいて来たふたりに会釈すると、婦人が私の傍らに近づいてきて、ずっと見ていたい景色ね、と云った。ほんとうに。そう答えて、私はふたたび、青空の彼方に溶けていくような、北アルプスの山々を眺める。

何故、此の光景を飽かずに眺めていられるのだろう。そんなことを思った。自然、あるがままの状態、そんなものに憧憬を抱いている自分に就いて、考えてはみるけれども、何の答えも見出せなかった。僅か二日間。束の間の時間が、随分長いことのように感じる。東京に帰って、再び日常を過ごす。そのために今、私は歩いているのだろうか。そう考えると、なんだか味気ない気持ちになる。あの山の向こうに、何時迄も歩いては行けないものだろうか。

Tsuga3

煙草の火が尽きて、我に返った。そうしてふたたび歩き始め、賑わいの小蓮華山を越えた。小蓮華尾根の分岐するピーク迄の稜線の途上で、此れで見納めかと思い、時折立ち止まって鹿島槍を眺める。眺めているうちに、そう云えば五竜岳は、と思い直して凝視する。五竜岳は鹿島槍に重なって同化していた。登山と下山の徒が夥しく行き交う中で、同じように立ち止まって風景を眺めている高齢の男性に、五竜は鹿島槍の手前に、重なって見えていますね、と話し掛けた。おお、そうなんだ、高齢氏が素直に驚いて呉れたので嬉しかった。

夜行で来たのか、そりゃあ若い人じゃないと無理だな、俺は駄目だ。高齢氏の山の遍歴を拝聴し、老いてなお元気に登り続ける姿が、遠くないであろう未来の自分に重なる。今年五十歳になった私は、もう若くないと云う現実に対して、諦めきれない鬱屈したものが心の奥底に在る。そんな劣等感を、偉大な自然に相対させることで、爽快に消し去ることができるかもしれない。そんな願望を抱いて、私は、山に登り続けているのだろうか。

老若男女のハイカー集団が次々と我々の前を行き交う。狭い稜線の途上で留まっているふたりは、或いは登山者たちの迷惑になっていたかも知れない。しかし、皆が一様にダブルストックを広げて歩いてきて擦れ違うものだから、狭い登山道はますます窮屈になる。彼等はストックを持つ手が、対向する者の邪魔になっていると云う意識が無いようにも見える。自らが避けて擦れ違おうと云う素振りが無い。当然の権利、と云わんばかりにも見える。

「今は猫も杓子もダブルストックだからなあ」

こんなに岩がゴロゴロしてるところで、ストックは要らんと思うけどね。独り言のように、高齢氏が云った。自分の考えていたことが、相手にシンクロしているみたいで、少し驚いた。

Tsuga4

白馬岳の下から徐々に雲が湧き立ってくるのが窺える。遠くの唐松岳が、心なしか靄に霞んできているように見える。本当にもう見納めなのだな、と思った。高齢氏と軽快に別れて、私は船越ノ頭の勾配を登る。先程から、既に見え隠れしていた白馬大池の、満々と湛える青が、ピークを越えると、眼下に広がった。 此れから、雷鳥坂を下って、湖畔を迂回して、栂池迄の道はどうなっているのか、見当も付かない。ただ、歩き続けることで、旅が終わるのだろう。心が、浮遊しているかのように、移ろう。其の状態は、徐々に心地好さとなって、何処かに落ち着いていくだろう。

雷鳥坂の傾斜が殆ど無くなってきた頃、白馬大池の湖面が、陽光に反射して眩く光った。私は、ふたたび立ち止まって、其れをぼんやりと、眺め続けていた。


付記

朱色の瀟洒な白馬大池山荘で休憩し、軒先を通過して湖畔の道を辿る。標高2469mの白馬乗鞍から崩落している火山岩の塊りを乗り越えて歩く。傾斜を登り詰めて、ケルンと山名標の在る標高2436.4mの白馬乗鞍岳に達する。登山道は東に下り、白馬乗鞍一帯の岩塊の道は長く続いた。天狗原の湿地帯に至る尾根の樹林帯も存外に長く、登りでは随分消耗するかもしれないと想像した。天狗原の休憩所でひと息をついて、直截的に栂池まで下る。栂池ヒュッテ付近のレストランの軒先で直射日光を避けて休憩する。高山から降りてきた身としては、有名な栂池も暑さの厳しい観光地、と云う印象であった。

満員のロープウェイから、ひとりで専有できるゴンドラリフトに乗り換え、あっという間に標高831mの栂池高原駅に降りた。駐車場前の入浴施設があったが食指が動かず、バス停に向かったら丁度良く長野駅行き高速バスが発車するところだったので飛び乗った。白馬八方で下車して、「八方の湯」に立ち寄る。8/8は八の付く日ということで、入浴料金が半額の四百円だったので、栂池高原駅での判断が正しかったと自画自賛する。

バスの時刻が中途半端なので、白馬駅迄歩くことにする。浴後なのでコンビニに寄って缶麦酒を買い求め、軒先のベンチで飲み干す。青春18切符を効果的に使用できるのはいいが、白馬駅から松本駅迄が遠いんだよな、などと思って歩いていると、臨時運転の「リゾートビューふるさと」号が発車する寸前に白馬駅に到達した。快速列車なので、指定券を購入すれば乗車できるので、瞬時に決断して乗り込んだ。南小谷から松本を経由して長野迄運転する此の列車は、車窓を楽しむと云うコンセプトのようで、停車駅こそ少ないが、頻繁に徐行して車窓案内が始まる。予定していた普通列車よりも15分ばかり早く松本に到着するので殆ど意味が無いように思われるが、空いた車内で広々としたシートに座り、車内販売でまた麦酒を買い求め、快適に移動できた。

松本では相変わらずの駅ビルにある饂飩屋で麦酒を飲む。18:37発の普通列車は大月行きなので延々と揺られる。接続するのは東京行きの国電型で、松本から一回の乗り換えだけで帰京できた。

後日、白馬大雪渓が雪不足で通行止め、のニュースに驚く。私は初めて訪れたので状況は解らなかったが、白馬尻小屋の周辺まで、雪渓が続いているのが常態だった模様。小屋から雪渓の開始点迄、随分距離があるものだと内心感じてはいたが、やはり雪不足だったのかと認識を新たにした。

別記

長野県北安曇郡白馬村などは30日、北アルプス白馬岳への主要登山道である白馬大雪渓を9月1日から通行止めにすると発表した。雪不足の影響で雪渓の所々に割れ目があり、崩落の恐れもあるため、登山者の安全を確保できないと判断した。通行止めの期間は未定(中略)今季は白馬連峰の開山祭があった5月から登山道の雪が少なく、その後も例年より2週間ほど早いペースで雪解けが進んだ。村や北ア北部地区山岳遭難防止対策協会、大町署などの関係者が29日に大雪渓を視察し、村役場で協議して通行止めを決めた。今後は遭対協の隊員が雪渓の状況を確認し、安全が確認できたところで通行止めを解除する(中略)遭対協白馬班の松本正信隊長は「事故があってからでは遅い。登山者の安全を最優先した」と話している。
信濃毎日新聞 (8/31) より。 

別記其の弐

白馬岳のブロッケン現象に就いて。八月の下旬に行なわれた「登山詳細図」の踏査隊の会合で、山の緒先輩方に嬉嬉として語ったが、「ああ、飛行機乗ってるとよく見るよね」と軽く一蹴されて臍を噛んだ。私は飛行機の中からブロッケン現象を見たことが無い。そんなによく出会う現象なのだろうか。腑に落ちない。

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