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白馬岳(中篇)

Sarukura


北股入の流れに沿って、砂利の林道が緩やかに蛇行しながら続いていた。生い茂る樹林帯の下を歩き続けて、唐突に視界が開ける。白馬岳の主稜と、小蓮華尾根、其の合間に分岐して落ちてくる支尾根が、続々と合流している谷間に、真夏の陽光が降り注いでいる。猿倉荘から黙々と歩き続けているが、バスを降りた時の夥しい人の姿も随分減ってきて、私の気分は徐々に落ち着いていった。順調に西へと辿る道の先に、岩塊の尾根が行く手を遮るように、眼前に現われた。大きく左に旋回し、岩尾根を迂回するようにして続く道が先細り、御殿場と呼ばれる広場から登山道が始まる。白馬登山の徒は、傍らの植物を愛でながらゆっくりと歩いているから、登山道は断続的に渋滞が発生した。先を急ぐ訳でも無いので穏健に留まって待ってはいるが、後続の徒が近づいているのに道を塞いで花の観賞をしている人たちの神経は判らない。リーダーと思しき人物は年季の入ったベテランの風情だが、できれば、そのような熟達した人程、専横的な態度にならないように自重してほしいと思う。


Photo

2016/8/7

猿倉(6:50)---白馬尻小屋(7:50)---大雪渓起点(8:30)---大雪渓終点(10:20)---葱平岩小屋跡(10:40)---避難小屋(11:40)---白馬岳頂上宿舎(13:00)---テント設営後休憩---白馬岳頂上宿舎(16:50)---白馬岳(17:20)

木道が設えられたトレッキングコースが尽きる頃、遠くに広がる雪渓の谷間を背景に白馬尻の小屋が出現した。小屋の前に在る広場は大勢の人々で賑わっている。北アルプスの代表的なルートである、白馬大雪渓を直前に控えて、私は荷を降ろして休憩に入った。強い陽射しを遮るものが無い広場で、私は手拭いを頭に被って、ひとり紫煙を燻らせる。真夏の灼熱の太陽と、大雪渓のコントラストは、考えてみると非日常的な光景である。

出掛けてくる前に煩悶した、行く先に就いての逡巡が脳裡に蘇ってくる。北アルプスを登りたい、其の衝動の中に、此の有名な、一度は歩かなければならないとでも云うべき、白馬大雪渓が、今迄なかなか思い浮かんでこなかったのは何故だろうかと思った。同じように登山者で賑わう槍ヶ岳と比較して、何故だか白馬岳に、奥深い高山、と云うイメージが湧いてこなかった。スキー場やゴンドラが整備、開発されている白馬村の喧騒が、白馬岳に対する秘境のロマンティシズムを逓減させている。其れとは別に、私には白馬岳に対して、なんだか得体の知れない居心地の悪さを感じる理由がある。

白馬岳を「しろうまだけ」と呼ぶのは判っているが、頭の中で、どうしても「はくばだけ」と読んでしまうので困っている。長野県北安曇郡白馬村は「ながのけんきたあづみぐんはくばむら」である。地名や施設名などでは、白馬の正式名称は「はくば」なのに、白馬岳だけは「しろうまだけ」なのが、自分の中では非常に気分が落ち着かない。山登りに傾倒し始めた頃、登山に関する書物を濫読していたが、此の、白馬岳の読みに関することは頻々に出ていた。教えを乞いにきた初心者に、此れ迄の登山歴を訊ねると、はくば岳です、と云われて愕然とした、或いは苦笑した、と云うような著名な登山家の随筆を読んで、ひとり背筋に冷たい汗が流れたのを思い出す。白馬岳をはくばだけ、と呼ぶのは素人の証、てんでお話にならない、と云うのが、登山界に於ける常識なのかと思うと、其の傲然さに私は身構えてしまう。

「この立派な山に、以前は信州側にはこれという名が無く、単に西山と呼ばれていた。それがいつ頃からか代馬(しろうま)岳と名づけられ、それが現在の白馬岳と変わった。代馬よりは白馬の方が字面(じづら)がよいから、この変化は当然かもしれないが、それによってハクバという発音が生じ、今では大半の人がハクバ山と誤って呼ぶようになっている。この誤称は防ぎ難い(後略)」

深田久弥著「日本百名山」の、白馬岳の項からの抜粋である。やんわりとではあるが、「しろうま」「はくば」の呼び方に就いて、批判の色の濃い文章である。ベテラン登山者の知ったかぶりの態度を担保しているのが、此の名著の一節であるように思えてならない。代馬岳の字面の所以に就いては敷衍して諸所に書かれてあるので、其のことに関しては納得して受け入れることができるのだが、当て字とされる白馬に対しての、しろうまと云う発音の脳内変換が難しい。

此処、白馬尻小屋は百年以上の長い歴史を持つけれど、読み方は「はくばじりごや」の筈である。頂上直下の白馬山荘も「はくばさんそう」でよい。しかし、白馬岳が「しろうまだけ」なので、「白馬槍ヶ岳」はどうなるのかと思うが、此れは「しろうまやりがたけ」である。では、一昨年入湯した「白馬鑓温泉小屋」はどうなるのかと云うと、「はくばやりおんせんごや」である。施設名とは違って山の名は「しろうま」なのかと合点すればいいのだが、では此れから登る、施設名では無い「白馬大雪渓」はどうなるのか。そして明日訪れる筈の「白馬大池」はどうなるのか。どうなるのか、が繰り返されるばかりで埒が明かない。

多くの山の名前が年月を掛けて当て字を付され、変遷してきたのは事実である。かつて越後側からは大蓮華山と呼ばれていた山が、信州側から眺めることのできる代馬の雪形に纏わる名で統一され、更に当て字の白馬になって国土地理院の地図に記載されている。振り仮名は無いけれども、山名に時代に拠って読み方が変遷していくのが必然であるのならば、「はくばだけ」でもよいのではないかと個人的には思っている。

白馬岳から帰京して、話はずっと後のことになってしまうが、「登山詳細図」の踏査隊の会合が、八月の下旬に行なわれた。会合とは云っても内容は暑気払い、単なる飲み会である。私は酒の饒舌で、此の「しろうま・はくば問題」を滔々と披瀝した。山の諸先輩方は、嬉しそうな赤ら顔で、「しろうま」の根拠を語りだしたが、話せば話すほどあちこちから横槍が入り、論旨は藪道に入り込んでいった。中には、白馬山荘が「はくばさんそう」と読むことを初めて知り、衝撃を受けている人も居て、暑気払いの場は騒然となって、議論は過熱していった。

Hakubashiri

話を戻さなければならない。誰もが此れから始まる大雪渓の登りに昂揚して、人々の活気に溢れている白馬尻小屋前に戻る。傍らの老夫婦に乞われ、記念写真のシャッターを押してあげる。其の老夫婦の奥方が、其れではお先に、と云ってから、直ぐに追い越されるのにお先に、なんて変ね、と笑って、去っていった。私は、思いの他長い休憩になってしまったことに気付いた。大雪渓の直前に装着する筈の軽アイゼンをザックの外側に括りつけて、荷物を整え、出発しようかと思ったが、老夫婦に余り簡単に追いついてしまわないように、私はもう一本、煙草に火を点けた。

大いなる自然の造形に、自分の脚だけで挑んでいく。其の、何とも云えない緊張感と爽快感に立ち返ろうとして、私は紫煙を燻らせていた。はくばだいせっけい、否、しろうまだいせっけい……私は、脳裡に漂う些事にかぶりを振りながら、重いザックを担ぎ上げた。

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