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七ツ石尾根から七ツ石山

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登山を始めた頃は、同じ東京都だからと云いう安易な理由で奥多摩の山に登っていた。青梅線の沿線から登るくらいだと然程実感が無いが、日原や奥多摩湖の方迄バスに乗り継いで行き、鷹ノ巣山あたりに登って、夕刻に下山してくると、奥多摩は広いのだなと今更のように思う。奥多摩駅から帰途の電車に乗り、二時間経っても帰宅できないと云うのも、後から感じる奥多摩の遠さである。

今迄の記録を見ても、奥多摩の西部に足を踏み入れたのは数える程で、初めての幕営の雲取山、初めての避難小屋泊の三頭山、ヌカザス尾根から登った三頭山、そして、登山詳細図の踏査で登った三ツドッケなどが思い出される。他には稲村岩尾根からの鷹ノ巣山が何度か有るくらいだろうか。近年は夏になると高山志向に偏する傾向があり、奥多摩を訪れるのは冬が近い頃になる。陽の短い冬では、そんなに奥地迄行くのも億劫になって、日ノ出山に登って満足してしまい、早く帰ろうか、などと思ってしまう。

そのような経緯で、結局は奥多摩の山に登ると云う動機が減退して久しい。其れが一転して、今回は奥多摩駅から久しぶりの西東京バスに乗り、お祭と云うバス停に降り立った。此処からの定石は、後山林道をひたすらに歩いて三条の湯に向かうと云うものだが、今日は途中から七ツ石尾根に分け入り、石尾根の稜線を目指す。七ツ石山から直截的に延びる此の尾根の存在は知っていたが、登山道の無いマイナールートであるので、此れ迄歩くのを躊躇していた。其れが現在では、「奥多摩登山詳細図(西編)」にルートが記載されるようになったので、安心して取り付くことが出来る。いろんなルートで、奥多摩石尾根縦走路に登ると云う楽しみ。其のひとつを実行してみようと思い立った。入梅後の不安定な天候が続き、遠出の計画を立てて、高速バスの予約をして荒天に遭っても面白くない。其のような順序の思惟で決まった奥多摩行きでもある。

雲取山登山口の鴨沢で殆どの乗客が下車して閑散となってから、丹波行きのバスは程無くして「お祭」に着いた。特徴的な名称のバス停だが、降りてみると何も無い国道の道端で、所在無い儘に歩き出すと、直ぐに後山林道の分岐が現われた。天候は薄曇の空で、林道に入っていくと、空気がひんやりとした湿気に包まれていくような気がした。

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2016/6/19

お祭バス停(9:15)---片倉橋ゲート(10:00)---モノレール起点(10:15)---片倉橋ゲート迄落し物を取りに引き返す、トラバース道に入り断念、尾根を攀じ登り軌道沿いに復帰、などのタイムロス多数有り---片倉ゴヘイザス尾根駅(13:10)---片倉見晴台駅(13:55)---モノレール終点(15:00)---ブナ坂(15:40)---七ツ石山(16:10)---千本ツツジ(16:40)

雲取山、七ツ石山の石尾根から延びる支尾根が落ちていくのを横切って、単純に歩いていく。後山林道は切り立つ尾根の横腹を縫うようにして続いている。丹波川から離れて延々と続く後山川は、歩いている林道からは窺い知ることが出来ない。奥多摩の山々から流れ落ちてくる水源の沢が、丹波川に注いで、奥多摩湖に堰き止められて、多摩川と名を変えて、東京に流れていく。そんな既成の事実を脳裡に描きながら、蛇行する林道を歩いている。

単調な林道歩きが心地好い。眺望も無い山深い道は、何の特徴も無い。奥多摩の奥を歩いているんだな、と云う意識が、遠くに来たと云う感懐が、風景を特別なものに変換させていく。其れが心地好い。下方から流れてくる沢音を聞きながら、重いザックを背負って、ゆっくりと歩いていると、後方からモーター音が響いてきて、砂利砂利と林道を刻みながら、スクーターがやってきた。軽装のハイカーが跨るスクーターは、悪路の所為か碌な速度も出せずに、ゆっくりと走り去っていった。

急峻の裾を辿る道が、大きく右にカーブして、鬱蒼とした谷間へと続いた。其の先に、飛沫を上げて落ちる滝が現われた。くだんのスクーターが停まっているのが見える。片倉橋の掛かる先は、金網のゲートで閉ざされていて、ゲートを脇から進入して直ぐに、作業用の木段が、尾根に向かって設置されている。此れが七ツ石尾根の入口であった。少しだけ煙草を燻らせて休憩した後、出発する。木段は急傾斜の尾根を跨ぐようにトラバースして、片倉谷側に続いていて、程無く前方にプレハブ小屋が現われた。此れが七ツ石山直下付近迄、七ツ石尾根を忠実に辿るモノレール軌道の起点駅である。木製の道標に、片倉線起点駅、片倉線終点迄一時間四十分、と書かれている。モノレール自体は資材や木材を運搬する為に敷設されたものだが、此の道標は登山者に向かって記されているようにも見える。

軽い食事を摂って、登り始めようかと思った途端、ポケットの煙草の箱が無いのに気付いた。予備の分は有るのだが、何処かに落としてしまった儘だと思うと気になって、空身で林道迄を戻ってみるが見当たらない。結局ゲート前の地面に落ちているのを発見して回収した。起点駅に戻り、改めて休憩したので、存外に出発が遅れてしまった。今夜は例の如く、何処かで幕営の積もりなので、時刻の推移は殆ど気にならない。歩くのは直截的に七ツ石山へと続く尾根であり、モノレール駅の道標を信じると、石尾根の稜線には随分早く到達するかもしれない。此の時点では、漠然と奥多摩小屋にテントを設営して、雲取山に往復すると云う計画でよいと思っていた。私は、紫煙を燻らせた後、緩慢に立ち上がり、モノレール軌道に沿って歩き始めた。

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登り始めから、急傾斜を真直ぐに軌道が辿っている。礫岩の斜面は、レールに摑まらないと登ることが出来ない程であった。登山詳細図に記載されている「急傾斜注意」の斜面は、「平地、巣箱6番」迄、途切れることなく続いていた。平地は尾根が緩やかになった穏やかな処で、レールの彼方を見ると、尾根上に沿ってふたたび急激に上昇しているのが判る。人の気配の無い奥深い山に、人工的な直線が辿っている。不自然さ、と云う感覚が、目の前に見本として示されているような気分であった。

軌道に沿って登り続けるのは、単調ではあるが順調に踏破している充足感も在る。次第に高度を上げ、急斜面になった処で、軌道から離れて踏み跡がジグザグに刻まれていくようになった。登り詰めた処で唐突に眺望が開ける。伐採された斜面には広大な擁壁が造られていた。眼前に後山川を隔てた、丹波村方面の山塊が見渡せる。実直に登り続けてきて、初めて広がる眺望であった。登山詳細図にも記載して貰いたい地点である。

擁壁の上で小休止を取って、暫くは軌道から離れた踏み跡を辿る。そうしているうちに、尾根に忠実に急傾斜を登っていくレールが遠ざかり、私の歩いている踏路は左に山腹を捲いていくトラバース道になった。登山詳細図には尾根上のルートが蛇行して描かれている箇所が在るが、私は現在位置の特定が出来ず、トラバース道はみるみるうちに軌道から遠ざかっていくので、急激に不安に陥った。現在位置が此の蛇行している箇所なのかが判らない。モノレールの軌道に関連した作業道であることは間違いないのだが、不安に抗えない私は、引き返して軌道に戻り、細い岩場の急傾斜を、レールに摑まって登り続けた。レールの干からびた油脂で、掌が真っ黒になった。

現在位置を確認すること、其れはGPS機器が有れば簡単に済んでしまう問題である。其れを持っていない私としては、アナログ高度計で標高を確認し、地形図の七ツ石尾根上に照会すれば自分の位置が判明する。高度計は細引きに繋がっていて、ザックのポケットに入っている。其れを取り出すのが面倒で、私は標高値で自分の現在位置を確認する作業を放棄していた。どうせ尾根上のモノレール軌道に沿って行けばいいのだ、と云う安易な気持ちが先に有った。登山詳細図に記載されている、ジグザグのルートが、先程の擁壁に登り詰める迄の九十九折だと早合点してしまい、後は尾根を直線的に登るのだと思い込んでいたから、くだんのトラバース道が登攀ルートだと思うことが出来なかった。此の曖昧な思惟で、やがて私の状況判断は、疲労感と共に不思議な方角に傾いていった。

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レールに摑まって急斜面を登り詰めると、登山道が交差していた。此れは、登山道が蛇行して軌道に纏わり着いたり離れたりして、尾根を辿っているのであろうか。そんな風に考えた。そして、軌道を跨いで右手に続くトラバース道が、山腹に沿って上昇しているのを見て、私は其の方角に導かれるように歩いていった。道は徐々に薄暗くなって、尾根の中腹を辿っている。左手の尾根の上を目視しながら、何処でジグザグに登ってレールに合流するのか、そんな予測で歩き続けた。トラバース道は何時迄経っても其の気配を現わさなかった。

此の儘では、いけない。尾根上に復帰するためにどうするのか。随分歩いて来た道を引き返して、軌道に沿って登り直す、其の考えは瞬時に放擲してしまった。私は自分の判断ミスと、其れに関連する徒労を認めたくなかったのかもしれない。私は左手の斜面を見上げて、登攀可能な傾斜と判断した処から、無理矢理に尾根を攀じ登って行った。傾斜は徐々に厳しさを増していき、腐葉土に足元が埋もれていく。ずるずると滑りながら、斜面と抗い続けた。樹幹を掴んで、時々四つん這いになりながら、随分時間を掛けて登り続けた。漸く頭上に明るさが窺えて、見上げるとモノレール軌道が無機質の風情で連なっている。私は漸く安堵して、やがて尾根上に復帰した。やや平坦な箇所に辿り着き、私は崩れ落ちるようにしてへたり込んだ。

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一体何をしているのか。空虚な悔恨の想念が、脳裡に漂っているだけであった。七ツ石尾根は連綿と続いていて、明確にモノレール軌道が彼方に向かって上昇している。随分休憩してから、もう此のレールから離れまいと心に決めて、直截的に尾根を登り続けた。直ぐに急登となり、登り詰めた処に伐採で明るくなっている平坦地が現われて、軌道が左にカーブしていくのが窺えた。其処は、尾根の分岐する小ピークだった。木板の標識に、「片倉ゴヘイザスオネ」と記してある。地図に記載の片倉ゴヘイザスオネ駅だと思われる。片倉見晴駅迄二十分、片倉盤台跡迄二十分。木板標識に小さい文字で併記されている。見晴駅と盤台跡駅がどのような位置関係にあるのかは判らない。同じ所要時分にふたつの駅名であるから、途中で分岐した支線が在るのか、ふたつの駅は至近に位置するのか、まったく判らない。私は、ふたたび倒木に腰を下ろして休憩を取った。モノレール起点駅から、気がつくと此処迄三時間近くが経過していた。途中の道迷いがあったにしても、異様に時間が掛かっている。しかし、其れも然程重要な事実では無い。軌道に沿って登り続けている安心感の所以である。

「奥多摩登山詳細図(西編)」の等高線を見て、もう急傾斜を登ることが無いことを認識する。片倉ゴヘイザスオネ駅から緩やかに北に進路を変えて、次に尾根が合流する地点に、登山詳細図には「赤指山」の記載が在る。三角点はおろか、標高の記載も無い。東方に併行して在る、峰谷から千本ツツジのコースに近い赤指山と同名の記載が、此の七ツ石尾根の途上にも在る。其れを見届けたいと思うが、潅木に囲まれた尾根分岐地点に、ピークらしい趣は無かった。七ツ石尾根が大胆に分岐する地点だが、実際に見る風景は、ただ、モノレール軌道が細尾根の上を実直に辿っていると云うものだった。

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1536mピークは小さい盛り上がりの、樹林に囲まれた処であった。其れを少し下った地点に、レールの傍らに木のベンチが幾つも設えて在る広場が見える。此れが片倉見晴駅で、東南方面の眺望が広がっている。昭文社登山地図にもルートの記載が無い此の七ツ石尾根に、不思議な程整備された見晴台が在る。雨後の煙った空気の向こうに、三頭山から大岳山迄、奥多摩の高山を一望にする良景である。鴨沢からの登り尾根を眼前にして、改めて孤独な奥多摩登山を顧みるような気持ちになる。テント泊の巨大ザックを背負って来たにしても、随分時間が掛かってしまった。奥多摩小屋のテント場に設営して、雲取山迄往復してこようと云う朧気な思惟は霧消していった。

空腹を満たして、其の儘軌道に沿って尾根の上を諄々と登り続けた。空模様は変わらずで、標高を上げていくに従って、自然林の湿った葉に覆われた尾根上の踏路が、彩度の低い光景に変化させていった。唐突に終わる軌道の先に、終点の看板が立っている。登山の徒の為では無い筈だが、此処にも木製ベンチが設えて在った。ハイカーの嬌声が聞こえてくる。七ツ石小屋から続く登山道が、直ぐ其の先に合流しているが、此のモノレール終点駅のオアシスを、殆どの人が知らずに通過していく。私は、孤独の境界線の外側に佇んだ儘、奥多摩の遠さを、改めて実感していた。



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付記

2016/6/20

千本ツツジ(6:00)---高丸山(6:25)---日蔭名栗山(7:00)---鷹ノ巣山(8:50)---水根山(9:25)---城山(10:00)---狩倉山(10:50)---三ノ木戸山(11:40)---奥多摩駅(13:35)

尾根に忠実に林界標識迄。其の先は登山詳細図の記載の通り、藪深く断念。久しぶりのブナ坂に辿り着いて雨になった。誰も居ない七ツ石山に登頂し、テントを貼ろうかと考えたが、雨の止む迄石尾根を帰途方面に歩くことにした。千本ツツジで天候が落ち着いたので、ビバーク地に決定する。登山道の脇に幕営して、翌朝目覚めたら雲海の彼方に奥多摩三山と富士山を眺める好天となった。やはり良景を眺めるには幕営しかないなと実感する。石尾根の稜線縦走コースで、高丸山、日蔭名栗山、鷹ノ巣山、水根山、城山、狩倉山、三ノ木戸山を丹念に登り降りして奥多摩駅迄歩く。充実の山行と謂う実感で帰宅したが、半日後にマダニの被害に遭っていたことを知り愕然とする。七ツ石尾根か千本ツツジか、被害の現場は定かではない。マニュアルでは皮膚科等に受診すべしとあったが、衝撃の余り、其れでも慎重に自力で剥奪してしまったのだが、なんとか経過良好であった。其の後、衝撃の余韻は収まらず、山行への意欲が減退していくこととなったのが無念である。

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コメント

マダニに食われていたのですか~。
鹿が多いところはやはり…。

白馬岳のレポ早く見たいです~。

あ。そうそう。先日はマダニの話するの忘れてました。
今年一番の恐怖体験でした(笑)
白馬のはもうすぐアップします。
異様に長くなりそうです・・・

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