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荒船山・上信電鉄・しもにたバス(前篇)

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山上ビバークを目的とした登山に興が乗ってきたのだろうか。単なる山小屋の管理下に在るキャンプ指定地ではなく、誰も居ない頂上で、孤立するかのようにテントを張って、一夜を過ごすと云う行為に、何故か惹かれ始めている。北信五岳の飯縄山に遠征した後、次は何処に行こうかと考えて、各種交通機関の兼ね合いを吟味していき、其の挙句に、西上州に着目した。尤も、着目したと云うのは、何処か自分に誤魔化しが在る。

もう二年以上も前のことになるが、西上州は裏妙義の奇岩、丁須ノ頭を目指した。結論から云うと、登り始めの垂直の鎖場で躓き、同行者の助けを借りて漸く乗り越えたものの、疲労と恐怖に打ちのめされた。丁須ノ頭には辿り着けず、かなりの手前に位置する産泰山で撤退し、垂直の鎖場を降りるのが怖くて、緩やかな尾根を探した末に漸く下山した。西上州の山、其の印象は強烈に私を萎縮させるようになった。

其れ以来、西上州の山行と云うのを、無意識の裡に排除していたきらいが自分に在る。其れでも、昭文社地図の西上州を開いたのは何故だろう。前回の長野行きの途中、横川サービスエリアを出発した高速路線バスからの車窓を、溜息とともに眺めた。奇峰の点在する西上州。其れは眺めているだけでも驚嘆できるが、私にも登ることのできる山は無いものだろうか、そんなことを薄っすらと考えるようになった。

山頂部が広大な平坦地で、裾模様は断崖絶壁と云う特異な山容の荒船山に就いて考えた。山上ビバークには申し分が無い。其れは容易に想像できる。気に掛かるのは、其の断崖絶壁で、墜落死の事件が頻発しているのが、なんとなく不気味だ、と云うことである。荒船山の登路自体は然程危険なことは無いようで、多くの登山者が訪れる人気の山である。問題の、艫(との)岩展望台で、高度二百米の絶壁の上から、少なくない墜落死亡事故が発生しているのが何故なのかは判らない。

訪れたことの無い荒船山に就いて、其の情景を想像してみる。其処は荒涼たる不毛の地を連想させる岩山の上の広場で、周辺の山々を眺望できる大地である。広がる風景は穏やかな山地である。しかし、其の穏やかな風景に幻惑されて、不思議な安寧の気分に浸り、無意識の裡に其の突端に歩を進めると、実は垂直の崖っぷちに立っていたと云うことになる。そうして、不意に、人智の及ばない感覚に支配されて、断崖の向こうに有る何かに、引っ張られるようにして、吸い込まれていく。想像は止めども無いのでいい加減に切り上げたいが、此れが私の、机上における荒船山の情景である。底冷えのするような、実体の無い恐怖。荒船山が、実際はどうなっているのか。行って確かめてみたい、と云う気持ちになってきた。

公共交通機関のことを調べると、高崎駅から上信電鉄に乗り換えて、終点の下仁田駅から、荒船山の東側に在る登山口に近い処迄、地元のバス、しもにたバスが運行されている。荒船山は、マイカー登山の徒には気軽に日帰りで登ることのできる山ではあるが、私は山頂に泊まるので、延々と電車とバスを乗り継いで、遅い時刻から登り始めても構わない。

群馬県甘楽郡下仁田町と、長野県佐久市との境界に在る荒船山を、厳密に西上州と云ってよいのかどうかは判らないが、此の思いつきを、私は気に入った。荒船山で一夜を過ごして、西上州の山に対する恐怖感から、逃れるのではなくて、脱する。そんな禊払いのような気分が湧きあがってきて、私は複雑な昂奮を覚え始めていた。

Arafune_b

2016/5/14
三ツ瀬バス停(10:00)---相沢登山口(10:35)---中ノ宮(11:45)---艫岩展望台(13:00)---星尾峠(14:25)---御岳山(14:50)---星尾峠---経塚山(15:55)---艫岩展望台(16:40)

JR高崎駅の改札を出て、一階に下りると、上信電鉄の0番線の入口が在る。元来国鉄と共用していた長大なプラットホームの端、遥か彼方に古びた電車が停まっている。殺風景なホームの片隅に立ち食い蕎麦が在ったので、既に朝食は済ませて出掛けてきたのだが、嬉しくなって立ち寄り、掛け蕎麦を食した。発車時刻が近づき、少し速足で簡便な改札口に向かった。下仁田迄、千円の切符を購入して、女性の改札掛に印を押して貰う。駅員は丁寧に、ありがとうございます、と云った。乗車して程なく扉が閉まると、大袈裟な駆動音が響いて発車した。上信電鉄の車輌は、昔の西武鉄道の電車が払い下げられたもので懐かしい。古風な電車が、群馬県の西部を目指しながら、小さな駅に丹念に停車していく。少なくなかった乗客が、徐々に降車して、車内は閑散としていった。

Arafune1

世界遺産に登録された富岡製糸場の上州富岡駅を過ぎて、進行方向右手の車窓に、低いが険しい山並みが現われる。神成山を中心とする鋭利な山群を見て、西上州に来たのだな、と思う。其れ等が終わると難読駅の南蛇井に着く。次の千平を出発してから、電車は唸り声を上げて勾配を上がり、浅間(せんげん)山の尾根に、押されるようにして左へと曲がり始める。あとひと駅と云う処で山岳地帯の様相を呈してきた上信電鉄の線路が、ふたたび西南に舵を切って、徐々に電車の制動機が作動していく。山間部の合間から唐突に景色が広がり、下仁田駅に到着した。

快晴の青空で、陽差しが眩しい。頭端式のホームの先に、古びた木造の駅舎が在る。構内の線路に、錆び付いた車両が打ち捨てられたようにして佇んでいる。終着駅らしい風情の下仁田駅を、のんびりと眺めていたい誘惑に駆られるが、荒船山の登山口、相沢集落に近い三ツ瀬に向かうバスの接続時刻が迫っている。後ろ髪を引かれる思いで、私は改札口を出た。初めて訪れる下仁田の駅前風景を見渡すと、片隅にカラフルなワゴン車が停車している。まさかと一瞬考えたが、此れが下仁田町直営の、しもにたバス市野萱線であった。近づいて車内を覗くと、ジャージ姿の小学生が五人程乗っている。私は思わず、乗ってもいいですか、と運転席の壮年男性に訊いた。すぐ出るよ。運転手が云った。

小中学校に近接する文化ホールで更に児童二名が乗車して、しもにたバスは国道254号に出た。小学生を引率して郊外に出掛けるマイカーに添乗しているようで、気分はまったく落ち着かない。話が前後してしまうが、帰途に乗車した運転手に事情を訊いたところ、此のしもにたバスは、スクールバスを兼ねて運行していると云うことであった。土曜日の午前中に下校する生徒が、どのようなタイムスケジュールで活動しているのか、見当も付かないが、ひとり降り、ふたり降り、古びた宿場町の本宿と云うバス停で最後の児童が降りて、乗客は私ひとりとなった。荒船山の登山口、相沢に至る車道の起点になる三ツ瀬は、国道から少し離れた処に在る集落で、ワゴン車は田圃の広がる舗装路に入ると、点在する民家が途切れた場所で停車した。均一運賃の二百円を支払って、私は三ツ瀬バス停に降り立った。運転手が、気をつけて、と云って呉れた。しもにたバスが去っていくと、時間が止まったように静かな農村の風景が、広がるばかりであった。停留所のベンチで身支度を整えながら、遠くに来たな、と云う感慨が湧きあがってくる。形容しがたい心地好さで、私は暫く、其処に佇んでいた。

Arafune2

山肌に沿って、緩やかに勾配を上げていく舗装路を歩き続ける。農家の庭先から、農作業に向かう支度中の老夫婦が、荒船かい、と、声を掛けて呉れる。蛇行しながら続く車道歩きの途上で、荒船山の突端が遠くに目視できる。内山峠側から眺める、お馴染みの巨大船のような全容は望めないが、前衛の山々の向こうに聳える其の姿は、やはり特異であり、ひと目で判る山容であった。相沢川に沿って暫く歩き続け、整地された田畑が広がり、庚申塚が現われると、其処が相沢の集落で、民家の尽きる処が相沢橋だった。林道になった勾配を少し歩くと、荒船山登山口の道標が現われて、愈々山歩きの始まりである。登山口には、三台の車が駐車されていた。

緩やかな尾根の北面を暫く歩いて、唐突に左に旋回して尾根上に乗った。其の儘尾根登りが続くかと思いきや、登山道は南面をトラバースしながら続いていく。新緑が繁茂するのを照らす陽光の中を軽快に歩き続けていたが、踏路は徐々に谷筋に近づいていく。ヤマツツジの朱色が、薄暗くなっていく山の斜面に点在して彩りを与えている。併行する沢が詰め上がる地点から、登山道は複雑に重なる礫岩の合間を縫うようにして続いていた。鬱蒼とした渓道を辿って、早く尾根の上に戻りたいと思いながら歩いていると、中ノ宮の祀られた大岩が現われたので、道中は半ば迄達したことになる。

巨岩の下を通過してから、登山道は尾根に向かって登り勾配になった。中ノ宮の上部に戻っていくような形で、九十九折に登り続ける。鬱蒼とした雰囲気が続いているので、荒船山を目指して登っていると云う実感が希薄になってくる。巨大ザックを背負ってはいるが、疲弊する程歩いてはいない。所要時間も、登山地図のコースタイムと遜色は無い。頂上で幕営を開始する迄、随分時間が余るのは想定済みなので、逸る気持ちも無い。其の中途半端な気分が、緊張感と云うものと対極に在るので、疲弊ではない気怠さが湧きあがってくる。

Arafune3

東北東に延びていく顕著な尾根に合流した地点に、錆び付いた鉄板の道標が地面に立て掛けて在った。毛無山の時に見た、マツダランプ提供の道標には、胸突き八丁下と云う現在地が記されている。進行方向を見上げると、急勾配の尾根が続いていて、急登を真直ぐに進んでいく登山道が窺える。此れが胸突き八丁の勾配であろう。荒船山の台座の上に乗るのは時間の問題であった。私は、必要以上にのんびりと休憩を取る。時刻は正午を過ぎたばかりで、登頂者は艫岩で昼食を摂っている頃合と思われる。此処迄、先行した登山者に追いつくこともなく、後続の徒に抜かれることもなかった。恐らく、登山口に駐まっていた三台の車だけが、相沢登山口からの登山者なのだと察せられる。尤も、荒船山のメインルートは内山峠や荒船不動からの登山道であるから、静かな山歩きも今のうちかもしれない。私は、樹林の合間から覗けるようになった北面の風景を眺めながら、紫煙を燻らせていた。

仰々しく胸突き八丁と呼ばれる勾配だが、実態は其れ程でも無く、直登が終わると愈々北面に向かって踏路が続いている。艫(とも)岩の絶壁が、直ぐ近くに眺めることが出来る。此処で下山者一名と擦れ違う。そして、頂上直下に設置された階段を登っている途中で、高齢男性のグループと擦れ違った。其れが存外に大人数だったので、土曜日だから覚悟はしていたが、果たして荒船山はどの程度の人が居るのかと、徐々に不安になってきた。

階段を登りきると、既に荒船山の平坦なピーク上に立っていることになる。雑木林が立ち並ぶ周囲の風景は、何処かの公園にでも居るような錯覚に陥るような、茫漠としたものだった。想像していた、荒涼たる不毛の地と云う印象では無かった。緩やかな丘の上に続く踏み跡を辿り、程なく広々とした道に出る。道標に、艫岩絶壁と経塚山の双方向を示す道標が立っていた。艫岩方面に歩き出すと、向こうから若い女性が真剣な表情で走ってくる。旅行会社の身分証を首から提げている、ツアー登山のガイドと思しき女性は、誰某さあん、と叫びながら走っていった。団体客の迷子を捜しているようであった。私は、観念したような気分で、艫岩に向かって歩き続けた。

平坦な道が、やがて樹林に囲まれるようになって、其の向こうに白い光が差し込んで明るくなっている。立派な小屋の建つ周辺のベンチで、多くの人々が食事の休憩を取っていた。展望台の手前で、人だかりになっている。其の人だかりに、ひとりの男性が大声で叫んでいる。ツアー登山の引率ガイドと思しき男性は、展望台で休憩しないでください、展望台の先に入らないでください、と云うようなことを叫んでいた。

Arafune4

其の喧騒の中を掻き分けて、艫岩展望台に到達した。礫岩の敷き詰められた小さい広場に、風景指示盤が設置されている。眼前は、西上州と佐久の山々が広がる大展望である。よく晴れているので、展望台には直射日光が降り注いでいる。さぞかし暑いのではないかと思うが、腰を据えて食事を摂る複数のグループで、展望台は足の踏み場も無い。タオルを顔に被せて、寝転がって昼寝している者も居る。其れ等を跨いで、断崖の突端に近づいてみる。崖の下を覗くような真似は出来ないが、絶壁の上に立っていると云う緊張感とは別に、此の狭い場所に人が多すぎるのが怖い。

其れで、程なく踵を返した。机上の想像での情景とは甚だしく乖離した荒船山ではあるが、夕刻に戻れば、此の場所を専有することができる。誰も居ない断崖の上で、或いは感興を新たにできるかもしれない。其れにしても、団体客を差し引いて考えても、荒船山に登ってくる者が此れ程多いと云うのに驚いた。昼食を摂る気分も霧消して、私は所在の無い足取りで、艫岩から逃げ出すようにして、歩き始めていた。

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