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2016年6月

荒船山・上信電鉄・しもにたバス(前篇)

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山上ビバークを目的とした登山に興が乗ってきたのだろうか。単なる山小屋の管理下に在るキャンプ指定地ではなく、誰も居ない頂上で、孤立するかのようにテントを張って、一夜を過ごすと云う行為に、何故か惹かれ始めている。北信五岳の飯縄山に遠征した後、次は何処に行こうかと考えて、各種交通機関の兼ね合いを吟味していき、其の挙句に、西上州に着目した。尤も、着目したと云うのは、何処か自分に誤魔化しが在る。

もう二年以上も前のことになるが、西上州は裏妙義の奇岩、丁須ノ頭を目指した。結論から云うと、登り始めの垂直の鎖場で躓き、同行者の助けを借りて漸く乗り越えたものの、疲労と恐怖に打ちのめされた。丁須ノ頭には辿り着けず、かなりの手前に位置する産泰山で撤退し、垂直の鎖場を降りるのが怖くて、緩やかな尾根を探した末に漸く下山した。西上州の山、其の印象は強烈に私を萎縮させるようになった。

其れ以来、西上州の山行と云うのを、無意識の裡に排除していたきらいが自分に在る。其れでも、昭文社地図の西上州を開いたのは何故だろう。前回の長野行きの途中、横川サービスエリアを出発した高速路線バスからの車窓を、溜息とともに眺めた。奇峰の点在する西上州。其れは眺めているだけでも驚嘆できるが、私にも登ることのできる山は無いものだろうか、そんなことを薄っすらと考えるようになった。

山頂部が広大な平坦地で、裾模様は断崖絶壁と云う特異な山容の荒船山に就いて考えた。山上ビバークには申し分が無い。其れは容易に想像できる。気に掛かるのは、其の断崖絶壁で、墜落死の事件が頻発しているのが、なんとなく不気味だ、と云うことである。荒船山の登路自体は然程危険なことは無いようで、多くの登山者が訪れる人気の山である。問題の、艫(との)岩展望台で、高度二百米の絶壁の上から、少なくない墜落死亡事故が発生しているのが何故なのかは判らない。

訪れたことの無い荒船山に就いて、其の情景を想像してみる。其処は荒涼たる不毛の地を連想させる岩山の上の広場で、周辺の山々を眺望できる大地である。広がる風景は穏やかな山地である。しかし、其の穏やかな風景に幻惑されて、不思議な安寧の気分に浸り、無意識の裡に其の突端に歩を進めると、実は垂直の崖っぷちに立っていたと云うことになる。そうして、不意に、人智の及ばない感覚に支配されて、断崖の向こうに有る何かに、引っ張られるようにして、吸い込まれていく。想像は止めども無いのでいい加減に切り上げたいが、此れが私の、机上における荒船山の情景である。底冷えのするような、実体の無い恐怖。荒船山が、実際はどうなっているのか。行って確かめてみたい、と云う気持ちになってきた。

公共交通機関のことを調べると、高崎駅から上信電鉄に乗り換えて、終点の下仁田駅から、荒船山の東側に在る登山口に近い処迄、地元のバス、しもにたバスが運行されている。荒船山は、マイカー登山の徒には気軽に日帰りで登ることのできる山ではあるが、私は山頂に泊まるので、延々と電車とバスを乗り継いで、遅い時刻から登り始めても構わない。

群馬県甘楽郡下仁田町と、長野県佐久市との境界に在る荒船山を、厳密に西上州と云ってよいのかどうかは判らないが、此の思いつきを、私は気に入った。荒船山で一夜を過ごして、西上州の山に対する恐怖感から、逃れるのではなくて、脱する。そんな禊払いのような気分が湧きあがってきて、私は複雑な昂奮を覚え始めていた。

Arafune_b

2016/5/14
三ツ瀬バス停(10:00)---相沢登山口(10:35)---中ノ宮(11:45)---艫岩展望台(13:00)---星尾峠(14:25)---御岳山(14:50)---星尾峠---経塚山(15:55)---艫岩展望台(16:40)

JR高崎駅の改札を出て、一階に下りると、上信電鉄の0番線の入口が在る。元来国鉄と共用していた長大なプラットホームの端、遥か彼方に古びた電車が停まっている。殺風景なホームの片隅に立ち食い蕎麦が在ったので、既に朝食は済ませて出掛けてきたのだが、嬉しくなって立ち寄り、掛け蕎麦を食した。発車時刻が近づき、少し速足で簡便な改札口に向かった。下仁田迄、千円の切符を購入して、女性の改札掛に印を押して貰う。駅員は丁寧に、ありがとうございます、と云った。乗車して程なく扉が閉まると、大袈裟な駆動音が響いて発車した。上信電鉄の車輌は、昔の西武鉄道の電車が払い下げられたもので懐かしい。古風な電車が、群馬県の西部を目指しながら、小さな駅に丹念に停車していく。少なくなかった乗客が、徐々に降車して、車内は閑散としていった。

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世界遺産に登録された富岡製糸場の上州富岡駅を過ぎて、進行方向右手の車窓に、低いが険しい山並みが現われる。神成山を中心とする鋭利な山群を見て、西上州に来たのだな、と思う。其れ等が終わると難読駅の南蛇井に着く。次の千平を出発してから、電車は唸り声を上げて勾配を上がり、浅間(せんげん)山の尾根に、押されるようにして左へと曲がり始める。あとひと駅と云う処で山岳地帯の様相を呈してきた上信電鉄の線路が、ふたたび西南に舵を切って、徐々に電車の制動機が作動していく。山間部の合間から唐突に景色が広がり、下仁田駅に到着した。

快晴の青空で、陽差しが眩しい。頭端式のホームの先に、古びた木造の駅舎が在る。構内の線路に、錆び付いた車両が打ち捨てられたようにして佇んでいる。終着駅らしい風情の下仁田駅を、のんびりと眺めていたい誘惑に駆られるが、荒船山の登山口、相沢集落に近い三ツ瀬に向かうバスの接続時刻が迫っている。後ろ髪を引かれる思いで、私は改札口を出た。初めて訪れる下仁田の駅前風景を見渡すと、片隅にカラフルなワゴン車が停車している。まさかと一瞬考えたが、此れが下仁田町直営の、しもにたバス市野萱線であった。近づいて車内を覗くと、ジャージ姿の小学生が五人程乗っている。私は思わず、乗ってもいいですか、と運転席の壮年男性に訊いた。すぐ出るよ。運転手が云った。

小中学校に近接する文化ホールで更に児童二名が乗車して、しもにたバスは国道254号に出た。小学生を引率して郊外に出掛けるマイカーに添乗しているようで、気分はまったく落ち着かない。話が前後してしまうが、帰途に乗車した運転手に事情を訊いたところ、此のしもにたバスは、スクールバスを兼ねて運行していると云うことであった。土曜日の午前中に下校する生徒が、どのようなタイムスケジュールで活動しているのか、見当も付かないが、ひとり降り、ふたり降り、古びた宿場町の本宿と云うバス停で最後の児童が降りて、乗客は私ひとりとなった。荒船山の登山口、相沢に至る車道の起点になる三ツ瀬は、国道から少し離れた処に在る集落で、ワゴン車は田圃の広がる舗装路に入ると、点在する民家が途切れた場所で停車した。均一運賃の二百円を支払って、私は三ツ瀬バス停に降り立った。運転手が、気をつけて、と云って呉れた。しもにたバスが去っていくと、時間が止まったように静かな農村の風景が、広がるばかりであった。停留所のベンチで身支度を整えながら、遠くに来たな、と云う感慨が湧きあがってくる。形容しがたい心地好さで、私は暫く、其処に佇んでいた。

Arafune2

山肌に沿って、緩やかに勾配を上げていく舗装路を歩き続ける。農家の庭先から、農作業に向かう支度中の老夫婦が、荒船かい、と、声を掛けて呉れる。蛇行しながら続く車道歩きの途上で、荒船山の突端が遠くに目視できる。内山峠側から眺める、お馴染みの巨大船のような全容は望めないが、前衛の山々の向こうに聳える其の姿は、やはり特異であり、ひと目で判る山容であった。相沢川に沿って暫く歩き続け、整地された田畑が広がり、庚申塚が現われると、其処が相沢の集落で、民家の尽きる処が相沢橋だった。林道になった勾配を少し歩くと、荒船山登山口の道標が現われて、愈々山歩きの始まりである。登山口には、三台の車が駐車されていた。

緩やかな尾根の北面を暫く歩いて、唐突に左に旋回して尾根上に乗った。其の儘尾根登りが続くかと思いきや、登山道は南面をトラバースしながら続いていく。新緑が繁茂するのを照らす陽光の中を軽快に歩き続けていたが、踏路は徐々に谷筋に近づいていく。ヤマツツジの朱色が、薄暗くなっていく山の斜面に点在して彩りを与えている。併行する沢が詰め上がる地点から、登山道は複雑に重なる礫岩の合間を縫うようにして続いていた。鬱蒼とした渓道を辿って、早く尾根の上に戻りたいと思いながら歩いていると、中ノ宮の祀られた大岩が現われたので、道中は半ば迄達したことになる。

巨岩の下を通過してから、登山道は尾根に向かって登り勾配になった。中ノ宮の上部に戻っていくような形で、九十九折に登り続ける。鬱蒼とした雰囲気が続いているので、荒船山を目指して登っていると云う実感が希薄になってくる。巨大ザックを背負ってはいるが、疲弊する程歩いてはいない。所要時間も、登山地図のコースタイムと遜色は無い。頂上で幕営を開始する迄、随分時間が余るのは想定済みなので、逸る気持ちも無い。其の中途半端な気分が、緊張感と云うものと対極に在るので、疲弊ではない気怠さが湧きあがってくる。

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東北東に延びていく顕著な尾根に合流した地点に、錆び付いた鉄板の道標が地面に立て掛けて在った。毛無山の時に見た、マツダランプ提供の道標には、胸突き八丁下と云う現在地が記されている。進行方向を見上げると、急勾配の尾根が続いていて、急登を真直ぐに進んでいく登山道が窺える。此れが胸突き八丁の勾配であろう。荒船山の台座の上に乗るのは時間の問題であった。私は、必要以上にのんびりと休憩を取る。時刻は正午を過ぎたばかりで、登頂者は艫岩で昼食を摂っている頃合と思われる。此処迄、先行した登山者に追いつくこともなく、後続の徒に抜かれることもなかった。恐らく、登山口に駐まっていた三台の車だけが、相沢登山口からの登山者なのだと察せられる。尤も、荒船山のメインルートは内山峠や荒船不動からの登山道であるから、静かな山歩きも今のうちかもしれない。私は、樹林の合間から覗けるようになった北面の風景を眺めながら、紫煙を燻らせていた。

仰々しく胸突き八丁と呼ばれる勾配だが、実態は其れ程でも無く、直登が終わると愈々北面に向かって踏路が続いている。艫(とも)岩の絶壁が、直ぐ近くに眺めることが出来る。此処で下山者一名と擦れ違う。そして、頂上直下に設置された階段を登っている途中で、高齢男性のグループと擦れ違った。其れが存外に大人数だったので、土曜日だから覚悟はしていたが、果たして荒船山はどの程度の人が居るのかと、徐々に不安になってきた。

階段を登りきると、既に荒船山の平坦なピーク上に立っていることになる。雑木林が立ち並ぶ周囲の風景は、何処かの公園にでも居るような錯覚に陥るような、茫漠としたものだった。想像していた、荒涼たる不毛の地と云う印象では無かった。緩やかな丘の上に続く踏み跡を辿り、程なく広々とした道に出る。道標に、艫岩絶壁と経塚山の双方向を示す道標が立っていた。艫岩方面に歩き出すと、向こうから若い女性が真剣な表情で走ってくる。旅行会社の身分証を首から提げている、ツアー登山のガイドと思しき女性は、誰某さあん、と叫びながら走っていった。団体客の迷子を捜しているようであった。私は、観念したような気分で、艫岩に向かって歩き続けた。

平坦な道が、やがて樹林に囲まれるようになって、其の向こうに白い光が差し込んで明るくなっている。立派な小屋の建つ周辺のベンチで、多くの人々が食事の休憩を取っていた。展望台の手前で、人だかりになっている。其の人だかりに、ひとりの男性が大声で叫んでいる。ツアー登山の引率ガイドと思しき男性は、展望台で休憩しないでください、展望台の先に入らないでください、と云うようなことを叫んでいた。

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其の喧騒の中を掻き分けて、艫岩展望台に到達した。礫岩の敷き詰められた小さい広場に、風景指示盤が設置されている。眼前は、西上州と佐久の山々が広がる大展望である。よく晴れているので、展望台には直射日光が降り注いでいる。さぞかし暑いのではないかと思うが、腰を据えて食事を摂る複数のグループで、展望台は足の踏み場も無い。タオルを顔に被せて、寝転がって昼寝している者も居る。其れ等を跨いで、断崖の突端に近づいてみる。崖の下を覗くような真似は出来ないが、絶壁の上に立っていると云う緊張感とは別に、此の狭い場所に人が多すぎるのが怖い。

其れで、程なく踵を返した。机上の想像での情景とは甚だしく乖離した荒船山ではあるが、夕刻に戻れば、此の場所を専有することができる。誰も居ない断崖の上で、或いは感興を新たにできるかもしれない。其れにしても、団体客を差し引いて考えても、荒船山に登ってくる者が此れ程多いと云うのに驚いた。昼食を摂る気分も霧消して、私は所在の無い足取りで、艫岩から逃げ出すようにして、歩き始めていた。

飯縄山・瑪瑙山・戸隠神社の逍遥(後篇)

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岩の上に鎮座している第十三の虚空僧菩薩に拝礼し、展望の開けてきた登山道を登り続けた。白樺の幹が薄日で朱色に染まっている。笹原の向こうに、飯綱高原が薄ぼんやりと広がっている。戸隠神社中社方面から続く登山道との分岐に合流すると、西側の眺望が広がった。戸隠連峰の鋸歯状の連なりが、当たり前のように眼前に在る。連峰の落ちていく先に、特徴的な三角錐の山が美しい。一夜山の由来は、鬼が一晩で造ったと云う伝説が在るそうだが、其れを差し引いても、語感の美しい山名であると思う。飯縄山の主稜に乗ったから、もう頂上は近い。改めてザックを下ろして休憩していると、全くの想定外で、南登山道の下方から、熊鈴が聞こえてきた。此の時刻に、登ってくる人間が居る。私は、全身に緊張が走るような感覚で、立ち尽くしていた。

2016/4/24

飯縄登山口バス停(13:30)---奥宮一ノ鳥居(13:50)---駒繋ぎの場(14:50)---天狗の硯石(15:30)---飯縄神社(16:40)---飯縄山(17:00)---飯縄神社(17:20)

2016/4/25

飯縄神社(8:10)---飯縄山(8:20)---瑪瑙山(9:40)---戸隠スキー場(10:50)---戸隠中社(11:20)---火ノ御子社---戸隠宝光社(14:10)

熊鈴の響きが近づいてきて、ひとりの中年男性が登ってきた。動揺を隠せない儘、挨拶をするが、男性は目を合わせずに、一応は頷いてから、広がる風景に向けて、ひとしきりカメラのファインダーを覗いて、程なく、一足先に山頂に向かって去っていった。愛想の無さはどうでもよくて、私は彼の装備を注視した。男性は幕営をするような装備では無いようだった。夕刻の山頂で、風景写真を撮影する目的で登ってきたのだろうか。

落ち着かない気分の儘、緩やかな傾斜を登りきって、金属製の鳥居と、祠が現われた。双耳峰の一端の飯縄神社は、其処から少し歩いた処に在った。予想通りの平坦地が社殿の上に広がっていて、テントを張ってくださいと云わんばかりの好展望地であった。くだんの無愛想氏の姿は無かったので、三角点の在る山頂に向かったのであろう。私は、巨大ザックを置いて、サブザックを取り出し、軽装で最高点迄を往復することにした。神社のピークから、北東に向かって伸びる登山道の先に、標高差は十メートルも違わない飯縄山のピークが、穏やかな丘陵のように盛り上がっている。陽当たりが悪い訳では無い筈なのに、コルに向かって下る道には、雪が残っていて、アイゼンを履いていない足元は少し覚束ない。

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標高1917.4m、飯縄山の頂上に立った。全方位の眺望が広がるのは知識としては有ったが、ずっと眺めてきた飯綱高原の景色から転じて、戸隠連峰と黒姫、妙高の姿が一望され、胸のすくような景色である。黄昏の逆光の所為で黒い戸隠山と、高妻山の怜悧なシルエットが美しい。北方を向くと、黒姫山の向こうに独特の形状で、妙高山が頭を出している。飯縄山の南側は相変わらずの薄曇なので、夕映えの高峰が連なる北西方面の景色が、不思議なコントラストで浮き上がっている。信濃と越後の境で、ふたつの景色を交互に眺めている。

ところで、問題の無愛想氏だが、戸隠方面に向けて、三脚を立てるでもなく、落ち着きの無い動作でカメラを覗いている。追って登頂してきた私を、完全に黙殺しており、袋菓子をぼりぼりと食べたりしている。人嫌いの単独行者の心境は、多分に理解している積もりである。彼の方こそ、想定外の人間が登ってきて、内心で舌打ちをしているのは想像に難くない。私は、早々に山頂を辞して、飯縄神社のピークに戻ることにした。

気を取り直して、漸く夕暮れに差し掛かろうかと云う時刻に、テントを広げた。飯縄神社の周辺は適度な瓦礫場で、ペグを打たずとも石で代用して張り綱を固定できた。フライシートを被せて張っている最中に、無愛想氏が山頂から戻ってきたようで、私のテントの近くで立ち止まった。目が合ったら声を掛けようかと思ったが、相変わらず、目の前に居る私を黙殺して、カメラを遠景に向けている。仕方なく、フライシートを固定する作業に戻った。そうしているうちに、無愛想氏は去っていった。私は、胸を撫で下ろした。

すじ雲が縦横に流れて、飯縄山の上には青空が残っているが、戸隠連峰の先に、陽が徐々に落ちていく。シルエットが濃厚になると、其の遥か向こうに、壮麗な山脈の壁が出現する。北アルプス、後立山連峰である。戸隠連峰との遠近感を差し引いても、圧倒的に高く聳えている。上には上が居る、そんな感じで、夕映えのシルエットが明瞭になって現われたので、私は茫然と立ち尽くして、其れを眺めた。白馬三山が判別し易い。五竜岳と鹿島槍ヶ岳の稜線の向こうに、剱岳も見えるのだろうか。地図にコンパスを当てて見当を付けるが、其れは不可能であった。

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夕陽が完全に姿を消して、麓は薄暮の気配が瀰漫していくが、山頂の空は未だ明るい。私は、漸く安寧の気持ちで、缶麦酒の栓を開ける。冷たい空気に晒された缶は程よく冷えて、其れをごくごくと飲む。一日を掛けて長野迄やってきて、夕暮れの山頂でひとり、何をやっているのかと、我に返ってしまい、可笑しくなる。飯綱高原に、灯火が疎らに点灯していく。気が付くと、里山の向こうに、光の波が広がっていた。長野市街の夜景は、少し靄が掛かっているのか、低山に隠れて部分的にしか眺めることが出来ない為か、其れ程格別のようには感じられなかった。

四月の信州北部の寒さは見当が付かなかったので、冬の越前岳の時と同様の防寒装備をしてきた。テントの中でウヰスキーを舐めながら、文庫本を読んでいると、忽ち睡魔が襲ってきて、其の儘眠りに落ちた。深夜に目覚めて、どれどれ、と云った感じでテントから這い出て、長野市街の夜景を眺めたが、感懐は同じであった。

ぱたぱたと云う音で覚醒した。フライシートがはためいているので、飯縄山の朝は如何に、とテントの外に出ると、一面の霧の中であった。其れも止むを得ないだろう。私はのんびりとした気分で、湯を沸かして珈琲を飲む。賞味期限の切れそうなカロリーメイトを齧って、其れを朝食にした。今日は飯縄山の北側に続く尾根をぐるりと廻って、戸隠神社に下山するだけである。昼食の戸隠蕎麦を食べるのが、今から待ち遠しい。そんなことを考えていたら、霧の向こうから熊鈴が聞こえてくる。時刻は午前六時台であるが、早速登頂者がやってきたのかと驚いた。霧の中から現われた初老の男性は、巡礼者のように笠帽子を被った風体だった、初老氏は、当然のことながら少し驚いた表情で私を見た。私は必要以上に、快活に挨拶をする。初老氏は、麓の別荘に滞在していて、毎朝飯縄山に登っているのだと云って、山頂に向かっていった。其の儘紫煙を燻らせていると、また登山者の足音が聞こえてきた。今度は中年男性で、泊まったんですかあ、と感心したように云って呉れて、山頂に去っていった。

此れは、余りのんびりしているのも考え物である。私はテントに戻って着換えることにした。身支度が整った頃、テントの外から声を掛けられた。這い出ると、一番手の初老氏が、登頂して、もう下山の途に就くようであった。登山歴四十年、昔は岩登りもやったけど、もう此の辺の山を歩くだけで満足だよ。そんな会話のあと、瑪瑙山に至る道は雪が残っているから気をつけて、と云って、初老氏は去っていった。テントを畳んで、飯縄神社に御礼の参詣をした。社殿の中に登山者ノートが在ったので開いてみた。今日の日付と、几帳面な筆跡で、テント泊一名、と記されていた。飯縄山を見守っている初老氏に、微笑ましいエピソードを提供したような気分になって、私はゆっくりと、山頂に向かって歩き始めた。

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改めて飯縄山の頂上に立った頃、早朝の霧は既に消え失せて、気持ちのよい青空が広がっていた。雲海の向こうに浮かんでいる、台形の上辺が変形して尖っているような形の高妻山が美しい。乙妻山に至る北面の山腹は、未だ雪化粧をしていて、私は、やはり飯縄山に留めておいた計画でよかったのだと首肯した。黒姫山の向こうに聳える妙高山から、火打山、焼山に掛けて、白銀の高峰が連なっているのが見渡せる。私の技量では、飯縄山から、彼の銀嶺を眺めるのが相応である。そうは思いつつも、何をやっているのか、早く登って来い、そんな風に云われているような気分にもなる。厳然として聳える山々に、畏敬の念が劣等意識とともに湧きあがってくるのだが、其れも何故だか心地好い。いつかは登るのだ。いつか、と云う未来に想念を巡らせることができる。其れが心地好い。

飯縄山の北側から西に分岐する尾根を、瑪瑙山を正面に眺めながら雪の傾斜を慎重に下った。思いのほか急激に標高を下げたので、妙高は黒姫山の影に隠れてしまった。明るい鞍部に達すると、最後のひと登りで今回の山歩きも終焉を迎える。瑪瑙(めのう)とは難読山名である。辞書を引いてみると、「紅、緑、白などの美しい色彩模様を持つ宝石」(三省堂国語辞典)と云うことで、そんな鉱物採取の歴史のある山なのだろうか、などと考えながら歩いているうちに登頂した。瑪瑙山の頂上は、戸隠スキー場ゲレンデの最高所となっていて、リフトの乗降所が在り、風情の欠片も無い処だった。

Iizuna25

其れも止むを得まい。私は、整地された裸のゲレンデを下り始める。瑪瑙山を中心に、尾根が馬蹄形に延びて、麓迄続いている。広大な谷のゲレンデ。左手に延びる尾根は途上で新たなピーク、怪無山となって、戸隠神社迄続いている。私は、敢えて右手の尾根を下ることにした。尾根上も滑走コースになっていて、雪の融けた今は、だだっ広い刈り払われた草地である。歩き易いのとは裏腹に、其の人工的な風情には辟易とさせられる。営業していないリフトの索道に併行して歩いているので、好んで徒労を甘受しているような気になるので腹立たしい。そんな道中に食傷気味になりながら歩いていくと、高妻山がいよいよ近くに眺められる。さてさて。何時頃に登ってやろうか。私は、秀峰を見上げて、退屈に抗いながら、歩き続けていた。



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追記

静まり返ったシーズンオフの戸隠スキー場から、車道を下り続けて戸隠神社中社に到着。参詣後、「戸隠神告げ温泉」にて入浴。同施設で風呂上りの麦酒と、ざる蕎麦を食す。「ぼっち盛り」の戸隠蕎麦は美味也。中社の目の前に在る有名店「うずら家」にも梯子しようかと思ったが、既に行列が出来ていて断念す。中社参詣時は開店直後で空いていたので少し後悔す。長野駅から帰途の高速バスは出発時刻が夕刻なので、逆算して時間を潰す為、戸隠五社のうち、火之御子神社、戸隠宝光社の二箇所に参詣す。いにしえの参詣道は気持ちの好い山道で、下り基調なので疲労無く逍遥す。宝光社前から長野駅行きバスに乗り、城山公園で下車。善光寺境内を散策して善光寺下の門前蕎麦屋「大丸」にて、ざる蕎麦と麦酒。徒歩にて長野駅。高速バス発車十分前に乗降所に到着す。帰路の乗客は十数名程度で、ストレス無く帰京。帰京便は到着がバスタ新宿では無く東京駅八重洲口だった。


戸隠神告げ温泉女将 宮沢辰子さん 「戸隠に湧き出た奇跡に泉」

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