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飯縄山・瑪瑙山・戸隠神社の逍遥(前篇)

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新宿駅南口に出来たばかりの「バスタ新宿」の待合ロビーから、バスが転回してくるロータリーを眺めていた。降り続いている雨が、止む気配は無い。天気予報に拠ると、今日の信州方面は晴れの筈で、其れが俄かに信じられない程、新宿は靄が掛かっていて薄暗い。朝の七時に出発する長野駅行き高速バスの乗車案内が開始されたが、乗客は五人しか居なかった。大型バスのトランクに、私の巨大ザック、クレッタルムーセンHuginだけが収納されている。昼行バスで長野駅に向かう登山者自体が珍しいのだろうが、大荷物の旅行者が他に誰一人居ないと云うのも拍子抜けであった。不思議な心持ちの儘、其れでもバスは何事も無い、と云う感じで発車した。新宿から直ぐに首都高速に乗って、環状線を一ツ橋の方迄迂回して、池袋のサンシャインビルに立ち寄ったので、都内を脱出したのは、約一時間後のことになった。池袋で、ひとりの中年女性が乗車したから、乗客は六人になった。

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2016/4/24

飯縄登山口バス停(13:30)---奥宮一ノ鳥居(13:50)---駒繋ぎの場(14:50)---天狗の硯石(15:30)---飯縄神社(16:40)---飯縄山(17:00)---飯縄神社(17:20)

前回の朝霧高原オートキャンプに於ける自堕落ぶりの反動から、ひとりで山上のテント泊をしようと云う積もりで、計画を開始した。何処に行こうかと思案した挙句に、長野駅行きの高速バスに乗っている。目的地を決める前に、インターネットで高速バスの長野駅往復の格安チケットを発見して、衝動買いしてしまったのが理由である。正午に到着する長野駅から登山を行ない、頂上で幕営する。そんな行程で何処の山に登るのか、と云う思案で、飯縄山に決定したので、計画の手順としては、著しく序列が転倒している。廉価な交通費に釣られて、品性の質が下落の一途を辿っているが、長野迄往復三千二百円は安い。尤も、話は前後するが、翌日の下山後は、戸隠神社で温泉と蕎麦を堪能し、帰途に立ち寄った善光寺の門前でも、蕎麦屋の梯子をしつつ一献を傾けたりしたから、帰京した頃には財布の中身はすっからかん。却って濫費に偏することになってしまった。

飯縄山は長野市郊外のリゾート地、飯綱高原から登り、好展望で知られる山である。気軽に日帰りで登る山、と云う印象だが、東京からやってきて午後から登るとなると少し忙しい。山頂はふたつのピークが在り、其のひとつには飯縄神社が祀られているから、穏やかな平坦地が在ると見込んで、テント泊を目論んでいる。飯縄権現は飯縄大明神の本地垂迹から転じ、天狗信仰から飯縄法と云う呪術信仰も敷衍させた神様で、少し不気味な印象も在るのだが、私は敬虔な気持ちで観念論を受け入れる善良な市民なので、其れ程怖がりはしない。心に引っ掛かりが在るとすれば、わざわざ長野迄遠征するのに、飯縄山に登って下りてくるだけ、と云う呆気ない行程は如何なものか、と云う思惟であった。

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飯綱高原に向かうバスは戸隠キャンプ場行きである。キャンプ場は戸隠山、高妻山への登山口でもある。戸隠キャンプ場に泊まって、翌早朝に出立すれば充分に秀峰を目指すことも出来そうであるが断念した。整備されたキャンプ場ではなく、山頂での幕営を実行すると云う、計画当初の動機が在る。そして、四月の信州北部である。安易に足を踏み入れて、雪山遭難の惨禍に巻き込まれる懸念もある。最も怖れているのは、名にし負う蟻の門渡りの戸隠山で、残雪状況も不明な儘でナイフリッジに突入する勇気は全く無い。山を舐めてはいけない。此処は心静かに、北信五岳の入門篇とも云うべき、飯縄山で一夜を過ごすと云うことで満足しようと思った。

此の想念は、長野駅に到着した時点でも、なかなか自己完結が出来ていなかったようで、五時間の長旅の果て、長野駅前の喫煙所で休憩していたら、タクシー運転手のおじさんに、山の帰りかい、と訊かれた。巨大ザックを背負った儘紫煙を燻らせている私は、此れからです、と、鷹揚な感じで答える。そうしたら、もうひとり、スーツ姿の初老男性が目を輝かせて、何処の山に行くの、と訊いてきた。

私は内心で動揺し、思わず「戸隠…山…です」と答えた。巨大ザックを背負って飯縄山、と云うことが出来ず、思わず見栄を張って虚言を吐いてしまった。スーツ氏が、昔はよく登ったものですよ、と嬉しそうに云う。今年は雪が少ないようだから、まあ大丈夫だな。タクシー氏が私の風体を眺めつつ云う。私の背筋に、冷たい汗が滴ってくる。蟻の門渡りが凍ってると面倒だけどな。タクシー氏も、かなり、やりそうな雰囲気なのであった。私は、今更本当のことも云えず、気が付いたら、高妻山の往復にしてもいい、などと嘘の上塗りを喋っている。自己嫌悪に苛まれつつ、ふたりにエールを送られて、其の場を辞した。嘘は、いけない。近日中に、戸隠、高妻に登りに行かなければならないような気持ちになって、私はバス乗り場に向かって、よろよろと歩いていった。

アルピコ交通の戸隠キャンプ場行き急行バスは、見るからに年代物と云う感じで、古色蒼然としていた。走り出すと、其の振動が余りにも激しくて、私は徐々に気分が悪くなっていった。長野駅構内で食した、ナカジマ会館の天ぷら蕎麦は、立ち食い蕎麦に対する観点からすると、目から鱗が落ちるほど旨かったが、其れも逆効果に作用してしまいそうな程であった。善光寺の表参道を丹念に停車して客を拾い、郊外に抜けると、ロートルバスは一気に急行になって勾配の国道を、絶叫しているような音を立てて走り続ける。浅川ループラインを旋回して勾配を稼ぎ、スキー場の麓に出ると、飯縄山が明瞭に聳え立っていた。東京の雨が長野市街では晴れに転じたが、飯綱高原は薄曇りの曖昧な明るさで静まり返っている。目の前に、直ぐに登れそうな程、飯縄山は近いのだが、バスは折角登り詰めた国道を下り始める。大座法師池の畔に在る、飯綱高原バス停に到着すると、周囲はドライブで訪れる客で賑わう、観光地然とした雰囲気になった。

白樺の立ち並ぶ高原の道を、バスが右方向に舵を切って走り続け、ふたたび樹林の合間に、飯縄山の姿が近づいてきた。長野カントリークラブの敷地が左車窓に現われて、車内アナウンスが飯縄山登山口の到着を告げる。登山口と云うよりも、ゴルフ場入口とでも云った方が適切なようなバス停に下りたのは、私ひとりだけであった。

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サンダルを登山靴に履き替えて、別荘地の中を真直ぐに伸びる舗装路を歩き始めた。飯縄山への主要登山道は、此の南登山道の他に、戸隠神社中社から続く西登山道も在るのだが、明日は中社の近くに在る温泉に入ろうと考えているので、復路に辿ろうかと考えている。飯綱高原の別荘地は、未だ冬枯れの木立の中で静まり返っていて、人の気配は窺えない。日曜日の曇天の午後、リゾート地に誰も居ないのは、少し不気味な雰囲気のように思えた。

別荘の建造物が尽きて、石の鳥居が現われる。広場には十台以上の車が駐車されているので、大勢の登山者が下山してくるのと擦れ違うことになる。鳥居の、飯縄大明神の文字に少し慄きながら、結界の中に入っていく。其れで登山道が始まった。暫く歩くと、木製の奥宮一ノ鳥居が現われる。直ぐに「第一、不動明王」の立て札と小さな石仏が在り、看板には、「十三仏縁起」の文が記されている。第一の不動明王から、第十三の虚空僧菩薩迄、道標の代わりとして建立されたのが文化十三年。長い年月なのでいろいろ有ったか、破損、消失の惨状が常態となり、昭和四十六年に補填再建したと有る。南登山道が堂々たる表参道であることが窺える。以後、各所の石仏を拝みながら登っていった。小さいが、何れも光背等に意匠を凝らした石仏であった。傍らに、丁寧に標高が記されているので、道標の役割も頷ける。

登り始めてから間もなく、早速ハイカーたちが頻繁に下山してきた。挨拶は交わすものの、巨大ザックを背負う単独行者が、妙な時刻に登り始めているから、殆どの下山者は胡散臭そうに私を見ているような気がする。長野市の郊外の山である。私は余所者の自覚を失ってはいない。其の後も極力、朗らかに挨拶をしつつ、擦れ違い続けた。上に泊まるんですか。唯一、子供連れの中年男性が、感心したような感じで声を掛けてくれたので、少し穏やかな気持ちになった。

実直に北進する尾根の上を、淡々と登り続ける。白樺が点在する自然林の左手に、併行して延びる尾根が在り、其の先がこんもりと盛り上がるピークになっている。麓から明瞭に見上げることのできる笠山である。三角点の在る1409.1mピークは、笠山の南側に、尾根が分岐する小ピークになって付随しているのだろう。第六番の弥勒菩薩には、1409mの標柱が在るから、現在位置の見当が付き易い。笠山と南登山道に挟まれる谷が狭まってきて、笠山が随分近づいてきたので、道程は後半に入りつつある。

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第七の薬師如来が1430m、第八は観音菩薩で1452m、標高は小刻みに加算されていく。既に地蔵菩薩も弥勒菩薩も登場しているから、次は阿弥陀か大日如来か、そんなことが気になりながら登り一辺倒の道を辿っていく。踏路の途上に露岩があり、其の上に載せられた恰好で、第九の勢至菩薩が在った。第十が阿弥陀如来の1508m。笠山の標高に近接してきた。十三仏も残り少ないが、阿弥陀の次に現われた1522mは、ナンバリングが施されていない馬頭観音だった。其れに対する意味を神妙になって思案しつつ、すっかり人影の無くなった登山道を登り、程なく広い平坦地に到達した。ガイドブックの地図に記されている駒繋ぎの場である。ザックを下ろして休憩する。馬頭観音の近くに駒繋ぎで、意味を汲み取れそうに思うが、此処には第十一の阿閦如来(あしゅくにょらい)が鎮座している。憤怒の相は神妙な表情にアレンジされているようにも見える。

時刻は午後三時になろうとしているから、此処迄、エアリアマップのコースタイムよりも時間が掛かっている。其れは織り込み済みで、山上ビバークの身上では、急いで登頂する必要が無いから、ゆっくりと歩いてきた。標高も上がってきたので、もう下山者は居ないのかな、と思って休憩していると、女性がひとり、通り過ぎて行った。あと、どれくらい、飯縄山に人が残っているだろうか。日曜の夕刻なので、其れ程のんびりしている者は少ないだろう。駒繋ぎの場から、登山道は尾根の東側にトラバースして、緩やかに勾配を上げていく。相変わらずの曇天だが、東南方向の眺望が開けてきた。俯瞰して眺める大座法師池は、存外に大きく見える。

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山腹のトラバースから、尾根を跨ぐ九十九折の踏路になり、水場も現われた頃、第十二の大日如来が現われた。其の後は巨岩に鎖が設置された箇所を越えて、登山道は痩せ細っていく。樹木は疎らになって、主尾根が近づいている気配である、と思った途端、子供の嬌声が聞こえてきた。未だ居たのか、とは内心の呟きであるが、子供連れで遅い下山は、自分にとっては気が知れない。折角、大荷物を担いで登っている飯縄山が、家族連れの呑気さで、緊迫感が無くなる。自分の山行が、なんだか矮小化されているような気になると云う、恣意的で捻じ曲がりの想念である。そんな気分で登攀の詰めに掛かって、休憩ポイントである、天狗の硯石に到着した。フラットな巨岩の硯石には若いカップルが並んで座っているから、私は失望の色を隠せない儘、挨拶の声を掛ける。其れで異変を感じ取ったか、若い男女はそそくさと立ち上がり、去っていった。舌打ちするような気分で、其れでも静かになった天狗の硯石に腰掛けて、私は飯綱高原を眺める。紫煙が、薄曇の空に吸い込まれていく。

時刻は、未だ午後三時台であった。登頂して、テントを張るには未だ早いだろう。私はザックを枕にして、硯石に寝転がった。耳を澄まして、人の気配を探ってみる。鳥の声が控え目に聞こえてくるだけである。もういい加減、誰も居ないかも知れない。そうひとりごちて目を閉じると、控え目だった筈の鳥の声が混淆しながら、躍動感を伴って聞こえてくる。山の夕暮れに鶯の声が聞こえる。もう、春なのだと云う、あたり前のことを、反芻するようにして、私は新しい煙草に、火を点けた。

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