« 大菩薩嶺・小金沢連嶺(前篇) | トップページ | 山上の白霧・毛無山の往復 »

大菩薩嶺・小金沢連嶺(後篇)

Dbst1


小金沢山の夜は静かに更けていった。握り飯をひとつ消費して、あとはインスタント麺の塊りを砕いて、其れをつまみながらウヰスキーを飲んだ。そうしてシュラフに潜り込んで本を読んでいたら、たちまち睡魔が襲ってきた。だから、携帯焜炉を忘れてきたと云う惨禍も、思った程では無かったことのように思えた。深夜に目覚め、テントから這い出て、山頂東側のピークから夜景を眺める。煌々と光る街明かりのようなものは、旧青梅街道の辺りだろうか。視線を転じると、富士山は、夜の暗い壁に描かれているように、静かに立っている。富士は裾野に向かって、グラデーションが掛かったように明るくなっている。静寂に包まれて広がる薄い闇の景色を、時折、甲高い鹿の鳴き声が切り裂く。山小屋も何も無い山頂で幕営している、と云う荒涼とした実感が、其れで湧きあがってくる。

Dbstmap

2015/10/19

小金沢山(7:10)---牛奥ノ雁ヶ腹摺山(7:40)---黒岳(9:20)---湯ノ沢峠---大蔵高丸(11:15)---ハマイバ丸(11:45)---大谷ヶ丸(13:15)---鎮西ヶ池(14:30)---道証地蔵---笹子駅(17:10)

Dbst2

夜明け前のアラームに目覚めて、のんびりと身支度を始めるうちに、外が緋色に明るくなってきた。小金沢山から、地平線の雲海を紅く染める御来光を眺める。昨日、草原地の狼平ではなく、山頂迄歩いて幕営した甲斐が在ったと云うものである。満悦の心持ちになった途端、此処で珈琲を飲むことが出来無いと云うのが残念に思われ始めたから、我儘なものである。朝の七時になっても、奥深い小金沢山に人の気配は無い。私は、すっかり陽が昇った早朝の山頂から、ゆっくりと出発した。

登山道は下ってから直ぐに登り返し、細長いピークを縦断する。其の南端に出て、富士山が正面に現われ、甲州と御坂山塊の眺望が一挙に広がる。踏路は笹原に刻まれ続いていて、登山地図に記された、鹿の通る細い道が分岐しているのが時折現われる。紅葉が始まりつつある樹木や、立ち枯れたような老木が点在する、心地好く緩やかに下っていく道が、やがて登りになっていき、木立の向こうに富士山が見えると、牛奥ノ雁ヶ腹摺山の山頂であった。昨日の小金沢山と同じで、唐突に山頂に立つ、と云う構図の山歩きである。

牛奥ノ雁ヶ腹摺山は南側に眺望の広がる山頂で、平坦な地面に事欠かない幕営の適地だった。つい先程の、小金沢山から眺めた御来光のことも忘れて、此処でテントを張っていたら、と思う程に心地の好い場所だった。後ろ髪を引かれるような心持ちで、ふたたび歩き始める。行く手には明るい鞍部と、其の向こうに黒い塊りの山々が在る。小金沢連嶺のアップダウンを、俯瞰して眺めている。急傾斜の笹原の道を下り、高齢の単独ハイカーが登ってくるのと擦れ違った。下りきった鞍部も笹原で、地図上で、賽の河原と記された処は、獣のヌタ場のようなものが散見している。其処から少しの急登で、ふたたび唐突に眺望の広がる場所に出たと思ったら川胡桃沢ノ頭で、此処も枯芒の似合う、富士山の眺めの好いピークであった。

Dbst3

小金沢連嶺の地形は此処から少し蛇行する。南東に曲がりながら、川胡桃沢ノ頭から続く平坦な細尾根を歩く。のんびりとした此れ迄の風景から転じて、断崖状に切り立つ石小屋沢の谷側を覗き、時折現われる露岩に遮られながら歩く。少し下った先が樹林に囲まれた鞍部で、大峠からの登山道と合流する地点でもある。程なく到着した黒岳は眺望の無い山頂で、年配のふたり組が休憩していた。

山頂から南へ下ると、山梨の森林百選、黒岳の広葉樹林、の看板の在る斜面で、落葉の敷き詰められた道に、黄葉の樹林が立ち並ぶ明るい場所であった。心地好い気分でふたたび登りの勾配に差し掛かると、直ぐに眺望の広がるピークに達する。白谷丸は、此れも幕営の適地で、茅戸の平原に緩やかな丘が盛り上がる向こうに、富士山が眺めることが出来る。尤も、私が到着した頃は、既に霧が湧き上がり始めて、間もなく富士の姿は消えていった。

白谷丸から稜線は南西に向かう。湯ノ沢が突き上げる南東の斜面を避けながら、急激に下り続けて、湯ノ沢峠に降り立つ。小金沢連嶺の通称は此処迄である。避難小屋には立ち寄らず、其の儘南下を続けた。大蔵高丸迄、登山道は見晴らしのよい草原地帯を辿っている。湯ノ沢峠のお花畑、の道標が在り、自家用車で気軽に訪れることのできる山域なので、観光客を対象に、登山道から外れないよう、ロープで両側を仕切っているのであろう。仕切り線は、大蔵高丸の山頂迄続いていた。

Dbst4

東側の山塊が程近く見える。今回の出発前には、気力が漲るようであれば、大峠に下り、雁ヶ腹摺山、姥子山を経由して、セーメーバンを経て、稚児落とし迄、歩いていこうか、とも考えていた。其の意欲は携帯焜炉忘失が発覚した時点で、もう一泊するのは断念したから、順当に笹子駅迄歩くことになった。其の、雁ヶ腹摺山が、眼前に聳えている。何時か、登ることがあるだろう。そう思いながら、大蔵高丸から延々と続く草原の道を歩いている。徐々に、紅葉が映え渡るような標高に降りてきているようで、草原の中に、鮮やかな赤が点在するようになった。ハマイバ丸は緩やかに続いていた稜線の尽きる処に在るピークで、紅葉の額縁に囲まれた富士が眺められる。

Dbst5

文句のつけようの無い富士山の眺望と、気持ちの好い草原地帯が続いて、やがて其れにも飽きてきた。そんな不埒な想念に応えてくれるかのように、其の後は眺望に恵まれることが殆ど無い儘、帰路へと就くことになった。大谷ヶ丸の、樹林に遮られたピークで、大鹿峠に続く尾根を歩いて甲斐大和駅に下山するか、すみ沢に沿って笹子駅に向かうか迷ったのだが、結局は笹子駅を目指すと云う、当初の目的を完遂しようと決めた。鎮西ヶ池迄到達するのに、想像以上の時間が掛かり、久しぶりに歩く滝子山西側を流れる谷間の道は、途中の迂回路が厳しく、疲労の極に達した処で、漸く舗道に辿り着いた。

笹子駅迄の道程は何度も歩いたものだが、其の遠さに辟易した。空腹を覚えて、町に下りたら、何か食べたい、そう思うが、笹子駅の周辺には、食堂の類は無さそうである。今日は握り飯ひとつに、非常食を少し食べただけであるが、昨晩齧っていたインスタント麺が、余り消化がよくないのか、殆ど空腹感を覚えなかった。途中の何処かで蕎麦でも食べようか、早く帰って風呂に入ろうか、薄暮が訪れようとしている吉久保集落の静かな道を、私は、薄ぼんやりとした意識で、歩き続けていた。

Dbst6

|

« 大菩薩嶺・小金沢連嶺(前篇) | トップページ | 山上の白霧・毛無山の往復 »

中央本線沿線」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/64925418

この記事へのトラックバック一覧です: 大菩薩嶺・小金沢連嶺(後篇):

« 大菩薩嶺・小金沢連嶺(前篇) | トップページ | 山上の白霧・毛無山の往復 »