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三室山・通矢尾根・横沢入

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青梅駅を出発した電車が、いつものようにゆっくりと、山に向かって走っていく。昨日は関東でも山間部に雪が降ったと云うが、奥多摩はどうだったのだろう。日向和田を過ぎても、目の前に連なっている里山に降雪の余韻は窺えない。今日は、あの裏山を越えて、あきるの市迄歩いていくのだなと、心の裡で呟く。石神前駅で下車して、のどかな陽気の畑の中の道を歩いていく。多摩川の渓谷を見下ろす好文橋を渡り、奥多摩方面を遠く見上げると、白銀の山々が浮かんでいた。鷹ノ巣山や雲取山は、雪を纏った儘、春を迎えているのだろう。橋の真中で感慨に耽っている私の傍らを、中学生たちが次々に通り過ぎていく。橋を渡って直ぐに、青梅市立西中学校の通用門が在る。生徒たちは、予鈴が鳴り始めているのに、のんびりと歩いている。時計を見ると、八時二十五分。遅刻にならないのかと心配になるが、誰も慌てている様子が無い。私は、そんな光景を眺めながら歩き出す。中学校をなぞるように迂回して、吉野街道を渡り、何の変哲も無い里山の中に入っていった。


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2016/3/15

石神前駅(8:20)---琴平神社---三室山(9:40)---通矢尾根---肝要峠---細尾山---白山神社入口---大久野中学校---天竺山---横沢入---武蔵増戸駅(15:50)

御岳山、日ノ出山から続く尾根が東に延びて、三室山に達すると、通常の登山コースは、吉野梅郷方面に下る尾根に続いているが、長大な尾根は三室山から南東に向かって、延々と武蔵五日市駅の方迄続いている。通矢尾根と呼ばれる山の連なりは、標高四、五百メートルくらいの高さが続いて緩やかに南下している。以前、三室山から、此の通矢尾根に入ってみたことがある。当時は「奥多摩東部登山詳細図」が無かったので、地形図を頼りに、緩やかな稜線を歩いた。肝要峠で林道と合流した頃には疲れきって、梅ヶ谷峠に至る作業道を使って下山した。道半ばで中断した通矢尾根のルートが、奥多摩東部登山詳細図に記されてから、いつか完全踏破してみたいと思っていた。低山の長い尾根歩きである。草木が繁茂する季節の来る前に訪れなければならない。

吉野梅郷の集落を突き抜けた先の、ひっそりとした尾根道に入り、間もなく登山道に合流した。昨日の雨の所為か、赤茶けた土が湿っている緩やかな踏路を、黙々と登っていく。琴平神社の断崖に達して、赤ぼっこ方面の眺望から右手に視線を転ずると、通矢尾根が聳えている。青梅市側の吉野と、日ノ出町側の大久野を隔てる此の山々には、交易路、或いは御岳神社への参詣路として、古くからの峠道が辿っているようだが、現在は県道が通矢尾根を、ぐるりと迂回するようにして走っていて、通矢尾根の反対側に峠を越えて行く必要も無い。経済社会の物流ルートを俯瞰しながら、目的も無く山の上を歩いている。私は、自嘲的な心持ちで、三室山を目指していた。頂上に達する直前に、南へと伸びる通矢尾根の分岐が在り、狐が一匹、私を見下ろしている。近づくと、狐は、俊敏に通矢尾根の方に走り去っていった。

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三室山で暫しの休憩後、くだんの分岐迄戻り、改めて通矢尾根を下っていく。印象的な大木が佇立する546mピークを通過して、やがて送電鉄塔の在る地点に出る。西の方角に眺望が開けて、昨日の降雪で白く染まった御岳山が遠くに窺える。折角雪が降ったのだから、もう少し標高の高い山に行くべきだったか、と云う悔恨が脳裏をよぎるが、今更どうしようもない。ふたたび樹林帯に突入し、右手に林道が近づいてくるのが判る。平坦な踏路が、徐々に勾配を上げてくる。梅郷方面に大きな尾根が分岐する瘤に乗り上げると、其の儘直進してしまいたくなるが、此処は南南東に急降下していかなければならない。

緩やかな尾根上の道が藪状になり、構わず掻き分けて進んでいくと、林道に交差する。肝要峠は梅ヶ谷峠から肝要集落への交易路である。前回は、此処でお仕舞いにしたが、林道を渡って細い踏跡に沿って登っていく。初めて歩く道なので少し緊張するが、尾根上は明瞭な踏跡が続いており、蛇行する尾根に沿って歩き続ける。詳細図の等高線を確認しながら、もう少しで林道交差だと安堵しつつ小ピークを越えると、尾根をU字に捲いていく林道が見下ろせた。左手は擁壁が在って下降できないので右手に降りるが、踏路が見当たらない。黙考してから、意を決して急斜面を木に摑まって、最後は棘のある蔓草にしがみついて林道に飛び降りた。正規のルートは在るのかと、林道の反対側を辿っていくと、頼りないが登り口のようなものが在った。直前の小ピークで、左に辿る道が在ったのかは覚えていない。

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通矢尾根は其の儘南東に延びている。併行する林道の左手に踏跡があり、小ピークを丹念に越えて、此の尾根で唯一、山名が記されている457mピークに近づいた。細尾山と呼ばれるピークを、登山道は捲いているが、ピークへの踏跡も微かに辿っていたので、傾斜を登り詰めた。山頂は鬱蒼とした樹林に囲まれていて、古びた祠が祀られていた。眺望の無い山頂に、細尾山の山名票は確認することができなかった。

一面に広がる植林帯の尾根は、明瞭な踏路が続いていて、私は弛緩したような心持ちで、足早に歩き続けた。歩きやすくなった道の勾配が急になり、私は其れに疑問を抱くことなく駆け下りていた。随分下り続けて、やがて木漏れ陽に照らされて光る竹林に出た。其の美しさに見入った後、漸く、何かおかしい、と云うことに気づいた。竹林の中を、もう少し進むと、案の定、人家が現われた。コンパスを竹林に向けると南西を指している。そして、遠くに目を凝らすと、黒い尾根が聳えているのに気がついた。

細尾山を下ると、直ぐに長井集落方面に尾根が分岐していて、私は其の尾根を軽快に下ってきてしまったと云うことを知った。心が挫けて其の儘下山してしまおうと云う気持ちも、無いことは無かったが、県道青梅日の出線の真ん中に降り立ったところで、帰る術は無い。私は、来た道を登り返していった。疲弊感は在るが、何処で道が分岐していたのかと云うのも気になる。淡々と脚を繰り出して、登り返しながら、左手から尾根が徐々に近づいてくる。合流地点には、確かに通矢尾根の踏路が南下している。分岐点を、下山方向に向き直って眺めると、長井方面への尾根道は明瞭で、コンパスで方向を確認せずに、躊躇無く真直ぐに進んでしまった自分の愚行を再認識した。通矢尾根は標高が400m近く迄下がっていて、夥しく分岐する尾根は、緩やかな感じで麓まで続いている。現在位置と方角の確認をしながら歩かないと、直ぐに何処かの尾根に誘導されてしまうだろう。

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通矢尾根に復帰し、間もなく平坦な道になって、詳細図に記されている、道標、の地点に辿り着いた。道標の左手には日の出山荘と書かれていて、緩やかな尾根に沿って道が続いていた。先ほど迷い込んだ竹林が「ロン・ヤス会談」の、日の出山荘なのかは定かでは無い。此処迄道標の類は全く無かったのに、此処にはベンチ迄設置されている。道迷いから復帰して、動揺していた私は、暫くベンチに座り込んだ儘、紫煙を燻らせて休憩した。道標は新しく、右手方向は台沢林道の名が記されている。細尾方面への交易路に、新しい林道が交錯しているものと察せられた。

ふたたび歩き出し、次の目標である、林道交差、と詳細図に記されている地点に向かうが、其の直前も東に延びる尾根が在り、漠然と歩いていると誘導されてしまいそうな道が続いていた。コンパスを確認しながら、左手の急傾斜を下っていく。間もなく交差する林道に降り立った。347.8mの三角点は林道の路傍に在った。其処からふたたび林道右手の尾根に乗り、369mピークを目指す。地図を見ると、東に向かって尾根が次々に分岐している。戦々恐々の心持ちで、コンパスを握り締めた儘、歩き続けた。

行程の後半に入って、通矢尾根は地形の複雑さを増してきていた。次の目標は、勝峰神社と長井方面を結ぶ道と交差する峠だが、其の直前には右手の勝峰神社方面に分岐する尾根が立派で、迷い込みそうになる。南東への指針を信じて、鬱蒼とした樹林帯に入っていく。時折伐採中の所為で、陽当たりのよい場所が現われる。明るい斜面に白い靄が掛かっている。スギ花粉が舞っている踏路を、口と鼻を押さえながら通過した。薄暗い窪んだ谷筋が現われて、唐突に崖状になっている箇所を降りていく。峠道は此れ迄通ってきたものと比べると、明瞭に交差していて、いにしえの道と云う雰囲気だった。詳細図では記されていない林道は、既に此の峠の北面に併行して通じていた。

崖状の道を、設置されたトラロープに助けられながら、通矢尾根に復帰する。随分歩いて、もう食傷気味になっているが、尾根が続いているのでひたすらに南東を目指す。次の目印は351mのピークだが、其の手前に在る320m圏ピークが伐採されていて、座りやすい切り株が並んでいる。陽差しが暖かく、此処で昼食を摂って休憩した。

長大な通矢尾根も、漸く終わりに近づいている。登山詳細図のルート案内は、尾根の末端迄を歩くように記されているが、私は白山神社で車道と交わる処から、地形図の破線で記されている道を下山することにした。石段の道が竹林の中に続いている。白山神社への、古くから在る参道なのだろうと察せられる。小ぶりな送電鉄塔が立っている集落に降り立ち、県道184号に出た処に、白山神社入口の、立派な道標が在った。

通矢尾根末端を前にして西南に逸れて下山したのは、五日市線の武蔵増戸駅迄、横沢入を歩いていくのに好都合だと云う理由でもあった。大久野中学校の裏から、横沢入を囲む尾根に乗る。天竺山と云うピークから眺める秋川丘陵の景色は良好だったが、東京の郊外に在ると云う意味で貴重な環境づくりをしているのは承知の上で、里山の在る日本の原風景、などと云う表現で賞賛される横沢入に、格別の感興は無かった。線路際の舗装路に出て、武蔵増戸駅迄の道のりは、随分遠かった。

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別記

2016/2/29
川井駅(8:40)---沼沢尾根---馬仏山(10:00)---岩茸石山---常福院---永栗ノ峰---榎峠---軍畑駅(12:30)

駅の裏手の、送電鉄塔巡視路から登る沼沢尾根。早めに下山したいと云う前提で、いきなりの急登で始まる。登り甲斐のある傾斜を楽しんだ後は、緩やかに馬仏山迄。平日の午前中、岩茸石山は誰も居ない。心地好い食事休憩。常福院からは初めて歩く永栗ノ峰を経由する、青梅高水トレイルランのコースで下山した。

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