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愛鷹山塊、黒岳、越前岳、そして駿河湾の落日。(後篇)

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空が近い、樹木の密度が薄くなってきている。いつも通りの登頂の予感である。バスを降りて歩き出してから五時間近くが経過しているが、然程の距離を歩いてきた訳ではない。しかし、全身に疲労感と虚脱感のようなものが染み渡っているように、足取りが重い。富士見台で食事を済ませてから長らく休憩して、気持ちは早くテントを張って横になりたい、と云うようなものになってきていた。富士見台は程よい平坦さで、樹木が疎らに立ち並ぶ静かな場所だった。幕営には不足の無い環境であったが、肝心の富士山が雲に隠れて見えないので、単純に面白くない気分になり、取り敢えず越前岳に登ってしまおう、そんな意識だけで歩き続けた。枯木が立ち並ぶ先に、木製のベンチが散見している。其の合間を縫って明るさが広がる。越前岳の頂上であった。


Photo

2016/2/22
越前岳(7:00)---勢子辻分岐---平坦地---馬の背---十里木高原展望台---十里木バス停(8:50)


予備知識としては持っていたが、越前岳は富士山と云うよりも、駿河湾の眺めを一望できる山であった。午後の陽は未だ高いが、二月の寒空の午後三時である。今日は此処迄で充分だろう、内心で呟きながら、改めて伊豆半島西側の付け根から三保の松原の在る半島を囲む、茫洋とした駿河湾を眺めた。頂上広場には若い男女の三人組が居て、他愛の無い会話が耳に障る。彼等にも挨拶をするが、ひとりだけ曖昧な表情で会釈をするだけで、こちらを目障りのような風に見ているのが判る。構わずに巨大ザックをベンチに置いて、地図を広げて山座同定をして、長々と展望地に立っていたら、無礼な若者たちは下山して行ったので、漸く安穏とした心持ちになった。

どうしよう。テントを張るか。そう思うが、余り進んでいない時計を見て、もう暫く様子を見ることにした。風も無く、陽光が心地好いので、じっと座っていても、苦痛では無い。そのうちに飽きてきて、ザックを置いたまま、十里木方面の様子を見てこようかと思いついた。例の平坦地迄行けるかどうかは時刻次第で、一時間以内に戻って来れば、テントを張っても差し支えない頃合になるだろう。私は、サブザックに貴重品だけを詰めて、十里木方面に下り始めた。

登山道は、此れ迄に無い程深く抉れていて、十里木からの登山者が圧倒的に多いと云うのが窺い知れる。泥濘の状態は酷く、登山道を避けて草地の上に立ち並ぶ樹木の合間を選んで歩を進めているうちに、傾斜が徐々に急になっていく。縦横に抉れた道が交錯して、やがて草地が途切れていくなと思った途端、崩れかかった斜面に足を取られて身体が仰向けになり、私は泥濘に向かって滑り落ちた。

したたかに打った臀部と、庇って衝いた両方の掌が黒ずんだ泥に塗れている。泥水が尻に染みてきて冷たいのと、目を覆わんばかりに汚れた自分の下半身の醜さに、情けなくて全身が脱力していくようだった。越前岳北面の偵察などと云う気持ちの余禄はすっかり無くなってしまい、私は山頂に向かって登り返すことにした。平穏の裡に目的地へと辿り着いた一日の終わりが、気分としては一挙に暗転した心持ちになった。疲労の果ての足腰の脆弱さなのか、荷を下ろして神経が弛緩して油断した所為なのか、泥濘の登山道を避けて草地を踏んだ不埒な行為に対する代償だったのか、どうでもよいことを思い悔やみながら、頂上直下の急勾配を登り続けていた。

暖かな陽光に照らされた頂上から、茫漠として靄のかかった南アルプスの山並み、そして午後の陽光に海面が光る駿河湾を眺めていた。私は泥だらけの登山パンツと、外套のソフトシェルを脱いでベンチに広げた。陽は未だ沈みそうに無い。陽に当てて乾かせば、泥は落とせるだろう。私は滞留のためのダウンのジャケットとパンツに履き替えて、スキットルのボトルに入れてきたウイスキーを飲みながら、いじけたように背を丸めてベンチに座り、越前岳からの絶景を虚ろな気分で眺めていた。その後の登頂者は単独行の男性が二名で、それぞれ無言で佇んでから、長居をせずに去っていった。巨大ザックを立て掛け、衣類を広げて日干しして、酒を飲みながら煙草を銜えている謎の男に、少し困ったような顔をして、彼等は挨拶をして、去っていった。

Ecz2

午後四時半を過ぎて、私はザックの中から荷を取り出して広げた。いつの間にか日の入りが遅くなっているのだなと思いながら、なかなか沈みそうに無い太陽の光を浴びて、幕営の準備を始めた。テントを組み立てる作業に没頭していると、気分が徐々に落ち着いてくる。出来上がった今夜の寝室に全ての荷物を仕舞うと、私の気分はすっかり安寧に戻っていた。そうして、漸く黄昏の色彩を帯びてきた山頂から、展望所のような柵に凭れ掛かって、赤く染まっていく水平線と雲の境界、そして七面山から連なる、富士川の衝立の山並み、特徴的な鉤状の三保半島を眺めた。夕陽は駿河湾に沈むのだろうと思い込んでいたが、遥か遠くの南アルプス南部の稜線に、其の姿を隠していった。富士市の街並みに、ぽつりぽつりと、夜の灯が燈っていった。

真冬の幕営。其の緊張感は然程では無かった。二年前の箱根外輪山の時のような、積雪が全く無いことに加えて、風の無い穏やかな気候の所為かもしれない。薄暮が宵になり、雲間から時折覗く月光が、驚くほど明るい。手順とすれば、食事を摂ってから寝袋に入るのだが、昼食が遅かったので食欲が無いので、ウイスキーを飲みながら本を読んでいた。其のうちに漸く睡魔が襲ってきたので、眠ることにした。爪先が冷えないように、今回も使い捨て懐炉を靴下二重履きの間に挟んでいる。靴下に貼るタイプの懐炉は小さいので、踵が冷えてくるのが辛くなったので此れは失策だった。爪先と踵にそれぞれ貼って漸く落ち着いたが、夜半に目覚めた時は既に効力を失っていたので、反省材料となった。冬のテントで使用する懐炉は、足裏用ではなく通常の大きさのものがよい。そして、登山パンツが汚れてしまったので、下半身はウールのインナーにダウンパンツのみで横になったが、此れはさすがに薄着だったようで、腰が冷えて困った。通常の使い捨て懐炉があればよかったのにと、また後悔した。

Ecz4


冷えと尿意を催して覚醒したのが午後十時頃で、仕方なく外に出た。富士市の夜景は絶頂の域に達していた。三保半島をなぞる駿河湾の曲線が、ネオンの洪水を図案化しているかのように構成されていた。暗い海に、何隻もの船の灯火が浮かんでいる。夜景を見下ろしながら放尿して、紫煙を燻らせていると、細い光の帯がゆっくりと移動していくのが見えた。光る毛虫が這っているようにも見える。夜更けに走っている岳南鉄道の電車である。ずっと前に所用で訪れたことのある、岳南江尾(えのお)駅のことを思い出した。工業地帯吉原の周囲を走るローカル線の光景は、自然美とは違う一幅の絵で、いつか再訪してみたいと思う場所である。沿線の須津(すど)駅から、須津川に沿って愛鷹山塊に登ることも出来る。そんな山行もやってみたいが、何時のことになるだろうか。
テントに戻り、消灯してふたたび眠りに入ろうとする。腰が冷えて中々眠れない。日常生活の、当然のようなベッドの温もりが得がたいもののように思えてくる。其れも、真冬の幕営の醍醐味なのかもしれない。風が強くなってきた。フライシートが、テント本体を押してきて揺らめく。少し心細いような気持ちになって、ふたたびヘッドランプを点灯する。暫く眠れそうにも無いから、ウイスキーを飲みながら文庫本を読み始める。宮本常一著作の「家郷の訓」と云う本が読みかけだったので何の気無しに持ってきた。深夜の山頂で読む民俗学の書物は、不思議に没頭することができた。

はっと気がついて目を覚ました。テントの外側は未だ暗い。眠りは深かったのか浅かったのか判らない。時計を見ると午前五時だったので、勢いよく寝袋から這い出た。其れが寝心地のよくなかったことを物語っているような気がする。支度をしているうちに、夜が明けるだろう。私は煙草に火を点けるために外に出た。暗いので最初は何のことか判らなかったが、足を踏む音がざらついていて、泥濘の感触では無かった。ヘッドランプで足元を照らすと、周囲は真白になっている。辺り一面に、霜が降りていた。夜景は微かに窺えたが、やがて霧の中に消えた。寝具を畳み、のんびりとザックに収納する作業を行ない、テント類を残した時点で珈琲を淹れた。天気予報は単なる曇りの筈だったが、越前岳の頂上はガスに包まれて、風の音が不気味に響いている。私は、早く下山してしまおうと云う身持ちが逸り、食事をする意欲も無いので、其の儘テントを解体してザックに仕舞った。

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昨夕の失策が身に染みて、私は勢子辻の分岐迄、抉れた登山道を忠実に下山していった。泥濘は霜で凍っているので、存外に歩きやすい。樹林帯の中は風が少なかったので、山頂ビバークの独特さを、改めて感じ入った。分岐から北へ転換して、実直に尾根の登山道が続いている。途中でぽっかりと北西に開けた場所があり、相変わらず霧が渦巻いているのが見渡せたが、徐々に下方の建造物や道路が見えるようになった。足早に下り続けて、唐突に広場が現われる。此処が例の「平坦地」で、其の名称の道標も在った。テントが張れそうな場所であり、少しずつ広がる十里木の景色を眺めると、好天であれば富士山が充分に堪能できる展望地であると確認できた。

登山道は標高千メートル迄下降した辺りから、急激に勾配が変化して、ロープの手摺りが続くようになった。其れ等をパスして、やがて緩やかな鞍部を通過して、少し登り始めると、もう周囲は行楽地の遊歩道然としてくる。ひとつのピークに達すると、木製のベンチとテーブルが幾つか設置してあった。標高1098.9mの三角点が存在する、馬の背或いは笹峰の別称のある山頂である。

Ecz6

目の前には、ゴルフコースや別荘地が整然と配置された、十里木の人工的な風景が広がっている。分厚い雲が低く覆われていて、直ぐ其処に在る筈の富士山の姿は無い。ベンチに座って、終わろうとしている山歩きの感慨に耽っていると、雲が少しだけ流れるようになって、空の真ん中から、富士山頂の白い台形が現われた。其れはまるで、雲の壁の隙間から、富士山がこちらを覗いているように思われた。そんな倒錯した構図の中に、自分が居るような気がして、私はごく自然に、頬を緩ませて、笑った。



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2016 2月迄の山行。

2016/1/20
古里駅(10:20)---丹三郎尾根---大塚山分岐---御岳神社(13:20)---表参道---御岳渓谷遊歩道---沢井駅(15:40)

2016/1/25
高尾山口駅(11:20)---琵琶滝---霞台園地---薬王院---一号路---高尾山口駅(13:20)

2016/1/31
宮ノ平駅(12:00)---神明神社---要害山---赤ぼっこ(13:20)---馬引沢峠---宮ノ平駅(14:30)

2016/2/10(登山詳細図踏査)
青梅駅(8:30)---梅岩寺---叢雨橋---栃谷橋---こぶしの森---青梅丘陵ハイキングコース「黒仁田方面」道標(11:20)---こぶしの森---仏塔---久平稲荷神社---梅岩寺---青梅駅(14:10)

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