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足柄駅・金時山・明神ヶ岳・道了尊

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2016/1/14
足柄駅(8:00)---浅間塚(8:50)---金時山(10:45)---矢倉沢峠---明神ヶ岳(13:30)---道了尊(15:30)

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元旦から高熱が出て病臥で過ごした。漸く回復してから、新年の初登りをどうしようかと漠然と考えて、金時山にした。体力も気力も萎んだ儘なので、冬の富士山を間近で眺める、と云うような目的を設定しないと、腰が重い気持ちを奮い起こすことができない。御殿場線足柄駅からの行程は三度目なので、地図を開かずに歩き出した。初めて登ったのは二年前の一月、外輪山幕営行だった。其の時の富士は宝永火口を埋めた積雪が盛り上がって見える程だったが、今年の富士山は薄化粧と云っても良い程の山容であった。好天が確実な木曜日に思い立って出掛けたので、裾迄広がる富士山を振り返りながらの登山は心地好かった。

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金時山の頂上からも、富士山が配置される良景が広がっていた。かつて幕営した丸岳も相変わらずの電波塔のお陰で明瞭である。噴火警戒が軽減された大涌谷は、昨年春に眺めた時よりも豪快に噴煙が上がっている。真冬の所以であろうと思うが、大涌谷の煙は昔から此のようなものである。

難なく登頂して、帰途をどうするか決めていなかった。外輪山から仙石原に下山して、公共温泉を訪れようかと思っていたが、調べてみると、木曜日は殆どの浴場が定休日なのだった。例外は宮ノ下の太閤湯と、塔ノ沢の上湯で、両方とも漬かったことのある湯場であった。今回は宮城野か大平台の共同浴場を訪れてみたかったのだが、止むを得ない。入湯すること自体に興味を失い、合理的に下山する行程を思案した。

交通費を節約する為に、足柄峠経由で足柄駅に戻ると云う行程も考えたが、折角の外輪山をもう少し堪能して歩きたい。そんな思惟が浮かんだので、取り敢えず矢倉沢峠に向かって歩き出した。赤茶けた土砂が広がると仙石原の景色が直下に広がるのを見渡せる。茅戸の中に入り込むと、陽の当たらない地面は薄い雪が覆っている。そんな繰り返しで、青空を見上げて、時折振り返ると、もう金時山は見上げるような恰好で聳えていて、遠ざかっていく。

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外輪山を縦走している積もりだったが、踏路は下降を続けている。やがて前方に広大な茅戸が広がる丘陵が一望される。火打石岳から広がる尾根を眺めて、其の背後に衝立のように聳える明神ヶ岳を仰ぎながら、遠いな、と改めて感じる。うぐいす茶屋の矢倉沢峠に到達して、改めてどうするかを思案した。此処から下山すれば仙石のバス停は直ぐ其処である。紫煙を燻らせて思案する。通り過ぎるハイカーの姿は無い。空は何処迄も青く、小さな雲は昼寝でもしているかのように浮かんだ儘動かない。其の茫洋としつつも安寧とした気分にさせる陽光に誘われたのだろうか。私は明神ヶ岳の方に足を向けた。ぐるりと小田原を経由して帰るのも、道了尊からバスを乗り継いで新松田駅に向かうのも大差はないであろうと考えた。

ふたたび背の高い茅戸の中を歩き、勾配を上げながら振り返ると、矢倉沢峠の鞍部の向こうに金時山は随分遠くに鎮座している。日当たりの良い丘陵を登り続けて、登山道はやがて左に旋回して尾根をトラバースしながら北面の谷を越えていった。暗い道を歩き続けて、尾根の南側に出た処が火打石岳への分岐点で、左手に漸く明神が間近に見えるようになった。両端が広い岩で構成された明神ヶ岳の北側から、徐々に傾斜が増していく。其の途上で、下肢に違和感が訪れた。大腿部が痺れるような痛みに包まれた。脹脛が攣るような感覚は珍しくないが、太腿が攣ると云う経験は無いので不安になった。立ち止まった儘両下肢の様子を窺いながら、水分をたくさん摂って休憩した。足柄駅から歩き出して五時間。登山は一ヶ月振りであり、病み上がりでもあるので、体内の何処かで無理が祟っているのかもしれない。そんな風に考えた。

エスケープルートは暫く無いし、明神ヶ岳の肌に辿り着いて、最後の登りに掛かっているので、恐る恐る登り続けるしか無かった。踏路がフラットになって、道の泥濘が激しくなった。不快な儘直進して、長い山頂部を歩き続け、漸く標柱の在る山頂に着いた。冬の陽は低くて、正面の大涌谷の直ぐ上から太陽の陽射しが照り付けている。だから折角の距離感なのに、明神ヶ岳からの中央火口丘の眺めは不明瞭でうすぼんやりとしていた。

数人居た登山者が姿を消して、陽光は眩しいのだが風の冷たさが堪えてきたので、南側の鞍部に向かって下降し、直ぐに現われる道了尊への分岐で、箱根の景色と別れる。尾根を直進して下降に掛かると、右手に相模湾の眺望が広がった。前回の登りの時には気づかなかったので、こんなに心地の良い登山道だったかと思った。やがて登山道は尾根から別れて左にトラバースしていく。隣の尾根に沿って本格的な下山となる。途中に現われる防火帯を慣性に任せて駈足になって下り続ける。一本道の先の彼方に三角錐の山が屹立している。相州大山は何処から眺めても直ぐに判る。

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見晴小屋跡で休憩してから、登山道は深い樹林の中に突入していった。足はなんとか回復したようだった。安堵していたら、林の向こうから鐘の音が響き渡った。最乗寺の鐘を確認して、少し歩調を速めた。関本行きのバス時刻を把握していないので、大丈夫だろうかと思い始めた。やがて石段が現われて、最乗寺を川の向こうに見ながら、お布施の記念碑が立ち並ぶ舗装路を下っていった。見覚えのあるロータリーに降り立つと、バスが乗客を満載してアイドリングを止めた儘停車していた。慌てて駆け出して、バスに乗り込んだら直ぐに発車したので、思わぬ僥倖に驚いた。

終点の関本からも、新松田行きのバスが直ぐに接続した。どのような恩寵なのだろうかと思いつつ、新松田の駅に着いて、まさかと思って電光掲示板を見ると、間髪を入れずに新宿行きの快速急行が到着するところだった。私は御不浄を済ますこともできずに、電車に乗った。

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