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日光白根山(中篇)

五色沼を眼下に、其の周囲を山稜が覆っている。緩やかに続く登山道が右手に分岐して、一旦尾根から外れて下っていく。天上の散策から樹林帯に突入するのは後ろ髪を引かれる思いだが、核心部の奥白根に辿り着く為には止むを得ない。五色沼避難小屋から暫くは、陽射しを遮る樹林も無い火口の底を歩くが、其れも程無く終わる。右に急旋回して、いよいよ奥白根の山肌に取り付いていった。

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2015/7/11

日光湯元キャンプ場(6:30)---外山鞍部 (8:40)---前白根山 (10:00)---五色沼避難小屋 (10:50)---奥白根山 (12:20)---五色沼避難小屋 ---五色沼---五色山 (15:00)---国境平---中ツ曽根---湯元温泉(18:00)

樹林帯を突き抜けて、唐突に風景が広がる。先程歩いていた前白根から続いていた稜線を、今度は奥白根の山肌から眺めている。白根隠山から白桧岳が連なり、白錫尾根が彼方に延びている。登山地図に登山道の軌跡は記されていないが、随分心地よさそうな山上の道のように思えた。そんな良景を背に、最早不毛の地面と化した山肌に刻まれている登山道を、ジグザグに登り続けた。

前白根からの登山者は、其れ程多いような気がしなかったが、下山の徒が大勢擦れ違うようになって、奥白根の登山道は賑やかになった。灼熱の陽射しを浴びながら、関東以北最高峰の溶岩ドーム、奥白根山の頂を目指して登り続ける。苦悶の思いで歩き続けるが、頂上ななかなかやって来ない。私は、御殿場ルートから登った富士山のことを思い出した。

空が目の前に広がった。夥しい人が跋扈している其の先に、鳥居が立っている。此れで登頂かと思ったら、其の先に岩山が盛り上がっていて、其の突端には人間が蟻のように数珠繋ぎに這い上がっている様相であった。ピークの岩場を登山道から外れて、漸く山名標の在る突端に登り詰めた。人だかりの中で的異君と握手を交わす。全方位の眺望は筆舌に尽くし難いものがあるのだが、余りにも人が多すぎる。グループ登山の徒が記念撮影に余念が無く、撮影者がカメラを覗きながら後ずさりしてぶつかってくるから、危険なことこの上ない状況である。辟易しながら、登ってきたばかりの岩場を引き返した。

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土曜日の日光白根山の喧騒を背後に感じながら、私は自分を呪った。自分の状況が変わって、今年になってから思うように平日に山行が出来ない。名声の誉れ高い日光白根山。とっておきの関東最高峰の頂は、絶景の感動に浸ることすら不可能な混雑ぶりだった。労苦の果てに辿りついて、湧き上がってくるのは虚脱感だけであった。此の状況を如何に改善すべきなのか。私は煩雑な日常の中に突如として引き戻されたような錯覚に陥りながら、油断のできない岩場を下っていった。

さて、我々の行程は五色山を経由して中ツ曽根を下ると云う予定である。弥陀ヶ池を経由して大火口を周回するのが常套のような気もするが、ずっと眺め下ろしてきた五色沼の畔にも立ってみたい。此れは私の内なる希望なのだが、的異君に意見を伺う余地も在る。しかし、彼に何らかの要望が在るようには見えない。しかし、訊いてみれば何か云うかも知れない。私は少しの間逡巡してみたが、とりあえず、では五色沼を通って帰りましょう、とだけ云った。友人は格別の様子も見せなかったので、其の儘登ってきた登山道を下ることにした。

荒れた山肌を軽快に下り、樹林帯に戻り、心持ち急ぎ足で避難小屋を目指した。小屋の分岐では休憩を取らずに、其の儘左方向に進路を変える。緩やかな谷筋の道を歩き続けて、空気の匂いが少し変わってきたような気がした。五色沼のことを、私は火口底のように記しているが、正式には白根山、五色山、前白根山に囲まれた窪地に在る堰止湖、と云う説明がなされている。其の、標高約2100mに在る湖が、樹林の向こうに姿を現わした。湖畔から見上げると、奥白根の威容が断崖の塊のようにして聳えている。此処はやはり火口底なのだと、私は実感していた。

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奥白根の喧騒に辟易して、昼食を摂っていなかったので、湖畔の木陰で大休憩となった。強い陽射しが相変わらず降り注ぐ五色沼の湖面は、同じレベルで見渡すと、高彩度の実感が湧かない。山に囲まれた静かな湖の趣であるが、此処から脱出するには、囲まれた火口の周縁に登り、越えていかなければならない。半時後、荷物を背負いなおして、五色沼を時計回りの方角に歩き出す。やがて道が左に逸れていく処に、弥陀ヶ池と五色山の分岐を示す道標が在った。ではもう一度登りますか、と友人に云うと、驚いた顔で絶句した。至極当然の状況に絶句する的異君は、全く地形を把握しないで歩いていたようであった。

急登が続く登路なので、高度は瞬く間に上がっていった。五色沼がふたたびジオラマのような風情に戻っていくのを見下ろしながら登り続けた。程無く稜線に合流し、右に旋回して堰止湖を右に見下ろし、尾瀬や越後の山々が連なる光景を左に眺める登山道になった。熊笹が覆う明るい山上に、一本の道が続いている。其れをゆっくりと登っていった。燧ケ岳の鋭利な山容が、遠くに浮かんでいた。晩秋の閑散とした季節に訪れた尾瀬の情景が、懐かしさとともに脳裏に浮かんでくる。

登りついた五色山から、見納めとなる五色沼を前景に、逆光で黒くなった奥白根を望む。前白根山から続いてきた稜線が、此処から北に延びて、金精山へと連なっている。帰途の中ツ曽根が分岐する国境平に向けて歩き出した途端、右手に箱庭のような風情の、奥日光湯元温泉郷の風景が開けた。背景には、男体山、女峰山、太郎山が揃って聳えていた。思いがけぬ絶景に、私と的異君は揃って立ち止まった。帰還する場所が直ぐ其処に見えているので安堵してしまいそうになるが、左手に長大な尾根が緩やかに湯元へと続いているのを確認すると、疲労感が身に染みてくるような気がした。我々は、眼で合図をして、歩き出した。

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登山道は西側に転じて、樹林帯を明るく照らす陽光の中を辿って、鞍部へと下り続けた。樹間から遠くに、ふたたび燧ケ岳の姿を見た。軽快に明瞭な道を歩き続けて、鞍部を越えて緩い登りが続き、標高2303mピークを捲きながら、やがて熊笹の広がる気持ちのよい踏路になった。正面に、断崖の岩肌を剥き出しにした山容が鎮座していて、其れが金精山のようであった。

一本道を緩やかに下るようになって、道標が現われる。国境平に到達して、我々は荷を下ろして休憩した。あとは下るだけである。長い一日が漸く終わりつつある。私も友人も、そう信じて疑わなかった。国境平から分岐する中ツ曽根への道は、小ピークを捲くようにして、緩やかな上り坂になっている。其れを越えれば、あとは下るだけなのだ。単独行の男性が国境平に到着したが、我々に気兼ねしたのか、其の儘通り過ぎて、中ツ曽根の方向に去っていった。私と友人は、其れをのんびりと、見送った。

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