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日光男体山

いろは坂の何度目かのカーブで、霧の曖昧な夜明けが訪れた。週末の天気予報では、明日の日曜日に本格的な晴れとなっていたのだが、土曜の朝には雨が上がると云う見立てを信用して、諸般の事情もありのんびりともしていていられないので、奥日光へのドライブを決行することになった。友人纏井君の車に便乗しての山行も恒例となりつつある。単独ではなかなか訪れそうも無い日光の山々も、いずれは曾遊の地となるかもしれない。尤も、私は日光と無縁と云う訳ではなく、東照宮で挙式をして観光客の見世物になったりしたこともあるので、寧ろ懐かしくもある場所である。其れはそうとして、車は急峻の標高差を蛇行しながら走破していく。第二いろは坂が漸く終わって、目の前が真っ白く開ける。雨粒がフロントガラスを激しく叩いている。明智平のロープウェイ乗り場を切り返し、明智第二隧道に突っ込んでいく。そうして中禅寺湖の畔に出たのだが、雨脚は弱まったものの、相変わらず周囲は霧の中である。

Nantai1

2015/5/16

二荒山神社中宮(8:50)-----四合目-----滝尾神社-----二荒山神社奥宮(男体山)-----二荒山神社奥宮(17:50)

Nanntaisan

男体山の端整な姿は、奥日光を散策していれば何処からでも眺めることができるので、未踏の地と云う気がしない。中禅寺湖と戦場ヶ原とひと纏まりになって、頭の中で描く日光の観光的鳥瞰図には、必ずコニーデ火山の男体山が屹立している。東北新幹線に乗って北上する時、関東平野の広大な風景に飽きてきた頃、宇都宮の手前辺りから、海坊主が白粉を塗ったような姿の雪山が忽然と現われてはっとする。日光男体山である。山は未だ冬なんだな、そんな風に感慨を深くして、改めて、未だ男体山に登ったことが無いという事実に気付いて、いつか登らなければ、そう思うのだが、なかなか登らない。男体山は、そんな山のような気がしている。

纏井君が例の如く、当ても無いのに愛車で何処かに行こうと誘うので、ドライブに興味の無い私は、男体山に登るきっかけを掴んだような気になった。天啓を受けた善人の素振りで、日光に行こうかと提案すると、何も考えていない友人は即座に賛成した。そう云う訳で、朝の七時に二荒山(ふたらさん)神社中宮の駐車場に居るのだが、そぼ降る雨のお陰で、人も車も疎らである。釣り人だけが何事も無いと云う風に、湖畔に下りていく。様子見で暫く滞留している登山客と、雨はもうすぐ上がる筈ですがね、などと云い合いながら、私は紫煙を燻らす。天気は悪いが、人の少ない日光中禅寺湖の畔に居るのは、存外に心地好い。

Nantai2

二荒山は云う迄も無く、修験道の行者が登っていた頃の男体山の名前で、麓に建つ二荒山神社中宮が正式な登山口である。登山口は正式に云うと登拝口で、入山料を神社に支払って登拝門をくぐらせて戴く。漸く雨が上がり、我々は濡れた石段を踏みしめて登山を開始した。登頂迄の概要は、此処から真直ぐに登攀して一度林道に出て、林道の蛇行に忠実に沿ってから、四合目の登山口に入り、其処からふたたび頂上迄直登し続けると云うものである。男体山は端整な円錐の形状で、尾根と谷と云う区別が判り難い。自然崩壊地を意味する、薙と云う溝状の涸沢が幾つも放射状に広がっていて、中宮ルートが辿るのは観音薙である。

神域の趣が高原の森林に変わっていく。広葉樹の葉が雫を滴らせているのが判るような気がする。倒木の傍らに、小さな雑木の若い芽が点在している。茫洋として広がる斜面に、登路が辿っている。同じような景色の中を何時迄も歩いているので、疲労感が漂う。樹木が随分傾いて見えるから、傾斜も随分急なのであろう。そんなことを考えながら歩を進めていくうちに、漸く林道に到達した。此処は未だ三合目である。

山肌に沿って車道を歩く。迂回の冗長な歩きは程よい休憩になり、陽射しも現われて、次第に眺望が樹林越しに垣間見えるようになっていった。早くも下山中の徒がやってきて、足早に擦れ違う。治山工事用の倉庫が現われると四合目で、鳥居をくぐると此処からふたたび登山道が始まる。木段が腐って朽ち掛けている。順調に登り続けて、程無く避難小屋の建つ五合目に着いた。眼下に中禅寺湖を見下ろせるようになり、暫く休憩していると、後続の登山者が次々に登って来る。此処は標高1800mだから、五合目には少し足りない。これから、登山地図に記されている、岩石の道、が続く筈である。

観音薙の岩場は、最初は鬱蒼とした樹林の中から厳かに始まった。雨に濡れた岩の合間を縫って、登って行く。時折、磨いたように光った巨岩が登山道を遮り、大股で其れを乗り越えていく。纏井君は相変わらず岩場が苦痛のようで、先程下界を眺めていた時の饒舌がすっかり止んでしまった。視界の利かない急登が続いて、漸く樹林が疎らになったと思ったら、終わった筈の雨が降り始めた。見上げると廃れた小屋が建っていた。六合目である。早足で其処迄駆け上がり、物置のような小屋へ逃げ込んだ途端、雨は急激に激しくなった。暗い小屋の中で、トタンを打つ雨音だけが激しく響いていて、会話も儘ならない程であった。

Nantai3

驟雨が止んでしまうと、周囲は急激に明るさが満ちてきた。小屋の前から頂上方面を見上げると、ひたすらに瓦礫場が続いている。観音薙が漸く全貌を現わした恰好であった。標高2000mから、劇的に様相が変わったようである。岩塊の道を、思い思いのコースを選んで登っていく。瓦礫場の途上で振り返ると、胸がすくような光景が広がった。中禅寺湖の対岸に聳える山々が見渡せる。半月山は文字通りの形状に広がり、狸山が湖畔の淵に聳えている迄を眺めることができる。中途半端な場所だったが、我々は岩に腰を下ろし休憩することにして、遅い朝食を摂った。

巨岩に赤い矢印がマーキングされている。本格的な岩場の急登が続く。標高差1200mを直登する中宮コースは、合理的に登頂迄を辿る。修験道の厳しさを実感できる登路である。樅や松の樹林が岩の道を挟んで、コースを明確にしているかのように生い茂っている。そんな瓦礫場を諄々と歩き、訥々と足を繰り出しているうちに、赤茶色の鉄錆びた鳥居が現われた。ひと登りで八合目に祀られている瀬尾神社に到達した。二荒山神社と同様、日光山内に本殿の在る瀬尾神社は、女峰山の守り神である筈だが、男体山の中腹の、なんとも落ち着かない岩崖の途上に分祀されているのは奇妙なことのように思えた。

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標高2300mを越えた八合目迄到達したと云う実感は、其処からの勾配の途上で残雪を見て徐々に高まっていった。九合目の碑を通過すると、やがて樹林の背丈も低くなり、相対的に広がっていく空の下を歩くようになった。中禅寺湖を核とした眺望は、枯木を前景にして広がっている。荒涼とした雰囲気になり、植生が変わったと云うことが窺える。陽光が薄曇の膜を通して尾根の上に降り注いでいて、眺望は広がっているのに、地平線の彼方や、遠くの山なみは曖昧模糊として判別できない。明智平の方角を眺めると、其処は一面の雲海に覆われていた。

質素だが威厳のある木製の鳥居が、其れ以上は何も無い、と云う雰囲気で、空を背景に屹立していた。其れを見上げて、長大な火口の頂の左方に視線を転じる。稜線の突端に男体山神社のシルエットが在り、其の向こうに遠く広がる連嶺の、ひと際目立つ銀嶺が聳えている。日光白根山の威容である。戦場ヶ原が前庭のように配置されている。遠近感が曖昧になってくるような、眼福の良景であった。

Nantai5

二荒山神社奥宮に登頂して、纏井君と固い握手を交わす。富士山御殿場ルート、尾瀬の至仏山と、苦行の山行が続いたが、今回は何事も無く登頂することができた。私の内心に安寧の気分が湧き上がる。測量を再考して割り出したと云う最高点の2486m地点は、岩が盛り上がっている処で、神剣を表現した造形物が立っている。ふたりで其の頂点に立って、全方位の眺望を満喫した。男体山の爆裂火口底は鬱蒼とした樹林が敷きつめられていて、其の北方の彼方に、女峰山を中心とした連嶺が一望できる。日光連山の奥深さを、初めて目の当たりにしたのだと思った。

登るべき山、そして歩くべき稜線が、無限にある。其の感懐が、心を充足させていく。私は、云い様の無い昂揚した気分の儘、360度の景色を眺め回していた。明智平方面を覆っていた雲海は、徐々に男体山の懐に押し寄せてきていたようで、岩のピークに冷たい空気が、纏わりつくように漂い始めた。中禅寺湖の風景が、徐々に緞帳が下りてくるような感じで、霧の向こうに、消えていった。



Nantai6

追記

観音薙を引き返して下山。六合目迄の岩場の下りで、とうとう纏井君が音を上げて悪態をつき始めた。いつものような足の痛み迄には至って無いようなので、無視して歩き続ける。ペースは徐々に低下して、二荒山神社中宮に戻った頃は黄昏迫る時刻になってしまった。自家用車の利点で、湯元温泉に移動して、無事日帰り入浴を済ませて帰途に就いた。

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