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明神ヶ岳・大涌谷の眺望

外輪山から大涌谷を正面に眺めることのできる明神ヶ岳に登ろうと思い立った。箱根山が噴火しそうだ、と云う連日の報道の影響が多分に在るのは否定できない。中央火口丘からどのような噴煙が立ち昇っているのか、野次馬のようではあるけれども、箱根の外輪山に登って眺めてみようと云うことにした。金時山から巡っていくのは億劫なので、道了尊からの直登コースである。早朝の小田急線新松田駅前には、乗客の疎らな関本行きバスが佇んでいた。関本は伊豆箱根鉄道大雄山線の終点、大雄山駅の在る地名で、其処から道了尊行きのバスが出ている。バスを二本乗り継いで登山口に向かうと云う面倒なことになるが、小田原迄南下して、大雄山線に乗り換えてふたたび北上するのも迂遠である。そう云う訳で、ハイカーが見向きもしないバスに飄々と乗り込んだ。

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2015/5/10

道了尊バス停(8:00)-----明神ヶ岳-----明星ヶ岳-----堂ヶ島渓谷遊歩道-----宮ノ下駅(14:30)

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終点の関本で待ち合わせ時間が二十数分有り、唯一同乗していたハイカーの壮年氏とベンチに座って喋りながら休憩していると、タクシー運転手氏が千五百円で行くがどうかと誘いに来た。三人居れば考えるとこだがなあ、と壮年氏が云った。パンの朝食を摂っていたら、間もなく道了尊行きがやってきた。ふたりだけの乗客かと思っていたら、大雄山線の電車が到着して、登山客が大勢乗り込んできた。

大雄山駅から道了尊迄は、歩いて行けないこともないかなと考えていたが、道路は着実に勾配を上げて、森の中を蛇行して走るから、此れはバスで正解だった。下山ならば歩いてもいいけどね、と壮年氏が云った。厚木市からやってきた彼は、昨日も丹沢表尾根を歩いて塔ノ岳に登ったと云うから健脚である。意気投合して、一緒に登ろうかと云う雰囲気だったが、最乗寺から登山道に入ってからは、歩調が全く違うので、壮年氏を見送った私は、ゆっくりと初めての尾根道を歩いた。

新緑に覆われた尾根道は、緩やかに、実直に続いていた。冬の箱根外輪山を周回した時に眺めた、火口の中に在る箱根を思い浮かべる。広大な火山の淵に向かって延びる、北東の尾根を登っているのだと意識しながら歩き続けた。最初に横切る林道を越えて、同じような景色の樹林帯を登るが、周囲は自然林に覆われているので心地好く、時折左手に長大な尾根を樹間から窺う。矢佐芝に落ちていく尾根だろうか。冬の丸岳から眺めた明神ヶ岳は幅広い山容で、険しく尖った峰の集合体だった。幾つもの尾根が平地に向かって延びているのだろう。

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足柄林道が横断する箇所迄、随分後続の登山者に抜かれた。トレランの徒も多い。外輪山を駆け抜けるのはさぞかし気持ちがよいだろうと思う。私は地形図を見る為に、頻繁に立ち止まる。コースタイムを意識して、足早に登っていたのが遠い過去のことのような気がする。程無く廃屋と化した明神ヶ岳見晴小屋に到達した。酒匂川に沿って広がる市街地を一望できるが其れ程の良景ではない。此処で高齢の男女のグループに追いつかれる。女性ふたりがもの凄く喧しいので慌てて出発した。

標高が七百米を越えて、登山道は樹木が刈り払われたようになっていて明るくなった。登山地図に記されている神明水は、直射日光を浴びる乾いた砂礫の尾根の途上に在った。からからに乾いた路傍に、細いパイプが突き出ていて、水が滾々と流れている。口に含んで、其の冷たさに驚いた。其処から急な傾斜になり、ジグザグに刻まれた道を登って、尾根に乗り上げる。廃れた荷揚ケーブルの塔柱とワイヤーが併行する登山道は、何処迄も広い空の下に続いていた。

灼熱の中を歩き続けて、登山道はやがて尾根の側面を刻むようになった。明神ヶ岳に続く尾根から徐々に離れて、小さな谷筋が現われる。トラバースが続いて南の尾根に移動するのを繰り返して、泥濘の道行となる。神明水の次に記されている明神水はそんな途上の鬱蒼とした処に在った。明神ヶ岳から離れていくような道が続いてどうなるのかと思うが、やがて立派な尾根が行く手を遮る。其処に乗ってからは、稜線に向かって登山道が続いている。外輪山が近づき、雲が覆うようになった空は、不穏な灰色になっていった。

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明神と明星の双方向に道が分かれて居る処を右に、傾斜の砂礫が白くなっていく。上空には複数のヘリコプターが飛び交っている。やがて稜線に立つと、直ぐ目の前に中央火口丘が聳えていた。曇天が、其処の上にだけを覆ってているように見えた。雲間からひと筋の光が、丁度よく大涌谷の亀裂に差し込んでいて、白煙がスポットライトを浴びて吹き上がっていた。

火口に向かって湾曲して連なる明神ヶ岳の頂上には、多くのハイカーが佇んでいて、正面の箱根山を眺めている。巨大な壁画を皆で見ているような気持ちになった。

「ちょっと多い様な気もするけどなァ」ベテラン風のおじさんが呟いた。大涌谷の煙は、ずっと前から眺めていたものと大差は無いように思えた。地下マグマが膨張していて、地殻の裂目から兆候が現われていると云う感じではないが、勿論何が起ころうとしているのかは判らない。大勢の人々が頂上に居るのに、奇妙な静寂が周囲を支配していた。噴火するのを待ち望んでいるかのようなヘリコプターの音だけが、周囲に響き渡っていた。

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別記

外輪山東側を初めて歩き、眺望の無い明星ヶ岳に立ち寄り、宮城野方面に下山。大文字焼の開けた箇所から強羅を見下ろす。なかなかの絶景であった。早川の渓谷まで降り立ち、宮ノ下に登り返した。町営公衆浴場に立ち寄ったが客はひとりも居なかった。テレビの所為でお客が半分以下に減ってしまった。管理人のおばさんは、憤りを隠さなかった。

補記

箱根山(箱根町)の大涌谷周辺で続く活発な火山活動で、県温泉地学研究所がこれまでに捉えた微小な火山性地震の総数は24日、2001年の活動で記録された4230回を超え、観測史上最多となった。約5カ月に及んだ01年の地震数を1カ月足らずで上回り、5~6倍のペースで増え続けている。激しい噴気や地殻変動も継続しており、地下のマグマが活発になっているとみて、活動の長期化と小規模な噴火を警戒している。(中略)温地研が箱根山の地震監視を始めた1960年代も目立ったが、現在とは観測態勢が異なるため比較が難しく、01年の後に発生した4回の活動はいずれも地震の総数が千~2千回程度で終息。11年も群発地震はあったものの、東日本大震災に誘発された活動で、火山性ではないと判断されている。(中略)01年以降の群発地震を比較分析した原田昌武主任研究員は、今回の活動について「衛星利用測位システム(GPS)の観測データに山全体が膨らむ傾向が表れていることから、深い所のマグマが膨張している可能性が高い」とみる。一方で「地震の規模や発生する場所は01年の活動に似ている」と指摘している。(後略)

〈神奈川新聞 2015.5.25〉

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