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諸戸尾根から梅ノ木尾根。相州大山を踏査隊有志と登る。

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「登山詳細図」踏査隊有志による山登りで丹沢の大山詣をすることになった。企図の段階からいろいろなルートが提案されていたが、最終的に決まったのが、諸戸山林事務所から大山へと連なる諸戸尾根を辿ると云うもので、登山詳細図独自の記載ルートでもある。ヤビツ峠迄バスで運ばれてから、敢えて涸れた沢に沿って門戸口迄下山して、諸戸山林事務所の登山口に向かうと云う奇天烈なコース設定である。丹沢山系に造詣が深く、現在進行中の東丹沢登山詳細図改訂版にも深く関与しているMD氏の先導で、総勢七名の大所帯が、好天のヤビツ峠から駐車場の裏手に廻り込んで始まる、日陰の薄暗い「ヤビツ旧道コース」を下り始めたのであった。


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2015/1/11

ヤビツ峠バス停(9:00)-----門戸口-----諸戸山林事務所(9:40)-----諸戸尾根ルート-----大山(11:20)-----不動尻分岐-----989mピーク(12:10)-----梅ノ木尾根-----大沢分岐-----二ノ沢ノ頭-----日向薬師バス停(15:20)


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蛇行する県道70号をショートカットする形で二十数分歩いて門戸口に到達し、漸く青空の下に出た。車道を其の儘下って、諸戸山林事務所が現われる。奥に神社が在り、其の儘カンスコロバシ沢の左岸を辿ると、やがて右手に迫る尾根群の方向に踏跡が分岐している。手製の道標が大山を記しているが、薄汚れた小さい木片なので注意していないと気付かないかもしれない。此処から西尾根(MD氏は詳細図に記載の諸戸尾根ではなく、西尾根と呼ぶので当稿は混淆して記載する)の末端である細長い尾根の側面を攀じ登る。送電線巡視路は、ジグザグに踏路が切られている。其れ程の高低差では無いが、厳しい勾配を実直に登り続けた。

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尾根上に出ると、心地好い陽射しが降り注いでいた。小休止の後、大山に向かってひたすら続く尾根を登り続ける。送電新多摩線の下を通過する頃、木立の合間から、周辺の尾根が見渡せるようになり、やがて北西方面に遠くの山々が見える。端整な三つの峰が並んでいる。丹沢三峰が綺麗に並んでいるのを眺めるのは初めてかもしれない。

標高が850mに近づく頃、周囲は落葉したブナ林が立ち並ぶ尾根道となった。登り一辺倒の縦隊列は次第に間隔が空いてきてしまい、時折MD氏は最後尾の私が通過するまで待っていて呉れて、また先頭の方に戻っていくと云うような動きをしている。顔を合わせると其の都度、周辺の山座同定の解説をして呉れたりする。パーティのリーダーかくあるべきと云う態度であり、感心してしまう。指し示す先を振り返ると、三ノ塔の向こうから、真っ白い富士山の頭が顔を出していて、隊列が皆立ち止まって歓声を上げた。

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右手に見えるイタツミ尾根が徐々に近づいてくる。標高1000mに達して、振り返るたびに富士山の容姿が大胆になってくる。高度を上げるに連れて、見渡せる山々が広がっていく。相模湾の彼方に、伊豆大島が朧気に浮かんでいるのが見える。天城山脈の聳える伊豆半島が、大陸のように広がっている。休日の大山登山で此のような眺望を味わいながら、誰にも会わずに居ると云うのは考えてみると凄いことのように思える。箱根の中央火口丘を指し示しながら、あの白くなっている処は大涌谷の煙ですとMD氏が云い、皆が驚いている。

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自然林が疎らに並ぶ明るい踏路が、徐々に勾配を上げていき、鹿柵の側を歩くようになって、大山表参道に合流した。山頂直下の鳥居が在り、我々は西側を捲きながら歩いて登頂した。此処で10分程度の小休止にしましょう、MD氏が宣言した。晴天の山頂で眺望が広がっているのに、計画のラップタイムを遵守せんとするMD氏の透徹な態度に、皆はどう思っているのかは判らないが、私は軽い驚きを禁じ得なかった。ちなみに此処で軽くメンバー紹介であるが、奥多摩で数回踏査で一緒に歩いたNZ氏、西丹沢踏査や水根沢、鷹ノ巣沢の沢登りを共に敢行したC氏とT子さん、蛭から逃げ惑いながら日向山近辺を一緒に踏査したMNさん、昨年暮れに小仏峠の宴会で初めて会ったKMさん、そしてMD氏と私の七人である。

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山頂の東側に廻って横浜から東京に至る平野を見渡す。スカイツリーが見えない、とKMさんが叫ぶ。見事な眺望だが、地平線の先は靄が掛かったように曖昧になっている。奥多摩や奥武蔵からも案外簡単に眺められる東京スカイツリーが、此処から見えないと云うのは確かに不思議だった。そろそろいいですか、MD氏が皆に出発を促す。隊列は陽射しで明るい東の尾根を下り始めた。

次々に登ってくる人々と擦れ違う賑やかな登山道は泥濘で、木段で滑らないようにと神経を遣った。下山の徒も後ろから続々とやってきて落ち着かない。漸く不動尻分岐で北東に別れて、静かな踏路となった。雷ノ峰尾根が右手に遠ざかり、登山道は急勾配を木段が一気に下降していく。梅ノ木尾根から始めたら此処を登らなきゃいけないんだよ、MD氏が私に云った。今回の山行を企図した当初に私が提案したのが、日向薬師から梅ノ木尾根経由で大山に登ると云うものだった。梅ノ木尾根の末端を歩いた記憶のあるMNさんは構わないと云ったが、梅ノ木尾根を登るのは辛いので下りに使いたい、と云う及び腰の案をMD氏が提示して、現在、下っている最中なのである。確かに此れを登るのは大変ですね。とりあえず恭順の態度をMD氏に示しながら、私は関東平野を一望する木段を下っていった。


視線の先には尾根が平坦になっていて、緩やかに盛り上がっている広場が見えた。
尾根が右にカーブして、眺望の広がる台地に到達した。地形図上の標高989m地点だった。電線が渡され、資材を運ぶモノレール軌道の行き着く先となっている場所で、建造物の土台が痕跡となって残っている。自然と休憩になったが、此処でC氏が空腹を訴えたのを機に昼食となった。MD氏の計画では二ノ沢ノ頭で食事と云うことになっていたが、時刻としてはもうお昼時であるから、此の変更は適宜だったと云える。

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唐沢峠、不動尻方面に北へと延びる尾根は、大山の東側を旋回するようにして続いている。枯木が疎らに立ち並ぶ登山道から、相変わらず関東平野が広がっているのが見渡せる。其れは余りにも良景が続く尾根だった。登ってきた諸戸尾根の風景を思い返して、ハイカーで混雑する大山と云う今迄のイメージは、全く一義的なことであったのだなと痛感する。尾根が鞍部を迎えて、其処は斜面が崩落して痩せた稜線になっていた。鎖が渡された鞍部を越えて、愈々梅ノ木尾根に分岐する地点に到達した。

不動尻方面を歩くハイカーは殆ど見受けられなかったが、我々が梅ノ木尾根分岐点で滞留している間に、四人組が追いついてきた。彼等も同じ進路に向かうようであった。慌しい雰囲気になって、我々が先行して梅ノ木尾根を下ることになった。しかし、最後尾を歩く私の後方で、間隔を開けずに四人組が迫ってくるので落ち着かない。梅ノ木尾根は、大山の東面に日向川の谷が激烈に喰い込んでいる山肌の上を辿っている。痩せ尾根が急勾配になって構成されている。岩混じりの踏路に木の根が張り巡らされている。恐る恐る歩を進めざるを得ないが、くだんの四人組は背後迄近づいてきて、仲間同士で大声で喋っている。神経に障るので先に行って貰うことにして立ち止まった。

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隊列から分離されて、ひとりで歩いているような気分になって、急傾斜を下り続けた。斜面の途上から視線の先の鞍部を見下ろすと、四人組が我が隊列と入り乱れて通過していくのが見えた。癇に障る喋り声が未だ聞こえてくるので、悄然となった私の歩調は徐々に遅くなっていった。やがて登山詳細図に記してある、落書道標、のポイントに到達した。瘤状になっていて、大きく尾根が二股に分かれている処だった。道標は手製だが、落書と云う程乱雑なものでは無かった。木片が朽ち果て、文字が判別し難いから、老朽化しただけのことのようであった。標高778mピークに向かう広い尾根は、地形図を辿れば「ふれあいの森日向キャンプ場」方面に降りていくようである。梅ノ木尾根、大沢分岐に向かうのは、日陰になった急傾斜の左の尾根道である。手製道標は、微かにキャンプ場と日向山の文字が窺えるから、地形図を読めない場合には重要な指標となっている。四人組が日向キャンプ場方面に去っていった。其れを見てMD氏が、よかったあ、と呟いた。思う処は同じようなものだったと推察して、私は内心で首肯した。

北北東に進路が向いて不安になるが、尾根は右に舵を切るようにして続いている。周囲は植林が増えてきて陰鬱な雰囲気になっていった。左手に広がる清川村方面の景色が、羨ましい程に明るい。コルを通過して、唐突に現われる岩混じりの斜面を登りきると、其処が大沢分岐だった。大沢川は日向山北面を流れ、七沢方面に注いでいる立派な川であり、分岐点の名前になっている大沢とは広沢寺温泉一帯の地名のようである。

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大沢分岐を東南方向に下っていく。樹林帯が途切れて、日向川、二ノ沢の深い谷が右手に広がっているのが見渡せた。其の山懐を見上げると、大山の威容が逆光の影になって聳えている。緩やかな傾斜の一本道は時折極端にか細いリッジとなり、強風をまともに受けるとバランスが危うくなる程であった。前を歩くC氏が振り返って、面白い尾根ですね、と云った。其の儘粛々と歩き続けると、やがて瘤状の盛り上がりが前方に見える。踏路は左側に捲いていくように続いている。東方に大きな尾根が分岐する地点で、注意を怠ると誘い込まれてしまいそうになる箇所であった。

梅ノ木尾根ルートが南下して、其の突端に在る670m圏峰が、二ノ沢ノ頭だった。強風の吹きすさぶ狭いピークからは、樹幹の合間に厚木市方面の眺望が広がっている。此れで景色は見納めですからと、MD氏が云った。当初は此処が食事休憩の予定だったが、冷たい風の通り抜けるピークでの大休止は適切では無さそうに思われた。早く降りて飲みたいね。朗らかにKMさんが云った。

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ふたたび東方に延びる尾根を下り、浄発願寺奥ノ院への分岐に達し、其処からは平坦な尾根道を辿るだけである。植林帯に囲まれた緩やかな勾配を下っていく。小さな瘤を丁寧に登り返して、要所にはベンチも散見できるようになり、日向山に続いているハイキングコースを歩いているのだな、と認識できる。七沢弁天の森キャンプ場に下る登山道の分岐点に達して、登山詳細図の踏査で歩いた記憶を呼び起こそうとするが、猛暑の季節のじめじめして鬱蒼としていた情景が、眼前の風景と合致させることが、なかなかできなかった。

標高400m圏峰を越えて、細い尾根が東方に延びていく。其の途上で、北面の風景が開けた箇所が在って、皆が立ち止まって眺めていた。MNさんが麓を指して、見えてますよ、と云った。何のことかと視線を転じたら、大沢川のほとりに建っている東屋が見下ろせた。植林帯とは云っても、冬になると随分視界が開けるもので、踏査の計測中に蛭の大群に襲われ、駆け下りた先に達したのが、今見下ろしている東屋のようだった。登山詳細図の踏査に参加したばかりの頃の思い出であり、踏査仲間とふたたび歩いていると云う実感は、時の流れを感じさせて呉れて感慨深いものがあった。

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尾根を下り、四辻になっている日向山との鞍部に下り立つ。予定は此処から更に日向山を経て、七沢温泉迄を踏破すると云うものだったが、私とC氏とT子さんが疲労を訴え、KMさんがもう飲みに行きたいと主張するに至り、此処で尾根から外れて日向薬師に下山と云うことになった。NZ氏が、俺はナイトウォーク好きだけどねと云ったが、皆聞こえない振りをしていた。

登山道は日向山の裾を捲きながら下っていく。日向薬師の手前に在る林道に到達すると、陽が傾き始めた空の向こうに、歩いて来た梅ノ木尾根の山々を見上げるようになった。其れ等の更に奥の方で、大山の頭部が少しだけ覗いている。

あんなに遠いよ。そう云いながら、ふたたびMD氏が私を見て、梅ノ木尾根から大山に、まだ登ってみたいか、と云った。一度は登ってみたいですね。そう思わないでも無いのでそう応えたら、信じられない、と云うような身振りでMD氏が笑った。


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