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富士見下から至仏山(中篇)

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尾瀬ヶ原西端の観光拠点である山ノ鼻は、国民宿舎尾瀬ロッジ、山の鼻小屋、そして至仏山荘と云う三箇所の宿泊施設が近接して建っている。ビジターセンターと公衆トイレも堅牢で瀟洒な外観の建物であり、何も考えないで眺めると、観光地のホテル街に居るような錯覚に陥る。キャンプ場の受付を至仏山荘で行ない、幕営地に向かう。隣接する休憩所に足場が組んであり、建設中なのか改修作業中なのか判らないが、此れも立派な建造物であった。テントの数は其れ程多くは無かった。我々は水場兼自炊場に近い、至仏山荘の目の前にテントを設営した。暮色の尾瀬ヶ原は穏やかな気候で、気温も其れ程低くないようであった。


Sibutu1

2014/9/27

山ノ鼻(6:15)-----至仏山(10:05)-----小至仏山-----鳩待峠-----アヤメ平-----富士見峠-----富士見下(17:00)

久しぶりのテント泊である友人纏井君のお陰で、雲取山の時のように随分な饗応を受けた。ソーセージを肴にウヰスキーを飲んでいたら、山荘従業員がやってきて、テントの皆さん、植物研究見本園の方に熊が出ました、と云うので幕営者全員が色めき立った。ビジターセンターの職員も慌しく出たり入ったりしていて、熊の捕り物でも始まるのかと思うがそんなことは無く、望遠鏡で監視して警戒するしか術が無いようであった。山荘従業員は、そう云う訳なので御注意を、と云って去っていった。具体的な指示も無く、不穏な空気のみを残して建物に戻っていく従業員はどう云う積もりなのだろうか、などと文句を云い合いながら、酒宴を続けた。暗くなって周囲のテントが静まっても、我々だけが冗漫に飲み続けていた。夜になるとさすがに気温が下がったが、新調したナンガ製ダウンパンツのお陰で心地よく過ごすことができた。随分飲んでしまい、シュラフに潜ったら、すとんと眠りに落ちた。

目覚まし時計をセットするのも忘れて熟睡して、周囲の物音で目覚めた。テントから這い出ると、ザックを背負った人々が続々と木道を歩いている。未だ朝の六時にもなっていないのに、随分早出の人が多いのだなと感心しながら、テントの撤収を始めた。荷物を纏めてから、朝食を摂っていると、何故だか視線を感じる。木の陰でテントを組み立てていた男女が近寄ってきて、此処に張ってもいいかと訊いてきた。其れで早出の人たちが、未明の鳩待峠からやってきたのだと云うことに気付いた。

自家用車で富士見下経由の我々は全く知らず仕舞いだったが、鳩待峠に早朝に着くバスが週末に限り運行されているようであった。今日は土曜日である。其れで、山ノ鼻にテントを張って軽装で至仏山に登ると云う者が、随分居ることに気付いた。そうと判ると、計画通りとは云え、巨大ザックを背負って至仏山に登ろうとしている我々は、異彩を放っているような気がした。場所を譲ってあげたカップルの女性に、昨夜此の近辺で熊が出たようですと云ったら、途端に恐慌をきたして怯え始めてしまった。私は慌てて、そうは云っても大過は無いと説明したが、彼女の動転は治まった様子が窺えない。気の毒なことをしてしまったかなと思ったが、事実を述べただけなので、止むを得ない。

研究見本園の湿原が靄に包まれて、薄っすらと木立が浮かんでいる。其れを横目に、木道を進んで行く。至仏山登山口は、趣の在る湿地帯から一変した、鬱蒼とした樹林帯に入って、木段の急登から始まった。木段から足元は砂礫状に変わり、次第に瓦礫状になっていく。湿った石の隙間に水溜りが在り、昨日の晴天が遠い過去のように思える程、周囲は濃密な湿気に満ちていた。針葉樹林帯から垣間見える自然林の黄葉が、疎らに見える。朝の歩き初めの、何とも云えない疲労感を、其の眺めで誤魔化しながら、実直に登り続けた。

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狭い登山道の背後から、続々とハイカーが追いついてくる。脇に逸れて道を譲るのも億劫になるくらい、巨大ザックを背負った我々の足捌きは緩慢だった。追い越していった登山者が、先程の我々と同じように道端に立ち止まって息を整えていたりするので、また追い越してしまう。同じようなペースの者がたびたび顔を合わせて抜き返すので、お互いに間の悪い心地で何度も挨拶をする。行く手を見上げても霧しか見えない。曖昧模糊の果てに向かって、長蛇の列が黙々と行進していると云う様相になっている。

纏井君の休憩間隔が頻繁になってきた。巨大ザックふたり組が、狭い登山道の傍で茫然と並んで立っているのも不気味なので、徐々に私だけ先行して、休憩し易い岩場を見つけて待つ、と云うペースになった。登山地図に記してある、一杯清水の水場に気付かない儘、周囲が低潅木になり、視界が開けてきた。一枚岩が重なる鎖場が現われ、数珠繋ぎのハイカーが渋滞していた。私は鎖の途中で左に逸れて、岩襖の上に立った。振り返ると、霞に覆われた尾瀬ヶ原の風景が広がっている。

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岩の上に座って、其の儘纏井君を待つことにした。傍らの鎖場を、切れ目なくハイカーが登り続けているが、友人は何時迄経っても現われない。山ノ鼻を出発して二時間余り経つが、少し疲弊が早すぎるのではないかと、此の時朧気に感じた。其の儘休憩が長引いていたが、お陰で尾瀬ヶ原を包む雲が、徐々に流れ出してきた。雲の切れ間に、冬涸れた湿原が見えて、そして燧ケ岳の頭が姿を現わす。一心不乱に鎖に摑まっている登山者たちが、次々に振り返り、広がっていく風景に歓声を上げる。だから登山道は、益々渋滞していった。

森林限界を示す這松帯が広がるようになると、岩塊の合間に立派な木段が設置されて、如何にも観光地と云う様相になった。青空が広がり、陽射しが暑い。其れでも、鬱蒼とした樹林帯を抜け出た爽快感は友人を奮起させたようだった。標高二千米を越えて、至仏山の雄大な稜線が直ぐ其処に見渡せる。小至仏山の端整な姿が、紅葉に包まれている。

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展望を辿っていくと、尾瀬ヶ原を包むように山々が連なっていて、ひと際窪んだ処に建造物が見える。あれが鳩待峠か。纏井君が呟く。今日の歩行ルートが、一目瞭然となっていた。鳩待峠からアヤメ平に向かって、稜線は果てしなく続いているので、随分遠い道程だなと思う。尤も、碧天の下で紅葉の至仏山に登頂するのだと云う喜びは喩えようもない。前途遼遠、私の気分としては、其れも望むところである。

木道の両側にベンチが設置されている尾根の平坦な場所が高天ヶ原で、尾瀬ヶ原と燧ケ岳の眺望は相変わらず申し分が無い。此処で暫く休憩した。直登のルートは目的地が見え続けているのに、中々近づいてきて呉れない。見上げる山の向こうには空が広がっているが、地形図を見ると山頂は未だ遠いことが判る。其の事実は、読図の出来ない友人には伏せておくことにした。

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偽ピークを登りきって、漸く彼方に頂上が見えてきた。纏井君はすっかり無言になっているが、とにかく頂上は近い。老若男女のハイカーが続々と辿る木段を、黙々と登り続ける。最後の岩場の急な登りを終えた処に、唐突に頂上が在った。狭い岩場に、大勢が屯して、山名標を取り囲んでいる。其れ等を跨ぐようにして分け入り、ひと際大きな岩塊の上に立った。

尾瀬は、山懐に囲まれた別世界だった。至仏山の上から眺めると、尾瀬の外側は雲海に包まれていた。巻機山から谷川岳に至る山塊の頭部が、微かに見えている。北に視線を転じると、平ヶ岳に向かって稜線が延びていくのが窺える。其の方角の彼方を眺めれば、水平線の青味が薄色に変じて、地平に溶け込むようにして広がっている。至仏山のピークには、遮るものが何も無かった。眺めて良し、登って良しの名峰である。登頂して、其れが実感できると云うのが、なんとも嬉しかった。

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足の踏み場も無い山頂で食事を摂るのも詰まらないから、小至仏山迄行こうか。友人に提案してから岩を降りようとすると、若い女性が私をしげしげと見ている。数秒掛かって、山ノ鼻キャンプ場でテントサイトを譲ったカップルの片割れだと云うことを思い出した。熊が出たと云う話で怯えていた娘も、至仏山からの絶景に満悦のようである。私は若干の罪滅ぼしと云う気持ちで、雲海上の山座同定を行なって彼等に説明した。若いカップルは、何の山が見えているかと云うことに、余り関心が無いようであった。

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