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青梅奥多摩境界尾根

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奥多摩東部登山詳細図」に載っている境界尾根を歩こうと思い立った。此れは御岳山ケーブルカーが通っている尾根の、ひとつ北側に併行している尾根である。奥武蔵の飯能市横瀬町境界尾根を登った余勢で、此のような思いつきが浮かんだのだろうと思うが、奥多摩の何処かに行こうとしてさっぱり行く先が決まらないので思いつきに従うことにした。奥多摩東部登山詳細図を見て、初めて知った此のルートは、青梅市と奥多磨町を隔てる尾根として存在は明確なのだが、登山道はもちろん整備されていない。登山口の目印は「北島氏宅」となっていて、何のことかと思うが、裏面のコースガイドには、「取付き点にある北島氏宅敷地をご好意で通過させて戴く」と書いてある。


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2014/11/12

沢井駅(7:45)-----澤ノ井園-----神路橋-----北島氏宅(9:00)-----青梅市奥多摩町境界尾根-----大塚山(11:20)-----広沢山-----金毘羅神社(13:20)-----鉄五郎新道-----寸庭橋-----古里駅(14:30)

出発した頃の都心では雨も降り出したが、今日の天気予報は「曇りのち晴れ」となっていて、其れだけを頼りに青梅迄やってきた。曇天の、おそらく植林だらけであろう境界尾根だけを歩くのは詰まらないだろうと考えて、沢井駅で下車し、御岳渓谷の遊歩道を散策しながら向かうことにした。空は相変わらず鉛色で、行楽客の姿は無い。尤も、こんな天気だが青梅線の電車には多くのハイカーが乗っていた。御嶽駅で下車して、ケーブル駅行きのバスに乗り換える客が殆どだろうと思われる。お陰で誰にも会わない儘、錦秋の多摩川沿いを歩くことができる。

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神路橋を渡って、吉野街道に上がって、大鳥居を傍目に車道を歩いて行く。大型トラックが轟音を立てて通り過ぎる都道45号線から早く離れたいと思うが、目印の北島氏宅に到達する迄我慢しなければならない。程無く、詳細図に載っているポイントの「日原20km看板」が見えて、其の向かいの高台に建っている民家への舗装路が在る。其処を登っていくと、なるほど民家の軒先の広場の一角に、ネットで遮られた尾根の入口が在った。民家の敷地を恐る恐る通過し、ネットを外して進入していくと云う、物見遊山のハイカーにとっては神経を遣う障壁ではあるが、入ってしまえば其処はもう何の変哲も無い裏山である。

等高線の通りに、尾根が続いている。登山者の為の緩衝ジグザグ道などは無いので、急勾配を一直線に登っていく。明瞭な踏み跡が続いており、尾根をひたすらに辿り続けるだけである。急登が終わり、先ず最初の等高線が閉じている452mピークに達するが、杉林が立ち並ぶ鬱蒼とした処だった。鞍部に向かって少しだけ下り、ふたたび尾根の勾配が現われる。此の辺りも、登り始めに匹敵するような急傾斜が続く。予想通り、周囲は植林だらけの光景だったが、想定外なのは霧雨が降り始めたことであった。天気予報はどうした。私は独り言を呟きながら、急勾配をゆっくりと登る。脹脛が硬く膨張しているような気がする。苦悶の息遣いで、無心で登り続けた。

右手から支尾根が近づいて来た。梅沢へと分岐する尾根である。此処迄全く色彩の無い植林帯の中を歩いて来たが、漸く奥多磨町側が黄葉の色を増やしてきている。尾根が合流した処から、少しだけ進んだ処が二番目の583mピークである。頂上は植林帯だが、西側には霧がかった黄葉の尾根が薄っすらと樹林越しに垣間見える。499m点の在る低い尾根の向こうに、丹三郎からの登山道が通る尾根が見える。天候は曖昧だが、霧雨は止んでいる。此処で小休憩を取る。ちなみに、此の583mピークには、細い自然林の幹に黄色いテープが巻いてあり、山本山と記してあった。筆跡から見て官製ではないようなので、そんな山名が在るのかと思うが真偽は定かではない。

583mピークから急傾斜を鞍部に下りて、再度の登りになるが、此処からは比較的緩やかな勾配になった。奥多摩サイドの黄葉は疎らになり、無味乾燥な植林帯の様相に戻っていった。青梅側からは、スピーカー越しの声が聞こえてくる。現在位置を勘案すると、麓の滝本駅のアナウンスのようであった。無人の山の中をひたすらに登ってきたような気になっているが、ケーブルカーの起点に漸く達したと云う訳である。しかし、境界尾根は既に終盤を迎えている。梅沢方面からの尾根がまたひとつ近づいてくると、ひと登りで700m圏のピークに達した。

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尾根が合流すると、奥多摩側の景色が広がり、気分は晴れてくる。植林と自然林が混在した斑模様の尾根が、霧を纏っている。丹三郎の尾根は、直ぐ其処まで近づいてきていた。小鞍部から登りに掛かった処で、伐採作業の機械音が聞こえてくる。程無く、踏路の先に林業作業員が立っているのが見えた。驚いているのは勿論向こうの方である。精一杯の愛想と共に挨拶をして、立ち話をした。精悍な顔付きの、40代くらいの男性だった。何処から来たのかと訊かれて、此の尾根を吉野街道から登ってきたと答えたら、そりゃ急だったでしょうと云って驚いていた。林業作業員は、梅沢からの林道が此の辺りの山肌迄通じているので、其処から入るのだと云った。地形図では確認できないが、古くからある林道が存在しているようであった。

標高750m点から最後の勾配が始まる。丹三郎尾根はもう見上げる程に近い。其処に収斂されていく我が境界尾根は、徐々に斜度を鋭くしながら、踏跡も不明瞭になっていった。丹三郎尾根に合流する直前に、支尾根が派生している箇所が在り、其処に到達したら、其の先に明確な踏路は無く、斜面を攀じ登るようにして明るい稜線に出た。丹三郎からの登山道は、やはり靄が掛かっているが、自然林の黄葉が周囲を明るくさせている。

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合流点は尾根上の瘤になっていて、中ノ棒山と云う名が付いているようだが、格別のことも無い。奇を衒い市町境界の尾根を登ってみたが、秋の色を濃くする登山道に出て、漸く山の風情を堪能できることになったようである。平日故か、人の影が全く無い丹三郎尾根を辿り、大塚山の頂上に到達した。霧の中に、電波塔の足元だけが、ぼんやりと浮かび上がっていた。



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追記

帰途に取ったルート。広沢山から金毘羅神社の、越沢の崖上を歩くのは久しぶりで、下るのも初めてだから、新鮮な気分だった。天候は曖昧な儘だったが、広沢山から崖マークの在る尾根に至ると、紅葉が点在する良景となった。対岸から眺める尾根が広がり、鳩ノ巣城山が、端整な形で聳えているのを見上げた。金毘羅神社の奥ノ院が在る、滝見台に立ち寄るが、潅木で眺望は利かなかった。次いで、越沢バットレスの最終地点である崖っぷちにも立ち入ってみる。恐る恐る谷底を覗いたら、目が眩み、カメラを持つ手が震えた。鉄五郎新道を、寸庭の集落迄歩く。秋枯れの山道を歩いて来たが、鉄五郎新道は草叢の繁茂する鬱陶しさで、余り歩かれていないような印象を受けた。下山後、全くの偶然で、登山詳細図世話人氏から連絡を戴く。都下某所で落ち合い、一献を傾けた。

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