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富士見下から至仏山(前篇)

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早朝の尾瀬戸倉駐車場は静まり返っていたので、誰も居ないとのかと思っていたら、突然車道の真ん中におじさんが躍り出てきたから驚いた。一般車輌通行禁止となっている、鳩待峠方面に左折しようとしたのを見て、注意喚起すべく現われたものと思われる。ハンドルを握る纏井君がぶっきらぼうに、富士見下と答えたら、なあんだと云う顔で通してくれた。程無く戸倉スキー場への分岐が現われて、高原ホテルを過ぎると、車道はか細くなって、沢沿いの勾配を登るようになった。ゲートで行き止まりになった処が、駐車スペースの在る、往年の尾瀬へのメインルート、其の起点となる富士見下であった。



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2014/9/26

富士見下(7:00)-----富士見小屋-----長沢新道-----竜宮十字路-----山ノ鼻(15:40)

鳩待峠から尾瀬沼に至る山々の壁を越えて、尾瀬ヶ原に至ると云う富士見峠経由コースは、現在では殆ど人気が無いようである。鳩待峠迄乗合バスで行けば、下り基調で尾瀬ヶ原に歩いて行けるのだから、さもありなん、である。私は、尾瀬再訪の誘いを纏井君から受けて、此の富士見下ルートを提案した。友人の主眼は自慢のマイカーで尾瀬に行くと云うくらいのものだから、コース設定は私が担当させて貰うことにした。初めての尾瀬は、大清水から尾瀬沼に向かい、燧ケ岳に登ったので、次の目的地は当然、至仏山である。山ノ鼻に幕営して至仏山を巡るだけならば鳩待峠発着でいいが、尾瀬ヶ原を歩かないのは如何にも惜しい。マイナールートに転落した富士見下から、富士見峠を越えて尾瀬ヶ原の真ん中に降り立ち、のんびりと山ノ鼻に歩いて行く。車での移動なので、富士見下には早朝に着くことができるから、ロングコースでも差し支えは無い。妙案である。すっかり山行計画に無頓着になっている纏井君は、深く考えることもなく此の案に同意して呉れた。

ゲートを越えて、蛇行する砂利の林道を延々と登り続けた。朝の冷たい空気が、汗ばんでくる躰に心地よく感じられる。十二曲がりと名付けられた九十九折が終わると平坦な道になった。田代原の一帯に入っている模様だが、湿原と云う雰囲気では無く、広い公園の中に居るような気がしてくるような場所だった。富士見下から富士見小屋迄、標準コースタイムは二時間四十五分。焦って歩いても仕方が無い。我々はテント装備の巨大なザックを背負って、ゆっくりと歩いていた。


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やがて勾配が復活して、熊笹の繁る処に道標が現われた。十二曲がり、田代原と、手製の道標が立てられていたが、此処には馬洗渕と書かれている。登山地図に表記は無いが、富士見峠迄の途上の、丁度中間地点に池の印が在る場所のようだった。池の渕で馬を洗っていた名残のような地名だろうか。樹林の向こうにある池を目視することはできなかった。長い林道歩きだが、程良い間隔で道標が在るので、適度に休憩することができる。判然としない空模様だが、徐々に併行する白尾山から延びる尾根を眺めるようになった。

水場の在る元休憩所と記された道標を過ぎると、陽光が降り注ぐ好天になり、正面に色づいた山なみが現われた。鳩待通りから富士見峠に至る稜線である。間もなく御馴染みの道標が在り、アヤメ平下、峠迄一粁と記してある。林道に砂利が整然と敷き詰められていくようになると、水場を経て富士見小屋に到着した。約二時間半の所要時間だったので、途中軽装の老夫婦に追い越されたとは云え、重荷を背負っているにしては順調な登りだった。


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さて、淡々と此処迄やってきたが、友人纏井君の機嫌も上々のようである。満身創痍で帰還した、富士山御殿場ルート往復以来の山行なので、富士見下ルートの長時間の林道歩きの消耗がどのようなものかと懸念していたが、其れも杞憂に終わったようだ。此の後は、湿原の別世界に向かって降りていくだけである。そんな安堵感故なのか、暫く小屋の軒先で食事の休憩を摂った後、纏井が眠いと言い出して、テント用のグラウンド・シートを敷いて横になってしまった。昨夜東京を出発して、沼田街道沿いに在る道の駅に駐車し、仮眠を三時間程取っただけであるので、止むを得ないと云えば止むを得ない。いよいよ尾瀬に差し掛かる処で、私の気分は逸っていたが、そんな素振りは見せないで休憩に付き合う。其れも止むを得ない。

誰も居ない小屋周辺は、時が止まったかのように静かだったが、やがて林道から車がやってきた。富士見小屋の従業員氏が、携帯電話で会話をしながら降りて来た。週末は複数でなければ予約を受けられない、と云うようなことを喋っているので、人気の無さそうな富士見小屋でも、そう云うものなのかと思った。


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国立公園尾瀬、の立派な看板から、アヤメ平方面の入口に向かうと、雑草の種子を払う為の人工芝が設置して在った。いよいよ尾瀬である。階段を登りきると、唐突に湿原の枯芒が広がった。木道の彼方に、何処迄も広がる青空が眩しい。富士見田代の行きついた先に池塘が在り、青空を映す美しい池の向こうに、燧ケ岳の峻険な山容が聳えていた。尾瀬だ、と、譫言を繰り返しているようで莫迦みたいだが、そう呟いた。我々は、暫く池塘を眺める木製ベンチで佇んで居た。

池塘の在る場所から、長沢新道が分岐している。眺望の稜線からブナ林の中に分け入ると、設えてあった木道も途切れて、泥濘の登山道になった。自然林の合間から降り注ぐ木漏れ陽の道は美しいが、足元が滑り易いので神経を遣う。そんな千篇一律の調子で、冗長な下りが続いた。土場と云う処で登山道は徐々に東に方角を変えて、長沢へと近づいていく。谷底に至る迄は、随分長い道程であった。

長沢に架かる木橋を渡って、樹林帯は岳樺の造形と黄葉の美しい道になった。既に湿原の中に入ってきていると云うことが、其の空気感で判るような気がする。そして、漸く景色が広がった。茫漠とした枯草の風景が彼方に迄広がっている。木道の先に、そぞろ歩きの人々が点在している。初めての尾瀬ヶ原に、我々は漸く到達した。木道が交差する竜宮十字路の、竜宮カルストと呼ばれる大きな池塘に囲まれたテラスで荷を降ろし、我々は長かった登山道の疲れを癒した。

下田代と中田代を寸断する沼尻川と思しき辺りに、樺林が立ち並び、竜宮小屋が穏やかに佇んでいる。其の背景には、絵に描いたような美しさで、燧ケ岳が聳える。柴安嵓から尾瀬ヶ原を眺めて、後ろ髪を引かれるような思いで下山した二年前のことが思い出される。漸く、其の尾瀬ヶ原の真中に在る竜宮十字路に佇んで居る。感慨無量である。燧ケ岳から眺めた尾瀬ヶ原の背景には、相対するように至仏山が鎮座していたが、此処からの眺めと云えば、燧ケ岳を眺め、振り返れば至仏山と云う訳で、何れが菖蒲か杜若の趣であり、どちらを眺めようかと迷ってしまう。


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陽光の暖かいテラスに、何時迄も佇んでいたかったが、今宵の寝床に向かって出発しなければならない。自然景勝地の極みとも云える尾瀬ヶ原を、至仏山が屹立している方向に歩いて行く。其の心地よさは記す迄も無いだろう。点在する池塘が青空に映え、ヒツジグサの桃色が敷きつめられるようにして浮かんでいる。其れに波紋を描きながら、束の間の季節を愉しんでいるかのように、悠然と鴨が泳いでいる。そんな光景に何度も立ち止まりながら、我々は木道を歩き続けていた。

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