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重太郎新道から奥穂高岳(前篇)

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記念写真を撮る人だかりの河童橋を低姿勢で摺り抜ける。眩い陽光が降り注ぐ上高地で、私は望郷のような想念とともに、穂高連峰を見上げる。初めて登った北アルプスの記憶は、時間が経つに連れて風化すると云うことは無く、却って唯一無二の想い出として根付いているような気がする。岳沢から重太郎新道を経て、濃霧の前穂高岳に登頂したと云う個人的な足跡は、大袈裟ではあるけれど、金字塔を打ち立てたと云う感懐とともに、私の裡に在る。岳沢小屋のテント場から、軽量装備で奥穂を往復すると云う計画は、荒天に阻まれて断念した挙句の前穂登頂で終わってしまった。しかし、今になって考えると、ふたたび同じルートで奥穂に登ると云う意義が、却って深まってきたとも云える。私は、今度こそ好天の穂高連峰に登るために、神経が削がれるような気分で、天気予報を凝視して推測し、愈々決断して出発した。上高地の天気は申し分無かったが、其れは前回も同じことで、明日の標高3000mがどうなるのかは判らない。私は、自然探勝路に寄り添って流れる、静謐な川の流れの美しさに、改めて溜息をつきながら、岳沢登山口へと歩いていった。


Kamikochi2

2014/9/7

上高地(12:00)-----岳沢登山口-----岳沢小屋(15:30)

青春18切符が一日分だけ残っていて、使用期限日が近づいてきたから、其れの使い道を考えていた。不帰キレットから八方尾根を下山したばかりなので、今度は上高地だろうか。そんな漠然とした気分に加え、かねてから考えていた、島々から徳本峠に登り、蝶ヶ岳に行くと云う案を実行してみようかなどと、思案していた。18切符は既に減価償却済みなので、松本迄利用するだけでも旅費の節約になる。切符の期限に束縛されながらの旅程なので、末梢的と云っては悪いけれども、いにしえの徳本峠ルートを歩くのには好都合な機会である。

最初は漠然とそう考えていたのだが、結局は上高地にバスで到着することになった。高尾駅を早朝に発車する、中央本線の各駅停車松本行きに乗れば、乗り換えることなく松本駅迄眠って移動することができる。松本駅からは、松本電鉄上高地線に乗り換えるのが定石で、終点の新島々駅にバスターミナルが在る。此処で愈々上高地行きのバスに乗り換えると云うのが通常の手順である。私は其のバスで、島々集落の徳本峠入口に降りようと考えた。


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しかし、私が乗る鈍行が松本駅に到着する時刻に接続するのは電車ではなく、松本バスターミナルから出発する上高地行きの直行バスであることが判明した。此のバスも結局は新島々バスターミナルに立ち寄る訳だが、大荷物の登山装備の身にとっては、乗り物はなるべく始発から乗るのが望ましい。其れで松本駅で下車して、バスに乗ることにしたのだが、そう決めてから、折角乗った上高地行きのバスを乗り捨てるのが惜しい、と云う気分になってきた。上高地に正午に到着すると云うのは、初めて訪れた時に利用した新宿始発の高速バスよりも少しだけ早い。交通費は半分以下で、上高地に早く着くと云うのが、なんとも儲け物のような気がしてきた。

完全に品性の問題なのだが、私は上高地迄バスに乗り続けることにした。旅程はどうなるのか。其れは何の問題も無い。私が登っていない山は、無尽蔵にあるのだ。では何処に行くのかと考えて、二年前に果たせなかった、岳沢から奥穂高岳を目指すと云うことに決める迄は、然程時間は掛からなかった。一度通った道、上高地から岳沢小屋迄は、眼を瞑ってでも行ける。気分としてはそんな風であった。

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岳沢登山口から、湿地帯の余韻が続く樹林帯を登っていく。泥濘の木段が続く登山道は、昨日迄の天候を彷彿とさせた。木漏れ日が気持ちの良い、緩やかな傾斜を、少しずつ登っていく。時間の余裕は随分在るのに、無意識に脚の運びが速くなっていたようだった。岳沢小屋方面への看板が現われる、岳沢の側に沿う尾根に乗った処で、ザックを下ろして休憩した。汗ばんだ背中に涼風が吹き抜けていく。もう直ぐ瓦礫場に出て、西穂高の断崖を見上げる圏谷に出るのだと思うと、何とも云えない喜びが、躰の奥底から湧き上がってくる。

下山の徒が増えてきて、風穴では大勢が屯していたので、其の儘通過した。程無く、前方に明るさが広がってくる。白い岩塊が陽光に照らされて眩しい、岳沢の左岸に出た。此の儘カールの中央を闊歩して登りたい様な気持ちになるが、其れを抑えて登山道を歩き続けた。西穂方面の断崖を間近に見上げて、私は嘆息した。何故、もっと早く再訪しなかったのだろう。初めて此の光景に接した時の感動を、記憶の糸を手繰り寄せるようにして思い出していた。振り返ると、上高地バスターミナルの赤い屋根が、模型のような感じで谷間に配置されている。岳沢登山道は、左岸の樹林が繁っている処を器用に蛇行しながら続いていた。木々で隠れてしまった圏谷の広がりが、切り返す道の端で時折眺めることができる。浮石注意の丸い看板に、西穂高展望所と、控えめな大きさの文字で刻まれていた。


Kamikochi5

直截的に続く勾配になって、下山者の姿も疎らになった。眺望が消えて、陽射しの照り返しに苦痛を感じ始めて、巨大なザックの重さが、徐々に身に染みてくる。岳沢右岸へ渡る箇所が、中々現われないので、こんなに長かったかな、などと云う弱音が脳裡を過ぎる。無心で歩き続けて、漸くカールが広がった。西穂の向こう側から夥しい雲が湧きあがって、太陽を隠している。瓦礫場を横断する途中で、上高地を見下ろした。六百山の彼方に青空が広がって、乗鞍岳の前衛の山々が霞んで見える。

岳沢右岸に渡り、樹木の中に入ると、賑やかな話し声が聞こえてくる。岳沢小屋のテラスは、麦酒を飲みながら寛ぐ宿泊者たちで賑わっていた。小屋の中に入り、テントの受付を済ませる。岳沢小屋の従業員は特に愛想は無いが、精悍な顔付きで、熟練の登山家のような雰囲気を醸し出している。そんな彼に、テラスの壮年諸氏が、ジャンダルムってのは、どっちから行くのが楽なのか、などと訊いている。そんなことを訊いている段階で、其の人は絶対に足を踏み入れてはならないのがジャンダルムの様な気もするが、小屋従業員氏は其処迄一喝するわけにもいかず、困ったような表情で、どっちからと云うのはありますが、技術が必要ですよ、と歯切れの悪い返答をしていた。私は、プラティパスに水を一杯に満たしてから、幕営場に向かった。


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岳沢小屋の管理するテント場は、重太郎新道に向かう手前の沢沿いに設けられている。初めて訪れた時は興奮の余り、敷地に入ったばかりの処にテントを張ったが、今回は最奥の場所迄登っていった。明日は未明から出発するので、直ぐに重太郎新道へ進入できる処に寝床を作ったのである。平日故にテントの数は疎らだった。慎ましい夕餉を拵えて食しているうちに、山峡は徐々に薄暗くなっていった。夕陽に照らされた雲を背景に、乗鞍岳の山稜が明瞭なシルエットになって浮かんでいる。遠い空は未だ青いのだが、岳沢の谷は、ひと足早く、釣瓶を落とすように薄暮が、訪れようとしていた。

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