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不帰キレット・出発が遂に訪れる(後篇)

ナイフで切り落としたかのような信州側の絶壁とは対照的に、黒部側の登山道は、這松に覆われた斜面を岩塊のラインが辿っている明瞭な進路だった。徐々に勾配を上げて、振り返ると不帰キレットは岩峰の陰に隠れて見えない。リッジの向こうから、靄の白い煙が立ち上っていて、地獄の針山の淵を歩いているような舞台演出のようでもある。「ここは不帰一峰の頭」と荒々しく書かれた立札が現われて、ピークの上に到達した。眼下にふたたび急峻の底が広がり、眼前には不帰嶮II峰が暗い色で凄味を利かせて聳えている。其処に登る為に、ふたたび急傾斜を下らなければならないので面倒だ、と云うような想念は浮かばなかった。一体どうやって此の尖岩の塊を登ると云うのか。身体の裡に、冷たい風が吹きぬけていくような、そんな気分だった。


Fuki1

2014/8/25

天狗山荘(9:50)-----天狗ノ頭-----天狗ノ大下り-----不帰キレット-----不帰嶮I峰-----不帰嶮II峰-----唐松岳-----唐松岳頂上山荘(16:15)

不帰キレットに較べると、I峰とII峰の鞍部を構成するリッジは狭く、鋭く痩せた稜線の先に在った。其れを僅かにトラバースして下って行く。見上げると、不帰嶮II峰南北の二つの頂に、次第に霧が掛かっていくのが窺える。少し登った処で壁のような、鎖が設置してある岩塊に突き当たった。不帰嶮の核心部が、唐突に始まったようである。ふたたび見上げたら、其処は既に山容が把握できるような光景では無かった。鎖は、遥か彼方の霧の中迄続いている様だった。

I峰から俯瞰して眺めた時の絶望感は、もう無かった。掴んだ鎖は、文字通りの命綱だった。両脚と片手を移動させながら、岩の足場を探り、神経と肉体が一体となっていることに疑念が在るかのように、三点確保を自分が行なっていることを確認し、反芻しながら、崖を登っていった。長い鎖場を終えて、kz氏が待っていて呉れた。最も長い鎖場が終わったよ。切迫した様子の私に、落ち着けと云う様に、kz氏が云った。其の言葉で、実際に私は気を取り直した。崖の途上で眺める黒部側の谷が、霧の合間に窺える。其れは、安穏とした登山道の旅から遥かに逸脱した光景だった。


Fuki2

岩崖をトラバースしながら緩やかに登り、何度か折り返して峻険な岩肌を辿っていく。ふたたび鎖が取り付けて在る箇所で、足場が頼りない岩場のトラバースを行なう。霧の所為で高度感は然程では無いが、絶壁の淵に張り付いて居ることに変わりは無い。私の恐怖心の様なものは既に消え失せていたが、沈着な思惟と云うものも無かった。全身が浮遊しているかの様に四肢の実感が無かった。テント泊装備の重いザックを背負っていると云うことも、何故か気にならないのであった。奇妙な興奮状態で、私は岩を掴み、不帰嶮に張り付いていた。

気が付くと、縦に大きな裂目を形成する岩崖に差し掛かっていた。鎖を掴みながらのトラバースが終わり、巨岩の隙間の入口に近づいていく。振り返り、垂直に近い崖越しに、祖母谷へと流れる山峡の光景を眺めた。視線を少し落として、其の高度感を再認識した。自分が尋常ではない処に立っていると云うことを、漸く判然と理解した。岩崖の裂目に、梯子を渡して通過する箇所に辿り着いた。此処が怖いんだよ。kz氏が呟きながら、相変わらず両手が塞がった儘器用に渡り終えた。堅牢な梯子であり、側面の岩に鎖も設置してあったから、梯子に足を掛ける処だけを留意して、難なく通過することができた。


Fuki3

梯子の渡しを越えると、岩崖を回り込む様にして東側の斜面に出た。登山道は這松に囲まれた緩やかな傾斜で、其れ迄の断崖絶壁の趣が幻だったかのように平穏な状況になった。鞍部から眺めた、靄の掛かった山頂部に、何時の間にか登ってきていたようだった。周囲は愈々視界が利かなくなっていたが、II峰北峰の尖塔部は、奇妙な程明瞭に、霧を纏って屹立していた。冥土に導かれているかのような、不気味な山容だった。かえらずのけん、私は無意識の裡に呟いていた。

II峰北峰の岩稜帯を裏手に廻りながら進んで行くと、ふたたび梯子や鎖場が続いた。其のひとつひとつを、無心で登って行った。kz氏が頻繁に休憩を取る様になったが、私は相変わらず昂揚が収まらない所為か、其れ程休憩の欲求が湧いてこなかった。登頂間近になって、岩壁は絶頂を迎えた。殆ど垂直状の壁を、鎖を掴み、足先でクラックを探りながら攀じ登る。此れは怖いよお。kz氏の叫ぶ声が、妙に快活なのが可笑しかった。そして、最大の難所が終わった処が、不帰嶮II峰北峰の頂点であった。霧の中で、我々は茫然と座り込んだ。


Fuki4

亀裂の入った巨岩が、折り重なるようにして山頂部を囲っていた。食事を摂りながら停留している間に、霧は愈々濃くなっていった。此処からはもう大丈夫、終わったよ。kz氏の言葉で、云い様の無い爽快感に全身が満たされていくような気がした。不帰嶮を登ったのだと云う感動が、突然込み上げてきた。一緒に記念写真を撮りましょう。突如として飄々然と云う私に、そうしますか、抑揚の無い感じでkz氏が云った。私は構わずに、そんな彼を山名標の処迄引っ張っていった。私は、憑き物が落ちたような気分になっていた。

午後には雨になると云う、天狗山荘で聞いた漠然とした天候予測に倣う様に、雨粒が落ちてきた。俺は計測があるから、と云ってkz氏が先に不帰嶮II峰北峰のピークから去っていった。ストックを傘に持ち替えて、相変わらず両手が塞がった状態のkz氏の後姿が、霧の中に消えていった。私は、紫煙を燻らせながら、なかなか此の山頂から、離れることが出来ないでいた。


Fuki5

追記

広々とした不帰嶮II峰南峰を越えて、最後のIII峰を捲いて、唐松岳を目指した。雨は徐々に本格的に降ってきた。kz氏は疲弊が激しい様子で、先にテント場に向かって呉れと云うので、途中から単独で歩いた。不帰キレットを達成した高揚感で、何故か疲れを感じなかった。一年振りの唐松岳で感慨に耽った後、濃霧の中を唐松岳頂上山荘へと下って行った。斜面に設定されたテント場の、山荘に近い場所が空いていたのは幸いだった。雨が一時的に止んだので、急いで設営した。kz氏は、かなり遅れて到着した。夜になって風雨が激しくなり、翌朝も降雨は続いていた。一刻も早く下山しようと云うことになり、当初の計画の半分で旅程は終了となった。

2014/8/26

唐松岳頂上山荘(7:00)-----丸山ケルン-----八方池-----八方池山荘(9:50)

雨は上がっていたが濃霧に包まれた八方尾根を下山した。扇雪渓を過ぎた頃から降雨が激しくなった。其れでも登ってくるハイカーが散見された。八方池に着いた時は若干小雨になり、一瞬不帰嶮の眺望も窺えたが、直ぐに激しい雨になった。下って行くに連れて、大勢の人間が登ってくるのと擦れ違った。老齢夫婦から小学生迄、夥しい人々が複雑な表情で行進してきた。時折、八方池は眺望がありましたか、などと聞かれて閉口した。木道になって、ますます観光客の大群が増えてきた。粗悪なビニール製合羽で、苦悶の表情で登ってくる群集は、余りにも非現実的な光景だった。八方池山荘のリフト駅で、観光客のひとりに事情を訊くと、ツアー旅行のスケジュールがあり、其れを敢行しているとのことだった。旅行会社は勿論だが、唯々諾々と風雨の中、八方池を目指す人々には驚愕せざるを得ない。リフトとゴンドラで白馬八方にずぶ濡れで辿り着いた。JR白馬駅から松本駅へ移動。駅ビルでカツ丼と蕎麦と麦酒。そして延々と中央本線各駅停車を乗り継いで帰京した。kz氏のお陰で二の足を踏んでいた不帰キレットを踏破できたことに改めて感謝の意を表したい。kz氏のblogでは、今回の行程をより実利的な情報と共に記されているので、是非御覧下さい。

「晴れのち山…時々妄想…」

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