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2014年9月

不帰キレット・出発が遂に訪れる(後篇)

ナイフで切り落としたかのような信州側の絶壁とは対照的に、黒部側の登山道は、這松に覆われた斜面を岩塊のラインが辿っている明瞭な進路だった。徐々に勾配を上げて、振り返ると不帰キレットは岩峰の陰に隠れて見えない。リッジの向こうから、靄の白い煙が立ち上っていて、地獄の針山の淵を歩いているような舞台演出のようでもある。「ここは不帰一峰の頭」と荒々しく書かれた立札が現われて、ピークの上に到達した。眼下にふたたび急峻の底が広がり、眼前には不帰嶮II峰が暗い色で凄味を利かせて聳えている。其処に登る為に、ふたたび急傾斜を下らなければならないので面倒だ、と云うような想念は浮かばなかった。一体どうやって此の尖岩の塊を登ると云うのか。身体の裡に、冷たい風が吹きぬけていくような、そんな気分だった。


Fuki1

2014/8/25

天狗山荘(9:50)-----天狗ノ頭-----天狗ノ大下り-----不帰キレット-----不帰嶮I峰-----不帰嶮II峰-----唐松岳-----唐松岳頂上山荘(16:15)

不帰キレットに較べると、I峰とII峰の鞍部を構成するリッジは狭く、鋭く痩せた稜線の先に在った。其れを僅かにトラバースして下って行く。見上げると、不帰嶮II峰南北の二つの頂に、次第に霧が掛かっていくのが窺える。少し登った処で壁のような、鎖が設置してある岩塊に突き当たった。不帰嶮の核心部が、唐突に始まったようである。ふたたび見上げたら、其処は既に山容が把握できるような光景では無かった。鎖は、遥か彼方の霧の中迄続いている様だった。

I峰から俯瞰して眺めた時の絶望感は、もう無かった。掴んだ鎖は、文字通りの命綱だった。両脚と片手を移動させながら、岩の足場を探り、神経と肉体が一体となっていることに疑念が在るかのように、三点確保を自分が行なっていることを確認し、反芻しながら、崖を登っていった。長い鎖場を終えて、kz氏が待っていて呉れた。最も長い鎖場が終わったよ。切迫した様子の私に、落ち着けと云う様に、kz氏が云った。其の言葉で、実際に私は気を取り直した。崖の途上で眺める黒部側の谷が、霧の合間に窺える。其れは、安穏とした登山道の旅から遥かに逸脱した光景だった。


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岩崖をトラバースしながら緩やかに登り、何度か折り返して峻険な岩肌を辿っていく。ふたたび鎖が取り付けて在る箇所で、足場が頼りない岩場のトラバースを行なう。霧の所為で高度感は然程では無いが、絶壁の淵に張り付いて居ることに変わりは無い。私の恐怖心の様なものは既に消え失せていたが、沈着な思惟と云うものも無かった。全身が浮遊しているかの様に四肢の実感が無かった。テント泊装備の重いザックを背負っていると云うことも、何故か気にならないのであった。奇妙な興奮状態で、私は岩を掴み、不帰嶮に張り付いていた。

気が付くと、縦に大きな裂目を形成する岩崖に差し掛かっていた。鎖を掴みながらのトラバースが終わり、巨岩の隙間の入口に近づいていく。振り返り、垂直に近い崖越しに、祖母谷へと流れる山峡の光景を眺めた。視線を少し落として、其の高度感を再認識した。自分が尋常ではない処に立っていると云うことを、漸く判然と理解した。岩崖の裂目に、梯子を渡して通過する箇所に辿り着いた。此処が怖いんだよ。kz氏が呟きながら、相変わらず両手が塞がった儘器用に渡り終えた。堅牢な梯子であり、側面の岩に鎖も設置してあったから、梯子に足を掛ける処だけを留意して、難なく通過することができた。


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梯子の渡しを越えると、岩崖を回り込む様にして東側の斜面に出た。登山道は這松に囲まれた緩やかな傾斜で、其れ迄の断崖絶壁の趣が幻だったかのように平穏な状況になった。鞍部から眺めた、靄の掛かった山頂部に、何時の間にか登ってきていたようだった。周囲は愈々視界が利かなくなっていたが、II峰北峰の尖塔部は、奇妙な程明瞭に、霧を纏って屹立していた。冥土に導かれているかのような、不気味な山容だった。かえらずのけん、私は無意識の裡に呟いていた。

II峰北峰の岩稜帯を裏手に廻りながら進んで行くと、ふたたび梯子や鎖場が続いた。其のひとつひとつを、無心で登って行った。kz氏が頻繁に休憩を取る様になったが、私は相変わらず昂揚が収まらない所為か、其れ程休憩の欲求が湧いてこなかった。登頂間近になって、岩壁は絶頂を迎えた。殆ど垂直状の壁を、鎖を掴み、足先でクラックを探りながら攀じ登る。此れは怖いよお。kz氏の叫ぶ声が、妙に快活なのが可笑しかった。そして、最大の難所が終わった処が、不帰嶮II峰北峰の頂点であった。霧の中で、我々は茫然と座り込んだ。


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亀裂の入った巨岩が、折り重なるようにして山頂部を囲っていた。食事を摂りながら停留している間に、霧は愈々濃くなっていった。此処からはもう大丈夫、終わったよ。kz氏の言葉で、云い様の無い爽快感に全身が満たされていくような気がした。不帰嶮を登ったのだと云う感動が、突然込み上げてきた。一緒に記念写真を撮りましょう。突如として飄々然と云う私に、そうしますか、抑揚の無い感じでkz氏が云った。私は構わずに、そんな彼を山名標の処迄引っ張っていった。私は、憑き物が落ちたような気分になっていた。

午後には雨になると云う、天狗山荘で聞いた漠然とした天候予測に倣う様に、雨粒が落ちてきた。俺は計測があるから、と云ってkz氏が先に不帰嶮II峰北峰のピークから去っていった。ストックを傘に持ち替えて、相変わらず両手が塞がった状態のkz氏の後姿が、霧の中に消えていった。私は、紫煙を燻らせながら、なかなか此の山頂から、離れることが出来ないでいた。


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追記

広々とした不帰嶮II峰南峰を越えて、最後のIII峰を捲いて、唐松岳を目指した。雨は徐々に本格的に降ってきた。kz氏は疲弊が激しい様子で、先にテント場に向かって呉れと云うので、途中から単独で歩いた。不帰キレットを達成した高揚感で、何故か疲れを感じなかった。一年振りの唐松岳で感慨に耽った後、濃霧の中を唐松岳頂上山荘へと下って行った。斜面に設定されたテント場の、山荘に近い場所が空いていたのは幸いだった。雨が一時的に止んだので、急いで設営した。kz氏は、かなり遅れて到着した。夜になって風雨が激しくなり、翌朝も降雨は続いていた。一刻も早く下山しようと云うことになり、当初の計画の半分で旅程は終了となった。

2014/8/26

唐松岳頂上山荘(7:00)-----丸山ケルン-----八方池-----八方池山荘(9:50)

雨は上がっていたが濃霧に包まれた八方尾根を下山した。扇雪渓を過ぎた頃から降雨が激しくなった。其れでも登ってくるハイカーが散見された。八方池に着いた時は若干小雨になり、一瞬不帰嶮の眺望も窺えたが、直ぐに激しい雨になった。下って行くに連れて、大勢の人間が登ってくるのと擦れ違った。老齢夫婦から小学生迄、夥しい人々が複雑な表情で行進してきた。時折、八方池は眺望がありましたか、などと聞かれて閉口した。木道になって、ますます観光客の大群が増えてきた。粗悪なビニール製合羽で、苦悶の表情で登ってくる群集は、余りにも非現実的な光景だった。八方池山荘のリフト駅で、観光客のひとりに事情を訊くと、ツアー旅行のスケジュールがあり、其れを敢行しているとのことだった。旅行会社は勿論だが、唯々諾々と風雨の中、八方池を目指す人々には驚愕せざるを得ない。リフトとゴンドラで白馬八方にずぶ濡れで辿り着いた。JR白馬駅から松本駅へ移動。駅ビルでカツ丼と蕎麦と麦酒。そして延々と中央本線各駅停車を乗り継いで帰京した。kz氏のお陰で二の足を踏んでいた不帰キレットを踏破できたことに改めて感謝の意を表したい。kz氏のblogでは、今回の行程をより実利的な情報と共に記されているので、是非御覧下さい。

「晴れのち山…時々妄想…」

不帰キレット・出発が遂に訪れる(前篇)

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退屈の本質と云うのは、凡そ肉体的な問題では無く、精神的無為の状態に拠るものなのだろうか。そうでなければ、昼前から陽が暮れる迄眠っていたのに、ふたたび此の様に熟睡できる筈が無い。天狗山荘で夜の牛丼を食して、後は用事も無いのでテントに入った私は、程無く惰眠を継続することになった。此の儘荒天が続いたらどうするのか、と云う逃げ場の無い状況に対する不安。天候が回復した場合は実直に唐松岳に向けて出発する訳だが、未踏の難所である不帰嶮(かえらずのけん)を越えると云う現実に直面する不安。其のような想念が、脳裡から消え去って呉れない。テントの中でゴロゴロしているだけなのに、考えても仕方の無いことを考え続けて、私は勝手に精神を疲弊させていたのだろうと思う。退屈で眠れないと云うことは無かった。夜半に目覚めた時は、また雨音が聞こえていたのを覚えている。其れに対して脱力したように目を閉じた私は、ふたたび眠りに落ちた。次に気がついたら、すっかり周囲が明るくなっていた。おうい、雷鳥、と云うkz氏の声が聞こえたので、テントから這い出た。霧に覆われたテント場の隅に、一羽の雷鳥が泰然と佇んで居た。



Tengukaerazu1

2014/8/25

天狗山荘(9:50)-----天狗ノ頭-----天狗ノ大下り-----不帰キレット-----不帰嶮I峰-----不帰嶮II峰-----唐松岳-----唐松岳頂上山荘(16:15)

北アルプスの稜線上は、依然として霧雨が降っていたが、やがて其れも止んだので、慌てて我々はテントを畳んだ。思案の余地は無かった。今日も不帰キレットに行けないのであれば、もう一泊してでも天候の回復を待つ。そんな意気込みは、既に霧消していた。明日も同じ様な悪天だったら、もう白馬鑓温泉に引き返して帰ろう。そんなことを前夜、私はkz氏に云ったのである。其れは余りにも虚しい結末であるから、雨さえ降っていなければ、岩が濡れていて危険なのは承知で不帰キレットに突入する。kz氏はそう考えていたようだった。

身支度を整えて、ふたたび軒先のテーブルで食事を摂り、今度は最初から合羽を着て、いよいよ出発することになった。臆病の果てに、今日悪天だったら帰ろうと云っていた私も、此処でいよいよ決死隊として腹を括った。大袈裟なのは重々承知で、其の時の私の気持ちである。突撃の前に、標柱の上にカメラを置き、セルフタイマーで記念写真を撮っていたら、山荘から出て来た女性が、シャッターを押してあげると朗らかに云って呉れた。御好意に甘えて、ふたりで山荘の前に立って、写真を撮って貰った。

稜線に乗って振り返ると、2800m圏峰と白馬鑓の山容が、曇天の下で明瞭に聳えているのが見渡せた。黒部側を眺めると、清水尾根に雲が装飾したように纏わり付いている。其の向こうに、毛勝(けかち)三山らしき幅広い連嶺が黒く聳えている。程無く昨日挫折した地点に差し掛かった。今日は視界が開けていて、幅広い稜線から見下ろす谷は、濃い霧に覆われていた。天狗ノ頭の傾斜に向かって、踏路は徐々に稜線のエッジを歩くようになり、やがて信州側の風景が広がった。


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切り立つ崖の下に雲海が広がっている。空を見上げると、雲間から徐々に薄い光明が差し込んでくるから、天候は回復しそうな気配を我々に感じさせた。白い空間に、恐竜の背中の様に長大な岩塊が浮かんでいる。八方尾根の付け根が明瞭に盛り上がっている。あれは唐松岳じゃないか、随分低いものだねえ、kz氏が呟いた。緩やかな勾配を登り、標高2812m、天狗ノ頭に到達した。此れ迄見えることの無かった五竜岳から鹿島槍ヶ岳の光景が、一挙に広がった。峻険な岩が連立する稜線が、雲海の上を辿って、何処迄も続いている。黒部ダムが見えるよと、kz氏が教えて呉れた。

絶景の山頂で小休止の後、いよいよ天狗の大下りに向けて出発した。軽快な足取りでkz氏が遠ざかっていく。私は、もう直ぐ現われる難所の入口を想像して、ゆっくりと歩いていた。やがて、唐松岳方面からやってきた最初の登山者と擦れ違った。挨拶をしながら、不帰嶮の様子を訊いた。二十代くらいの精悍な顔つきの男性が、岩は濡れていましたね、と云った。私はふたたび、初めて歩くので緊張している、と云うようなことを口走った。云っても仕様の無いことなのに、口に出したいと云う欲求が湧出してくるような気分だった。まあ、鎖が全部付いてますから。男性は微笑して、私に云った。

切り立つ崖の傾斜が激しくなってきた。其の斜面に刻まれた登山道を辿って歩いている。崖の向こう側は、鋭い岩稜が落ち込んでいく信州方面である。kz氏の巨大な黄色いザックカバーが、淡々と先に歩いて遠ざかっていく。尾根が分岐する処で、南面の向こうに一面の霧が掛かっていた。天狗ノ大下りが始まる処である。右手に延びる尾根へ登山者が迷い込まないようにと云う配慮からか、其れを堰き止めるような位置に、「これより天狗ノ大下り。足元注意」の立札が在った。ザックを下ろして小休止しながら、急降下していく岩場の登山道を見つめた。濃霧に包まれた崖を、此れから下って行かねばならない。


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霧で視界が遮られている所為か、高所の恐怖感を感じない儘、砂礫の傾斜を下って行った。kz氏は相変わらずロードメジャーとストックで両手が塞がった儘、其れがリズムなのか、怖い怖いと云う言葉を連呼しながら下って行く。其れを啞然として眺めながら、私は爪先に神経を集中させて、緩慢な動きで足を踏み込んでいく。暫く経って、唐突な感じで岩塊に設置された鎖場が現われた。足掛かりは充分に在るが、随分長い鎖であった。漸く着地して、降りて来た岩場を見上げたら、まるで垂直にも見える断崖だったので驚いた。

ふたたび砂礫の道になって、安堵しながら下って行く途中で、霧が流れるようにして黒部側に去っていった。そして、目の前に突然、黒い峻険な岩山の群が出現した。声を失ったような気分で、私は不帰嶮の姿を見つめた。見るからに嶮阻な山頂部は、信州側から湧いてくる霧のヴェールを纏って、其の姿を見え隠れさせていた。不帰嶮は、其の名に相応しい、不気味な佇まいであった。視線を落とすと、刻まれた登山道が鞍部へと続いている。あれが不帰キレットだよ、kz氏が抑揚の無い声で云った。


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傾斜が落ち着いてきて、岩場が削られて細くなったエッジの上を歩く。小さな突起の岩を黒部側に廻りこんで、鞍部の最も低い場所に辿り着いた。不帰キレットには其れを示すような道標は無かった。天狗ノ大下りと、対面にある不帰嶮一峰の岩山が迫ってくる、狭小の鞍部だった。此処迄やってきたのか。そんな思いで岩に座り、私は煙草に火を点けた。もう、行くしか無い。改めて感慨に耽っている私とは裏腹に、kz氏はザックを開いて荷物を取り出す作業に没頭していた。

何をやっているのかと訊くと、濡れたフライシートを乾かすのだと云って、橙色のシートを広げた。kz氏が巨大な化繊布を両手に掴み、信州側に向かって扇いでいる。俺がシートを乾かしている処を写真に撮って呉れ、とkz氏が云う。不帰キレットを通り過ぎる風は、其の風向きや強弱が目まぐるしく変わり、フライシートが棚引く様が一定とならないので、苦心して何度もシャッターを切った。ほうら、もう乾いたよお。kz氏が嬉しそうに叫んだ。

北アルプス屈指の難ルート。其のひとつと云われる不帰キレットで、kz氏が無邪気に乾いたフライシートを畳んでいる。私の緊張は、いよいよ高まっていくばかりだった。

秀英横太明朝組版【初めての富士山・御殿場ルートの往復】

モリサワの新書体、「秀英横太明朝」と「凸版文久明朝」と云うのを入手したので、戯事ですが拙文を組版してみました。
本文が秀英横太、見出しが凸版文久です。主に仮名が装飾的なので本文には向かないかなと思っていた秀英明朝ですが、横太化によって均質性が上がり、座りの良い雰囲気になっていると感じました。

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滞留の天狗山荘

標高2730m、白馬村営天狗山荘は、黒っぽい外壁の無骨な雰囲気だが、宿泊者以外も無料で使用できる自炊室兼外来者用食堂が在り、開放的な雰囲気であった。土砂降りの憂き目に遭い、ほうほうの態で山荘に舞い戻ってきた我々は、誰も居ない自炊室に駆け込んだ。悄然とした儘、私はテーブル席に座って窓外を眺める。雨は本格的に降り続いていた。唐松岳へ向かう登山者は、午前十一時迄に出発せよと記してある立て札が、山荘の前に在る。時刻は午前十時を回っていたから、不帰キレットを経て唐松岳に向かうのは、もう直ぐ不可能になってしまう。当初の予定では、初日の夜に天狗山荘で幕営することになっていた。そして、二日目が悪天候の場合の行動も想定済みであった。テント装備の大荷物で不帰キレット、不帰嶮を雨の中通過すると云うのは無謀である。kz氏は出発前からそう力説していた。其の場合は天狗山荘に滞留して、天候の快復を待つ。連泊も辞さない。そう云う計画になっていた。

2014/8/24

白馬鑓温泉小屋(4:50)-----大出原-----天狗尾根-----天狗山荘-----天狗ノ頭方面に向かうが途中降雨の為撤退-----天狗山荘(10:30)

大粒の雨が自炊室の窓硝子を叩いている。kz氏は壁に張ってある天候予報を眺めたり、山荘の従業員となにやら話している。明日の午前迄、雨の予報であることを聞いたkz氏が改まった様子で、今日は此処迄、幕営しようと云った。私に異存の在る筈が無かった。雨が止む迄、テントを張ることも出来ないから、本格的に此の自炊室で寛ぐことになったと云う訳である。

ずぶ濡れの登山者たちが、徐々に自炊室へ駆け込んでくるようになった。全身から湯気を出して、消耗し切った様子で座り込んでいる。稜線の途上で大雨に遭い、我々とは違って随分距離を歩いて来たのだろうと察せられた。人が増えているのにも係わらず、自炊室内は、沈鬱な雰囲気が漂うばかりであった。其処にまたひとり、男性が引き戸を開けて入ってきた。精悍な体躯の男性だったが、合羽の頭巾を脱いだら白髯の老人だったのが意外だった。白髯氏は我々と目が合うと、少し昂揚した感じで、儂はツイてるんや、と関西弁で叫んだ。

不帰キレットを越え、天狗ノ大下りを登り終えた時に大雨になった。難所を過ぎてから天候が悪化したので自分は運が良い、と云うことを白髯氏は云っていて、其れ迄の行程でも、同様のことが続いているのだと豪語した。其の口調には嫌味を感じなかった。kz氏が、何処から来たんですかと訊ねると、儂の予定は此れやと叫んで、A4の紙をテーブルに叩きつけるように置いた。其れは、北アルプス全域を線で結んだ概念図だった。記された線が白髯氏の歩行ルートである。kz氏と私は紙片を啞然としながら眺めた。

ルートは焼岳を起点に、奥穂から槍、鷲羽岳、針ノ木岳を経て鹿島槍、そして後立山連峰を北上していた。天狗山荘からは、白馬岳から朝日岳へと更に北上し、蓮華温泉を経由して白馬岳に戻り、祖母谷温泉に下ってから剱岳に登り返して、立山、薬師岳、そして槍ヶ岳に戻ってくると云うもので、登山道を殆ど重複せず、一筆書き状に北アルプスの連嶺を歩くと云う計画書だった。何時の間にか自炊室に居る他の登山者たちも、白髯氏の弁舌に聞き入っていたようだった。延べ六十七日間を掛けて、山小屋を渡り歩いていると云う白髯氏は、注文したスタミナ丼をアッと云う間に平らげた。其のタイミングで、小屋を打つ雨音が無くなった。雨は上がりつつあるようであった。白髯氏は、ほうら、儂が食べ終わったら雨が止みよった、と無邪気に叫んだ。

今日は温泉や、と云って軽快に出発していった白髯氏を見送ると、自炊室はふたたび気怠い雰囲気に戻った。雨も上がったので、テント場に下りていった。広々とした天狗山荘の幕営地には、我々の他にひとつだけ、テントが張ってあった。悪天に観念した登山者は、その後も疎らに増えていった。テントで待機すると云う人は殆ど居ない。鑓温泉に戻っていく人がやはり多いようだった。

午前中からテントを設営して、其の儘何もすることが無いと云うのも、初めての経験だった。雨は止んだが、天狗平は深い霧に覆われていた。気温も低く、我々はテントの中に潜り込んで、静まり返っている儘であった。昨夜も随分睡眠を摂ったような気もするが、不思議なことに、シュラフに潜ったら、いとも容易く眠ってしまった。何度目かの覚醒で気がつくと、外は闇に包まれていた。時計を確認すると夜の七時だった。余りにも退屈なので、kz氏を誘って、ふたたび自炊室に向かった。

節約旅行は一時返上して、山荘の牛丼を注文して食べた。冷え切った自炊室だったが、私は無性に飲みたくなったので缶麦酒を買った。冷え切った麦酒は、私の身体を瞬く間に弛緩させていった。其れで、ふたたびすることが無いので、テント場に戻った。靄に入り混じった、眩い麓の夜景が見渡せた。明日は出発できるだろうか。山の天候に抗う術を持たない私は、夜空を見上げて、取留めの無い思惟に耽ることしか出来ない。

天狗平の彼方に、ぽつんと灯りのようなものが光った。白馬鑓の尾根で、誰かがビバークでもしているのだろうか。灯りは、明滅して、やがて消え入った。霧がふたたび現われたのかもしれない。私は、諦念にも似た無常観に浸りながら、自分のテントに、ふたたび潜りこんだ。夜が、本格的に始まったばかりだった。

白馬鑓温泉小屋から天狗山荘

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ヘッドランプの灯火を頼りに、温泉小屋の軒先に入ったら、早出の人々が炊事をしたり洗顔していたりと、未明から賑やかだったので意外だった。私は目覚めてから直ぐに活動するのが苦手で、テントを撤収して荷物を纏めても、緩慢な動作なので、何時でも出発できそうな佇まいであるkz氏の視線が痛い。俺は計測があるのでゆっくりだから、と云って、痺れを切らしたkz氏は先に出発して行った。私はお茶を飲んで、二本目の煙草に火を点けた。そうしているうちに空が薄っすらと明るくなってきた。私は、呼吸を整えてから、巨大なザックを背負った。小屋の裏手に続く登山道は、唐突に山肌を急登する細い道が続いていた。

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2014/8/24

白馬鑓温泉小屋(4:50)-----大出原-----天狗尾根-----天狗山荘-----天狗ノ頭方面に向かうが途中降雨の為撤退-----天狗山荘(10:30)

烏帽子岩の端整なシルエットを眺めながら、ジグザグの傾斜をこなしていく。時折振り返って、黎明の山峡に映える鑓温泉小屋の灯りを眺める。程無くkz氏に追いついて、ゆっくりとした足取りで登り続けているうちに、周囲が徐々に明るくなっていった。途中で重ね着をしていた衣類を脱ぐ為に休憩していると、東の空に掛かっていた雲の合間から、太陽が姿を現わした。御来光だ、とkz氏が叫ぶ。戸隠や妙高の姿が鮮明に浮かび上がった。此の時点で今日の好天を確信した私は、いよいよ今日、不帰キレットに突入するのだなと改めて認識した。そう考え始めると、体が萎縮していくような気がした。

勾配の激しい登山道は、所々に木段が設えてあり、整備されている印象だった。やがて、水流の激しい沢が滝状になっている箇所を何度も渡渉しながら高度を上げていくと、鎖が張ってある岩崖の隙間のような進路が現われた。昨年発生した滑落事故で死亡者がでているので慎重に、と云う看板がある。昨日とは打って変わり、険しい岩場の道が続いた。漸く北アルプスにやってきたのだ、と云う思いが身体に浸透してくる。鎖には其れ程頼らずに岩を攀じ登っていくと、一気に高度を稼いで、穏やかに広がった平地に立った。

天狗尾根の稜線に続いているであろう山肌は、赤茶色になって彼方迄聳えていて、見上げると濃い霧に包まれている。振り返って、もう直ぐ見納めになるであろう麓の風景と、対岸の山々を眺めた。稜線は恐らく、霧の中だろう。好天の確信が脆くも崩れていく。其れでも、不帰の崖っ淵では、霧が掛かって居る方が高度感を感じないので、其れは其れでいいではないか、そんなことを考えていた。心の底では既に、不帰キレットへの不安が渦巻いていた。


Onsentengu2

高山植物が這松に縁取られたガーデンに咲き乱れている、緩やかな砂礫の傾斜を登って行った。大出原(おいでっぱら)の標板を過ぎて、傾斜が徐々に急になり、ジグザグの踏跡が続く。切り返して登る程に、霧は濃くなっていった。kz氏は先に進んでいて、追いつくことは出来そうに無かった。そうしているうちに、鑓温泉小屋を出発したグループの声が聞こえてきた。私は登山道から逸れて座り込んで、後続の人々が通過するのを見送った。疲弊している訳では無かった。此れからの行程を想像して、今のうちに疲労しないようにしなければ、そんなことを考えていた。

周囲は白馬鑓の山肌らしく、石灰岩の白さが顕著になった砂礫の道になり、霧の彼方から人の声が聞こえてくる。人影と、標柱の杭がぼんやりと窺える。稜線上の分岐点に辿り着いた。kz氏を含めて、大勢が休憩している。時刻は午前八時になろうとしていたから、鑓温泉から三時間を掛けて歩いて来たことになる。此れは標準的コースタイムと同じであるから、安堵した。私を待っていて呉れたkz氏は、身体が冷えてきて辛いと云うので、先に行って貰った。先程休憩を取ったばかりなので、私も直ぐに出発しようとしたら、単独行の男性に、不帰ですか、と話し掛けられた。

分岐点で休憩していた登山者の殆どは、鑓温泉に下山するか、白馬鑓方面に向かう人々ばかりだった。男性は、数少ない、天狗平に向かう私に話し掛けて来たのだった。天候は大丈夫だろうか、そんな私が抱き続けている不安を、彼が云った。なんとか大丈夫だろう、とか、止めて置いた方が無難だ、などと、確信的なことを云えればよいのだが、私は初心者で、実はもの凄く不安でいる最中なのですと答えた。私は遠ざかっていくkz氏を指して、彼の決断に従うことにしていると云った。


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単独氏は、あの人と一緒ですか、と云って愕然とした表情になった。姿が隠れる程巨大なザックを背負い、片手にストック、もう片方の手でロードメジャーを転がすkz氏の姿は、やはり奇異としか云い様が無く、分岐点で休憩している人たちも、不思議なものを見るような感じで眺めていた。とにかくお互いに無理のない様にと単独氏に云って、歩き出した。私の不安は、いよいよ増大していった。

稜線上は一面の霧で、ピークである標高2774m地点も曖昧な儘で通過した。早朝に眺めた御来光が、遥かな昔のことのように思える。強い風に流される霧の合間に、信州側の峻険な崖が窺える。黒部側の方は、視界が開ける程に、なだらかな尾根が広がっていくのが見渡せた。徐々に勾配となり、こんもりと盛り上がったピークへと近づいていく。登山道には其の境界を示すロープが張ってあった。2800m圏峰への踏跡が在る処にもロープが掛けられていて、立ち入れないようになっている。其処に、天狗山荘を示す道標が立っていた。霧の彼方に、カール状の山肌を覆う雪渓の白と、建造物の黒が浮かび上がった。


Onsentengu5

天狗山荘に到着して、軒先のテーブルで休憩し、食事を摂った。kz氏はカレー饂飩、私は天麩羅蕎麦。昨日から同じものを食べ続けている。空腹を満たして茫然としていたら、目の前に広がる雪渓の色が明るくなった。雲間から、陽が差し込んで来たのだった。其れで、ふたりとも騒然とした感じになった。不帰キレットへの出発を前にして、天候が快復してきている。前夜、白馬鑓温泉小屋に幕営したのは間違いでは無かった。そんな、自分たちに都合の良い結果論を述べ合いながら、我々は後片付けを急いだ。出発前に、雪渓が溶けた水がこんこんと流れる水場に立ち寄り、水筒を満たした。水の冷たさが、此れからの行程への緊張感とともに、身体に染み渡っていくような、そんな気分だった。

登り始めて間もなく、先程の2800m圏峰から連なるリッジが合流して、広々とした稜線上を歩くようになった。雪渓と池に挟まれて配置された天狗山荘が、小さくなっていく。陽射しは直ぐに隠れてしまったが、曇天の下でも、眺望は利くようになった。我々は、実直に歩を進めていた。しかし、緩やかな起伏の向こうに、天狗ノ頭らしき突起を確認出来るようになった頃、ふたたび霧が濃くなってきた。程無く雨粒が頬を打ってくるようになり、私は合羽を着る為に立ち止まった。kz氏は山荘で既に合羽を着ていたから、私の為に暫しの停滞を余儀無くさせてしまうことになった。


Onsentengu6

其れは余りにも唐突だった。ぽつりぽつりと降り始めた雨の勢いが、急に激しくなった。レインパンツを穿くのは、只でさえ厄介な行為である。私は無情に降りしきる雨の下で動転し、なかなか其れを穿くことができないでいた。漸く着用することが出来て、立ち上がった。既に、雨は土砂降りになっていた。茫然と立ち尽くした儘、我々は霧の彼方を見つめた。

小雨が降り始めた時は、天狗ノ頭迄行ってから、雨が続くのかどうか様子を見てみようと云っていたkz氏が、此処で即座に撤退を宣言した。天候の暗転が、もっと遅れていたとしたら、不帰キレットに差し掛かるような時であったら、どうなっていただろう。そう思うと、急展開に動揺しながらも、私は内心で胸を撫で下ろしていた。天狗山荘に引き返す道程は、軽微な距離だった。無言で歩き続ける我々に、激しい雨が、容赦無く降り続いていた。

猿倉荘から白馬鑓温泉(後篇)

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小蓮華岳の秀峰を眺めて安堵したのは午前九時を過ぎた頃で、其処からも相変わらずのトラバースが続き、小日向(おびなた)のコルに到達したのは実に一時間半後であった。猿倉荘を出発して三時間半が経過しているのに、白馬三山から落ちてくる尾根を横切って歩いているばかりなので、焦燥感が全身を覆ってくるような気がした。鞍部を越えたら、雪渓が眩い杓子沢を遠くに望むデルタ地帯が広がった。湯ノ入沢に合流していく谷が形成された山肌に沿って、登山道が急降下していくのが窺える。其の広大な景色には感嘆するが、何処迄も続く道程を眺めたら、脱力したような気分に陥る。kz氏が空腹だと云うので、斜面の旧道跡に逸れて休憩することにした。


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2014/8/23

猿倉荘(6:50)-----小日向のコル-----三白平-----杓子沢-----白馬鑓温泉小屋(15:10)

登山道を見下ろすような斜面で、kz氏がカレー饂飩を作って食べている。私は茫然と紫煙を燻らしている。ひとりの男性が、鑓温泉方面から現われた。疲労困憊の態で我々を見上げ、あとどのくらい登りますか、と云った。小日向のコルを指して、あれを越えたら下るだけですと、エールを送った。彼は下山の徒であるが、其れ程迄に登りが続いていると云うことは、我々は此処から何処迄下るのだろうかと思う。我々は天狗平に向けて登っている途上であるから、下った分だけ登り返すことになる。

そんな後ろ向きな気分で、登山道に復帰した。瓦礫の道が蛇行して、谷底に向かって下り続けている。足取りの軽快さとは裏腹に、気持ちが暗澹となっていくのが判る。山に登る積りが、谷に下っている。平地に降り立った湿地帯は池塘が在り、先程迄眺めていた山々を見上げるような位置関係に在った。五万分の一地図に漠然と記してある、三白平であろうか。

其の後、ふたたび登りになり、水量のある沢を渡渉したら、手製の道標が立っていた。片仮名で、サンジロ、と書いてあるから、三白平はサンジロダイラと読むのだろうか。先程渡渉した沢は、地図に三次郎沢と記して在る。地名の由来は諸説が交錯しているのが常であるから、漢字は当て字に過ぎないと云うことが認識させられる。サンジロでは鑓温泉方面に向かう、ガイドが引率する高齢女性の団体に追いついた。


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徐々に、新たな尾根を登っていく傾斜になった。標高1856m地点の在る、此れも杓子岳から延びる尾根である。程無くして、遠くに眺めて歩いていた雪渓が目の前に現われた。荒々しく岩を削りながら奔流する杓子沢である。濠音と涼風が駆け抜ける谷間へと降りる途上で、左手に巨大な岩が鎮座していた。登山道から逸れて、其の岩の上に立った。杓子沢を正面に見る展望地だったので、此処で休憩することにした。スローペースのkz氏が辿り着く迄に、私も食事の準備を始めた。

雲が掛かって陽除けになって呉れれば快適なのだが、インスタントの天麩羅蕎麦が出来上がった頃には、直射日光を浴びるようになってしまった。此れでは幾ら展望地で涼風が在るとは云え、留まり続けるのは苦痛である。kz氏が漸く到着して座り込んだ。其の傍らで朦朧としながら、インスタント麺を食した。灼熱の陽射しを浴びながら雪渓を眺めると云うのは、何とも異様な感覚だった。

食事が終わる頃、追い抜いたガイド付きツアーの団体が、岩の上にやってきた。ガイドの男性は、私の直ぐ傍を通りかかったが、まるで何も居ないかのように黙殺して客を呼び、杓子沢や、咲いている花の説明を始めた。高齢の女性たちは、好展望地に興奮して、岩の上の端で記念撮影などをしているから、見ている方が気を揉んでしまう。私は食事を終えて、慌しく片付けを始めた。ガイド氏の、私に対する黙殺の仕方に、妙な悪意を感じてしまったので、早く立ち去りたかった。日照りに苦しむkz氏も、直ぐに休憩を終えたので、濠音の底に向かって、登山道を降りていった。

白い飛沫の急流に、木橋が掛けられてあった。其れに差し掛かる頃、鑓温泉方面から、トレイル・ランナーが数人、軽快に走ってきた。彼等が渡り終えるのを確認して、身が竦むような思いで橋を渡る。橋の中間に差し掛かった処で、kz氏が何か叫んでいるので振り返る。写真を撮るから其処で立ち止まって呉れと云うから其の通りにした。急流の沢を見上げたら、視界が真っ白になってしまうような気がした。


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激流は眼下に広がる大きな雪渓の下に流れ込んでいた。随分いろんな山を訪れた気になっているが、此れ程の雪渓を間近に見るのは初めてである。瓦礫場になっている細い道を慎重に辿り、崩壊した枯沢の肌を歩いた。暫く其れが続いた処に、崩沢と書かれた看板が立っていた。地名に装飾の余地が無い程の、一目瞭然な崩壊地である。瓦礫場が断続的に続いて、小さな尾根を何箇所か越えても、鑓沢の景色が見えない。疲弊が澱のように溜まって、緊張の糸が切れそうになっていくのを感じる。平坦な岩場に差し掛かった処で、私は観念したように座り込んだ。

少し遅れて、kz氏が牛歩で到達した。私は、鑓温泉に幕営して、明日の未明に早出すれば、天狗平には常識的な時刻に立てるだろうと云う算段をした。尤も、明日の行動がどうなったとしても、現況の疲弊しきった気力と体力に変わりは無い。私は彼の顔を見上げて、今日中に天狗平へ辿り着くのは、余りにも疲れきっているので厳しい、と云う旨を伝えた。kz氏は、言葉少なに同意した。kz氏は、苦悩する老人のような表情になっていて、其の疲労の具合が窺えた。そして、低い標高をトラバースしているだけなのに、こんなに消耗するとは、と云うような独り言を云った。中途挫折を訴えているのは私なのに、kz氏は自分に対して慙愧の念に駆られているようだった。

そうは云っても、白馬鑓温泉小屋に幕営することに決めたことで、お互いに気分は随分軽くなったような雰囲気になった。鑓ヶ岳の南稜と北稜の谷間から何時迄経っても脱出できないが、もう急ぐ必要は無い。座り込んだ儘で居たら、ガイド付きツアーが追いついてきた。ガイド氏に会釈してみるが、やはり黙殺される。何が気に入らないのか定かではないが、挨拶も出来ない人間の説明など、聞きたくないものだと思う。引率された高齢女性たちは、朗らかに挨拶をして、通過していった。


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時刻は午後二時になろうとしていた。出発して七時間以上が経っていたが、未だ鑓温泉の建物は見えない。其れは全く予想できない現実だった。登山地図のコースタイムの二倍の時間が掛かっている。次々と他の登山者に追い越されていたが、皆は何処迄行ったのだろうかなどと、どうでもいい想念が脳裡を過ぎる。茫然自失の状態で、惰性の儘に脚を繰り出していると、水流の在る沢に木橋が掛かっている地点に達した。南稜と北稜の合間を流れる、鑓沢のようだが、道標の類は無かった。

鑓沢を越えて、また休憩を取り、勾配を登って小さな尾根を越えたら、巨大な雪渓が姿を現わした。硫黄の匂いが漂っているのに気付いて、右手の沢の上を見上げた。靄に包まれた小屋が薄っすらと確認できた。勢いよく流れる沢から、湯煙が立っている。漸く、白馬鑓温泉小屋に辿り着こうとしていた。温泉の沢を渡って、雪渓を遠くに見ながらの登山道を歩く。周囲は草原のような緑の広がりで、黄色い花が一面に咲いている。何と云う花ですか、と、植物の知識が無い私がkz氏に訊ねる。うまのあしがた、と、呟いたkz氏は、キンポウゲとも云います、と教えて呉れた。


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鑓温泉下、と書かれた標柱から、最後の登りに掛かった。もう苦しいことは無い。しかしkz氏は、巨大な荷物に押し潰されそうな足取りで、何度も立ち止まり休みながら登っていた。最後の最後で若いカップルに追い抜かれ、我々は虫の息で、鑓温泉に到達した。

幕営地にkz氏を置いて、小屋に向かって受付を済ませる。幕営料七百円に入浴料五百円だから、良心的な値段のような気がする。戻ってみると、kz氏は既にテントを張り終わっていていた。先程迄の苦悶の表情が消えていて、私のテント設営を手伝って呉れる程快復したようである。其の後、kz氏は水を汲みに行くと云って姿を消した儘戻ってこないので、ひとりで露天風呂に向かったら、小屋を観察して熱心にメモ帳に記しているのを見つけた。すっかり元気を取り戻したようで、安堵した。


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標高2100mの高所に在る露天風呂から、東方の麓が見下ろせる。戸隠や妙高は靄で見えないが、湯船からはひときわ目立つ台形の山が鑑賞できる。何時までも視界から遠ざかって呉れなかった小日向山である。湯ノ入沢の反対側に聳える、あの山の鞍部を越えて、ぐるりと山肌に沿って、此処迄辿り着いたのだと云うことが再認識させられた。

今日はずっとあの山を見ていますね、と云ったら、そうだよ、早くアルプスらしいところを歩きたいよお、と、手拭いを頭に乗せたkz氏が大きな声で云った。湯の花が漂う、白濁した温泉に浸かっていると、登山の最中であると云うことを忘却しそうになる。そうして何時迄も湯船の中に、長々と入り浸っていた。身体のあらゆる部分が、溶けて流れていってしまいそうな、そんな気分になった。

猿倉荘から白馬鑓温泉(前篇)

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窮屈な姿勢で、其れでも意識は遠のいていたようだった。妙な静寂に身体が反応して、目が覚めた。窓外を見ると、煌々とした灯りに包まれた駅に停車していた。構内の彼方に配置された松本電鉄のホームに、登山客が向かっている。其れで、松本駅に着いたのだと認識した。満席だった夜行列車「ムーンライト信州」の車内に、弛緩した空気が漂っている。天気は大丈夫のようだね。隣席に座っているkz氏が、バナナを食べながら云った。列車は未明の松本駅を、静かに発車した。暗い安曇野を駆け抜けて、豊科に近づく頃、夜明けが訪れたようだった。穂高駅でハイカーがどっと降りる。信濃大町を過ぎて、木崎湖に差し掛かると、山々に霞がかかった、鉛色の風景が広がった。好天が望めないことは重々承知の上で、白馬に向かっている。私は、初めて単独行ではない北アルプス登山を目前にして、妙な安堵感に包まれているような心境だった。ムーンライト信州は、急ぐ理由が無い、と云わんばかりの徐行で走り続け、やがて白馬駅に到着した。登山客を吐き出した列車は、重い荷を降ろした馬のように、脱力した感じで静まり返っていた。

2014/8/23

猿倉荘(6:50)-----小日向のコル-----三白平-----杓子沢-----白馬鑓温泉小屋(15:10)

一身上の都合で、長大な休暇が出来たと云うkz氏の言葉を聞いたから、私は早速北アルプス縦走の誘いを持ち掛けた。節約旅行の算段をして、昨年に引き続き、年齢にそぐわない名称の、青春18きっぷを購入し、「ムーンライト信州」の指定券を随分前から確保した。バスだろうが電車であろうが、夜行で移動することには気が進まない性分だったが、ふたりであればストレスを感じないだろうと思い、決行することにした。

其れで、大糸線沿線に未明に到着できることになって、何処に行こうかと云う検討に入る。本末転倒のようでもあるが、飛騨山脈の連嶺は泰然として聳えている。何処から攀じ登ろうかと考える人間の思惟など、瑣末に存しているに過ぎない。だから順序はどうでもいい。白馬駅に向かうなら後立山連峰である。私は、折角kz氏と一緒なので、難所と呼ばれる不帰キレットを通過してみたいと要望を云った。kz氏は、過去に唐松岳から北上して不帰噞を越えたことがあるので、逆コースならば行ってみたいと云った。無論私に異存は無い。

予定として決定した行程を纏めてみる。初日は白馬駅からバスで猿倉荘へ移動し、白馬岳の大雪渓は断念し、白馬鑓温泉経由で稜線に出て、天狗平にテントを設営して宿泊する。翌未明に出発して不帰キレットを通過後、唐松岳から五竜山荘へと向かい、二日目は此処で幕営する。翌未明より五竜岳を越え、八峰キレットを通過して鹿島槍ヶ岳に登る。三日目は冷池山荘にテント泊である。そして最終日は爺ヶ岳、種池山荘を経由して、扇沢に下山する、と云う壮大な計画になった。日本三大キレットの二箇所を連続して踏破すると云う、単独行であれば思いもつかない激しい計画である。私は、kz氏が事も無げに云う行程に、嬉々として従うことにした。ベテランの経験者と山に行くと云うことに、僥倖を感じずにはいられなかった。


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出発の数日前から、天気予報を見て一喜一憂してきたが、都合の良い晴天は望めそうもなかった。尤も、此処最近は全国的に荒天が続いている。広島県で起きた土砂災害で、大勢の人々が亡くなってしまったのを筆頭に、全国各地で大雨洪水の予断を許さないような状況になっている。峻険なキレット越えに大雨では、余りにも危険すぎる。思わず躊躇してしまいそうになるが、kz氏の長期休暇が残り残り少なくなってきたこと、ムーンライト信州の指定券を破棄することに未練が残ることなど、気懸かりな要因も複合的に重なってくる。だから、逡巡は在ったのだが、いいから出かけてしまえ、と、そんな調子で、出発したのであった。

そう云う訳で、早朝の白馬駅に降り立った。もしも此処で、大雨に見舞われてしまったら、栂池に向かう案も用意していたのだが、幸いにも雨は落ちていない。程無くやってきた猿倉行きのバスに乗り込んだ。久しぶりのテント山行で三泊四日の行程と云うのも初めての経験である。大きく膨らんだクレッタルムーセンHuginは相変わらずの風情だが、背負ってみると、今迄に無い重厚な手応えを感じた。とにかく重い。

しかし、今回の相方はスケールが違った。kz氏のザックは100リットルの巨大なもので、トレードマークのザックカバーに覆われている。そして更に、カメラの三脚ケースかと見紛う大きなものが括りつけられている。登山詳細図の踏査で使用する、ロードメジャーである。kz氏は、企図されている訳でもない北アルプス詳細図の為に、独自で測距調査をする積もりのようである。高山縦走では、荷物を少しでも軽量化しようと苦心するのが常套の思惟のような気がするが、勿論余計なことは云わない。全てが規格外のkz氏と、大荷物とともにバスに乗り込み、最後部の座席を陣取った。続々と乗り込んできたハイカーの乗客たちで丁度良く座席は埋まったが、誰も最後部には近寄ってこない。

白馬八方で多少の客を降ろしたバスが、暫く県道を北上して、車窓は徐々に山深くなっていく。濠音とともに濁流が流れ落ちているのが見えた。南股入が合流する二股である。此の沢を溯ると、やがては目的の不帰噞に行き着くのであるが、其れは余りにも想像し難いことであった。車道の勾配が激しくなり、バスは大きなカーブを繰り返して、靄の掛かった傾斜を登って行った。不穏な天候に、車内の登山者たちも口数が少ない。終点の猿倉に着いたら、坂の上に山荘が見えた。微妙な天候だが、さすがに週末なので、大勢のハイカーたちが屯していた。


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猿倉荘は赤い屋根の小さなロッジで、建物自体は質素だが、上品な印象を与えるような外観だった。名にし負う白馬岳の登山口らしく、軒先には登山届を記入するテーブルが設えてあり、装備不足者の為にアイゼンも販売している。老若男女の夥しいハイカーたちが、昂揚した感じで次々に出発していく。皆が大雪渓を目指すが、我々は其れに背を向けて鑓温泉に向かう。山荘から少し山道を登ったら車道に合流し、やがて分岐点に着いた。鑓温泉方面に行く者など皆無だろうと思っていたが、数人の若者が其処に入っていったので、意外な気がした。

鑓温泉に向かう登山道は、実直に尾根の上を進んでいた。杓子岳から延びる杓子尾根から派生した双子尾根の、更に派生した尾根が猿倉迄達している。其処を滔々と歩き続ける。未明迄に降ったであろう大雨の影響か、登山道は尾根上であるにも係わらず、溢れんばかりの水が流れていた。緩やかに登る途上で、池塘が在る処に到達した。巨大な葉を広げた植物が群生している。此れは何でしょうとkz氏に訊くと、花の終わった水芭蕉だよ、と教えて呉れる。感心して傍らを見ると、水芭蕉平と記された看板が在った。

斯様に瑞々しく自然豊かな尾根道だが、登る程に足元は泥濘と水溜りの様相が激化してきた。沢沿いの道を歩いているかのような錯覚を覚える程、道は水流の度合いが増してきた。鑓温泉に向かう此のルートは、単純に尾根を登り詰めていくのではなく、途中で尾根を外れて北面をトラバースして、隣の双子尾根に移っていくと云う道筋である。道半ばではない。未だ道程は始まったばかりで、早く此の尾根から左に逸れて行かねばならない。


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しかし、冗長な泥濘の尾根道は、なかなか終わらなかった。其れで黙々と歩いていて、言葉も少なくなり、落ち着ける場所でも無いのに、頻繁に立ち止まって休憩した。展開の無い尾根登りに対する倦怠感が、背負ったザックの重さに抗う気力を奪っていく。我々は、云いようの無い疲労感に包まれていた。道が直角に曲がる箇所に到達すると、此処でトラバースじゃないかと、kz氏が気色ばむ語調で云う。其れが単にジグザグの蛇行した登山道であることに気付くと、なあんだ、と嘆息する。読図能力が、疲労で著しく精度が低下しているようであるが、kz氏は其れでもポイントとなるべき箇所では立ち止まり、メモを記している。過重なザックを背負って、ストックとロードメジャーで両手が塞がっているから、随分疲れるだろうと思うが、勿論余計なことは云えない。

気が遠くなりそうなくらい歩いたような気がして、漸く尾根から大幅に逸れる道筋になった。勾配は急になるが、足元の泥濘から開放されて、息を吹き返したような気持ちで、脚を繰り出していく。やがて空の広がりを感じるようになり、唐突に歩いて来た尾根を対岸に見るような感じで、眺望が開けた。

霧の樹林帯を歩き続けたから、既に好天の希望を放棄していたが、遠くに麓の風景が窺えて、周囲を取り巻いていた霧が、風に流されていくようにして消えていった。歩いて来た尾根の向こうを覆っていた雲が霧消して、唐突に峻険な山容が姿を現わした。雪渓が斑状になっている怜悧な高山である。あれが白馬岳ですかと、少し昂揚した感じで訊ねるが、kz氏は地図を広げて思案して、黙考していた。

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トラバースは、砂礫の混じった細い道を辿る。谷の切れ込んだ処で、年配のグループが休憩しているのを追い越した。徐々に高度を稼いでいくと、ふたたび眺望が開けて、先程眺めた高山が、明瞭に見渡せるようになった。見えていなかった稜線の彼方に、立派な山容が聳えている。あれが白馬岳だ、kz氏が叫ぶ。そして、連なっている正面に見える山は、小蓮華岳ではないかと云った。険しい山肌を抉るようにして、立派な沢が見える。金山沢と小蓮華尾根のコントラストであった。

漸く北アルプスに来たのだと云う感慨の湧く光景に出会い、暫くその場から動けなかった。眺望で報われた気分は、未だにトラバース道を歩いていると云う焦りが入り混じっているから、諸手を挙げて喜ぶ迄には至らない。疲労と開放感で、何とも云えない気分の儘、休憩を続けた。青空がふたたび、雲に覆われようとしていた。

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