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霧島連山・甑岳

Koshikidake


鹿児島中央駅にやってきた指宿始発の高速バス「メモリーライン」は、見事なまでに乗客が居なかった。猛暑の駅前から快適な車内に乗車しようとすると、霧島行きですが、と、運転手氏が窺うように云った。合点承知の旨を伝えると、私ひとりだけを乗せたバスがゆっくりと発車した。次の停留所は鹿児島空港で、其の次はもう丸尾迄停まらない。持参した弁当で食事を済ませて、時間調整で暫く停車する桜島SAで珈琲と煙草と御不浄を済ませる。そして発車後、空港迄の間にサポートタイツやストッレッチスパッツを穿いたりして身支度をする。快適にも程が在ると云うくらいに快適なのだが、いわさきバスの営業収支が心配である。結局、丸尾迄、貸切状態で移動した。勿論、霧島連山周遊バスは、丁度良く接続している。一昨日の繰り返しのような気持ちになって、ふたたび、えびの高原に向かうバスに揺られた。因みに、連山周遊バスの乗客も、私ひとりであった。


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2014/7/27

えびの高原(13:15)-----不動池-----甑岳-----えびの高原(15:20)

無事に所用を済ませてからの霧島滞在であるから、気分は開放感に満ちている。今夜は新湯温泉に投宿すると云うことだけが決まっている。午後一時にえびの高原に到着して、どうしようかと思うが、行動の制限としては、新湯に帰る為のバスの発車時刻が午後四時であるということは決まっている。だから、三時間で何処かに行って帰ってこなければならない。韓国岳は時間的な余裕が無いので、想定できるふたつの選択肢を検討するしかない。六観音御池を経由し、白紫池の火口湖を持つ白鳥山を目指して周回すると云う、池巡りコースか、霧島連山の中でもユーモラスな形状の個性的な山、甑岳に登るかと云う選択である。尤も、決めかねて此処に居ると云う訳ではない。最初から、甑岳に登ることは決めていた。

往路からすると容量は大分軽減したクレッタルムーセンHuginだが、此処もできれば荷物を預けて軽快に歩きたい。そう思ってコインロッカーを探すが何処にも見当たらない。火山に囲まれた山間盆地であるえびの高原は、いわさきバスの閑古鳥とは裏腹に、夥しい観光客が押し寄せる大観光地であり、土産物屋からお洒落なカフェ迄揃っている。しかし、荷物を預けるような者は居ないようである。自家用車や観光バスで訪れる者ばかりでは、それも首肯できるのだが、なんとか何処かで預かって貰いたい。

最初からそのような積もりでは無かったのだが、広大な駐車場の料金所が手頃な小さい建物なので、其処に近寄っていった。中に居たおばさんとおじさんのふたりに、コインロッカーの所在を訊き、案の定、そんなものはないねえ、と云われるが、何処かで荷物を預かってくれる処はないかと哀願調で訊ねる。すると、警戒感をあらわにしながらも、おじさんの方が重い口を開く。

「五時迄だったら、此処に置いといてもいいけど……閉まるのが五時だから……でも責任は持てないんだけど……」

心の中で快哉を叫びつつ、四時のバスに乗るから絶対戻ると力説した。そうして、サブザックに必要な荷物を詰め込み、巨大ザックを預かって貰った。おじさんは、其れでも時間のことが気になるらしく、五時になっても戻らなかったら、此の建物の外に置いといていいかと云った。其の場合は是非そうして貰って構わないと伝えるが、おじさんは其れでも、貴重品は持ったか、などと、いろいろ心配して呉れる。人情紙の如き時代に、なんとも心温まる対応である。


Koshiki2

エコミュージアムセンターの裏手に廻り、キャンピングカーが屯している駐車場の傍を通って、一旦車道に出ると、不動池への道標が在る。三ヶ月前に風雨の中を歩いた処である。前回は此処から野原を縦横に歩いて韓国岳登山道に向かったが、今日は道標の通りに遊歩道を真直ぐに進む。ヘアピンカーブで折り返して登ってくる車道にふたたびぶつかり、横断すると、徐々に勾配となり、遊歩道に木段が現われる。異様な迄に白い硫黄山を右手に見ながら登り続けると、三たび現われる車道が近づいてくる。合流した処が不動池で、地形図を見ても判然としないが、勿論火山の火口湖である。

不動池と硫黄山から北北東に向かって、大雑把な広がりで地形が緩やかになっている。其れは不動池が噴火した溶岩が、甑岳の麓迄流れついたものだと云われる。凡そ三千年前と云うから、まあ最近のこととも云える。溶岩帯の起伏を直截的に車道は延びているが、遊歩道が六観音御池方面に分岐しているので、迷わずに進入する。少し歩いて、程無く甑岳への道標が在る。緩やかに下っていく湿った樹林帯を、少し急ぎ足で歩いた。林立する火山群から少し離れた処に甑岳が在り、其処に向かって、今は鞍部へと下っている最中なのである。不動池の標高が1228mだから、独立したように裾野を広げる甑岳の標高1301mへ向かうには、随分下って、ふたたび登り返していくと云うことになる。

池巡りコースから別れた樹林帯を歩き、正規の登山口からの道に合流し、明瞭な登山道になった。目印の赤いテープが頻繁にぶら下がっている。見渡すと、広い林野の中である。程無く枯れた沢に木橋が架かってある場所に着いた。此処が最低鞍部なのだろう。此処から漸く登りに掛かる。所要時間は想定内だったが、気持ちが逸る所為か、少し慌てたような足取りで、徐々に急になる勾配を登る。駐車場のおじさんの心配そうな顔が、どうしても浮かんでしまう。


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登山道は急勾配をジグザグに切ってあり、次第に鬱蒼とした藪混じりの細い踏跡になった。相変わらず、息を弾ませながら黙々と脚を繰り出していくと、やがて空の明るさが近づいてきた。強烈な陽射しを受けて振り向いたら、韓国岳が正面に聳えている。韓国岳は爆裂火口淵の、最も抉れた部分が真ん中に見えるから、お椀を逆さにして、手刀で叩き割ったような形をしている。何時の間にか、甑岳の頂上に近づいていた。過酷な陽射しだが、視界の無い樹林帯から抜け出た開放感は其れを凌駕していた。

ぽっかりと開けた山頂は砂礫の広場で、山々の展望が出来過ぎのような感じで見渡せる。何処かの高原のスカイラインに在る展望台のような景色である。甑岳の由来は、山頂が平べったいので土器の甑を連想させる為と云われている。平坦で広い火口淵の直径が約五百米。火口は浅いが、底が湿原になっていて、池塘も在ると云うのが特徴である。山名標の近くに、湿原と書かれてある道標が在ったので、火口の中に下りていく樹林帯の道に脚を踏み入れた。


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昭文社地図の「霧島・開聞岳」には、池塘の横に1278mと云う標高点が記されている。鬱蒼として虫が氾濫する不快な藪道の踏跡を下る。高低差二十米強は直ぐに終わり、視界が開けた。其処はまるで瞬間移動でもしたのかと云うくらいに、全く異質な光景が広がっていた。空の青と火口湿原の緑が、原色のコントラストを表出している。其の風景を額縁のように、ぐるりと囲んだ火口壁を眺めていると、自分が天然に造られたコロッセウムの中に居るような気持ちになる。陽光の照りつける緑の中は、奇妙なくらいに静寂だった。

繫茂した緑が波のように揺れている。其の中に一本道が辿っているのを歩いていくと、池塘に突き当たった。池塘は進入禁止の意図であるロープの囲いがしてあり、其の右手に踏跡は続いていたが、茅戸が生い茂っていて、其れ以上先に行くのは困難に思われた。登山道終点である、山名票が在る頂上の、丁度反対側の火口淵に、標高1301.4mの三角点が在る筈だった。其処迄到達してみたかったが、引き返すことにした。時の流れが止まったような、此の火口湿原で充分である。そう思うことにした。


Koshiki5

ふたたび山名票の頂上に戻り、下山の途に掛かろうとした時、広場の西側に在る樹林帯から、高齢の夫婦が現われたので驚いた。挨拶して、登山道が他に在るのかと訊いたら、此の火口を一周できる道があるんだよと、御主人の方が教えて呉れた。三十分くらいだから巡ってみたら良いと云われて、暫く逡巡した。夫妻を見送った後、東側の端に近づいたら、火口周回の道標が設えてあった。其処に踏み入ると、程無くして、大きな岩が突き出た展望地が在った。くだんの山頂よりも韓国岳が裾野迄見渡せることができる場所で、彼方には高千穂峰が薄っすらと、端整に屹立している。

暫く紫煙を燻らせて、霧島連山を眺めながら黙考した。やはり駐車場のおじさんに心配を掛ける訳にはいかないな。そう考えた。其れで周回は諦めて、下山することにした。だから、甑岳には、また登ることがあるだろうと云う予感がする。そして、何度でも登る価値の在る山だと、そう思った。


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追記

えびの高原駐車場には、予定通りに余裕を持って帰還した。おじさんとおばさんは、最初に話した時とは別人のように満面の笑みで迎えて呉れた。ちゃんと帰ってきて、漸く信用されたものと思われる。僥倖と云える親切を施して貰ったが、当然例外のことであり、駐車場の料金所は一時預かりは行なっていないと云うことを敢えて記しておく。あたりまえである。

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