« ハンギョウ尾根から三ツドッケ・登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | イソツネ山・沖ノ指・小中沢 »

山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。

Yamanokamione_4


奥多摩の山と云うものを随分承知しているような気分でいたが、実際は登っていない山の方が多いのは当然である。「登山詳細図」の踏査で日原から三ツドッケに登って、其の感懐を改めて認識した。其れで、ふたたび奥多摩西部篇の踏査に誘われたので、今日も二週間前と同じ時刻の奥多摩駅に居る。木製ベンチに座って、紫煙を燻らせながら、好天の空を見上げる。御不浄に行き、簡易なストレッチスパッツを装着したりして、緩慢な動作で準備をしながら時間を稼ぐが、鍾乳洞行きのバス時刻はなかなかやってこない。踏査隊が乗ってくる電車が漸く到着しそうな時刻に、バスが何時の間にか駅前に停車したので乗り込んだ。いちばん奥の座席に座って待つが、駅前の閑散とした雰囲気が、何時まで経っても変わらない。対照的に、西東京バスの従業員たちが、なにやらせわしない。彼らは協議を重ねた挙句、漸くバスに居る数人の乗客たちに、電車が遅れているので出発を二十分遅らせると発表した。

2014/5/30

寺地バス停(9:00)---大沢---小菅---山ノ神尾根---狩倉山---三ノ木戸山---石尾根---奥多摩駅(16:30)

引き続きぼんやりとしていたら、やがてレールが軋む不協和音が響いてくるのが聞こえた。其れで、漸く青梅線の電車が到着したのだが、間もなく駅舎から夥しい登山者が溢れ出してきて驚いた。待ち合わせをしている人がバスに間に合うかと気を揉んでいるこちらの立場以上に、大幅に遅れた電車の乗客の、数少ないバスに乗れるのだろうかと云う危惧と焦燥は切実のようで、難民がボートに押し寄せるかのように、大勢の人が鴨沢行きや鍾乳洞行きのバスに殺到してきた。平日の朝の光景とは思えない程、登山客でバスの車内は埋め尽くされた。

ごったがえす車内の彼方から、「登山詳細図」世話人氏が私の名を呼んでいるのが聞こえて、大慌てで返事をする。待ち合わせが成就したので安堵するが、バスが発車して程無く、次の寺地で降りると云う世話人氏の呼びかけにふたたび驚く。寺地は奥多摩駅から四つ目の停留所である。私はバスの最奥の席から、川乗橋や日原に向かうハイカーの人混みを掻き分けて、決死の態勢で下車した。早くも波乱含みの様相である。

バスが去ってしまうと、寺地は何も無い、日原街道の山沿いの途上にバス停が或るだけの処であった。本日の行程は、三ノ木戸山から日原川に落ちる尾根と、六ツ石山付近にある、登山道が捲いている狩鞍山と呼ばれる1452mピークから日原川に落ちる尾根の踏査である。前回初めて御一緒したNZ氏と三人で、寺地から見通尾根と十二天尾根を調べながら三ノ木戸山へ向かい、石尾根を狩鞍山へ移動して下山の途に掛かると云う目算が世話人氏に在って、此の変哲の無いバス停で下車した次第である。

地形図に破線が記されている寺地から見通し尾根に乗る為のルートは、沢沿いの鬱蒼とした踏跡が窺える。しかし、登りの途上で行き止まりになった場合のことを憂慮した結果、車道を大沢迄歩き、小菅集落から狩鞍山へ登るコースに変更することになった。インターネットの情報で、山ノ神尾根を歩いた記録は散見するが、見通尾根の情報が無いと云うのが懸念の根拠だった。


Sanukido1

国際虹鱒釣場の大沢は、山間に開けた気分の良い場所である。石尾根に続く道としては、此処から直登できる十二天尾根と、狩鞍山から派生する、日蔭指尾根と呼ばれる長い尾根もあるのだが、今日の踏査は、小菅集落経由を全員で登ることになった。山の中腹に在る小菅迄、延々と車道を歩く。途中、ショートカットして民家の合間を縫って登り、ふたたび車道に出ると、随分高い処迄登ってきたな、と云う思いに駆られる風景が広がった。石段を登ると、漸く山ノ神尾根の取り付きである伽藍神社に到着した。

神社の裏手の心細い踏跡を辿り、尾根の左側に沿って進むと、廃屋と古びた石碑のある広場に達した。伽藍神社が以前在った場所のようで、確かに祭事のできそうな広場だった。そして、此処から漸く山道が始まった。植林杉に覆われた尾根の左側をトラバースして、緩やかに作業道が続いていた。次第に高度を上げて、途中で無理矢理にジグザグの道が切ってあり、ひと登りで尾根の上に達した。北面には広葉樹林が散見できるようになって、漸く開放感のようなものが身体を満たしていくような気がした。樹間から石灰の採掘場が垣間見えるので、視界の端に余計な白い光が残像となって纏わりついてくる。其れが気に障った。

山ノ神尾根の主尾根に合流する迄は、広々とした樹林帯の真ん中を、明確に道が連なっていた。やがて其れが行き止まり、緩やかに尾根を真っ直ぐに登っていく。左手にも起伏の乏しい尾根が併行しているのが見える。其れと寄り添うようになると、周囲は茫洋とした広場で、目の前に主尾根は見えるのだが、踏跡は不明瞭になった。やや北側に回りこんで尾根に乗る。其処から後ろを振り返ると、小菅に下りる尾根は判別できない。下山の場合は進路を探すのに躊躇してしまいそうな場所である。


Sanukido2

勾配はやや急になり、尾根は南西方面へシフトして、直截的に登るようになった。右手に広がる日原方面の風景が、新緑のフレームに囲まれたような感じで広がる。主尾根に乗ってから、世話人氏とNZ氏が、加速するようにして登っていく。私は、ロードメジャーを転がしていると云うのもあるが、自分のペースを変えないから、みるみるうちに引き離されていった。漫然と続く勾配が、少し厳しくなり、其れを登りきったら、小菅山と麓では呼ばれている、989mピークだった。北西に崖の印の在る小菅山だが、頂上からの眺望は無かった。

鞍部に下りて、ふたたび登り返す。やがて、五万分の一地図でも判然と崖が構成されているのが判る箇所に近づいていく。登路としては、標高凡そ1020mくらいの処で崖地にぶつかる筈である。踏跡は当然、崖とは反対側の、尾根の左側を辿っているのだろうと思っていたが、実情は違っていた。岩場は其の一帯を覆うように構成されていたから、尾根を登り続ける為には、手掛かりを見つけて、岩を登るしかなかった。ロードメジャーを転がしながら私が登ることができたくらいなので、其れ程危険な岩場ではないのだろうが、下山の場合では注意すべき箇所である。


Sanukido3

標高1200mで瘤を越えて、尾根が左にカーブしていく。ふたたび崖マークの在る箇所だが、此処は其れ程の岩場では無かった。尾根が断続的に派生しているので、地形図では推し測れない小ピークをアップダウンしながら登る。狩鞍山が間近になってきて、最後の急登の直前で休憩して、ひと息で登り詰めて、樹林に囲まれたピークに到達した。狩鞍山と記された札が木に打ち付けてある。木々から漏れる光の方へ歩を進めると、刈り払われた防火帯になっている、展望のよい石尾根の上に出た。縦走路が下方を捲いているのが窺えた。鳥の声に混じって、蝉が鳴いているのが聞こえてくる。そんな季節なのかと、自分の感覚の鈍重さに気づいて、深呼吸をした。

気持ちの良い稜線上で、食事を兼ねて長い時間休憩してから、六ツ石山に背を向けて石尾根を下っていく。山歩きを始めた頃は頻々に歩いた道だが、気がついたら随分久しぶりに歩く道である。雲取山や鷹ノ巣山から下山する時、此の三ノ木戸山分岐迄の砂礫状の下りは、疲労を一気に感じさせる急勾配が続くと云う印象であり、脇目も振らずに歩き続ける区間だ。人知れず分岐する細い作業道を見つけて、世話人氏とNZ氏が地図を広げて推察しようとしている。私も地形図を凝視して、何処へ降りていく道か、それとも六ツ石山方向へトラバースする道か、などと思いを巡らせる。お馴染みのように思っていた登山道が、踏査隊と歩くと、新鮮な風景のように感じられるのだった。


Sanukido4

登山道は細い痩せ尾根になって、瘤を右に捲きながら続き、やがて三ノ木戸山を前にして北面を捲いていく。其処を直進して、三ノ木戸山のピークに向かって登る。此れも初めて訪れる場所だった。山頂は丘陵のように広く、何処が頂点なのかは判別し難い。骨組みだけ残った小屋の残骸が在る処に、石票のようなものがあったが、頂上の印なのかどうかは、判らない。

山頂を其の儘直進していくと、東京農大演習林の立て札が散見するようになり、やがて北面に向かう踏跡に手製の道標が在る。真っ直ぐに降りていくと、捲いていた登山道に合流した。此処を其の儘直進して演習林に向かうのが十二天尾根で、世話人氏がひとりで踏査に向かった。NZ氏と私は、登山道を下山して、今朝確認した、寺地へと降りていく地形図の破線路を踏査することになった。

広い尾根が幾つも別れて、登山道は其の合間を辿り、愈々下界が近いと云う雰囲気を感じさせる。陽射しが山峡に隠れて、周囲が唐突に薄暗くなる。標高934m地点を通過して、踏査対象の地形図破線路が分岐する筈の場所が近づいてきた。何度も通った道だが、日原側は勿論、南面である林道小中沢線へと落ちていく尾根もある筈なのに、分岐点が在ると云う記憶は無い。果たして、GPSを駆使して現場を特定したNZ氏とともに、周囲を探索してみるが、日原方面には広い谷が緩やかに開いているが、歩けそうな跡は見つけることができなかった。


Sanukido6

其れで結局踏査は断念し、普通に登山道を使って下山した。致し方ないことであるが、殆ど地図作成の為の成果を得られずに行程を終えることになった。破線路が廃道化していたと云う確認ができたと云えばひとつの成果であるが、歩いた道が地図に載ると云う愉しみが無い。山ノ神尾根を歩くことができたと云う個人的な充足感で我慢するしかない。

終わりそうで終わらない奥多摩駅迄の道は存外に時間が掛かったようで、十二天尾根を苦慮しながら下山した世話人氏よりも、遅れての到着となった。登山家が集うので知る人ぞ知る餃子の店で、既に麦酒を飲んでいた世話人氏と合流し、皆で乾杯して一献を傾けた。山峡の奥多摩駅前は、心地よい黄昏の時間が何時迄も続いているようで、なかなか暮れないでいた。

« ハンギョウ尾根から三ツドッケ・登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | イソツネ山・沖ノ指・小中沢 »

奥多摩」カテゴリの記事

コメント

平日だってのに、登山者の数がすごいんですね~。
僕も満員のバスは経験あるので、大変さが伝わってきます。
寺地で下車なんて、他の人はどんな目で見ていたのかな?

山ノ神尾根の踏査お疲れ様でした。
発売されたら、小菅山に登ってみた~い!

概念図があると、どこをどう歩いたのかわかりやすくていいっすね。
けっこうこういうの作るの楽しいでしょ?
復習、予習にもなるし。

峰畑への破線路は、地形図がまったくのでたらめで、僕も探したけど無かったんですよ。

実際は、もう少し下の850m圏の山火事注意の看板が峰畑峠で、そこから峰畑へ向かう踏み跡がうっすらありました。
廃道でしょうけど。

リベンジの予定ありますか~?
いつか、一緒に行ってもいいですよ~。

餃子のお店は、土日に行くと満員で入れないんですよね。
餃子でビールなんて最高でしょ~?
駅前の激安店と比べてどっちがおいしい?

なんと。峰畑峠の破線は出鱈目ですか!
概念図を修正しなくては(笑)
真夏のリベンジはきついかな~。
でも詳細図に載る可能性があれば行きたいですね。

作図は現在嵌ってる最中で、過去の記事にも追加しております。
ユガテも作ったのでよかったら見てください。

どこをどう歩いたかという記録にもなるし、
行ったことのない、行きたいと思ってるところの概念図を作ると、
仰るようにその土地の地形の予備知識が出来ますね。

尾瀬の至仏山とか、屋久島の概念図も作りました。
あとは行くだけ(笑)なんですが、
概念図を作った行かなくてもかなり満足してしまってるのが不思議です(笑)

餃子は手作りで美味しかったです。
平日なのですぐ品切れになってしまい、後から来た客が無念そうにしていました。
我々はひと足早く入ったので、おかわりしましたが(笑)

駅前の激安店は何処ですか?
こんど教えてください!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/56734657

この記事へのトラックバック一覧です: 山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。:

« ハンギョウ尾根から三ツドッケ・登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | イソツネ山・沖ノ指・小中沢 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック