« イソツネ山・沖ノ指・小中沢 | トップページ | 高千穂峰(後篇) »

高千穂峰(前篇)

Kirishima


溝辺鹿児島空港には朝の八時半に着陸した。此の早朝航空便に搭乗するために、自宅を出たのが未明の四時半だから、18切符の鈍行で北アルプスに向かうと云うような出立の時刻にも似ている。此れからバスで移動し、高千穂峰の登山口である高千穂河原に降り立つのは正午の前になる。丁度、昨年敢行した、八方尾根を登り始めるくらいの時刻である。尤も、高千穂河原に到達する迄に随分時間が掛かっているように思えるのは錯覚ではない。霧島連山周遊バスに接続する、丸尾経由いわさきホテル行きの一番バスの出発迄、一時間待たされるからである。しかし、空港での乗り換え時間としては適切なようにも思える。そして、此の時間を利用して、やらなければならないことがある。

2014/7/25

高千穂河原11:40-----御鉢-----高千穂峰-----高千穂河原14:30


Takachihokawara

南九州の山に頻繁に訪れているが、例によって妻の実家に用事があっての鹿児島行きの序でに、あれこれと山行きを絡ませようと云う苦し紛れの計画である。開聞岳、韓国岳と登り、今年は此れで三度目である。鹿児島は既に曾遊の地と云っていいだろう。因みに、何の用事で妻の実家に頻々な用事があるのかと怪訝に思われる方も、或いは居るかもしれないが、別段不穏な争議が有る訳ではないと云うことを敢えて記しておく。とにかく朝の早い時刻に、溝辺鹿児島空港に到着したのである。

初めて訪れた霧島連山で大雨の憂き目に遭ったのはつい三ヶ月前のことで、止むを得ず、えびの高原から最も楽なコースで韓国岳に登った。巨大な噴火口を持つ火山群の眺望を見ることができなかったのは勿論のことで、猛烈な強風で吹き曝しとなり、生命の危機に瀕しているような気分で往復してきた。今回も日程は恣意的には設定できないが、用事の前後で複数日に渡って登山をすると云う計画が浮かんだ。一日だけ山を訪れる計画を立て、当日が雨では愚行の二の舞である。

果たせなかった韓国岳からの眺望を享受したいのは勿論だが、私の主題は、あの端整な高千穂峰である。とりあえず、初日の朝から鹿児島県に居て、天候が良ければ、万難を排して高千穂河原に向かう。駄目ならば丸尾温泉に浸かって霧島神宮へ参詣でもしようかと云う算段である。いずれにしても、今日の晩は天文館に投宿しなければならない。用事は二日目である。酒宴にも参加しなければならないので、三日目の出発時刻を未明にするなど、極端に早くすることができない。妻の実家で奇矯な振舞いは避けなければならない。其処は肝に銘じておかなければならない。

だから三日目に霧島を再訪するにしても、高い山には行けない。正念場は四日目と云うことにして、三日目はえびの高原から離れない程度の場所に投宿しなければならない。それはそうとして、鹿児島空港の空は抜けるような青空で、強烈な陽射しが照りつけている。今日は高千穂峰に登ることができる。日程を滔々と説明しているうちに、バスに乗り遅れたら大変である。

市内に向かうリムジンバス乗り場の前に、バスの案内所がある。此処で、「霧島バス一日乗車券」を買わなければならない。連山周遊バスは勿論、空港や国分駅、霧島神宮駅からのアクセスに必要なバスも含めて、乗り放題の切符である。値段が千円と安価なので、是非とも入手したい。窓口には客が居ない。係員の女性がなにやら伝票のようなものに記入する作業に没頭している。おずおずと彼女に声を掛けて、フリー切符を買い求める。難なく入手した切符は、ご利用日、の欄が空白で、其処に係員が手書きで記すと云うものだった。案内所が閑散しているのを幸いに、私は自分の計画に必要な質問をすることにしてみる。

「あの、此の切符ですが、例えば明後日の日付の切符を今此処で買うことはできるのでしょうか」
「あ、はい。買えます」

愛想のよい女性係員が、朴訥に云った。一日乗車券の売り場は限られていて、鹿児島中央駅や国分駅、此処鹿児島空港の他は、霧島の観光案内所とか、土産屋とか、霧島の指定宿泊施設と書いてある。明後日は鹿児島中央駅で買えばいいが、最終日に、此の切符を販売している宿には居ない予定なので、此処で買えるのならば是非買いたい。そう考えていたから、芙久本と名札に書いてある女性係員の言葉にホッとした。続いて、懸案事項があるので芙久本嬢に再度の質問をする。

「実は、明後日は鹿児島中央駅から丸尾に行くのですが」
「……」
「指宿からの高速バスが、中央駅に立ち寄りますが、其れに乗るんです。其れに乗って、空港を経由して、丸尾迄乗って、其処から連山周遊バスに乗ります」

芙久本さんは何の話かと云うような表情で、理解できているのかいないのか、無言の儘で微笑んでいる。早く要点を説明しないと、異常者と思われてしまう。

「此の一日乗車券は、空港から霧島方面で有効ですが、明後日の高速バスに乗って、空港迄の切符を買い、今此処で、明後日有効の一日乗車券を買えば、併用できますか」

要点を云った積もりだが、芙久本さんは随分思案してから、高速バスだと、丸尾迄の切符が必要です、と云った。仕方が無い。丸尾からえびの高原、そしてえびの高原から宿泊地である新湯温泉入口バス停迄の乗車でも元が取れるだろうか。そう思案して、其の区間の運賃は幾らか聞いてみた。

「空港から丸尾迄は分かるんですが……その先がわからないんです……でも、電話して聞いてみます」

かなり狼狽した表情になった芙久本さんが電話を掛けている。お待たせしました、と云って金額を説明した。

「……ですので、此れだと、一日乗車券の方がちょっと高いです」

困りましたね、と云うように芙久本さんが云う。此れ以上困らせてはいけないので、私は明々後日の分を一枚所望した。其れで芙久本さんが漸く開放された。無事清算を済ませると、芙久本さんが大きな声で、いってらっしゃいませえ、と云った。

製造後三十年は経っていると思しき古びたバスが空港に迷い込んでくるように進入して停まった。霧島いわさきホテル行きのバスである。霧島国際音楽祭に向かう男女の学生が巨大なチェロのケースを抱えて乗車した。其れに続いて乗り込む。私が背負っているのは、テント泊用の60リットル容量の、クレッタルムーセンHuginである。テントやシュラフを積んでいる訳ではない。肝心の鹿児島の用事に必要なものが思いの他嵩張り、東京からの手土産品を数個運ばなければならないので、止むを得ず大容量のザックを背負ってきている。外見はどう見てもテント連泊縦走登山の趣である。異様に映るのだろうと諦めていたが、チェロのケースに比べると可愛いものである。

途中のみやまコンセールと云う処でチェロの学生が全員降りて、私独りの貸切になった。バスの唸り声が大きくなり、相対的に速度が遅くなった。霧島温泉郷の看板が見えて、急勾配をゆっくりとバスが走る。晴天の車窓の遠くを見たが、夏の靄靄とした空気が、見える筈の霧島連山の眺めを遮断してしまっている。そうして見慣れたような積もりになっている、丸尾の風景が近づいてきた。バスを降りたら、猛烈な陽射しが照りつけた。丸尾バス停の横にある、温泉市場の方から、相変わらず硫黄の煙が流れてくる。其れで、丸尾に来たのだな、と云う感興が湧き上がってきた。

十数分の待ち合わせで連山周遊バスがやってくる迄、木陰で涼を取りながら紫煙を燻らせていた。前回、初めて訪れた時は、大雨故の閑散ぶりなのかと思ったが、晴天の今日も、丸尾からバスでえびの高原に行く人間は居ないようである。平日とは云え夏休みの金曜日であるから、バスの存続は大丈夫なのだろうかと、ぼんやりと思った。

前回に出会った無謀軽装氏を思い出し、今日は誰も居ないなと思っていたら、タクシーが目の前に停まった。後部座席の乗客を其の儘にして、運転手が下りて、丸尾バス停の時刻表を見ている。客はどうやらハイカーのようで、ザックが隣に鎮座している。だから客は最初ふたりなのかと思ったが、ひとりなのだった。運転手が車に戻り、客と少し話していて、暫くして客は清算して下車した。今日も連山周遊バスは、私と、もう一人の登山客を運ぶようであった。

悠々とタクシーで丸尾に着き、運転手にバス時刻を確認させるとは優雅なものだと思っていたが、其の中年男性は私に弱々しく挨拶をしてきた。何処から来ましたか、と云うような通り一遍の会話の後、貴殿を今朝の羽田で見掛けて、重装備だなあと思いました、と其の男性が云うので驚いた。一緒の飛行機で鹿児島に来たらしいが、空港からタクシーで来たのかと訊いたら、そうではないのですと、沈鬱な表情で云った。

彼の計画では、高千穂河原に行くバスが、霧島神宮駅から出るものと認識していたらしい。其れは、前回初めて霧島行きを計画した時、私もインターネットサイトで、其の時刻表を見たことがある。しかし、念の為いわさきグループに電話して確認し、其のバスは昨年で廃止になったことを知ったのである。高千穂河原・バスで検索を掛けると、古い儘の時刻表がヒットしてしまう。彼は其れを真に受けてしまったらしい。因みに、昭文社「山と高原地図 霧島・開聞岳」の、私が所持するのは2013年度版だが、其処にも「霧島神宮駅-高千穂河原 いわさきバス35分」と記してある。

どんな経路で空港から霧島神宮駅に向かったのかは定かではないが、バスが無いことを知り、仕方なく霧島神宮駅からタクシーで丸尾に向かい、そして此処に居ると云う訳であった。六千円も掛かった、散財です、と、独り言のように云う。脚を怪我してしまって、今はリハビリ登山です、と語る散財氏と冴えない会話をしているうちに、連山周遊バスが到着した。

丸尾を発車したバスが、硫黄谷温泉に差し掛かる頃から急勾配に喘ぐように、ゆっくりと走る。噴出する蒸気が車道を覆い、周囲が真っ白になる。いわさきホテルの敷地に立ち寄るが、相変わらず乗客は我々ふたりだけであった。散財氏は高千穂河原に行く気が失せたのか、えびの高原から韓国岳に登ると云う。私が一度登ったと云う話をしたので、コースは厳しいですかと訊くから、丹沢の大倉尾根に比べたら随分楽ですと云うと、散財氏は複雑な表情をした。

二度目のえびの高原に到着した。雨と霧の風景しか知らないから、全く違う処に来たような風情だった。エコミュージアムセンターの向こうの、直ぐ其処に韓国岳の巨大な山容が聳えていた。相変わらずの弱々しい感じで挨拶をしながら、散財氏が下車した。入れ替わりに、高齢の女性がザックを背負い、黒い大きな手提げ鞄を持って乗車した。連山周遊バスは、えびの高原から引き返すようにして県道を下って行った。

新湯入口迄来た道を戻り、左折して奥深い森の中をバスが走る。新湯温泉は明後日に宿泊する場所なので情景の説明は省略する。車内に迄硫黄の匂いが充満するようになって、霧島川に併行しながら湯之野温泉を過ぎて、漸く高千穂河原に到着した。広大な駐車場を従えて、立派なビジターセンターが建っている。其の奥に大きな鳥居が屹立して、いにしえの神宮への道が続いている。見上げると、見紛うことの無い双頭の山容が聳える。高千穂峰に隣接する御鉢が、広い火口を湾曲させて双頭のような山容を表現している。

天候は、申し分ない。いよいよ天孫降臨の高千穂峰に登るのだ。そんな感慨で胸が一杯になり、私は、何故か息苦しいような気分になった。

« イソツネ山・沖ノ指・小中沢 | トップページ | 高千穂峰(後篇) »

南九州」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/56943511

この記事へのトラックバック一覧です: 高千穂峰(前篇):

« イソツネ山・沖ノ指・小中沢 | トップページ | 高千穂峰(後篇) »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック