« 山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | 高千穂峰(前篇) »

イソツネ山・沖ノ指・小中沢

Photo


奥多摩駅から奥多摩湖へ向かう青梅街道は、左右に険しい山々を見上げながら、激しく蛇行する多摩川に追随するように続いている。時折現われる隧道の多さが、此の道程の険しさを感じさせる。バスに乗って車窓を眺めていると、山奥に分け入っていると云う実感が湧き起こり、やがて別世界のような広がりが見渡せると、人造湖を形成する小河内ダムが見えてくる。車窓は此処で新たな展開を見せる。山行きバスの趣である。

2014/7/12

梅久保バス停(8:30)---イソツネ山---沖ノ指---小中沢(沖ノ指クボ)---三ノ木戸---城---奥多摩駅(15:30)

登山者たちでぎゅうぎゅう詰めの、土曜日の朝の峰谷行きのバスに、私とkz氏は揺られていた。随分早い時間に到着していたと思しきkz氏が座席を確保して呉れたので、小さいふたり用のシートに身を寄せ合って縮むようにして座って居る。今日の行程の参考資料をコピーしたものを見せて、kz氏がいろいろと説明して呉れるが、私は其れが余り頭に入らない。満載の乗客の圧迫感で落ち着かないのが原因で、しかも私の膝に臀部を押し付けてくるのが若い女性なので、さらに落ち着かない。

山行きバスの醍醐味である、山峡を抜けて奥多摩湖へと至る車窓を愉しむことなく、我々は降車の準備をする。境橋で数人が下車した。御前山に向かう登山道に近いバス停である。境橋を出ると次は梅久保。そんなバス停があることすら今迄知らなかったが、kz氏と私は此処で降車する。ひしめき合う人間とザックを掻き分けて、懸命にバスを降りた。

バス停はまったく人家の類が見えない街道の途上で、石灰を運ぶダンプカーが断続的に疾駆して通り過ぎる恐ろしい場所だった。目の前に隧道があり、反響した轟音がいつまでも消えない。隧道が貫通している尾根が、急傾斜で多摩川に落込んでいる。今日は先ず、此の尾根に取り付いて、地形図に三角点の印がある846.2mピーク、イソツネ山に登る。

隧道に回り込むようにして、斜面の踏跡を難なく見つけることができた。最初の傾斜を登りきると、祠が鎮座している。其の傍らから歩きだすと、其処はくだんの隧道の真上だった。開けた風景の眼下は、かなりの高度感で、砂礫の道を転倒しないように慎重に歩く。転げ落ちたら最期である。程無く植林帯の急勾配が始まり、我々は無言で其れを登り続けた。

私はkz氏所有のロードメジャーを転がしている。今日の山歩きも「登山詳細図奥多摩西部篇」の踏査なのである。昭文社「山と高原地図」に載らない登山ルートを踏査して網羅する「登山詳細図」に梅久保からの登山ルートが載れば白眉の出来と云える。そんな思い込みで、いきなりの急登を登り続けた。足元はしっかりとしている。

尾根は明瞭に一本道で、見上げれば延々と上に向かって続いている。右手は植林帯が広がり、左手も同様だが、直ぐに山肌が急降下しているようで、青梅街道と多摩川が遡上していく雰囲気が窺える。しかし眺望は無い。道に迷う心配は無いが、ひたすらに続く急登を見ると、少しだけ意欲が減退していくような気がした。

急登が一旦終わり、緩やかになった処が528m地点で、左手に広がる伐採された山肌に向かって延びていく作業道のような踏跡が見える。我々は、勿論尾根の上を登り続けた。途中、露岩が突出している箇所が現われ、其れを合図に休憩を取る。kz氏は、岩塊を見ると近寄っていき、丹念に其の形状を調べている。穴かと思ったらそうではなかった、と云うようなことを頻繁に口にする。洞窟のようなものを発見することに意欲があるようだ。洞穴を見つけると云うことが、山の調査では意義の深いことなのだろうか。私は、私自身が理解していない価値観があるようだと云うことに興味が湧いたのだが、其れをkz氏に訊くのは止めておいた。私は、休憩することだけにしか、専念できなかったからである。此の急勾配の連続は、想像以上に私を疲弊させていた。

いつしか周囲は広葉樹林に囲まれていて、立派な巨木が林立している。イソツネ山に辿り着く直前に、東西に走る尾根に乗り上げる。此れは六ツ石山から南下して、トオノクボから東に分岐する榛の木尾根と呼ばれる尾根である。先に登りついていたkz氏が、あそこが頂上だよと、左手の盛り上がったピークを指している。榛の木尾根に立つと、彼方に立派な山なみが聳えているのが見渡せた。雲取山から延々と氷川迄連なる、石尾根である。其の連なりに、ひと際雄大な台形の山が盛り上がっている。此れが三ノ木戸山で、数週間前に訪れた平坦な広いピークの山である。小中沢を隔てた榛の木尾根から眺めると、立派な山容であることを初めて認識できる。

イソツネ山の頂上は、少しだけ樹林が伐り拓かれていて、植物が繁茂している雑然とした雰囲気の場所だった。三角点の石柱は黒ずんで煤けている。手作りの山名標が朽ちかけている。三角点から外れた処に、居心地のよい木陰があって、其処で休憩した。三ノ木戸山の山肌に、一軒の家屋があり、其れが遠近法を無視したかのように大きく見える。あれが三ノ木戸の集落だと、kz氏が教えて呉れる。山腹に、目を凝らして見ると、樹林帯にひとつの筋が切ってあり、其れが氷川方面に続いている。途中に家並みが集まっている処がある。城の集落だよ。またkz氏が教えて呉れた。刻まれた筋が、三ノ木戸林道なのであった。

さて、梅久保から尾根を直登してイソツネ山に登ると云う踏査は達成した。これからどうするのかと云うと、前回、私とNZ氏が発見できなかった、石尾根の途上から寺地に下る、地形図の破線を探索しようと云うことになっている。石尾根から分岐する地点は峰畑峠と云い、其の地点は、地形図の破線が分岐する処よりも、少し氷川寄りにあるらしい。全てkz氏の調べによるものである。目の前に聳える石尾根に行くのだが、尾根に忠実に歩くとすれば、六ツ石山を経由して、遠回りせざるを得ない。其れはしんどいので、眼下の谷に下りて、小中沢を渡り、三ノ木戸集落に出て、城集落から峰畑峠に登ると云うことになった。

榛の木尾根をぐるりと廻るのも遠いが、谷底に下りて向かいの山に登り返すと云うのも、考えただけで疲れるような案である。梅久保からの途上で、あまりにも疲れたら、三ノ木戸から氷川に帰ろう、などと会話していた我々だったが、今、目の前に石尾根を眺めて、其れはもう既定路線と云うような雰囲気になっていた。しかし、此処から直截的に小中沢に下降することはできない。榛の木尾根を登り、途中の1041mピークである、沖ノ指を越えてから、谷へ降りる道がある。だから、ふたたび尾根を登り続ける。

北西方向に延びる尾根の上は、岩塊が連なっている。其れを避けてトラバースしようとすると、見通しのよい場所故の夥しい藪が広がっている。もとより、尾根の上を回避するつもりは無いから、岩の隙間を慎重に進んで行く。北アルプスの練習だあ、と、kz氏が笑っている。岩場の左側は崖状になっていて、谷底の気配が陰気に広がっている。イソツネ山に登頂して弛緩していた身体に、改めて緊張感が走って硬くなっていく。そんな気がした。

岩尾根を辿り、鬱蒼とした樹林帯を抜けたら、眩い広がりの光景になった。場所は、境橋から続いてきた地形図の破線が、榛の木尾根に合流する地点である。ふたたび石尾根が見渡せる良景だが、周囲は背丈くらいの藪が広がっていた。分岐点にイソツネ山への指標が在る筈、と云って、kz氏は周囲を探索しているが、発見は出来なかった。其れでふたたび先に進まねばならないが、藪だらけで先が見えない。踏跡らしきものを足元で探し、藪を掻き分けながら進んでいった。

見上げると尾根は真直ぐに聳え、登って行く方角は明確だから、必死に藪を漕いでいく。繁茂した叢によって、剥き出しの二の腕が次第に掻痒感に苛まれていく。痒いです。痒いよお。と、ふたりで叫びながら行進している。そんな時、遥か彼方で人の声がした。何か叫んでいる。一瞬、山の地主が我々を見つけたのかと思ったので、ふたりで目を見合わせた。怒られているのかな、などと云っているうちに、また声がした。

叫び声の内容が判然としてきた。此の先に道があるのかと云っている。後ろからやってきたハイカーのようである。其の儘藪を進むしかない、kz氏が呼びかけるが、声の主は、其処で待っていてくれ、と叫んでいる。榛の木尾根を登ろうと云う程の者にしては、随分軟弱なことを云っている。こちらも未だ藪を脱出している訳ではない。植物が繁茂した見晴らしのよい尾根の上は、灼熱の陽射しが降り注いでいる。待ってられないよと、思わず私は口にして、kz氏に目で合図をして、先を急いだ。樹林帯の入口に漸く辿り着いて振り返り、くだんの軟弱氏の様子を窺う。なんとか進んでいるようなので、其の儘抛っておいた。

木陰の山道になり、安堵して登り続けたら、小さな祠が祀ってあった。榛の木尾根は漸く落ち着きを取り戻したようで、明瞭な踏跡が続いていた。暫くすると、登山道が目の前の斜面を右に迂回するような形になっている。石積みの焼窯跡が在る処で、此処から踏跡を無視して、目の前の斜面を登る。ピークは視線の先に窺えるが、久しぶりの急登である。喘ぎながら登り、頂上に着いた。周囲は岩で囲まれていて、鬱蒼としている。山名標があって、沖の字が朽ちていて、中ノ指、と記してある。此処が1041mピークの、沖ノ指だった。

軽い食事を摂り、大休止をして、沖ノ指を降りることになった。岩山のピークの、直ぐ北側に尾根全体が広がっていて、トラバースの登山道が見える。其れに合流した処に、ひとりのハイカーが座り込んで休憩していた。勿論くだんの軟弱氏で、疲れきった様子で座っている。境橋から登ってきたと云う疲弊の極みのような軟弱氏とは話が弾まず、我々は早々に出発した。

西北に延びる榛の木尾根は、実直な登りの連続になった。標高1100m付近で、ふたたび北面の風景が広がる。其処は地形図の破線が、尾根の南面に捲いていくのが記されている地点であった。そして、漸く現われた、小中沢へと尾根が分岐して落ちていく地点でもある。kz氏は暫く周囲と地図を凝視していて、進路を確認している。持ってきた資料である、「新ハイキング」誌に掲載の松浦隆康氏によるガイドを読む。此れは小中沢から周縁の尾根迄を巡る幾重もの踏跡が克明に記されてあるもので、微細な記事である。読んでいると頭痛がしてくる程に細かい。其の、現在居る榛の木尾根途上地点に至る部分を探して読んでみると、目印は用地境界標の番号であった。小中沢から榛の木尾根迄を辿る尾根の途上にある境界標は、1070m付近にある、556番であると記されていた。

其れで、分岐している急勾配の尾根を下りて、境界標を探した。松浦氏記述の頃から年月が経っていて、新しい境界標があり、番号が全く関連性の無い数字だったので一瞬躊躇したが、程無く556番の古い標柱を発見することができた。其れで安堵して、勾配を下げていった。右手の視界に、榛の木尾根が遠ざかっていく。ジグザグに切ってある道は明瞭で、想定外の歩き易い道である。左手に沢の音を感じるようになった頃、西に延びる金山沢から続く踏跡に合流した。道はその後、尾根を大きく跨ぐように、反時計回りのように辿り、トラバースしながら小中沢の濠音が聞こえる方へと下りていく。

榛の木尾根の上から小中沢の底に辿り着いた。其処には木橋が渡してあり、上流を眺めると滝状になっている。其れが濠音となって山腹まで轟いていたと云う訳であった。せせらぎの傍らには石を積んで水を呼び込んでいる山葵田が設えてあり、其の上の三ノ木戸側に、モノレールの軌道が走っている。宮内敏雄著「奥多摩」の概念図に記されている、沖ノ指クボ、が此処だと思われる。kz氏と私は、此処で大休止を取り、畔に下りて汗に塗れた顔を洗い、藪を漕いで痒く不快だった腕を洗った。

木橋を渡り、三ノ木戸方面に辿る道を行くと、夥しい倒木で道が塞がれていた。大雨の土砂崩れの所為だろうが、倒木の群はモノレールの軌道を破壊し、山葵田の一部にも突き刺さるようにして折り重なっている。勿論山道も寸断されているので、其れ等を跨いだり潜ったり、一部を高捲いて、難渋しながら通過した。

崩壊地点を過ぎて、山肌に沿う道を諄々と辿る。余り下っているように感じないトラバース道だが、気がつくと右手に在った小中沢が、遥かに下方を流れている。沢に至る山肌は、断崖となっているのだろうと察せられる。地形図にも崖のマークが記されている。

地形に忠実に、山肌の起伏を蛇行しながら横切って歩く。途中に、見所として詳細図に記したいくらいに立派な大岩があった。其れを通り過ぎると、左手の上の方から、道が合流してくるのが見えた。三ノ木戸山からの登山道だよと、kz氏が教えて呉れる。其れと合流してくると、前方に極端な高床式の建造物が見えてきた。対岸から見えた大きな家である。山道が終わり、舗装路の終点に出た。其処が三ノ木戸であった。

豪奢な別荘と思しき家が一軒だけ存在するのが三ノ木戸集落と云う訳のようで、林道終点の地点からは、出来すぎのような山々の風景が広がっていた。鋸山、天地山、御岳山、そして鳩ノ巣城山が並んでいる迄を見渡せる。別荘の為に伐り開いたのだとしたら、豪勢なことである。

其の景勝ポイントに座って、暫く茫然として休んだ。峰畑峠はどうしよう。kz氏が窺うようにして云う。もう帰りましょう。私が云うのを、想定内と云った感じで、kz氏が頷いた。そうして、長い道程で、氷川に戻った。


Sanukidos

補記

帰途の途中、城の集落から山道に入り、地形図の破線通りに歩き、林道へのバイパスとする。羽黒三田神社の境内に下り着こうかという処で、左に分岐する山道があり、奥多摩駅に繋がる舗装路に出るからと云うことで、kz氏が踏査も兼ねて歩こうと云うから従うことにした。道は神社の在る尾根から外れて谷へと下っていき、沢沿いに下って行く道だったが、著しく倒木があり、最後の最後で困難な道程となった。梅久保からイソツネ山に登る途上の落石負傷未遂事件があって、餃子を奢って貰うと云う約束は取り付けてあったが、最後の難路でふたたび藪に塗れて腕が痒くなったので文句を云ったら、kz氏が、麦酒も奢ると云ってくれたので、納得して奥多摩駅前の食堂に到着した。結局、kz氏に全部奢って貰うことになってしまい心苦しく思うがまあ止むを得ない。感謝の念とともに丁度良く出発するホリデー快速で帰途に。抗えない睡魔に襲われ、立川で朦朧としながらkz氏と別れた。

« 山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | 高千穂峰(前篇) »

奥多摩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1243257/56841072

この記事へのトラックバック一覧です: イソツネ山・沖ノ指・小中沢:

« 山ノ神尾根・三ノ木戸山。登山詳細図踏査隊と歩く。 | トップページ | 高千穂峰(前篇) »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック