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霧島連山・韓国岳(前編)

Kirishima


霧島神宮の麓にバスが停車してアイドリング・ストップをしたら、がらんとした車内に、雨の打つ音だけが響いていた。水の底に居るような気持ちになって、判然としない車窓の外を眺める。水滴の向こうに、ロータリーの様子が見える。土産物屋の建物は鬱蒼として、眠り続けているようだった。乗降客の無い儘、ふたたびゆっくりと走り出したバスが、大鳥居の前で左折して、勾配のある道路を唸りながら速度を上げて走る。途中のバス停で、私の他に唯一乗っていた客が降りていった。私は改めて、こんな状況で、果たしてえびの高原に行くバスが接続してくれるのだろうかと、不安になった。


Jingu

2014/4/13

えびの高原(9:20)---登山口---四合目---韓国岳---硫黄山---えびの高原(12:40)

またしても鹿児島県に所用が発生した。其れは少し気が重くなるようなことではあるのだけれど、今度はどのようにして山に登ろうかと云う思案に暮れる愉しみもある。宿泊代も含めたツアーで、航空券が廉価で買えるのを利用して、二泊三日の最終日の飛行機を、敢えて夜の便に設定する。そうして、一日を登山の計画に充てることができる。開聞岳を開聞駅から登ると云う企みは達成したので、今度は季節も穏やかになってきたから、いよいよ霧島連山に登ろうと考えていた。

溝辺鹿児島空港のロビーから眺める霧島連山、其れだけでも高千穂峰の端整な姿に惹かれてしまう。そして、飛行機の窓から眺める、鹿児島に近づいた頃に現われる、天孫降臨伝説の所以となる此の霊峰は、見まごうことが無いくらいに美しい。霧島に行くなら、高千穂峰を目指したい。そう決めてから、公共交通機関を調べるのだが、今回も一筋縄ではいかない。

まず、登山口となる高千穂河原に行くバスが少ない。鹿児島では名にし負う岩崎グループのバスが、霧島屋久国立公園を網羅している。しかし高千穂河原へ到達するのは、霧島連山周遊バスと名づけられた、丸尾温泉を起点にした高原バスが一日に数本運行しているだけである。ちなみに周遊バスと云う名前は誤解を招くと思うが、此れは観光バスではなくて普通の路線バスである。其れはともかく、交通の要衝とも云える丸尾に、まずは向かわなければならない。日帰りで登山を敢行するためには、丸尾発八時半の周遊バスに乗らなければならない。

例によって鹿児島天文館に投宿し、未明に出発した。霧島神宮駅から丸尾に向かうバスに間に合う、JRの普通列車に乗るためである。岩崎バス同士は丸尾で気持ちよく接続して呉れるが、其の丁度よい時刻に、霧島神宮駅に到着する普通列車が無い。其れで霧島神宮駅の待合室で、一時間半も待ってからバスに乗ったわけであるが、計画としては此れしか方策は無いようであった。溝辺鹿児島空港から丸尾に向かうバス路線もあるのだが、此れは霧島連山周遊バスに接続する便が無い。鹿児島市内を発って、其の日のうちに高千穂登山をして空港に行き、帰京するためには、鹿児島中央駅五時三九分発の日豊本線始発、宮崎神宮行きに乗らなければならないのである。

意気揚々と、其の当日を迎えた訳では無かった。鹿児島滞在二日目で、既に登山予定の日曜日の天候は、絶望的な程の雨に見舞われると云うことが判っていた。諦めて終日を鹿児島市内で過ごすか、と云う気持ちも無いでは無かったが、空港に近い霧島に行かないと云うのも合理的では無い、そんな風に考えた。とりあえず丸尾に行き、霧島連山周遊バスがやってくるならば乗ってみよう。但し、高千穂河原から高千穂峰登山は諦める。標高差の少ない、えびの高原から韓国岳に登り、其の儘戻ってくるというくらいにしておこうと、そんな感じで考えが纏まった。


Maruo

よく整備された道路を、バスは黙々と走っていた。丸尾を告げる車内アナウンスで、茫洋とした意識に緊張感が走った。丸尾は車道がT字路になっている処で、温泉旅館が点在していて、山肌から水蒸気が噴き出している。雨の煙が其れとない交ぜになって、判然としない靄の掛かった風景だった。降りたバス停から歩いて、車道を渡り、空港方面からの道に立っているバス停に移動した。周遊バスの時刻を確認して、誰も居ない路傍で紫煙を燻らせた。と、突然強風に煽られて、傘が飛ばされそうになる。すごい風だったね、何処かから声が聞こえた。硫黄の匂いの充満する煙の向こうから、温泉饅頭の仕込みをしている、霧島温泉市場と云う店の従業員の若い女性が、私を珍しいものを見たような感じで見上げて、微笑んでいた。

バスは本当にやってくるのだろうかと半信半疑だったが、バスが来る前に若い男性がひとり、バス停に近づいてきた。登山ですかと話しかけてきたので、韓国岳に登ると答えたら、僕は昨日登りました、と云った。どうやら今日の登山者は私だけではないようで、安堵した。しかし、今日は高千穂峰に登ると云う彼の姿を見て、私は戸惑いを隠せなかった。化繊のスポーツウェアを着た彼の荷物は其れほど大きくないショルダーバックと、ビニール傘だけであった。ずいぶん軽装ですね、と、普段なら云わない余計なお世話なことを口走ってしまった私に、彼は、ええ、まあ、と、曖昧な呟きを返した。

何事も無い、と云った感じで、霧島連山周遊バスがやってきた。軽装氏と私だけを乗せたバスが丸尾を出発して、いわさきホテルを過ぎても乗客は無く、いよいよ本格的に高地へと登り始めた。新燃荘の手前で分岐して、えびの高原方面の道に入る。昨日は韓国岳から避難小屋を経由してキャンプ場に至るルートを下山したと云う、軽装氏の話を聞く。僕の足は遅いので、バスに間に合わなかったから、丸尾迄歩いて帰りました、と彼は云った。其の登山口にバスが近づくに連れて、しかし歩きやすい道だったのです、もうすぐ入り口が見えます、と云うから、なんだか勧められているような気がしたので、バスに遅れるわけにはいかないから、えびの高原からピストンしますよと、必要も無いのに、私は答えた。


Ebino2

雨はいよいよ激しさを増して、窓硝子を打ち始めた。えびの高原の土産物屋の軒先に停車したバスは、すぐには発車しないようで、アイドリングを止めた。運賃を支払う時に、運転手が、登るのですか、と云った。ええ、まあ、と、私は曖昧に云った。今日登る人はいませんよ。遭難者も少なくないのだと、運転手が云った。私は、さもありなん、尤もな忠告であると思って、素直に受け止めた。そして、無理なようなら、必ず引き返しますと答えた。

バス停の前のベンチで身支度を整えていると、停まった儘のバスから、高千穂河原に向かう筈の軽装氏が降りてきた。自販機で飲料を買って、バスに戻る途中で、私の方に近づいてきた。僕も運転手に、登山はやめろと云われちゃいました、と云った。其れはそうだろうとは口には出せず、私は曖昧に、まあ無理をしないで、と呟いた。土産物屋の軒先は、雨樋から溢れた雨水が降り注ぎ、時折水飛沫が頬に当たる。えびの高原の雨は、本格的に、降り続いていた。

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