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霧島連山・韓国岳(後編)

Kirishima2



雨合羽の頭巾の端を掴み、俯き加減で歩き続けた。断続的に吹く猛烈な突風が直撃すると、身ぐるみ迄をも剥がされそうな気分である。小高い丘にある、エコ・ミュージアムセンターの傍らに立っていた「韓国岳」の道標を頼りに、茫漠とした高原の道を歩き始めた。下山時に判明した、通常の登山口ではなく、道の無い広場を横切ると、蛇行して走る県道に合流した。雨と風の所為で顔を上げているのが苦痛で、闇雲に歩いていた。しかし、コンパスを取り出す迄も無く、荒天のえびの高原ではあるが、目指す韓国岳の前衛を成す山容が、正面の遥か彼方に聳えているのが見えた。其の方角に向かって、県道を横断し、「不動池」の道標を分けて、とにかく歩いていった。


Ebino

2014/4/13

えびの高原(9:20)---登山口---四合目---韓国岳---硫黄山---えびの高原(12:40)

最初、目の錯覚なのかと思った。草地が砂礫混じりになって遠くを見たら、夥しい人数のハイカーが、縦列になって歩いていた。雨合羽とザックのレインカバーの明瞭な色彩が、ゆらゆらと揺れるように、森の中に吸い込まれていった。其の後を追うようにして歩いていくと、やがて舗装された遊歩道に辿り着いた。其れに沿って歩くと、やがて樹林帯から抜け出て、溶岩帯の広がりが見渡せる。三十万年と云う火山活動の歴史から見ると、つい最近噴火したとも云える硫黄山の周縁の光景である。遊歩道がせり上がり、展望地になっていると思しき処で、十数人のパーティが休憩している。其れを見て私は、無謀な登山者の烙印を免れたような気分になった。

硫黄山の奇岩が林立する眺めと別れて、遊歩道は南に舵を切って勾配を上げていく。雨足が何時の間にか少なくなっていて、周囲が明るくなったような気がした。振り返って、エコ・ミュージアムセンターの方を見下ろすと、束の間の陽射しがえびの高原を照らし、天気雨を虹が彩色している。不思議な光景に、思わず立ち尽くした。天気は快復するのだろうか、淡い期待を抱いた儘、登山届投函用ポストの在る登山口に到着した。

登山道には木段が設えてあり、英語とハングルが併記されている、一合目の立派な道標があった。此処から標高差凡そ四百米を実直に登り続けるのである。韓国岳は地図を見ても明らかで、巨大な火口を持っている。其の最高峰が南側にある頂上で、登山道は直截的に尾根を辿り、火口の西側に達する迄続いている。其の図面を脳裏に描きながら、まるで丹沢の大倉尾根を歩いているような気にさせる木段を一歩ずつ進んでいく。四合目を過ぎて、勾配を少し上がっていくと樹木は少なくなり、周囲は霧雨が降りしきる底の無い茫漠とした空、そして薄っすらと山々が彼方に聳えるのが見渡せる。晴天であればどんなに雄大な景色なのだろうかと思うが、此れは何度も味わっている、無為の想念とでも云うべき莫迦莫迦しい感慨であった。


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天候は快復するどころか、雨粒の塊が徐々に大きくなって、雨合羽を叩き始めた。五合目の広場で休憩して、其の先は風雨を遮る潅木が殆ど無い尾根道になり、風向きが目まぐるしく変わって、時折吹いてくる突風で身体がよろめく程であった。余りにも激しい横殴りの雨粒が、側頭部から後頭部に、ばらばらという音を立てて叩きつけるから、徐々に朦朧とした気分に陥る。ふと我に返ったような気になり、此の登山は危険なのではないかと思うようになった。先を行くパーティの姿はもう見えなかった。登っている人々がいるからと云うだけの理由で、其の現実に盲従して無謀な行為をしているのでは、そんな疑念に苛まれるような気になった。

しかし、登山道は余りにも整備されていた。風雨は激しいが、未だ危険な状況とは云えない。そう思うことにして、砂礫状の坂路を辿り続けた。そうして、とうとう火口の淵に着いてしまってからは、吹きすさぶ風と云う表現が適切ではない、猛烈な突風が断続的に襲ってくるようになった。其処は稜線ではなく、長大な火山の周縁の上だった。天空に突き出た、韓国岳のてっぺんであった。火口を廻る岩塊の陰に沿って、登山道は続いているが、猛獣が呼吸をしているかのような気流の動きが察せられる。そして突風が来る気配を感じると、迷うことなく私は地べたに這い蹲った。


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余りにも危険な状況だったが、私の想念は理性を制御できないでいた。此処迄来たからには、もう最高地点は近いのだから、折角なので登頂しようと云う想念。あの大人数のパーティは引き返して来ない、慎重に行けば大丈夫なのだから、折角なので登頂しようと云う想念。どうしようもない程の、本末転倒の想念が、私の裡で蠢いていた。全身を叩く雨粒の音を感じながら、何故登るのか、自問自答を始める。頂上の印と云う設定された目標に束縛されて、私は歩き続けていた。恣意的に決められた事象に束縛されながら生きている不自由な精神が、理性に敗北していることにも気づかないで、歩いているのだった。

突風の間隙を窺って進んでいるうちに、大勢のパーティが向かってきた。登頂を果たして、引き返してきたのだろう。驚いたことに、集団は高校生くらいの若者だった。皆が憔悴した表情で、私に挨拶をしていった。最後尾に年配の男性が付いていた。引率者は教師なのだろうか。余りにも無謀な行動であることは明白だった。頂上は直ぐですよと、人の好さそうな表情で云って呉れたが、私は唖然として、曖昧に挨拶を返すことしかできなかった。大浪池への分岐、そして九合目の道標に到達して、頂上と書かれた方角に、岩塊の合間を登っていった。火口の淵に近づけば近づく程、突風の恐怖が増していった。標高千七百米。韓国岳の三角点に、私は四つん這いで到達した。火口の内側に視線を移しても、見えるのは気流の渦巻く深淵だけであった。


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疲弊した脚が交互に繰り出され、其のリズムが崩れないように、私は残り少ない気力で歩き続けた。帰途の半分の距離を消化して、漸く風雨の厳しさから開放された。茫然と下山を続けて、呆気なく登山口に戻った。予め設定していたバスの時刻迄、相当の余裕があるので、硫黄山の遊歩道に寄り道をした。其れでも土産物屋前のバス停に戻ったら、図らずも一本早い周遊バスが到着する間際だったので、急いで雨合羽その他の装備を脱いで、荷物をまとめに掛かった。雨合羽の性能は折紙付きの筈だったが、気がつけば、衣服は随分濡れていた。

到着した霧島連山周遊バスは、高千穂河原迄行って、丸尾に引き返すと云う行程だった。乗車したのは私の他に、何処に登って来たのか不明だが、トレッキング装備の外国人の男性二名と、やはり外国人だが単独行の女性がひとりであった。疲労感に悄然としてバスに揺られ、高千穂河原に着いた。果たして乗ってくるだろうかと窓外を眺めていたら、茫然の態の軽装氏がバス停に立っていた。虚ろな目で乗り込んできた彼に声を掛けたら、驚いたように私を見た。軽装氏は、何故か短パン姿になっていて、傘を持っていなかった。訊いてみると、高千穂峰に登頂して、戻ってきたと云う。御鉢に差し掛かった処で、突風で傘がバラバラになって、何処かに飛んでいってしまったそうである。下山後、特に下半身がずぶ濡れになったので、短パンに穿き替えたということであった。

丸尾に戻り、飛行機の時刻がギリギリであると云う軽装氏は、寒いのでコンビニの中で待機して空港行きバスを待つと云った。其れで、此れ以上軽装にはなれないであろう姿の軽装氏と別れることにした。其れにしても異様なので、傘を差して上着も持たずに登るとは、随分タフですね、と余計なことを云ってみた。軽装氏は相変わらず表情の無い雰囲気で、無謀なだけです。無謀なことがしたいのです。と、独り言のように呟いた。

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別記

2014年2月から4月の山歩き

2014/2/25(奥ノ院参拝後三室山に向かうが積雪の量が一気に増して、鞍部で腰まで埋まった時点で敗退を決意)

二俣尾駅(11:40)---愛宕神社---愛宕山奥ノ院---鞍部で撤退---愛宕神社---二俣尾駅(15:30)

2014/3/1

間野黒指バス停(7:50)---石神大明神---愛宕山---いぼとり地蔵---細田---大仁田山---大峰山---久林峠---雲ノ峰---久方峠---小沢峠---久林バス停(16:00)

2014/3/15

弁天前バス停(7:30)---富士浅間神社---嫗ヶ岳---タブノ木---間野富士山(奥ノ院)---366mピーク---新飯能変電所---410m圏峰---四十八曲峠---石神大明神---間野黒指バス停(14:45)

2014/3/24

沢井駅(8:45)---櫛かんざし美術館---岨端沢林道---築瀬尾根---高峰---日ノ出山---御岳山御嶽神社---顎掛岩---滝本---つるつる温泉(15:00)

2014/4/2(登山詳細図踏査)

奥多摩駅---安寺沢---本仁田山---コブタカ山---大ダワ---大根山ノ神---鳩ノ巣駅

2014/4/6

間野バス停(7:40)---正木入林道---都県境成木尾根ハイキングコース---安楽寺(13:00)


2014/4/24

足柄駅(8:00)---浅間塚---金時山---公時神社---仙石原(12:30)

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