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開聞駅から開聞岳

Kaimon


鹿児島中央駅を未明に出発した指宿枕崎線の始発列車が終点の指宿駅に着いて、此れを逃したら次はもうお昼迄無いと云う、虎の子に等しい枕崎行きディーゼルカーに乗り換える。乗り換え客は女子学生がひとりと、態度のよろしくない中年男女の酔っ払い、そして私の計四人だった。時刻は朝の六時だが、指宿駅は未だ闇の中である。鹿児島に居ると、真冬でも日の入りが遅くて、夕暮れが長い。冬の終わりが近いのかな、などと思うが、東西に長い日本列島の端に居ると云うだけで、黄昏が遅い分、日の出もゆっくりである。日本標準時子午線に在る明石市が東経135度で、此処指宿は130度。五度の違いがどんなものであるかは判らないが、一月下旬の指宿の朝六時は、やがて夜は明ける筈だと分かっていても、そんな気がしない程暗い。結局四人の客を乗せて出発したローカル列車は、轟音を立てながら、薩摩半島の南端を訥々と辿っていく。窓外は漆黒の闇で、車内の雰囲気は終列車、そんな風情だった。

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2014/1/26

開聞駅(6:40)---二合目登山口---開聞岳---二合目登山口---枚聞神社---東開聞駅(13:00)

初めて開聞岳に登った時は、図らずも義兄の自家用車で登山口迄運んで貰うと云う恩恵に浴した。其れは其れで愉しみはあったのだけれど、開聞岳の麓には指宿枕崎線の開聞駅が在る。開聞駅から開聞岳の山頂迄を歩いてみたい。駅から歩くなんて大変だろうと義兄は云うが、其の大変、と云うことに意味が有る。用も無いのに数時間も費やして山の上に登ると云うのが、そもそも大変なことなのである。

其れで鹿児島行きの用事を済ませた後、晴れて自由の身になって、気儘にハイキング、と行きたいところだが、今回も幾つかのハードルを越えなくてはならない。なによりも、帰京しなければならない。飛行機の出発は18時。鹿児島空港に17時迄には到達したい。逆算して、鹿児島中央駅からのバスに間に合う為には、帰途の列車、開聞駅14時7分発に乗らなければならない。開聞岳登山の往復、余禄を含めて所要時間は凡そ六時間である。開聞駅を朝の八時に出発すれば、まず大丈夫だろう。

都合のよい時刻に開聞駅へ到着する列車があれば申し分無いが、前述の通り指宿枕崎線の、指宿から先への列車が極端に少ない。開聞駅に朝の八時迄に到達する為には、鹿児島中央を4時51分に出る始発列車に乗るしか無いと云うことが判った。妻の実家を未明に出立することも不可能ではないが、ちょっと時間が早すぎる。遠征先で異常な行動を披瀝するのは、いろんな意味で得策ではない。其れで苦しい言い訳を拵え、前日に用事を済ませてから、鹿児島市内の中心街である、天文館のホテルに投宿することにした。

自由の定義が揺らぎそうなくらい、タイトロープを渡るような気分で、枕崎行きに無事乗り換えることができた。窓外の暗さに云い様の無い不安を覚えるが、気分は概ね開放的になっている。列車がJR日本最南端の駅である西大山に着いたが、風景は未だ夜の儘である。本来ならば開聞岳の全容が車窓に現われる筈だが、止むを得ない。小さい駅に丹念に停車して、部活の高校生がひとり、またひとり列車に乗ってくる。其れで今は朝なんだと、改めて認識できる。


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異彩を放っている中年男女の酔客が大声で何か喋っている。天文館で朝まで呑んで、始発列車で帰りながら缶麦酒を飲み続けて、何処迄帰るのかと思うが、まあどうでもよい。変わらないベタ塗りの車窓で、移動した感覚が希薄な儘、列車はいよいよ開聞駅に近づいてきたから、私はザックを背負って立ち上がった。おっ、開聞岳か。酔客の男が大声で叫ぶから、私は親指を立てて応える。今日の私はフランネルのシャツとニッカーボッカーズの装い、オールドスタイルである。酔眼のオヤジから見ても、如何にも登山者と直ぐ判るんだな、などと、どうでもよいことを考えながら、駅と云うよりも停車場と云った方が相応しいような開聞駅に降り立った。

列車が去って、静寂に戻った停車場のベンチに座り、紫煙を燻らせて暫しの間茫然としてから、身支度を始めた。買ったばかりの軽登山靴、サロモン製コンクエストの履き心地がよい。其処に簡便なモンベル製ストレッチスパッツを被せて履く。ニッカホーズが隠れないから、足元が軽快である。駅前広場を直ぐ右折して、線路と併行して指宿方面に戻る形で歩いて行く。漸く空が青味を帯びてきて、もう直ぐ朝の七時だが、住宅地は灯りの気配も無く静まり返っている。町役場の前を通過して、ふたたび右折し線路の踏切を越えて、開聞岳登山口に向かい、緩やかな坂を登り始めた。

何時迄も眠り続けているかのような開聞の町だったが、車道に出たら、数珠繋ぎに車が登山口方面へ連なっているので面食らった。指宿方面に向かう頴娃(えい)街道では無い。山麓で何かのイベントでもあるのだろうかと想像して、車を運転している人を目視するが、行楽客と云う感じではない。日曜日なので通勤と云う訳でも無いだろう。理由は判らず仕舞いなのだが、とにかく想像外のことだった。車道が尾根を捲いていく坂路になる頃、漸く渋滞が終わった。舗装路の傾斜を、覚悟していたから然程の苦も感じない儘歩き続けた。かいもん山麓ふれあい公園の敷地にぶつかり、車道が右に分かれ、登山口方面は直進して登って行く。舗装路が突き当たって、漸く見覚えのある、樹林帯の入口がぽっかりと開いている登山口が見えた。


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海を望める五合目迄は、特筆することの無い樹林帯である。前回との違いは、人が全く居ないと云うことくらいだろうか。登山道は左へと迂回している筈だが、登っている途上の感触は、緩やかな斜面を真直ぐに進んでいるような感覚である。右手の西の方向に、開聞岳の本体が聳えている筈だが、深い樹林で視界が無い。コンパスの針が曖昧に、南から東へと迷いながら振れている。濡れた登山道を滑らないように、木の根が這い廻る段差に難渋しながら慎重に歩いた。

木々の密度が薄まって空が広がり、羊歯が密生している崖に掛かる木段を上がって、展望台のような柵が設えてある五合目に到着した。昨夜の天文館は雷を伴う大雨が降った。其れは凡そ冬の夜と云う風景とは思えない、南国らしさを感じる程の光景であった。スコールの後に爽やかな陽光が降り注ぐアメリカ西海岸の風景みたいに、今日の天候を期待していたのだが、開聞岳五合目からの眺めは、海霧で白く煙っていて、茫洋とした輪郭の長崎鼻が、薄っすらと見える程度であった。雲間から覗く太陽のオレンジ色が、随分遠くにあるように感じた。

五合目から先は、山肌に沿って続く鬱蒼とした樹林帯にふたたび入るが、今迄の空気が澱んでいるような気配から、山岳の冷気を感じるような雰囲気に変わる。途中で男性が下山してくるのが見えた。早出の人はやはり居るものである。擦れ違う時に言葉を交わした。頂上はガスで何も見えませんでしたと、万感の思いを籠めるように云った。此れから回復するかもしれませんねと云って呉れるので、なんとなく申し訳ないような気分になった。しかし、登山道が海側になってから、樹林帯に居ても強風の轟音が断続的に響いて来ているので、天候は回復するのかもしれないが、山頂が穏やかになることは無いのだろうと云う気がした。雲に包まれた、強風の開聞岳山頂。前回の記憶が徐々に蘇ってくる。


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登山道が岩場に阻まれる地点で、踏み跡が左手に下っている箇所が在った。惰性で歩いていて、下り始めてはっとなり、慌てて岩場の根元に戻った。岩を少し登ったら、道が続いているのが見えた。渦巻き状に登山道を辿るだけと云うので、地形図を碌に見ていなかったら此の有様である。恐らく、「山と高原地図 霧島・開聞岳」2013年版に記してある、川尻歩道跡の分岐点だと思われる。尤も、五合目から現在位置を意識して歩いてなかったので、確かなことは云えない。

七合目を過ぎ、岩塊の山肌に沿って行くと、ふたたび明るさが増してきて、大海原が広がった。開聞岳から南に眺望が広がる処で、彼方には屋久島が浮かんでいる筈だが、勿論海霧に遮られて見えない。眼下には顕著な突起の脇崎が見える。景色を満喫したいが、ものすごい強風で、立ち止まっているのが苦痛だった。開聞登山の醍醐味であろう絶景に後ろ髪を引かれながら、樹林帯へ逃げ込む。仙人洞を過ぎて、第2救助ポイントの絶景を愉しみ、ロープ付きの木段が岩崖に設置してある処に着いた。山頂はもう直ぐなのだと判り、漸く安堵の気持ちが湧き上がってきた。

巨岩に乗った処で、背後に気配を感じた。ひとりの壮年男性が軽快に木段を上がってくる。随分本格的な恰好だねえ、と声を掛けられた。オールドスタイルの所以である。続いて、何処から来たのかと訊かれ、東京だと答えたら、後から登ってくる連れは名古屋から来ているのだと云った。話の繋がりが判らない儘、曖昧な返事をして、道を譲った。程無くアウトドアブランドの服に身を包んだ、先程の壮年氏よりも随分若い人が追いついてきた。挨拶を交わして道を譲った。


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雪の開聞岳の記憶とは違った岩塊をパスして、二度目の開聞岳登頂を果たした。山名標の在る岩場に立つと、猛烈な風で息ができないほどであった。先程の壮年氏が、カメラのシャッターを押してあげると云うので、其の通りにして貰う。地元在住で頻々に開聞登山をしていると云う壮年氏は、風が避けられるのは此の場所がよいと教えて呉れたり、林檎をカットして分けて呉れたりと、随分親切だった。連れだと云うアウトドアブランド氏は、登山口で知り合った赤の他人だそうである。出会ったばかりの人を連れと呼ぶ、そう云う感覚に私は馴染めない。

風を避ける岩の陰で、苦慮しながら煙草に火を点けた。開聞岳からの眺望は振るわず、池田湖も曖昧模糊と云う感じでぼんやりと広い。海霧は少し緩和されたのだろうが、猛烈な冷たい風が長居をさせて呉れない山頂であった。海に晒されて独り屹立する標高924mの山頂とは、このような常態なのかもしれないな、と思った。

なんだ、煙草を吸うのか。壮年氏が私に云った。其の残念そうな表情を見て、理不尽な気分になるが、どうしようもない。私は少し傷ついたような気持ちになったが、別段其の必要も無いと考え直して、早々に下山の徒に就くことにした。ふたたびの第二救助ポイントの展望地で、枕崎へと続く海岸線を見下ろした。何時の間にか陽光が射してきて、麓に開聞岳の影が、鮮明に出現した。

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別記

2014年1月の山歩き

2014/1/2

大倉(8:20)---雑事場ノ平---大倉尾根---塔ノ岳---大倉尾根---大倉(15:00)

2014/1/11

二俣尾駅(8:00)---愛宕神社---アタゴ尾根---梅ノ木峠---日ノ出山---御岳神社---御岳山奥ノ院---長尾平分岐---松尾バス停(16:30)

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