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足柄駅から金時山・丸岳・箱根外輪山・初めての雪上野営(後編)

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シュラフカバーにシュラフ、サーモライトリアクターの三枚重ね。衣類も重ね着で、ダウンジャケット迄着ている。其れでも、テントの底から浸透してくるような寒気を感じて、なかなか眠ることができなかった。ホットワインを拵え、文庫本を読みながら飲んで、漸く疲労感が訪れて、目を瞑ることができた。風は強くないが、はたはたと音を立てるテントは、理由も無く心細い気分にさせる。爪先の冷えは大丈夫だろうか。私は文字通り芋虫が蠢くような動きで、シュラフの中で何度も寝返りを打っていた。


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2014/1/21

丸岳(7:50)---長尾峠---芦ノ湖展望公園---湖尻峠---三国山---海ノ平---箱根町(16:00)

一体、真冬の雪山でテントに泊まると云うことで、何が必要になるのか。此れ迄の経験では、一昨年の晩秋に尾瀬沼ヒュッテで幕営したことが参考になりそうであった。晩秋と云っても十月中旬のことだったが、尾瀬の十月は、もう初冬と云って良い程、透き通った冷たい空気で、陽が暮れると、其の寒さは一気に加速していくようだった。ダウンのスリーシーズン用シュラフにサーモライトリアクター(シュラフの中で包まるインナーシュラフか。肌触りがよく、耐寒性能を摂氏八度分を補うとある)を加え、肌着を二重に穿いて潜りこんだが、爪先が冷えてきて、快適に眠ることができなかった。爪先が寒いと、いくら着込んでいても寒さが其処から染み渡ってくる。だから今回は、ウールの靴下を二重に履いて、其の間に使い捨て懐炉を挟むことにした。

何時の間にか昏々と眠り続けていて、目が覚めた。懇願するような気持ちで、時計を確認する。時刻は未だ夜の十一時を過ぎたばかりだった。早く夜が明けてほしいと思うが、どうしようもない。外に出て、富士山と裾野の夜景でも眺めたら素晴らしいだろう。そう思うだけで、此の安眠態勢を解除する気にはならなかった。靴はザックカバーに包んで、テントの中に置いてある。靴が凍ってしまったら、もう動けない。そんな危惧の思慮で頭の中は一杯だった。

観念して、冷え切った赤ワインを飲んだ。読書の続きをしようとしたが、掌が冷たくて苦痛だから止した。盲目だった不朽の作曲家、宮城道雄に就いて綴った内田百閒の随筆を思い出した。盲人は読書灯など不要で、紙に浮き出た点字を指先でなぞれば、我々が活字を読むように意味が通じる。宮城検校は昵懇の百鬼園に、寝てからも本を読み続けたい時は、点字の紙を布団の中に入れて、おなかの上で撫でればいいから、寒い冬でも手が冷えることはありませんと自慢した、と云う話だった。テントの隅に置いてあったジャスミン茶のペットボトルを振ったら、しゃりしゃりと云う音を出した。最早此の寝室も氷点下の気温である。点字読術を持っていればな、などと、不埒な想念を浮かべながら、私はシュラフのジッパーを締めて、力無く横たわった。

覚醒したら、テントのオレンジ色が明るくなっていた。存外に眠れたようである。爪先に温もりが感じられる。使い捨て懐炉が功を奏したようだった。時刻を見ると、もう六時半を過ぎている。起き上がって肘を突いたら、床が柔らかく陥没した。雪の上で寝ていたのだなと、改めて思った。外に出てみると、空は一面の雲に覆われている。富士山は、勿論見えない。雨の予報は無かったが、一夜にして天候は崩れてしまった。私は、黙々と撤収の作業を開始した。


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すべての準備を整えて、丸岳の頂上に立った。神山、早雲山、駒ヶ岳のひと塊である中央火口丘が要塞のように屹立している。其の上空の雲間から差し込む光が神々しい。富士山の反対側、南の方角の空を眺める。鈍重な色の雲は、彼方で途切れている。此れから私が向かっていく方角に明るさの予兆が在る。其のことが、気分を落ち着かせてくれるような気がした。

深く考えないことにしていたが、実情としては大変な寝坊であった。今日の行程は、外輪山の西側を縦断して、元箱根を目指すのがとりあえずの目標である。そしてあわよくば、と云った考えでは、其の儘旧東海道の石畳を踏んで、箱根湯本駅まで歩いてみたいと云う意欲すらあったのである。起伏はあれど、要は標高の低い処に向かうのだからと、そんな野望すら抱いていたのである。しかし、時刻はもうすぐ朝の八時である。巨大なザックを背負って、元箱根迄の標準コースタイム六時間を勘案すると、元箱根には午後三時に到着できれば上出来、そんな様相であった。疲れきった身体で、暮れていきそうな箱根の坂を歩くのは現実的では無い。其の目標を半ば諦めながら、朝の珈琲も飲まずに、私は丸岳を出発することにした。


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箱根スカイラインをドライブする車の為にあるような長尾峠迄、実直に泥濘と雪の道を下って行く。鉛色の空が深い笹薮の上に広がっている。月曜日の朝、併行するスカイラインからの気配は感じられない。空腹を感じるようになってきたが、落ち着けそうな場所が見つからない儘、1044.9mピークへの登りに掛かった。登り詰めて、直ぐに下降して目の前に盛り上がっている1063mピークに達した処で、朝食にした。昨日の続きで、今朝も袋入りのインスタント麺だが、天麩羅蕎麦と云うのを買ってきた。此れに切り餅を入れて茹でる。天麩羅と云っても揚げ玉が入っているだけなのだが、熱湯に浸した揚げ玉は火傷しそうに熱い。其れが嬉しい。概ね満足できる食事で、ふたたび歩を進めた。

富士見ヶ丘公園から下りに差し掛かり、芦ノ湖が直ぐ其処に近づいてくるのを見渡す。柵が連なる芦ノ湖展望公園で、箱根スカイラインが擦り寄ってくるように合流していた。その軌跡の向こうに、何時の間にか姿を現わしていた富士山が在った。気持ちの良い防火帯の道を緩やかに登り、尾根が分岐している1018mピークの脇を直角に左折して、湖に向かって降りていく。湖尻峠は箱根スカイラインと芦ノ湖スカイラインの緩衝地点で、自動車専用道路なので歩行者進入厳禁、と云うような意味の看板が林立していて気分が悪い。何様の積もりかと思いながら、舗装路に軽アイゼンの音を立てて横断した。


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登山道は稜線の上から少し湖側に沿うようになって、谷筋を渡りながら樹林帯に入った。三国山はハイカーが少なからず訪れるようで、道標が充実している。展望が利かなくなって、足取りが少しずつ重くなってきているような気がした。出発してから、朝食の休憩を挟んで三時間半が経過していた。然程気に留めることでも無いが、標準コースタイムよりも一時間程余計に掛かっている。木段に積もった雪に留意しながら、ゆっくりと三国山への登路を踏みしめていった。

縦に長い、広々とした山頂で、珈琲を淹れて休憩した。朝の天気は杞憂に終わり、陽光が降り注ぐ暖かい三国山で、枯木越しの芦ノ湖を眺めながら、茫洋とした気分になった。もう満足である。バスに乗って帰ってしまっていい。そんな風に思うが、嫌悪すべきスカイラインに路線バスはやってこない。歩き続けるしかなかった。

三国山の尾根を降りきって、枯芒の道を、自動車専用道路と並んで歩く。顕著なピークにぶつかると、彼奴は西へ、私は東へ迂回して、気がついたらまた併行して歩いている。分離帯の植栽の切れ目が在ると、自動車専用道路、危険と云う看板が必ず立っていて、其れが腹立たしい。何度も云うな愚か者。心の中で叫びながら、歩き続けた。


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山伏峠、茶屋の展望所を経て、茫漠とした枯野原の道を歩く。芦ノ湖スカイラインの料金所を過ぎて、緩やかな丘を登り振り返ると、扉の向こうから半身で覗いているような感じで、富士山が見えている。丘を越えた辺りに海ノ平の看板があった。右手にゴルフ場が広がっていて、正面には鞍掛山と無線電波塔が立つ山々が並んでいた。箱根外輪山の西側を巡る山歩きが、静かに幕を閉じようとしている。芦ノ湖の向こう、遥か彼方に連なる山塊を眺める。タワーを載せた丸岳の顕著な姿を確認して、私は、歩いて来た距離を、改めて実感していた。

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コメント

初めての雪上テント泊が箱根とは、考えつきませんよ!
既成概念にとらわれない発想がユニークです。
僕の初めては、北沢峠だったかな。

いろんなものが凍りつきます。
納豆もシャリシャリになったし~。
次の夜から飲み水は、懐に入れて寝るようにしました~。
朝起きたら、自分の吐いた息がテントの内側に凍って張り付いておりました。
よくやったな~と思います。

水は下から持って上がったのでしょう?
かなり重くなったと思いますが、金時山の階段を重装備で登ったのはすごいな。
衆目にさらされて苦労している姿が目に浮かびます。

丸岳からの中央火口丘はすばらしいですね。
夕陽に染まる姿はなかなか見られないですよ。

翌日、箱根町までの長距離をよう歩いたなあ。
おつかれさんです。
僕だったら乙女峠に戻って、バスで帰ってしまうかも。(笑)

とにかく、冬のテント装備は重いですから。
あんな重たい思いはもうしたくな~い!

初雪テント、感動が伝わってきましたよ~。

コメント御礼申し上げます。
うっかり遅くなってすみませんでした。

雪上テントは概ね成功だったと思います。
マット二枚と懐炉が利きました。

山にも納豆ですか。それはすごい(笑)

金時山でのでかザックはほんとうに場違いな感じで、
衆目に晒されるというのはほんとにその通りです。

二日目の外輪山歩きは、長かったですが心地よい風景でした。
冬の箱根はすばらしいです。

次の機会では、公衆温泉を絡めたいと思いました。

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