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足柄駅から金時山・丸岳・箱根外輪山・初めての雪上野営(中編)

改めて考えてみると、旅の寝床で寛げるような場所は無いのだと思う。喩え離れの部屋に温泉を占有できる旅館だろうと、富士屋ホテルの重厚な部屋だとしても、厳密な意味で落ちつくことはできないような気がする。自分の寝室のベッドと枕以上にリラックスできる場所は無いと云う意味のことで、決して旅館やホテルを誹謗しているわけではない。自分の名誉の為に付け加えることにするが、私は富士屋ホテルの花御殿の部屋が大好きであり、過去に数回滞在したことがある。余計なことだが、日光金谷ホテルも大好きである。其れでも、旅の寝床と云うものは、或る種の緊張感を内包せざるを得ない。私の感覚である。だから、漂白の思いに誘われて、私の宿はテントで大丈夫である。旅を住処にしているような錯覚を愉しみながら、私は初めての冬テント行を続けているのである。


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2014/1/20

御殿場線足柄駅(8:50)---円通寺---公時神社---金時山---長尾山---乙女峠---丸岳(15:00)

暗い急峻に掛けられたアルミ階段が漸く終わって、建造物が見えた。登りきった処が、金時山の頂上だった。小屋の前に出たら、今迄の切迫した風景が全て幻だったかのように、穏やかな眺望が広がっていた。天下の秀峰金時山、の巨大な看板と、青空を背景に鎮座している富士山の風景は、写真で何度も見たことがある。あからさまな既視感と云うものが、妙に気恥ずかしい気分にさせる。そして、山頂には夥しい数の人々が屯している。場違い。そんな言葉が脳裡を駆け巡る。私は、金時山に数分間立ち尽くしてから、乙女峠方面の道に姿を消した。

殆どの登山者は、仙石原や明神ヶ岳から矢倉沢峠を経由して金時山に向かうものと思われる。乙女峠方面へ向かう、金時山直下の岩塊の道には、全く人影が無かった。山頂直下の道は存外に急で、ロープが渡してある箇所も散見され、凍結している処も少なくない。此処でコンパクトスノースパイクを装着して、私は慎重に鞍部へと降りていった。1180m圏峰は思った以上に広く、緩やかな登りが延々と続いた。右手の御殿場方面からは猛烈な風が吹きすさび、左手の眺望が開けたら、春の穏やかな一日、とでも云うような風景が広がっている。箱根外輪山に於ける内外のコントラストを、文字通り体感しながら、私は雪を踏みしめて歩いた。

時刻は未だ正午を過ぎたばかりなので、私は思いの儘に、ゆっくりと歩いていたようである。コースタイムで金時山から35分の長尾山に、一時間近く掛かって到着した。陽当たりの良い山頂は雪が解けて泥濘が酷いから、乙女峠に下って食事を摂ることにした。鞍部の手前に在る木製テーブルで、荷物を広げた。寒くて厳しいであろう雪上幕営のことを考えて、気を紛らわす為の準備をしてきた。いつもの手段である、ジェットボイルで湯を迅速に沸かしてカップ麺を啜ると云うだけでは詰まらない。では何をするのかと云うと、袋に入ったインスタントラーメンを作るだけなのであるが、其れに切り餅を入れて茹でて食べる。そんなことだけでも新鮮に思えるのが、山歩きと云う非日常の行為である。


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此処迄人気の無い登山道を歩いてきたが、徐々に金時山方面からの下山者が現われて、乙女峠はかなりの賑わいを見せていた。温泉混んでるかな、などと云う言葉が聞こえる。御殿場市温泉会館と云う文字が道標に記してある。其れが定番のコースなのかな、などと思いながら、私は南西の、丸岳方面の斜面を登っていった。今度こそ、誰も居ない登山道になった。

雪に染まった枯枝の向こうに、心なしか暮色の気配の空が見える。仙石原に分かれていく尾根が近づいて、1120m圏峰の平坦なピークに達した。此処で駿河湾が午後の陽光に照らされて光っているのが見渡せる。富士山は、宝永火口をぽっかりと開けた姿を見せている。日帰り登山者が存在し得ない地点に居ると云う実感。どう転んでも今夜はテントの中で眠らなければならないと云う緊張感。さまざまな想念が、断片的に、身体に染み込んでくるような気分だった。

箱根外輪山の稜線に立ってからずっと、丸岳の姿は明瞭に確認していた。電波塔が立っているので、一目瞭然である。其の電波塔が、直ぐ近くに迫ってきた。丸岳への、最後の登りに掛かったと思ったら、電波塔の横に、一面雪で覆われた広場が在った。正面には1093.7mの寄生火山の頭部が顔を出している。其の向こうに、富士山の全貌が見える。幕営に打ってつけの場所だった。


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NTT電波塔の敷地の外側の、笹薮の近くに場所を決めて、雪を踏みしめながら設営の見当を付ける。ビニールシートを敷き、フライシートやテントを広げて組み立てる。自立したら、テントの中に銀マットに加えてクローズドセルマットを敷き詰める。ザックを入れてから、テントを割り箸でペグダウンした。割り箸ペグは机上の知識で持ってきたが、容易には固定できず、雪を踏みしめて、何度も試みた。

雪上テント設営は難なく完成した。陽は未だ高く、風も其れ程ではない。落ち着いて行動できたのは有り難かった。靴を脱いで、テントの中に入ってみる。マットは二重ではなく、室内全域を覆うように敷いてみた。テントの化繊を通して、雪の感触がするだけで冷えてくるような気がしたからである。テントは西陽を浴びていて、中は明るいから、雪上野営の緊迫感は未だ襲ってこない。ひと心地がついたので、時間は早いが、夕餉の支度をして、丸岳の頂上に向かった。

木製テーブルとベンチが二組設えてある頂上から、仙石原の広大な風景を眺める。歩いて来た稜線を目で追うと、金時山に対抗して威容を誇る明神ヶ岳が聳えている。其の幅広さはエアーズロックに似ている。其の向こうに見える、大文字の刻印が在る明星ヶ岳は小さい。主役は芦ノ湖を侍らせた、神山を中心とする箱根の險だった。


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登山電車とケーブルカー、そしてロープウェイで巡る箱根の山と云うイメージを、直ぐ近くから客観的に眺めていると云うのが不思議な感覚だった。駅伝ではないが、箱根湯本から坂を登り、芦ノ湖に至るのが箱根のイメージである。行き着く処には関所が在り、旅人は国境を越えていく。丸岳から眺める箱庭のような箱根は、其のイメージがちっぽけな人間からの視座に拠るものであり、此処は太古の昔に火山が爆発して構成された世界である、と云うことを教えて呉れる。

外輪山の向こうに、江ノ島迄見渡せる相模湾が、夕映えに光っている。夕暮れは、思った以上に加速して訪れていた。紫煙を燻らせながら、空と海の境界がオレンジ色に染まって薄まっていくのを眺めた。明神ヶ岳の上部が夕陽に照らされて赤く染まって、いよいよエアーズロックそっくりになった。仙石原に人家の灯りが広がり、風景は何時の間にか、夜景になっていた。

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