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2014年1月

松枝バス停・牛喰入から蔦岩山・武川岳

Ushibami


凍てついた師走の芦ヶ久保駅から、松枝行きのバスに乗り込んだ。暗い谷底の街道の路肩に、雪が積もっている。ついひと月前に見た紅葉の枝も、雪化粧をしている。松枝バスの車窓から眺める風景は、最早うら寂しいなどと云う雰囲気ではなく、時が止まったかのような無常観を醸し出している。静止画の中を、松枝行きのバスだけが轟音を立てて走り続けている。


Ushibami1

2013/12/21

松枝(8:00)---林道牛喰線---557m---尾根---850m(林道)---1000m圏峰---登山道---蔦岩山---武川岳---前武川岳---南尾根---天狗岩---名郷(16:00)

終点に降り立ったkz氏と私は、去っていく折り返しのバスを見送った。今日の行程は、此処から牛喰入(地形図では牛喰谷と記されている)に沿った、林道牛喰線を歩き、標高557mと記された地点、谷が合流して三俣になっていると思しき処から尾根に乗る。此れが最初の手順で、尾根伝いの行く先には、やがて蛇行して登ってくる林道と交差する筈である。林道は横断し、焼山と蔦岩山を繋ぐ稜線に出る。其の先は、登山道を歩いて焼山に達し、北東に伸びる尾根を進んで横瀬駅に下山する。そんな予定だった。


Ushibami2

林道の舗装路は凍っていて、覚束ない足取りで歩く。植林の木々が白い装飾で並んでいて、山陰の暗い道を覆っている。空は雲ひとつない快晴で、遠くには陽が当たって暖色に光る山々が、樹林帯の隙間から垣間見えている。しかし、林道牛喰線が辿る谷の道は凍りそうに寒くて、モノトーンの風景が広がっているばかりであった。人家が無くなった頃、いつしかアスファルトは消え、雪の道になった。牛喰入が右へ左へと蛇行するのに忠実に、林道は山の奥へと続いている。我々は防寒着で膨れた儘、歩き続けていた。

やがて風景がぽっかりと開けた。林道は大きく左にカーブして、牛喰入に掛かる橋を越え、ヘアピン状に旋回している。地形図の557m地点である。此処から尾根に取り付くのだが、三俣の谷を判別するために、暫しの時間を要した。kz氏は早い段階で目的の尾根を認識したようだが、地図に無い林道が牛喰入に沿って伸びているのを見て、改めて地形図を見ながら熟考している。其の間に、私は本来の林道が延びていく先を偵察に行く。林道牛喰線は直ぐに右にヘアピンカーブを描きながら牛喰入に戻りながら勾配を上げている。kz氏が判断した牛喰入左岸の尾根が、やはり正解のようだと確信した。


Ushibami3

尾根の入口は急勾配なだけではなく、枯枝が跋扈していて足を踏み入れる雰囲気ではない。私は地図不掲載林道を暫く歩いて、途中から尾根に登ろうと考え、目論見通りに取り付けそうな地点を見つけた。しかしkz氏は、尾根の末端から登ると云い、来た道を引き返していった。未踏破の尾根を律儀に最初から登りたいと云う趣向は、私にも理解できる。しかし、私は側面からひとりで登り始めた。

倒木が散乱して歩きにくい里山の傾斜は、積雪のおかげで踏み易かった。日陰の暗い斜面を喘ぎながら登る。尾根の上に近づくにつれて、明るさが広がってくる。そして、尾根に乗った瞬間、南に併行する、武川岳へと連なって聳える尾根から射し込む陽光を浴びた。暗く寒い谷底から、漸く脱出したと云う感慨に包まれた気分であった。

難渋しているだろうと思われるkz氏の姿を、尾根の下方に識別することはできなかった。もしかしたら、諦めて先程の林道途中迄迂回しているかもしれない、などと考えていたら、枯枝の藪が音を立て始めて、泥濘を行進するかのような感じでkz氏がよろめきながら登ってくるのが見えた。藪だらけだよ、と誰に向かってではなく叫びながら、kz氏がいつもの感じで登ってくる。徐々に私の立っている地点から大きく逸れて、kz氏が遠ざかっていく。一心不乱に登っていると云う表現が相応しい。私も、彼に併行するように、尾根を登る。傾斜が終わって、平坦な場所に出たら、其処は牛喰入に落ちていく斜面に、刈り取られた山肌が広がっている伐採地だった。標高660mの、等高線が緩い小ピークに近づくにつれて、積雪が深くなっていった。



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白銀の途上で強烈な陽射しを浴びながら振り返る。遠くの山並みは正丸峠の稜線だろうか。ふたたび登り始めると、右手に木立の合間から、春に登ったヨーガイ入右岸の尾根が窺える。其の向こうに、一ヶ月前に登った甲仁田山の電波塔が顔を出す。松枝から、丹念に尾根のひとつひとつを歩いていると云う感慨が湧き上がり、次は左手に並んでいる、武川岳に伸びる尾根を登るのだろうか、などと思った。縁もゆかりも無い地に固執して、何度も訪れると云うのが、どうにも可笑しい。必然性の無い蓋然性。そんな、訳の判らない言葉が脳裏に浮かんでくる。

Ushibami5


自然林が現われて、尾根は痩せ気味になり、傾斜が急になる。木々に積もった雪を頭に被って、其の冷たさに声を上げながら賑やかに登っていった。先に行く人が雪を被ってくれるから助かるよ、などとkz氏が冗談交じりのことを云う。斥候役に徹して、私はウィンドブレーカーのフードを被り、雪を払っていった。標高750mくらいで少し平坦になるが、樹木の密度は増してきて、幹に掴まりながら、側面の深い谷への淵に怯えながら登っていく。此れはほんとに雪山だよ。kz氏が云う。バリエーションルートならではの、踏跡の無い新雪の尾根を歩くのは、得も言われぬ心地良さであった。

等高線が細く、間隔の広い820mが小ピークで、其れを越えていくと、雪は益々深まっていった。山肌が眼前に迫ってきて、いよいよ急登に掛かる。植林帯になり、喘ぎながら登って顔を上げると、木々の向こうに青空が見えてくる。林道が近づいている。其の直下は掘削されているのか、雪の壁のようになっている。四つん這いになって、無理矢理に攀じ登る。そうして、漸く林道に辿り着いた。陽光が反射して眩しい雪道は、其の明るさとは対照的に、奇妙な静けさを醸し出していた。


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大休止の後、ふたたび尾根に忠実に登り始めた。稜線直下の尾根は、さらに傾斜を増していった。植林帯の日陰の中を喘ぎながら登る。漸く登山道の稜線に出たら、枯木の向こうに、相変わらずの形で武甲山が立っていた。歩き続けて来た尾根の行き着くピークは、此の儘登山道を辿った果てに在る、標高1004mの蔦岩山である。私は自然に、其の方向へと足を向けた。kz氏が、少し遅れて続いた。

登山道は何も遮るものが無いからか、此れ迄に無いくらいに積雪が深かった。990mの小さなピークに至り、眼前の谷の向こうに、壁のような山容が現われた。箒平とも呼ばれる、頂上からの裾野が広い武川岳であった。牛喰入左岸尾根の終点、蔦岩山迄は、あと20mの高さを登れば着くのだが、直下の雪が余りにも深い。踏跡と云うよりも雪の穴と云った方が適切な箇所に足を合わせて歩く。我々は、最早登山道の態を為していない、雪の塊の傾斜を、黙々と登り続けていた。

頂上と云う風情の無い蔦岩山でへたり込み、昼食を摂った後で、此れからの行程に就いてkz氏と相談した。此処迄来ちゃったら、戻りたくないよ。kz氏が云う。確かに、目の前に聳える武川岳を見ると、其の儘南下して、標高1052mの箒平に登頂するのが適切かも知れない。私に異論は無いのだが、そもそもkz氏は登山道に出たら焼山に向かいたかっのだが、私が蔦岩山に歩き出したのを見て、もう武川岳に行くしかないと思ったのだ、と云った。


Ushibami7

思惑の違いはあれど、積雪の箒平が直ぐ目の前に在るから、登るだけのことである。鞍部を過ぎて武川岳への直下の傾斜に掛かった。普段であれば、恐らく何の変哲も無い整備された登山道だと思うが、膝迄埋まる程の積雪に包まれた斜面は、奥武蔵に居ると云うことを忘れてしまいそうになる。何処迄も青い空と、心地よい陽光の所為だろうか、意識が虚ろになっていく。そんな気分で登り続けていたら、呆気なく頂上に達した。

私は初めて訪れる山なのだが、kz氏は十数年ぶりだと云う。武川岳の頂上には誰も居ない。木製ベンチの上に雪が積もっている。誰も居ない武川岳と云うのが信じられない。そんなことをkz氏が云う。其れ程の人気がある山なのだろう。奥武蔵の山に通い始めて、漸く西武鉄道から離れた山域に辿り着いた。そんな気分だった。静か過ぎる山頂で感慨に耽っていたら、違和感のある雑音が聞こえてきた。


Ushibami8

其れはヘリコプターの音だったが、急速に其の音量が上がってきた。ヘリは妻坂峠方面の谷から浮上して、上空で停滞してから、我々、と云うか武川岳へと近づいてくる。思わずkz氏と顔を見合わせる。遭難者を捜索していると思しきヘリコプターが我々の方に下降してくるようだった。静まり返っていた頂上で、木々が暴風で揺れ始める。小枝に積もった雪が吹き飛ばされて、周囲は吹雪のような様相になった。ヘリなんか誰が呼んだんだ、kz氏がこんな時でも冗談を叫んでいる。ヘリの中から、捜索隊員がドアを開けて我々を見ている。そしてホバリングしながら、徐々に近づいてきた。

我々を、遭難者かどうかと確認しているのだろうが、kz氏は突然の出来事に大喜びのようで、嬌声を上げながら、デジタルカメラでヘリを撮影している。手を振ってみようかと云うから、絶対にやめてくれ、と、私は轟音の中で叫んでいた。

二子山入口バス停から甲仁田山(後編)

Matsueda


南東から登る甲仁田山への道で、思いがけない程の紅葉風景に出会った。山頂迄は細い尾根が一直線に続いている。道筋は確かだが、傾斜は徐々に厳しくなってきた。しかし、高度を上げるほど、紅葉の色は濃密さを増してきているようだった。我々は嬉々として、休みましょうか、そうだね休憩だね、などと言い合っては、同じような紅葉の写真を撮り続けていた。風光明媚の享受は、感覚としての快楽なだけあって、文章で綴っても説得力が無い。甲仁田山南東尾根は頂上迄急登が続き、最後は巨岩が要塞を覆う壁の如き様相であった。其の隙間を選んで、ぽっかりと広がる青空の下、甲仁田山、別名久松平に登頂した。電波塔の直ぐ隣の、盛り上がった広場に三角点があり、山名標の類は無かった。


Kounita2

2013/11/23

二子山入口バス停(7:50)---甲仁田山南東尾根630m圏東枝尾根---甲仁田山南東尾根---甲仁田山---二子山雄岳---770mピーク---530m圏峰---西北西枝尾根---登山道---芦ヶ久保駅(15:00)

甲仁田山の頂上広場は、造成されたかのような平坦さであった。電波塔を建てるために削った土を、此処に溜めて作ったのではないかと、kz氏が信憑性のありそうな推測を述べた。陽光が降り注ぐ心地よさに、気がついたら一時間も休憩していた。電波塔の向こうに見える武甲山は、人為的な風景を二重に表現しているように感じる。木段を降りていくと舗装路が現われ、電波塔の敷地を遮るゲートの前に出た。車道から広がる風景。其の正面には、次に目指す二子山の、ふたつのピークが鎮座しているのが見渡せた。


Kounita1

標高847mピークの甲仁田山から、西北に尾根が伸びている。鞍部を経て、細いが緩やかな尾根が二子山へと続いている。其れを忠実に辿ろうとすると、電波塔の敷地を越えていかなければならないので、一旦舗装路を北東へ進み、途中で山の斜面をショートカットして、大きくカーブして引き返してくる車道に復帰した。舗装路は程無く西北への鞍部に寄り添っていき、我々は尾根に乗ってふたたび登り始めた。

植林帯が続く緩やかな道が終わると、岩が散見するようになり、周囲はふたたび黄葉の雑木林になった。私は自分の稚拙な読図能力なりに、此の緩やかな尾根を描く地形図を見て、具体的に云えば、標高850m地点から先が、異常に細いと云うのが気になっていた。極めて細い尾根が平坦に続いていると解釈するのが適当だと云うのも判っていたが、どんな様相なのか、見当がつかない。そんなことを考えながら歩いていたら、見通しが良くなった行く手の先に、巨大な露岩が現われた。

予想外の光景に、一瞬足が止まる。一枚岩の右手に、なんとか登れそうな傾斜を見て、恐る恐る攀じ登った。其の先に断崖があり、片足が乗る程度の細い岩の淵を辿っていく。眼下は谷底で、植林帯の鬱蒼とした森が広がっているのが見えた。足を踏み外したら、もうお仕舞いである。血の気が引いてくるのを自覚しながら、漸く渡り終えた。kz氏が、怖い怖いと叫びながら後から登ってくる。此れはいつものことで、喚いているくらいの状況では、恐怖は其れほどでもないと云うのが本人の弁である。


Kounita3

露岩の上に立って振り向いたら、電波塔の甲仁田山が静かに佇んでいる。植林の山裾から、今歩いて来た紅葉の平坦な尾根が続いていた。細過ぎる等高線は、此の岩場を表現していたのだ、そう理解することにした。気を取り直して、其の儘、二子山へと続く尾根道を進んだ。露岩で肝を冷やしはしたが、其の後は呆気なく登山道に合流した。二子山雄岳の北面に在る岩場から、ヨーガイ入対岸の尾根と、ひと際目立つ武甲山に至る迄の眺望を茫然と見渡した。

雄岳から北西方面に開けた展望地にも立ち寄り、kz氏と山座同定を愉しんだ。秩父市街を一望し、彼方には独特な形で聳える両神山と1166mの山容が顕著な二子山が在った。奥秩父山地の遠さが改めて実感できる、そんな眺めであった。尤も、其の遥か彼方には、浅間山と八ヶ岳の銀嶺が浮かんでいる。何処迄も歩いていきたい、そんな欲望に身体が満たされていくような気がした。


Kounita4

春先に立ち寄った雌岳は省略し、ロープが渡してある急激な斜面を降下して、登山道から別れた。道標には「行き止まり」と書かれた方角に登り返していくと、穏健なくらいに広い標高770mピークに達する。登山道は先程の分岐から兵ノ沢に下降していくようだが、此のピークから北に向かって伸びる尾根の上を歩けば、芦ヶ久保駅方面へと下ることができる。其の途上は自然の儘の雑木林で、整備され尽くした感のある奥武蔵の印象とは掛け離れた、気持ちの良い尾根歩きを満喫できる。紅葉風景が次第に広がり、落葉の道が冬の始まりを予感させて呉れる。

770mピークから、コンパスと地形図を凝視して、微妙に分岐している尾根を確認しながら北へと下っていく。此の儘行けば、登山道の末端、ハイキングコースの看板に合流すると云うことは、春先に歩いて経験している。kz氏は、今回は敢えて其の直前で右に分かれる尾根を下ろうと云った。芦ヶ久保駅のプラットホームの目の前に出ると云う目論見である。紅葉の自然林が翳りを見せて、岩の重なる難所を経て、鞍部が現われたら、530m圏峰に登り返す。樹林に囲まれた平坦な場所に立つと、芦ヶ久保の気配が聞こえてきた。駅は直ぐ其処にあるような距離感である。

530m圏峰の茫洋とした地形から、尾根は三方に分岐している筈だが、私は選択肢が無いと云う感覚で歩を進めていたような気がする。kz氏も、分岐する尾根を確認できていたかどうか定かではないが、前回歩いた尾根を従順に進んでいく私に注文をつけることなく後ろを歩いている。周囲はふたたび紅葉の暖かい明るさに包まれた。芦ヶ久保駅から僅かに登っただけで、自然林の紅葉風景に囲まれることができると云うのが信じられない。谷沿いのハイキングコースを歩いていたら、此の風景には永久にお目に掛かれないのだと思うと、痛快な気分になった。


Kounita5

同じ道では詰まらないから向こうに下りてみよう。風景に忽然としている私にkz氏が云った。真西の方角に落ちていく谷を挟んで、植林帯の尾根が見えた。登山隊にはリーダーが不可欠で、指導者の判断は其れ事態が秩序である。隊員は秩序を遵守しなければならなくて、秩序を乱せば命運が急転する可能性すらあるのだ。私は何処かで読んだような気がする言葉を繋ぎ合わせて、自らを納得させるための理屈を拵えながら、落ち葉の積もった斜面を歩いていくkz氏の後を追った。紅葉の明るい尾根が遠ざかり、薄暗い樹林帯へと進む。暫く谷に沿って下りながら、目指す尾根に乗るための斜面を探して歩くkz氏が、暗くて寒いよと、独り言にしては大きな声で云った。一兵卒の私は、不条理な思いで其れを聞き流した。

鬱蒼とした植林帯の尾根を下り続けて、やがて沢の流れる音が聞こえてきた。二子山への登山道が併行する兵ノ沢である。やれやれと思った途端、斜面は急になり、やがて杣道のようなトラバース道が現われた。兵ノ沢は直ぐ其処に見えるが、尾根は急激に落ち込み、崖になっていた。杣道を辿って迂回しながら降りるしかなかったが、道は程無く曖昧になり、涸れた沢に下り立つと、巨岩の上に出た。岩の上から眼下を見れば、薄暗い沢沿いの登山道が在った。岩の側面から登山道に合流したので、何はともあれ安堵したのだった。

登山道を其の儘下っていくと、やがて先程別れた尾根が近づいてきた。眩い光を浴びた尾根が登山道と合流する処を乗り越して、ジグザグに下ると、芦ヶ久保駅が直ぐ其処に在った。一直線に貫く正丸トンネルの上を、右往左往しながら山を越えて歩いて来たのだと思うと、感慨が深まっていくのを感じた。国道に面している道の駅に、夥しい数の車が駐車している。芦ヶ久保駅の周りが、松枝バスを待っていた寒々しい朝が信じられない程、賑わっていた。

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