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唐松岳・五竜岳(後編其の参・遠見尾根で逡巡する)

快晴の五竜山荘前でy氏と再会した私は、ザックを回収して、とりあえず帰路の為の準備を始めた。五竜岳からの下山の途上で、既に空腹を感じていたが、とりあえず遠見尾根を下り始めて、合間に食事を摂ろうかと思っていた。遠見尾根のコースタイムを見て、ゴンドラの最終便に間に合う為には、其れ程余裕が無いと云うことを薄々感じていた。休憩時間は十五分くらいであろうか。そんな間尺で考えていた。しかし、山荘前のテーブルでy氏と話し込んでいるうちに、時間のことを然程重要に思うのを止した。湯を沸かして、カップ麺を作りながら、午前中から五竜山荘にテントを張ってのんびりしているy氏の話を聞く。既に沖縄付近まで来ている台風24号の影響か、北アルプスの天候も明日は崩れそうな気配だった。其れが鹿島槍の頂上で夜明けを迎える計画を断念したy氏の所以である。

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2013/10/7

唐松岳頂上山荘(6:30)---大黒岳---五竜山荘---五竜岳---五竜山荘---遠見尾根-----小遠見山---アルプス平(16:00)

結局、予定から三十分遅れて、出発することにした。大阪から自家用車でやってきたというy氏は、明日迄山に居られるのなら、松本迄送るよと云って誘って呉れた。少しの間思案したが、食料や飲料を、予定通り消費して、もう余禄は無い。五竜山荘が在るので、其の問題は直截的なものではないと云うことは判っている。しかし、計画を全うして、単独行を完遂したい。そんな気分だった。

私は、y氏と連絡先を交換して、帰途に向かうことにした。山荘の裏手から登り、分岐から遠見尾根に入った。トラバース道と、白岳へ向かう道が二手に別れている。ピークを目指して登った。北面の谷から、徐々に霧が湧き上がって来ていた。遥か眼下に延びて行く遠見尾根が、紅葉のコントラストで立体的になって連なっていた。白岳から下って、南面の捲き道に合流したら、目の前に見える五竜山荘から、手を振って呉れているy氏に気付いた。私は、ストックを大きく振って、其れに応えた。

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五竜岳の岩壁に向かう深い谷を見下ろしながら、実直に下って行く。登山道は、やがて急激な砂礫の下りに差し掛かった。鎖を頼りに、岩と砂礫に対抗しながら下ると、やがて岩崖が左右に落ちていく細い尾根を辿るようになった。途中、振り向いて、小さくなっていく五竜山荘を何度も見上げた。其れは、随分下降したのだな、と実感できる眺めだった。

こんもりと盛り上がった小ピークを越えて、尾根は南へと急旋回した。彼方に鹿島槍ヶ岳がふたたび姿を現わす。其れは午前中に眺めた、手に取れるような近さにあった秀麗な山と云うよりも、遠くに聳える黒い影だった。登山道をひたすら歩き続ける。地形図では推し量れ無い程、小さな瘤状のピークが断続的に現われて、其れ等を実直に登っては下る道が続いた。疲労が徐々に足元から伝わってくるような気がした。

若い男女が登ってきて、私は、直ぐ其処に盛り上がっているピークを指して、あれが西遠見山でしょうか、と訊いた。現在位置を確認しながら、地形図を片手に持って歩いている私としては、絶対に吐いてはならない言葉だったが、つい口に出てしまった。男性は、読図の作業をしていない人だったようで、曖昧なことを云った。私は、観念したような気分で、ふたたび歩き続けた。

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所要時間は然程費やしてはいない。そう自分に言い聞かせて歩いてはいるが、西遠見山が遠い。地形図から其の山容が掴めない儘、紅葉で美しく装飾された小さな瘤が次々に現われる。と、そんな徒労感に覆われつつあった頃、年配の男性が単独で登ってくるのと出会った。あとどれくらいかなあと、年配氏が云った。五竜山荘迄は、小さいピークが幾つかあって、やがて鎖場になって急登になることを伝えた。其れはまだかなりあるなあ、と、笑顔で年配氏が云った。

お互いに先が長いと云う再認識で、なんとなく其の場で小休止となった。ところで、と年配氏が喋り始める。五竜テレキャビンの車中で、ゴンドラの最終に乗り遅れたらどうするんだろう、と云うことを同乗した人と話したんだけど、其の場合はゴンドラに併行して、作業車輌が通行する明瞭な道筋がついているから、其処を歩けばいいんだと教えてくれたんだよ。

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年配氏の言葉は、私に鮮烈に響いた。だから貴君も慌てることは無い、そんな配慮で云って呉れたのだと思うが、其れは今、まさに私が考えていた懸念だった。五竜テレキャビンの運行終了時刻は16時頃だと云う凡そのことしか、私は知っていない。ゴンドラで下山して、高速バスに乗れるかどうかすら、認識していなかった。出発から往路の行程に、あれ程熟慮したのに、復路に就いては、殆ど考慮することが無かった。バスに乗れなかったら、事前に調べておいた安宿に泊まり、明朝のバスで帰ればいいと云う考えがあったからである。しかし、ゴンドラに乗れない場合のことは考えていなかった。

昭文社の1/50000地図を見ると、テレキャビンのラインは非常に長いように見える。アルプス平の標高が1530mで、大糸線の神城駅は大体750mであるから、仮にゴンドラに乗り遅れた場合は、更に標高差800mを下って行かなければならない。陽が暮れた暗闇のゲレンデを歩き続けると云うのは、現実的では無い。其の場合は、ゴンドラ駅の軒下で野宿しようと、私は考えていた。しかし、年配氏の言葉を聞いて、車道のような道があるならば、ヘッドランプで歩いても大丈夫だろう、そう思った。其れで気分が軽くなった。年配氏と健闘を称え合い、ふたたび歩き始めた。遠見尾根の紅葉は、次第に鮮やかさを増してきたようだった。

西遠見山は広い等高線が閉じているピークだが、樹林に覆われた道が続いていて、何時の間にか乗り越していた、そんな山だった。冗長に長い登山道が続き、先程の晴れた気分は、呆気なく衰微していった。南面の山腹を下り、やがて緩やかな尾根に乗ると、暫くして平坦な広場が在った。池塘ありと記された地点で、澱んだ池が確かに在った。その周辺の広場の、なんとも穏やかな雰囲気が、私の脚を止めた。

此処でテントを張ったら、心地よいだろう。そんな想念が支配していった。しかし、水も食糧も残り少ないと云う状況が、其れを許さなかった。観光地であるアルプス平迄行けば、自販機が有るだろうから、行動食だけで一晩を過ごせるだろう、そう云う算段だった。随分慎重に装備を整えた積もりだったが、水が切れてはどうにもならない。尤も、疲れて挫折する可能性を想定して、五竜山荘で水を購入しておくべきだった。本質的な失点であり、私は自分の単独行の技量を、改めて反省した。ゴンドラに乗り遅れたら車道を歩いて下山すると云う考えは、此の時点で完全に放擲していた。

標高2172mも、2106.3mの大遠見山も、尾根の下る途上に在る緩衝地帯の様相だった。其の大遠見山に、古びた看板が立て掛けてあった。テレキャビン乗り場迄約5km、括弧書きで二時間半と記されていた。私は諦念とともに時計を確認する。午後二時を回ったところである。看板には、ゴンドラの最終は午後四時十五分、乗り遅れないように、と書いてあった。私は観念して、ザックを置いて座り込み、煙草に火を点けた。

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緩やかに、そして順調に勾配を下って行く。鞍部を経て、中遠見山へとふたたび登りに掛かる。陽光が優しく降り注ぐ尾根道の雰囲気が、既に五竜岳の余韻から遠く離れた処に来たのだと云うことを感じさせた。遠見尾根は左右から喰い込んでくる谷を望みながら、細い稜線を辿るような感じで続いていた。何度も繰り返してきたアップダウンの果て、中遠見山への登りは厳しく、私は俯いた姿勢で脚を交互に繰り出し、登り続けた。砂礫のピークに達して、振り返った。鹿島槍は、雲の中に隠れてしまった。ケルンにザックを立て掛けて、倒れ込むようにして休憩した。空が柔らかい青で拡がっている。時刻は午後三時になろうとしていた。時間に追われるようなことはもう止そう、そう思ってはいるが、無意識に時刻を確認してしまうのだった。

中遠見山の細長いピークから下りに差し掛かり、やがて目が覚めるような紅葉に包まれた光景が広がった。鞍部の向こうに、小遠見山が端整な三角形で鎮座している。岳樺の白い幹が、所々で身体をくねらせるようにして立ち並んでいる。白馬村の麓の風景が遠くに広がる。漸く下界に戻ってきた、そんな感慨に浸りそうになる。標高二千メートルに居ると云うのが、信じられない。陽光が色づいた木々の合間から降り注ぐ道を、茫洋とした感覚で、歩き続けた。出来すぎと云って好い風景の中で、誰ひとりにも出会わないと云うのが、却って不自然なような気がした。

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小遠見山のピークには立ち寄らず、捲道を辿って北面の山腹に出た。穏やかな白馬村方面の風景が広がった。登山道の途上に、五竜岳へ六粁の道標が立っている。其処に、下山者への注意を記す看板が掛かっていた。

「小遠見山(現在地)の通過が15時を過ぎると、ゴンドラの営業時間に間に合わないことがあります」其の場合は携帯電話で連絡するようにと云う旨と、会社の電話番号が書いてある。私は時刻を確認した。15時18分だった。コースの所要時間が1時間20分、大遠見山の看板を信じるならば、締切迄は一時間を切っていることになる。私は改めて、もう諦めるのだと自分に言い聞かせるようにしてベンチに座り、煙草をに火を点けた。遠見尾根の紅葉は、下山するに連れて鮮やかさを増してきているようだった。

登山道は目に見えて整備された木段になった。午後の陽射しが紅葉の山に降り注ぎ、風も無く快適な気温である。行楽地然とした道。そして鮮やかな紅葉。しかし私以外に人が全く居ない。其れはどうにも異様な光景のように感じた。そして、頻々に現われる道標を見て我に返った。其処には、アルプス平迄四十分と書かれていた。

私は瞬時に早足で下山に掛かった。もう時刻を確認することはしなかった。未だ10分も歩いていない、そう身体が云っているような気がした。行楽客の目安である道標の所要時間で歩いても、16時15分には間に合う、そう思ったら無意識に脚が加速した。足場の良い高尾山の縦走路のように、遠見尾根の登山道は緩やかに下っていた。スキー場の為にフラットな斜面にされた山肌の風景を眺めながら、小走りに歩を進めた。

八方尾根の目前に切れ込んでいく白岳沢の谷底へ、最早絶頂とも云える紅葉が続いていた。其れを横目に見ながら、私は息を弾ませて、遠見尾根を駆け下りていく。ゴンドラリフトに間に合うことだけに執心している自分が、此の絶景を呆気なく通過していく。其れは滑稽な事実だった。何処かに境界線のようなものがあって、私は何時の間にか其れを飛び越えていた。私の心を包み込んでいた、北アルプスの魔法とでも云うようなものが、何時の間にか消え去っていた。其れを感じながら、私は歩き続けていた。

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追記

テレキャビンの駅に無事到達。軒先にあった蛇口の水を浴びる程飲む。次に気になる高速バスの件について、アルプス平駅の職員に訊くが要領を得なかった。ちなみに五竜テレキャビンは10kg以上の荷物に課金する。ゴンドラアダムよりも厳しい設定である。

とおみ駅に着いて女性職員にバスの乗り場を訊くと、駅を出たら川沿いの道をまっすぐにと教わる。行き着く先は何処かと訊いたら国道148号沿いにバス停があるとのこと。建物を出たら未だ敷地内で途方に暮れる。土木整備の作業員の方に改めて訊いたら、対面にあるエスカルプラザの建物内を通って出口に。其処から川沿いの道があると教わる。下界になるに連れて事情が判然としてくる。

大糸線の踏切を越えて、バス停を探すまでに右往左往して時間を遣った。最早今夜中に帰京は無理かと思われたが、17時台に新宿駅行きがあると知り狂喜する。切符は最寄のJR神城駅で販売していると書かれていたので駅に行くが、窓口の女性に、アルピコ交通予約センターに電話してくれと云われ意気消沈する。しかし月曜夕刻の高速バスなので、呆気なく指定券を確保できた。

神城駅周辺は何も無いが、国道沿いの「白馬五竜」バス停の斜め前に薬屋があって、酒と煙草を販売していた。煙草が切れそうだったので安堵する。冷えた缶麦酒迄獲得し、バスが来る迄の十数分を有意義に過ごすことができた。

補記

遠見尾根で会ったおじさんの云う、テレキャビンに乗り遅れた場合の併行した車道、と云う情報だが、実際にゴンドラの中から下方を見てみた。舗装された車道などはなく、索道の下に沿ってゲレンデ用の斜面があり、其処に轍の跡が蛇行して下降しているだけのことだった。陽が暮れてそんな真暗闇のゲレンデを歩くのは適切ではない。テレキャビンに乗り遅れたら諦めて軒先でビバークが正解のようである。水には不自由しない筈である。

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コメント

お~~~~~!
最後は辿りつけるかハラハラドキドキ。
憎い演出ですなあ。

ゴンドラに間に合うかどうか、心の葛藤は大変なものだったでしょう。
僕もゴンドラの作業道は絶対に使いたくないです。
テント装備であの標高差はきついっすよ~。

テント泊だと知り合いができにくいけど、Yさんと出会えたのはラッキーでしたね。
唐松岳は、剱岳が最高の山。
いつまでもいたい場所ですね。
僕は、下まで行くのが嫌だったので、上のほうにテントを張りました。

それにしても翌日は晴れてよかったよ~。
朝のドラマの最中には動けませんて、

五竜山荘でYさんに再開したのもドラマですね。
食糧がないことを打ち明ければ分けてくれたんじゃない?
2泊3日の方がのんびり歩けたのになあ。
次は八峰キレットですね。
それがクリアできたら、不帰キレットに挑戦しましょう。
案ずるより産むがやすしですよ。
僕が歩けたのだから七目さんも歩けるはずです。

というわけで、冬山テント泊訓練しましょう!
意味わからんな。(笑)

唐松岳も五竜岳も、とても素晴らしい山でした。
初めて晴天に恵まれた北アルプスですが、
「みんな今までこんな風景を見ていたのか!」と、
地団駄踏むような、倒錯した感情が沸いてきました。
この卑しい人間性をなんとかしたいです(笑)

八峰キレット、不帰キレットの順ですね。難易度は。
参考になります。またいろいろ教わりたいです。

冬テント、一回くらいチャレンジしなきゃですね。
甲仁田山なんかよさそうですね(笑)

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