« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

二子山入口バス停から甲仁田山(前編)

街道沿いの山腹に在る正丸駅を、西武秩父線のローカル電車が静かに出発すると、張り出した尾根に突入するように、トンネルへと吸い込まれていく。全長4811mの正丸トンネルである。マイペースの速度で走るローカル電車に乗っていると、其の距離感は気が遠くなるくらいに、長く感じる。刈場坂峠、虚空僧峠、そして正丸峠。鉄道に立ちはだかる山脈が、伊豆ヶ岳へと続いているわけだが、此のトンネルは正丸峠を越えて尚、併行する国道の正丸トンネルが口を開ける横瀬川沿いの谷の下を潜った儘で、芦ヶ久保駅迄走り続ける。国道は次の尾根を迂回して谷に沿って走るが、電車は一直線に続く長大なトンネルを走り続けるのである。

Matueda2

2013/11/23

二子山入口バス停(7:50)---甲仁田山南東尾根630m圏東枝尾根---甲仁田山南東尾根---甲仁田山---二子山雄岳---770mピーク---530m圏峰---西北西枝尾根---登山道---芦ヶ久保駅(15:00)

正丸トンネルの秩父側を構成する尾根の先には、二子山の双耳峰が在る。其の山塊の東側の周縁に街道が通じている。芦ヶ久保駅から国道299号を正丸方面に戻り、トンネルの手前で横瀬川沿いの細い街道に入り、松枝と云う集落へと向かうバスが走っている。普通の登山者が見向きもしない、二子山への尾根に登るには好都合である。しかし、此のバスが曲者で、途中の長渕止まりの便も含めて、運行は一日四本しか無い。土日祝日に至っては、終点迄行く便は平日よりもひとつ少なくて、一日二本である。

Matueda1

此の松枝行きバスに、今年の春にkz氏と乗った。乗客は我々以外に居なかった。時刻表を見ても判るが、行楽客を相手にしていないバスのようで、行楽客も当然相手にはしていない。驚くべきは、松枝行きバスは西武バスが運行しているのに、西武鉄道芦ヶ久保駅の職員にバス停の所在を訊いたら、其の存在自体を知らなかったことであった。バス停は駅前ではなく、国道沿いの郵便局の前にぽつんと立っていた。平日にどれだけの乗客が利用するのか知らないが、風前の灯、いつ廃止されても不思議ではないバス路線である。

道無き道を行くバリエーション・ルート専門のkz氏と、昨年末から歩き始めた奥武蔵だが、夏のブランクを挟んで、秋が深まる頃に再開しようと話していた。春先に歩いた、松枝から始まるヨーガイ入右岸尾根からの焼山登山が印象深い。そして、あの無人バスにもういちど乗ってあげようと云う妙な感懐のようなものもあって、シーズン最初の奥武蔵は、とにかく松枝バスに乗って何処かの尾根に攀じ登ると云うことに決まった。大雑把な目標だが、其の風まかせな雰囲気が楽しい。伊豆ヶ岳からも明瞭に眺められる、電波塔が目立つ甲仁田山へ登ってみましょうと、私はkz氏に進言した。尾根が在れば何処からでも登ってやる、と云わんばかりなkz氏に異論は無かった。

Matueda3

11月下旬の連休、芦ヶ久保駅で下車したハイカーは少なくなかったが、二子山へ、丸山方面へと、直ぐに散り散りに去って行った。此れを逃したら次は5時間後と云う、松枝行きバスを、固唾を呑んで待った。空気を乗せたバスは、定刻に到着した。徐々に朝陽の暖かさを迎えた芦ヶ久保駅前から、バスは暗い谷に向かって走り出した。処花を過ぎて、国道から外れて山行きバスの雰囲気になる。終点松枝の手前に、二子山入口と云うバス停が在る。其処で下車した。ヨーガイ入に沿った車道から、焼山と二子山の中間の稜線上に登る道は、昭文社登山地図にも赤い実線で記してある。我々はバス停から街道を戻り、ヨーガイ入の、今回は左岸側の尾根に乗ろうと考えている。尾根の末端を目指して、街道が大きく膨らむ地点迄戻ることにしたのであった。

道がカーブしている尾根末端は、コンクリートの擁壁が固められていて、登ることができない。少し松枝側に戻り、微かに傾斜が緩い箇所を発見した。意を決して踏み込んでいく。植林帯だが、木々は疎らな間隔で立ち並んでいる。踏跡と云えなくも無い斜面の軌跡を辿り、少しの急傾斜を登りきると、尾根の上に出た。眼下に、先程迄歩いていた車道のカーブが見える。其の向こうに、横瀬川が冷たそうな音を立てて流れていた。山並みの合間から差し込む陽射しに、紅葉した木々が映えている。薄暗い谷間に、其れはひと際輝いて見えた。

Matueda4

一旦尾根に乗れば、後は明瞭に続く目指す方角へと登るだけであった。程なく標高530mで等高線が閉じたピークに立った。平坦な尾根の真ん中を進むと、やがて植林の倒木が散らばる急斜面になる。標高600m迄の途中で、杣道のようなトラバース道が散見できるが、其れに頼っていくと尾根から徐々に遠ざかっていくので、渾身の力で木を掴み、尋常ではない傾斜を登っていった。左手から別の尾根が近づいてくる。そう認識した時には、自分が尾根の上に居るのかどうかすら判らないほど、山の斜面に張り付いているような恰好になっていた。喘ぎながら、尾根が合流する地点に到達した。

樹林帯の途上に辿り着き、ふたりとも飲料を牛のように飲んだ。合流した尾根上には明瞭な踏跡が続いている。此れはヨーガイ入の車道途中から続いている道で、地形図にも破線で記されている。昭文社に於いては、甲仁田山に至る道筋自体が皆無なので、此の破線も殆ど信用してはいなかった。予想は嬉しい誤算となった訳で、気を取り直してリスタートする。緩やかな登りから、少しの急登で標高680m地点に乗り上げる。目の覚めるような紅葉が広がる地点で、樹幹の立ち並ぶ合間から、武甲山が三角形の頭を出しているのが見えた。

Matueda0

鬱蒼とした植林帯を登り続けてきたが、其れが終わり展望が開けたら、快晴の青空に、陽光が楓の紅い葉を照らす眩いばかりの光景だった。kz氏はザックを置いて、周辺の景色を撮影する行動に出た。私も腰を下ろして、煙草に火を点けて休憩した。尾根の斜面の下方から、すごいすごいと云うkz氏の声が聞こえてくる。空の青と、木々が彩る赤のコントラストは唖然とするような鮮やかさであった。誰も居ない静かな山の途上で、誰の為でもなく燃えている紅葉の木々を、いつまでも眺めていた。

Matueda5





2013/11の山歩き

2013/11/8
梁川駅(10:50)---月尾根沢---立野峠---細野山---鳥屋山---舟山---寺下峠---梁川駅(16:20)
2013/11/10
高尾駅(8:30)---小仏川遊歩道---高尾天満宮---尾根を直登---蛇滝林道---金毘羅台園地---一号路---高尾山口駅(11:40)

鳩ノ巣城山・大楢峠・バットレスキャンプ場跡

Koizawa


2013/10/28

古里駅(7:50)---寸庭橋---大多摩ウォーキングトレイル道---坂下---JR古里線送電鉄塔6---JR古里線送電鉄塔5---城山---大楢峠---バットレスキャンプ場跡---坂下---寸庭橋---古里駅(12:50)

Ptl1

肌寒くなり、早起きが辛くなってきていたが、台風一過の好天なので、未明に無理矢理出発した。しかし平日早朝の奥多摩方面は電車の接続が悪い。朝の五時半に都心を出発して、二時間以上も掛かって古里駅に着いた。車道を歩き、寸庭橋へと多摩川に向かって降りていく。此処も随分久しぶりである。大多摩ウォーキングトレイルの道標に従って、多摩川の上流沿いを歩いて行くと、やがて越沢の急流が音を立てて流れ出る処から、谷筋の山中の道になる。

越沢に寸庭川が合流する処は、普段から滝状なので豪快な瀬音なのだが、大雨続きが明けた今はもの凄い濠音である。遊歩道は滝と滝の間を通す橋が渡されている。連瀑の中間地点で、上の滝を見上げた。あまりの激しい流れに圧倒される。暫く越沢に沿って歩き、鉄五郎新道へと繋がる登り口を分ける。そして越沢を渡ったら尾根筋の登りに掛かる。こんな処にと思うが民家が一軒在り、其れを過ぎると、ひと登りで鳩ノ巣を見下ろす尾根の上に乗った。「奥多摩東部登山詳細図改訂版」には、何故か寸庭橋から坂下の東屋迄のルートが抜けているが、立派な登山道が健在である。次回の改訂版で加筆してほしい部分だと思う。

Ptl2

久しぶりに訪れて大きく様変わりしていたのは、坂下から越沢に沿った山道が封鎖され、其の山腹の上部に、立派な林道が造成されていたことだった。未だ工事は途上にあるようで、周囲はトラロープが張り巡らされている。今日は此処から、未だ登ったことのない城山に向かう。本来なら鳩ノ巣駅から雲仙橋を渡り、坂下集落の入口から尾根に取り付くのが適当だが、古里附から歩いて来ると、送電鉄塔の巡視路がある東側から登るのが好都合である。此のルートは勿論「奥多摩東部登山詳細図改訂版」で初めて知ったものである。

真新しい林道から、尾根の上に向かって、擁壁のついでに作られたようなコンクリートの階段がある。崩落箇所発生の為立ち入り禁止の警告が書かれていたが、構わずに進入した。暫く尾根に張り付くようにして刻まれたジグザグの踏跡を辿る。尾根の上に出たら、北の方から延びて居る踏跡が交差してきた。標識があり、南方面に「御岳山・大楢峠」とあるから、林道へ合流する道であろう。巡視路は、尾根の上を真直ぐに続いている。

Ptl3

道は想像以上に歩きやすく、緩やかに登り続けて、送電線JR古里線六番鉄塔に着いた。刈り払われた鉄塔の周囲は陽当たりが良く、其れ程着込んでいないので肌寒かった身体が暖まっていくのが心地よい。ふたたび樹林帯に入り、尾根が顕著になり傾斜が増す。標高600m付近で巨大な露岩が現われ、其れを避けて乗り上げると、鳩ノ巣からの尾根が一様に見渡せるようになった。其の山影に向かって我が鉄塔巡視路尾根は続いている。傾斜は厳しくなり、樹林が鬱蒼として周囲は薄暗くなってきた。

城山の姿が確認できるほど登り詰めた地点で、黄色い巡視路の標柱が北へと九十度曲がるように指示している。鳩ノ巣からの尾根上にある鉄塔を目指している道なので、大きく迂回することになるが止むを得ない。このトラバース道は心細くなるくらい脆弱だった。途中、朽ちかけた木橋がある。見るからに崩れそうな気配で、山肌を更にトラバースする踏跡がついている。其れを辿って谷を渡った。尾根に向かって続く道は、どんどん鳩ノ巣駅の方に向かっていくので、少し徒労感を覚える。

Ptl4

漸く尾根に乗り、引き返すように南へ転換して尾根を登る。距離はあるが傾斜が緩いので快適な道だった。西の方には鋸尾根が聳えるのが樹間から見渡せる。程無くして城山の頂上に着いた。眺望は無い。山頂に、立てたポールから電気コードを張り巡らせている人が居た。アマチュア無線で交信する山登りの同好会に入っていると云うおじさんで、地形図に登頂記録が綿密に書かれているのを見せて呉れた。今日、人と会うのは貴殿が二人目ですと云うから、月曜日の朝に、この城山には三人の登山者が居たと云うことになる。好事魔多しと云う喩えは少し違うかもしれないが、私は鉄塔巡視路尾根の説明を、登山詳細図と共に熱弁した。おじさんは、詳細図に興味を抱いたようだった。

山頂を辞して、快適な稜線を歩く。休憩が長くなって、身体が冷えてきた。小楢峠、691mピークと、立て続けに休憩して、上坂からの道に合流してから、暫く歩き続け、全く久しぶりの大楢峠に着いた。シンボルである小楢の巨木には大きな亀裂が入っている。倒れる可能性があり危険だと云うことで、周辺がロープで囲われていた。この木が折れてしまうと、此の峠の感興が覚めてしまう。なんとか補強できないものかと思う。

時刻は未だ午前中だが、肌寒くて気分が減退してきたので、もう下山に掛かることにした。実直に降りるのも詰まらないので、以前訪問したことのある、廃止されたバットレスキャンプ場から、越沢バットレスの上に在る金比羅神社へ登り、眺望を楽しんでから下山しようと思いついた。越沢迄降りて、其れを越えてふたたび対面の山に登るから、大楢峠で退却する軟弱登山者の汚名を挽回できる。此れは自分の内面の問題で、意味不明の意地の張り方であるが、思いの儘に行動できるのが、単独行のよいところである。

Ptl5

湿った登山道を足早に駆け下りて、越沢バットレスを眺める休憩所で一服した。此処から眺めると、広沢山と云うのが、随分雄大で立派な山に見える。キャンプ場の古びたプレートを見て、一気に石段を下る。モノレールの軌道まであるのに、此のキャンプ場の廃止は勿体無い限りである。越沢の畔に出たら、其処は急流の音が響き渡る、清涼な空気が充満している空間であった。深呼吸して、周囲を眺めた。対岸に渡って、けもの道コースの標識が指す矢印の方向に歩いていった。山肌にぶつかって、道は何処だろうと見回したが、藪状で何も見えなかった。

元来、キャンプ場の経営者が作った道なので、手を掛ける人間が居なくなってしまった今となっては、廃道化も致し方無い。越沢沿いに遊歩道が延びていて、「七橋自然遊歩道」の看板がある。荷物が少なければ鳩ノ巣駅方面に行ける、と記してあった。とりあえず其れに従って歩いていった。程無く、大きな滝が落ちていく其の上に、金属製の材料で作られた吊橋が渡っていた。

Ptl6

二歩、三歩と踏み入れて、揺れる橋の様子を見た。大丈夫なようにも見えるが、判らない。眼下には、遥か下方に滝壺が白い飛沫を撒き散らしている。其の高度感と、激流の迫力を見るに連れて、吊橋の繊細な造りに不安を覚えた。対岸の遊歩道の先を見ると、木製の頼り無さそうな橋が見えた。遊歩道の名前から察して、其の後に現われるであろう五ヶ所の橋を想像した。十中八九、途中で諦めて、引き返してくるであろう自分の姿が容易に想像できた。

夢の跡地のようなバットレスキャンプ場から、来た道を引き返した。鳩ノ巣へ向かう山道は、途中で林道建設の為迂回路が設定されていた。真新しい林道を見下ろす山肌の中腹から、建設現場を眺めた。森林が無慈悲に切り倒され、土が削り取られている有様が生々しく感じられた。

山奥で、既存の林道を見ても、何の感情も抱かない。しかし、そんな林道も、其れが出来る前は、人々が黙々と歩いて往来してきた自然の道が在った筈である。林道と云うものが、其のような木々や土を破壊して、出来上がったものなのだと云うことを、今更のように実感した。

何度も歩いた大楢峠への道の記憶と、バットレスキャンプ場の廃墟の様が、脳裡を駆け巡る。私は通りすがりの、山歩きの徒であり、変わり行く山野の断片を記憶しながら歩く、感傷的で、ちっぽけな存在である。そんな、自分でも判然としない敗北感のようなものに支配されながら、私は下山の途に、戻っていった。

唐松岳・五竜岳(後編其の参・遠見尾根で逡巡する)

快晴の五竜山荘前でy氏と再会した私は、ザックを回収して、とりあえず帰路の為の準備を始めた。五竜岳からの下山の途上で、既に空腹を感じていたが、とりあえず遠見尾根を下り始めて、合間に食事を摂ろうかと思っていた。遠見尾根のコースタイムを見て、ゴンドラの最終便に間に合う為には、其れ程余裕が無いと云うことを薄々感じていた。休憩時間は十五分くらいであろうか。そんな間尺で考えていた。しかし、山荘前のテーブルでy氏と話し込んでいるうちに、時間のことを然程重要に思うのを止した。湯を沸かして、カップ麺を作りながら、午前中から五竜山荘にテントを張ってのんびりしているy氏の話を聞く。既に沖縄付近まで来ている台風24号の影響か、北アルプスの天候も明日は崩れそうな気配だった。其れが鹿島槍の頂上で夜明けを迎える計画を断念したy氏の所以である。

Tomi0


2013/10/7

唐松岳頂上山荘(6:30)---大黒岳---五竜山荘---五竜岳---五竜山荘---遠見尾根-----小遠見山---アルプス平(16:00)

結局、予定から三十分遅れて、出発することにした。大阪から自家用車でやってきたというy氏は、明日迄山に居られるのなら、松本迄送るよと云って誘って呉れた。少しの間思案したが、食料や飲料を、予定通り消費して、もう余禄は無い。五竜山荘が在るので、其の問題は直截的なものではないと云うことは判っている。しかし、計画を全うして、単独行を完遂したい。そんな気分だった。

私は、y氏と連絡先を交換して、帰途に向かうことにした。山荘の裏手から登り、分岐から遠見尾根に入った。トラバース道と、白岳へ向かう道が二手に別れている。ピークを目指して登った。北面の谷から、徐々に霧が湧き上がって来ていた。遥か眼下に延びて行く遠見尾根が、紅葉のコントラストで立体的になって連なっていた。白岳から下って、南面の捲き道に合流したら、目の前に見える五竜山荘から、手を振って呉れているy氏に気付いた。私は、ストックを大きく振って、其れに応えた。

Tomi1

五竜岳の岩壁に向かう深い谷を見下ろしながら、実直に下って行く。登山道は、やがて急激な砂礫の下りに差し掛かった。鎖を頼りに、岩と砂礫に対抗しながら下ると、やがて岩崖が左右に落ちていく細い尾根を辿るようになった。途中、振り向いて、小さくなっていく五竜山荘を何度も見上げた。其れは、随分下降したのだな、と実感できる眺めだった。

こんもりと盛り上がった小ピークを越えて、尾根は南へと急旋回した。彼方に鹿島槍ヶ岳がふたたび姿を現わす。其れは午前中に眺めた、手に取れるような近さにあった秀麗な山と云うよりも、遠くに聳える黒い影だった。登山道をひたすら歩き続ける。地形図では推し量れ無い程、小さな瘤状のピークが断続的に現われて、其れ等を実直に登っては下る道が続いた。疲労が徐々に足元から伝わってくるような気がした。

若い男女が登ってきて、私は、直ぐ其処に盛り上がっているピークを指して、あれが西遠見山でしょうか、と訊いた。現在位置を確認しながら、地形図を片手に持って歩いている私としては、絶対に吐いてはならない言葉だったが、つい口に出てしまった。男性は、読図の作業をしていない人だったようで、曖昧なことを云った。私は、観念したような気分で、ふたたび歩き続けた。

Tomi2

所要時間は然程費やしてはいない。そう自分に言い聞かせて歩いてはいるが、西遠見山が遠い。地形図から其の山容が掴めない儘、紅葉で美しく装飾された小さな瘤が次々に現われる。と、そんな徒労感に覆われつつあった頃、年配の男性が単独で登ってくるのと出会った。あとどれくらいかなあと、年配氏が云った。五竜山荘迄は、小さいピークが幾つかあって、やがて鎖場になって急登になることを伝えた。其れはまだかなりあるなあ、と、笑顔で年配氏が云った。

お互いに先が長いと云う再認識で、なんとなく其の場で小休止となった。ところで、と年配氏が喋り始める。五竜テレキャビンの車中で、ゴンドラの最終に乗り遅れたらどうするんだろう、と云うことを同乗した人と話したんだけど、其の場合はゴンドラに併行して、作業車輌が通行する明瞭な道筋がついているから、其処を歩けばいいんだと教えてくれたんだよ。

Tomi3

年配氏の言葉は、私に鮮烈に響いた。だから貴君も慌てることは無い、そんな配慮で云って呉れたのだと思うが、其れは今、まさに私が考えていた懸念だった。五竜テレキャビンの運行終了時刻は16時頃だと云う凡そのことしか、私は知っていない。ゴンドラで下山して、高速バスに乗れるかどうかすら、認識していなかった。出発から往路の行程に、あれ程熟慮したのに、復路に就いては、殆ど考慮することが無かった。バスに乗れなかったら、事前に調べておいた安宿に泊まり、明朝のバスで帰ればいいと云う考えがあったからである。しかし、ゴンドラに乗れない場合のことは考えていなかった。

昭文社の1/50000地図を見ると、テレキャビンのラインは非常に長いように見える。アルプス平の標高が1530mで、大糸線の神城駅は大体750mであるから、仮にゴンドラに乗り遅れた場合は、更に標高差800mを下って行かなければならない。陽が暮れた暗闇のゲレンデを歩き続けると云うのは、現実的では無い。其の場合は、ゴンドラ駅の軒下で野宿しようと、私は考えていた。しかし、年配氏の言葉を聞いて、車道のような道があるならば、ヘッドランプで歩いても大丈夫だろう、そう思った。其れで気分が軽くなった。年配氏と健闘を称え合い、ふたたび歩き始めた。遠見尾根の紅葉は、次第に鮮やかさを増してきたようだった。

西遠見山は広い等高線が閉じているピークだが、樹林に覆われた道が続いていて、何時の間にか乗り越していた、そんな山だった。冗長に長い登山道が続き、先程の晴れた気分は、呆気なく衰微していった。南面の山腹を下り、やがて緩やかな尾根に乗ると、暫くして平坦な広場が在った。池塘ありと記された地点で、澱んだ池が確かに在った。その周辺の広場の、なんとも穏やかな雰囲気が、私の脚を止めた。

此処でテントを張ったら、心地よいだろう。そんな想念が支配していった。しかし、水も食糧も残り少ないと云う状況が、其れを許さなかった。観光地であるアルプス平迄行けば、自販機が有るだろうから、行動食だけで一晩を過ごせるだろう、そう云う算段だった。随分慎重に装備を整えた積もりだったが、水が切れてはどうにもならない。尤も、疲れて挫折する可能性を想定して、五竜山荘で水を購入しておくべきだった。本質的な失点であり、私は自分の単独行の技量を、改めて反省した。ゴンドラに乗り遅れたら車道を歩いて下山すると云う考えは、此の時点で完全に放擲していた。

標高2172mも、2106.3mの大遠見山も、尾根の下る途上に在る緩衝地帯の様相だった。其の大遠見山に、古びた看板が立て掛けてあった。テレキャビン乗り場迄約5km、括弧書きで二時間半と記されていた。私は諦念とともに時計を確認する。午後二時を回ったところである。看板には、ゴンドラの最終は午後四時十五分、乗り遅れないように、と書いてあった。私は観念して、ザックを置いて座り込み、煙草に火を点けた。

Tomi4

緩やかに、そして順調に勾配を下って行く。鞍部を経て、中遠見山へとふたたび登りに掛かる。陽光が優しく降り注ぐ尾根道の雰囲気が、既に五竜岳の余韻から遠く離れた処に来たのだと云うことを感じさせた。遠見尾根は左右から喰い込んでくる谷を望みながら、細い稜線を辿るような感じで続いていた。何度も繰り返してきたアップダウンの果て、中遠見山への登りは厳しく、私は俯いた姿勢で脚を交互に繰り出し、登り続けた。砂礫のピークに達して、振り返った。鹿島槍は、雲の中に隠れてしまった。ケルンにザックを立て掛けて、倒れ込むようにして休憩した。空が柔らかい青で拡がっている。時刻は午後三時になろうとしていた。時間に追われるようなことはもう止そう、そう思ってはいるが、無意識に時刻を確認してしまうのだった。

中遠見山の細長いピークから下りに差し掛かり、やがて目が覚めるような紅葉に包まれた光景が広がった。鞍部の向こうに、小遠見山が端整な三角形で鎮座している。岳樺の白い幹が、所々で身体をくねらせるようにして立ち並んでいる。白馬村の麓の風景が遠くに広がる。漸く下界に戻ってきた、そんな感慨に浸りそうになる。標高二千メートルに居ると云うのが、信じられない。陽光が色づいた木々の合間から降り注ぐ道を、茫洋とした感覚で、歩き続けた。出来すぎと云って好い風景の中で、誰ひとりにも出会わないと云うのが、却って不自然なような気がした。

Tomi5

小遠見山のピークには立ち寄らず、捲道を辿って北面の山腹に出た。穏やかな白馬村方面の風景が広がった。登山道の途上に、五竜岳へ六粁の道標が立っている。其処に、下山者への注意を記す看板が掛かっていた。

「小遠見山(現在地)の通過が15時を過ぎると、ゴンドラの営業時間に間に合わないことがあります」其の場合は携帯電話で連絡するようにと云う旨と、会社の電話番号が書いてある。私は時刻を確認した。15時18分だった。コースの所要時間が1時間20分、大遠見山の看板を信じるならば、締切迄は一時間を切っていることになる。私は改めて、もう諦めるのだと自分に言い聞かせるようにしてベンチに座り、煙草をに火を点けた。遠見尾根の紅葉は、下山するに連れて鮮やかさを増してきているようだった。

登山道は目に見えて整備された木段になった。午後の陽射しが紅葉の山に降り注ぎ、風も無く快適な気温である。行楽地然とした道。そして鮮やかな紅葉。しかし私以外に人が全く居ない。其れはどうにも異様な光景のように感じた。そして、頻々に現われる道標を見て我に返った。其処には、アルプス平迄四十分と書かれていた。

私は瞬時に早足で下山に掛かった。もう時刻を確認することはしなかった。未だ10分も歩いていない、そう身体が云っているような気がした。行楽客の目安である道標の所要時間で歩いても、16時15分には間に合う、そう思ったら無意識に脚が加速した。足場の良い高尾山の縦走路のように、遠見尾根の登山道は緩やかに下っていた。スキー場の為にフラットな斜面にされた山肌の風景を眺めながら、小走りに歩を進めた。

八方尾根の目前に切れ込んでいく白岳沢の谷底へ、最早絶頂とも云える紅葉が続いていた。其れを横目に見ながら、私は息を弾ませて、遠見尾根を駆け下りていく。ゴンドラリフトに間に合うことだけに執心している自分が、此の絶景を呆気なく通過していく。其れは滑稽な事実だった。何処かに境界線のようなものがあって、私は何時の間にか其れを飛び越えていた。私の心を包み込んでいた、北アルプスの魔法とでも云うようなものが、何時の間にか消え去っていた。其れを感じながら、私は歩き続けていた。

Tomi6

追記

テレキャビンの駅に無事到達。軒先にあった蛇口の水を浴びる程飲む。次に気になる高速バスの件について、アルプス平駅の職員に訊くが要領を得なかった。ちなみに五竜テレキャビンは10kg以上の荷物に課金する。ゴンドラアダムよりも厳しい設定である。

とおみ駅に着いて女性職員にバスの乗り場を訊くと、駅を出たら川沿いの道をまっすぐにと教わる。行き着く先は何処かと訊いたら国道148号沿いにバス停があるとのこと。建物を出たら未だ敷地内で途方に暮れる。土木整備の作業員の方に改めて訊いたら、対面にあるエスカルプラザの建物内を通って出口に。其処から川沿いの道があると教わる。下界になるに連れて事情が判然としてくる。

大糸線の踏切を越えて、バス停を探すまでに右往左往して時間を遣った。最早今夜中に帰京は無理かと思われたが、17時台に新宿駅行きがあると知り狂喜する。切符は最寄のJR神城駅で販売していると書かれていたので駅に行くが、窓口の女性に、アルピコ交通予約センターに電話してくれと云われ意気消沈する。しかし月曜夕刻の高速バスなので、呆気なく指定券を確保できた。

神城駅周辺は何も無いが、国道沿いの「白馬五竜」バス停の斜め前に薬屋があって、酒と煙草を販売していた。煙草が切れそうだったので安堵する。冷えた缶麦酒迄獲得し、バスが来る迄の十数分を有意義に過ごすことができた。

補記

遠見尾根で会ったおじさんの云う、テレキャビンに乗り遅れた場合の併行した車道、と云う情報だが、実際にゴンドラの中から下方を見てみた。舗装された車道などはなく、索道の下に沿ってゲレンデ用の斜面があり、其処に轍の跡が蛇行して下降しているだけのことだった。陽が暮れてそんな真暗闇のゲレンデを歩くのは適切ではない。テレキャビンに乗り遅れたら諦めて軒先でビバークが正解のようである。水には不自由しない筈である。

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

today

  • one day

twitter

  • naname's twitter
無料ブログはココログ

最近のトラックバック