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唐松岳・五竜岳(後編其の弐・五竜岳に登頂する)

後立山連峰と云う総称は、当初は立山方面から見た黒部側対岸の山々を指す言葉だった。立山が、りゅうざん、と発音して呼ばれていた時代に、今で云う後立山連峰をまとめて後立山と呼んだ。ごりゅうざん、である。其れで、後立山は具体的に何処なのかと云うことになって、発音からして五竜岳だろうと単純に思われていたのだが、議論の末に、立山からの視点で見ると、其れは鹿島槍ヶ岳のことであったのだろうと云うことに落ち着いたようである。因みに、五竜と云うのも根拠の曖昧な当て字である。以上、深田久弥著「日本百名山」からの受け売りである。「山容雄偉、岩稜峻厲(しゅんれい)」の言葉通り、実際に見る五竜岳は、巖岨、そんな言葉で覆い尽くされたような、堂々たる姿で鎮座している。百名山のカテゴリには何の拘りも無いが、其の姿には誰もが魅了されるであろう、そんな威厳を湛えている山容だった。

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2013/10/7

唐松岳頂上山荘(6:30)---大黒岳---五竜山荘---五竜岳---五竜山荘---遠見尾根----小遠見山---アルプス平(16:00)

五竜岳の背骨のような感じで尖った岩山が連綿と並んでいる。緩やかな傾斜の登山道が、其の中腹を縫うように続いていた。途上で、何度も五竜山荘の方角を振り向いてみる。赤茶色の建造物が面白いように小さくなっていく。今日辿ってきた、唐松岳頂上山荘からの稜線を、明瞭に眺めることができる。そして、唐松岳の向こうに、白い山なみが現われた。白馬岳が文字通りに白いと云うのに驚いた。正確に云えば灰色のような色彩だが、其のコントラストは際立っていた。白馬村方面を覆っていた雲は、徐々に薄まってきたようだった。

五竜岳への坂路は、見た目通りの険しい岩場だった。矢印や赤丸印を頼りにして、折り重なる岩塊を登り続けた。ひとつの山塊をパスして、徐々に主峰へと近づき、いよいよ迫ってくるような岩崖が聳えて、鎖場が現われる。巨岩の堆積している崖は足場がしっかりしているので、躊躇することはなかった。徐々に岩に記された矢印を識別して、判然とした方角を理解するのに、時間が掛かるようになった。急斜面の岩場は、牛首の岩稜を渡った時よりも、緊張を強いられるように感じた。

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其の途上で、岩峰の合間から、南方面の景色が広がった。雲海を背景にして、初めて見る鹿島槍ヶ岳の姿があった。其れは巨大で、明確にふたつのピークが盛り上がっている。同じようなレベルの高みから眺める鹿島槍は、美しいと云うよりも、可愛らしい姿形をしている、と感じた。尤も、北峰から伸びる細く鋭い尾根を見たら、あれが八峰キレットなのかと目の当たりにして、改めて険しい道程なのだと認識しながら、静かに慄いた。

巨大な岩の隙間を何度も越えて、岩襖に張り付いた鎖場を苦心して登った。岩が続き、滑落、の看板を神妙に眺めながらゆっくりと進んでいった。其れが最後の岩場で、登りきったら、這松の広がる稜線上に辿り着いた。雷鳥かどうかは確認できなかったが、鳥が一羽だけ徘徊していた。鳥は私の気配に気づいたような素振りで、這松の中に去っていった。其の先に歩いて行くと、ひとつのピークのような場所が見えた。

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其処は八峰キレット方面と、五竜岳の頂上方面に分かれる分岐点だった。地形図を見ると、五竜岳の山頂迄は、尾根が険しい箇所が続いているから、偽ピークも多いのだろうと考えていた。此のキレット分岐が其れで、五竜岳山頂は、盛り上がった岩塊が直ぐ西側に立っている。ゴロゴロした岩の道を、ゆっくりと進んだ。そして、標高2814.1m、五竜岳の小さく盛り上がった頂点に立った。暫く視界から消えていた劔岳が、唐突な感じで正面に現われた。

一面の霧に包まれた前穂高岳、雨が降り続いた儘歩き続けた鳳凰三山、そしてつい此の前歩いた常念山脈の、曖昧な天候のことを回想した。五竜岳の頂上から見渡す、全方位の風景が、全ての報いを与えて呉れているような気がした。雲海の彼方に広がっている数々の名峰と、鹿島槍ヶ岳の向こうに続いている嶺々の先に確認できる穂高連峰と槍ヶ岳、そして薬師岳から徐々に近づいてきて立山連峰と劔岳、其処から更に視線を転じると、遥か彼方に、日本海の水平線が見えるのであった。眼福と云うよりも、神の祝福である。私は茫然とした儘、其の場に立ち尽くしていた。

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しかし、余りにも圧倒的な光景を目の当たりにしていると、其れからどうしようと云うことも無く、感覚が麻痺してきて、私と云う卑小な存在なりの思惟が浮かんで来る。雲海に浮かぶ山々の風景が、飛行機の窓から眺めているような既視感となり、立山と劔の雄姿が、テレビの映像でも見ているかのような感じで認識されてしまうのである。どうしたことだろう。自分で自分がどういう積もりなのかと、問いただしてみたい気分になる。

雄大な自然と云うのには、とにかく圧倒される。必要も無いのに、劣等意識に支配されてしまう。そんな気がする。其れで、なんとか自分の冷静さを維持しようと云う精神の作用が働いてくるのかもしれない。そう結論付けて、私はそろそろ下山しようかと、踏ん切りをつけた。此の非現実的な絶景を何時迄も眺めていたい。其れが本当の気持ちだった。しかし、自分の意志で別れを告げなければいけない。そう思った。

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帰路は、思った以上に軽快な足取りで進んだ。岩場と鎖場を冷静に通過して、時折五竜岳を振り返って仰ぎ見る。空はいよいよ青く、飛行機雲の白い筋が線を描いていた。日本海の水平線は、穏やかに、そして曖昧な感じで広がっていた。五竜山荘を眼下に確認できるようになると、白馬村方面の谷から、真新しい雲が湧き立ってくるのが見えた。目まぐるしく変わる天候の予兆が、北アルプスの稜線に居るのだなと云うことを、実感させて呉れる。

此れから五竜テレキャビンの駅迄、長大な遠見尾根を下っていく。現実的な行程が、漸く脳裏で意識できるようになった。時間はどうだろうか。そんな心配事が微かに湧き起こってきた。そうして、山荘が近づいてきたのだが、広場にはひとつだけ、テントが設営されてあるのが見えた。随分早い時間からテントを張っているなと、怪訝に思った。テントには見覚えのある、深緑のフライシートが覆われていた。近づいていく途中で、テントの影から現われたy氏が私に気づいて、手を振った。時刻は、午前十一時半を過ぎるところだった。

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