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2013年11月

唐松岳・五竜岳(後編其の弐・五竜岳に登頂する)

後立山連峰と云う総称は、当初は立山方面から見た黒部側対岸の山々を指す言葉だった。立山が、りゅうざん、と発音して呼ばれていた時代に、今で云う後立山連峰をまとめて後立山と呼んだ。ごりゅうざん、である。其れで、後立山は具体的に何処なのかと云うことになって、発音からして五竜岳だろうと単純に思われていたのだが、議論の末に、立山からの視点で見ると、其れは鹿島槍ヶ岳のことであったのだろうと云うことに落ち着いたようである。因みに、五竜と云うのも根拠の曖昧な当て字である。以上、深田久弥著「日本百名山」からの受け売りである。「山容雄偉、岩稜峻厲(しゅんれい)」の言葉通り、実際に見る五竜岳は、巖岨、そんな言葉で覆い尽くされたような、堂々たる姿で鎮座している。百名山のカテゴリには何の拘りも無いが、其の姿には誰もが魅了されるであろう、そんな威厳を湛えている山容だった。

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2013/10/7

唐松岳頂上山荘(6:30)---大黒岳---五竜山荘---五竜岳---五竜山荘---遠見尾根----小遠見山---アルプス平(16:00)

五竜岳の背骨のような感じで尖った岩山が連綿と並んでいる。緩やかな傾斜の登山道が、其の中腹を縫うように続いていた。途上で、何度も五竜山荘の方角を振り向いてみる。赤茶色の建造物が面白いように小さくなっていく。今日辿ってきた、唐松岳頂上山荘からの稜線を、明瞭に眺めることができる。そして、唐松岳の向こうに、白い山なみが現われた。白馬岳が文字通りに白いと云うのに驚いた。正確に云えば灰色のような色彩だが、其のコントラストは際立っていた。白馬村方面を覆っていた雲は、徐々に薄まってきたようだった。

五竜岳への坂路は、見た目通りの険しい岩場だった。矢印や赤丸印を頼りにして、折り重なる岩塊を登り続けた。ひとつの山塊をパスして、徐々に主峰へと近づき、いよいよ迫ってくるような岩崖が聳えて、鎖場が現われる。巨岩の堆積している崖は足場がしっかりしているので、躊躇することはなかった。徐々に岩に記された矢印を識別して、判然とした方角を理解するのに、時間が掛かるようになった。急斜面の岩場は、牛首の岩稜を渡った時よりも、緊張を強いられるように感じた。

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其の途上で、岩峰の合間から、南方面の景色が広がった。雲海を背景にして、初めて見る鹿島槍ヶ岳の姿があった。其れは巨大で、明確にふたつのピークが盛り上がっている。同じようなレベルの高みから眺める鹿島槍は、美しいと云うよりも、可愛らしい姿形をしている、と感じた。尤も、北峰から伸びる細く鋭い尾根を見たら、あれが八峰キレットなのかと目の当たりにして、改めて険しい道程なのだと認識しながら、静かに慄いた。

巨大な岩の隙間を何度も越えて、岩襖に張り付いた鎖場を苦心して登った。岩が続き、滑落、の看板を神妙に眺めながらゆっくりと進んでいった。其れが最後の岩場で、登りきったら、這松の広がる稜線上に辿り着いた。雷鳥かどうかは確認できなかったが、鳥が一羽だけ徘徊していた。鳥は私の気配に気づいたような素振りで、這松の中に去っていった。其の先に歩いて行くと、ひとつのピークのような場所が見えた。

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其処は八峰キレット方面と、五竜岳の頂上方面に分かれる分岐点だった。地形図を見ると、五竜岳の山頂迄は、尾根が険しい箇所が続いているから、偽ピークも多いのだろうと考えていた。此のキレット分岐が其れで、五竜岳山頂は、盛り上がった岩塊が直ぐ西側に立っている。ゴロゴロした岩の道を、ゆっくりと進んだ。そして、標高2814.1m、五竜岳の小さく盛り上がった頂点に立った。暫く視界から消えていた劔岳が、唐突な感じで正面に現われた。

一面の霧に包まれた前穂高岳、雨が降り続いた儘歩き続けた鳳凰三山、そしてつい此の前歩いた常念山脈の、曖昧な天候のことを回想した。五竜岳の頂上から見渡す、全方位の風景が、全ての報いを与えて呉れているような気がした。雲海の彼方に広がっている数々の名峰と、鹿島槍ヶ岳の向こうに続いている嶺々の先に確認できる穂高連峰と槍ヶ岳、そして薬師岳から徐々に近づいてきて立山連峰と劔岳、其処から更に視線を転じると、遥か彼方に、日本海の水平線が見えるのであった。眼福と云うよりも、神の祝福である。私は茫然とした儘、其の場に立ち尽くしていた。

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しかし、余りにも圧倒的な光景を目の当たりにしていると、其れからどうしようと云うことも無く、感覚が麻痺してきて、私と云う卑小な存在なりの思惟が浮かんで来る。雲海に浮かぶ山々の風景が、飛行機の窓から眺めているような既視感となり、立山と劔の雄姿が、テレビの映像でも見ているかのような感じで認識されてしまうのである。どうしたことだろう。自分で自分がどういう積もりなのかと、問いただしてみたい気分になる。

雄大な自然と云うのには、とにかく圧倒される。必要も無いのに、劣等意識に支配されてしまう。そんな気がする。其れで、なんとか自分の冷静さを維持しようと云う精神の作用が働いてくるのかもしれない。そう結論付けて、私はそろそろ下山しようかと、踏ん切りをつけた。此の非現実的な絶景を何時迄も眺めていたい。其れが本当の気持ちだった。しかし、自分の意志で別れを告げなければいけない。そう思った。

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帰路は、思った以上に軽快な足取りで進んだ。岩場と鎖場を冷静に通過して、時折五竜岳を振り返って仰ぎ見る。空はいよいよ青く、飛行機雲の白い筋が線を描いていた。日本海の水平線は、穏やかに、そして曖昧な感じで広がっていた。五竜山荘を眼下に確認できるようになると、白馬村方面の谷から、真新しい雲が湧き立ってくるのが見えた。目まぐるしく変わる天候の予兆が、北アルプスの稜線に居るのだなと云うことを、実感させて呉れる。

此れから五竜テレキャビンの駅迄、長大な遠見尾根を下っていく。現実的な行程が、漸く脳裏で意識できるようになった。時間はどうだろうか。そんな心配事が微かに湧き起こってきた。そうして、山荘が近づいてきたのだが、広場にはひとつだけ、テントが設営されてあるのが見えた。随分早い時間からテントを張っているなと、怪訝に思った。テントには見覚えのある、深緑のフライシートが覆われていた。近づいていく途中で、テントの影から現われたy氏が私に気づいて、手を振った。時刻は、午前十一時半を過ぎるところだった。

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唐松岳・五竜岳(後編其の壱・牛首の鎖場を辿る)

薄暮の唐松岳頂上山荘から、テント場へと下りていった。y氏と別れ、斜面の中腹にある自分の寝床に帰った。テントの傍に設置しておいた大きな岩に腰掛けて、紫煙を燻らせた。黒部方面に広がる谷の向こうに、私の真正面に、劔岳のシルエットが聳えていた。周囲は穏やかな天候に変わっていた。霧に包まれた唐松岳頂上が遠い過去のことのようである。劔岳の山稜に沿って雲海が広がっていて、空との境目を、黄昏の光彩が貫いている。残照の余韻と、夜の闇が綯い交ぜになった色彩の中に、劔岳が浮かんでいた。陶然とした儘、私はいつまでも其れを眺めていた。宵の明星が薄暮の劔岳の上で、煌々と輝いていた。

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2013/10/7

唐松岳頂上山荘(6:30)---大黒岳---五竜山荘---五竜岳---五竜山荘---遠見尾根------小遠見山---アルプス平(16:00)

風も無く、静かな夜だった。十月の北アルプスでの幕営に対する不安は、杞憂に終わったようだ。モンベル製シュラフ、U.L.スーパースパイラルダウンハガー3(使用可能限界温度摂氏マイナス十度)に、ブリーズドライテックU.L.スリーピングバッグカバー。シュラフの中には念入りにもsea to summit製のサーモライトリアクター(シュラフとの併用で保温性能を約8℃高めるとある)に包まって入った。途轍もなく深い眠りだったようで、夜半に目覚めた時は、自分が何処に寝ていたのかと云うことに、一瞬気付かないでいた。テントの外に出たら、満天の星空だった。余りにも快い覚醒だったのに、時間は未だ午前一時になるところだった。其れが却ってもどかしかった。

二度寝になっても快眠は続き、次はアラームの音で目覚めた。またしても覚醒の瞬間、自宅のベッドに居る筈なのに何か違うと云うような感覚に陥り、仰臥した儘、エアライズ2の天井を不思議なもののように眺めていた。気持ちが良すぎて、暫く其の儘寝袋の中に居たのだが、また眠ってしまいそうになるのは確実で、意を決してテントから這い出た。白み始めた空に雲は無く、夜明けの光が、劔岳の上部を照らし始めていた。

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山頂からの御来光を求める人々のヘッドライトが、唐松岳へと連なっていた。其れを眺めながら、ゆっくりと幕営の撤収を開始した。目の前に鎮座する劔岳の光景だけで、私は満悦していた。荷物が整ってからも、暫く此のテリトリーから離れ難いような気持ちになって、珈琲を飲んだり煙草を吸ったりして、なかなか出発しない。五竜岳の向こう側がいよいよ明け始めて、朝陽の断片が差し込んできたのを見て、重い腰を上げた。

山荘の前で靴紐を締め直して、朝食の食堂に向かう人々を横目で見ながら出発した。山荘の側面に出て、牛首方面の分岐に出た処で、強烈な明るさに圧倒され、立ち竦んだ。東側の白馬村方面には果てしない雲海が広がっていた。眩暈を起こしそうになるくらい、朝陽が眩しい。茫然とした感じで、其れでもゆっくりと牛首の岩稜に続く棘棘しい登山道に脚を踏み入れた。登り詰めた処で、雲海の全景を眺めた。妙高山、浅間山、八ヶ岳、南アルプス。全ての秀嶺が、雲の上に浮かんでいた。富士山の台形が、歪んで鈍重な形に見えた。

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気を取り直して、牛首の側面を辿る登山道に向かった。慎重に、の看板が在り、鎖場が始まる。後立山連峰の縦走を試みることにして、不帰キレットや八峰キレットに行く勇気は出ないが、此の唐松から五竜への区間にある牛首の鎖場なら行けるのではないかと、自分なりに予測を立てて来た。西上州、裏妙義の鎖場に恐れをなして、生来の臆病さが戻ってきた。計画が慎重になっている。岩登りの経験も無いのに沢登りへ連れて行って貰ったりして、今年になってから、私は自分の力量が判らないのに、無謀なことを無自覚に行なっているように感じていた。牛首の鎖場の入口で、改めて、単独行で北アルプスの鎖場に挑戦するのだと云う緊張感に、胸が苦しくなった。しかし、此の緊張感は、何故か心地よいと思うのだった。

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岩稜の黒部側をトラバースする鎖場は足場が明確で、予想以上に簡単に踏破することができた。時折、急激に切れ落ちた先の谷底を見るような高度感の儘、鎖で通過する箇所もあったが、特に逡巡するようなことも無かった。其れでも平静ではいられなかったようで、陽の当たらない断崖に張り付いて進み、漸く岩山の広場に出たら、自分の脈拍を確認するかのように、何度も深呼吸をした。2511mピークで難所を終えたら、五竜岳が何時の間にか巨大化して目の前に聳えているのと対峙した。

瓦礫状の細い山稜が、徐々に這松に覆われて、前衛の尖峰へと伸びる。2393mの大黒岳は、この間で最も下降する処に在るが、其の大黒岳のひとつ先には黒部側に長大な尾根を延ばすピークがある。そして五竜山荘の在る鞍部の手前に、遠見尾根を分岐する白岳が聳えている。だから五竜岳の見事な山容は、目の前に続いている起伏に富んだ山稜に装飾されていると云うのが実感できる。

大黒岳へ降りる迄に、終わったと安堵していた鎖場がふたたび現われて、心拍が激しくなった。快晴の空に劔岳が燦然と存在を誇示して立っている。其れを感じながら、岩崖の細い足場を伝っていく。やがて岩場を直登する箇所に突き当たった。此の先下りで転落多発、の看板がある。怯えながら登り詰め、恐る恐る下って行く途中で、後ろから人の気配を感じた。唐松山荘から来た壮年の男女であった。山荘でゆっくり朝食を摂ってからやってきた壮年夫妻に追いつかれてしまった。大きく膨れ上がった私のザックを見て、昨夜のテント場はどうでしたか、と訊かれた。無風で寒いこともなく、快適だったと答えたら、山荘の中は暖房で暑すぎて難儀したと、御主人の方が云った。

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道を譲って、ゆっくりと最低鞍部を目指して下降していく。行く手に見える、気持ちよさそうな剥き出しの稜線に、もう先程の夫婦の姿が現われた。健脚である。そして、初めて五竜方面から人がやってきた。軽快な装備の男性は、みるみるうちに登ってくる。斜面の途中で擦れ違う。凄い荷物ですね、縦走ですかと聞かれたので、恥ずかしながら唐松に泊まって今日下山するのだと告白した。私のクレッタルムーセン製Huginは、巨大な袋状になっているザックで、上手にパッキングしなくても膨らんだ儘ロールして袋を閉じることができる。見た目は巨大だが、容量は其れ程でも無い。それに十月の北アに対する気候の恐れもあって、衣類が少し嵩張っているかもしれない。そんなことを話した。其れは賢明な考えです。こんなに暖かいのは自分も意外に思っている。アスリート然とした風貌の彼が、そう云って呉れた。

さて、随分歩いたような気がするが、どの辺りに居るのだろうかと思う。遠近感が当てにならないから、五竜岳や白岳が、ちっとも近づいてこないような気がする。穏やかな稜線の上からは、相変わらずの絶景を左右に眺めながら歩いている。大黒岳を黒部側に捲いて、漸く最低鞍部の樹林帯に突入するから、未だ道は半ばなのだと認識した。突如現われた樹林帯は、其れ迄の険しい岩場の連続から解放されたような気分を呉れた。そうして、後立山連峰の主稜で最も低いとされる鞍部から、砂礫場をふたたび登り返していった。安全な登山道だが、登りは果てしなく続くような気がするくらいに長い。疲労感が初めて湧き上がってきた。

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東の白馬村側に、断続して険しい谷が現われ、岩崖の合間に雲海の絶景をフレーミングして眺める。麓は曇天なのだろうかと思う。登山道は、地形図で記されている通り、細長い形で等高線が閉じているピークの岩山の裾を辿っていた。やがて黒部側に伸びる、明瞭な尾根が近づいてきた。分岐する地点に、立ち入り禁止の看板があった。登山道としては途上と云う様相の場所だったが、其処で大きな休憩を取った。

聳える山稜に向かって、傾斜を登り詰めて、遠見尾根分岐の標柱に到達したら、直ぐ其処に、五竜山荘を見下ろした。此処迄約二時間半が経過していた。コースタイムとほぼ同じである。其れを確認して、安堵しながら山荘に降りていった。五竜山荘の広場には、若い男女の集団が嬌声を上げながら記念写真を撮っている。折角の充実感が台無しなのだが、山荘の影のベンチで休んでいたら、やがて消え去って呉れた。

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山荘の玄関にあるザック置き場に大方の荷物を預けて、軽装になった。いよいよ後は五竜岳に登るだけである。月曜日の遅い朝、五竜山荘は眩い陽光を浴びて、暑いくらいの気温だった。私は、此処迄期待はしていなかったのだが、と思うくらいに青い空を背景に聳える岩稜を見上げて、何とも云えない気持ちになった。唐松岳で、朝の風景を撮影してから、鹿島槍に向かうと云っていたy氏のことを思い出した。五竜岳に登頂し、其の帰途に擦れ違うかもしれない。そんなことを考えながら、私は徐々に高度を上げていく岩崖の道を、登り始めた。

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唐松岳・五竜岳(中編)

八方ケルン、第三ケルンを経て、八方池を巡る遊歩道の分岐に到達したが、休憩せずに濃霧の中へ突入した。一般的観光客は此処から先へは進めない。緩やかな傾斜が、深遠な樹林帯に向かって続いていた。そして、霧の中の尾根が、不思議な明るさに包まれた。鉛色の風景に、岳樺の優美な黄葉、其の白い幹が林立していた。そして其れ等を装飾するように、楓の紅色が彩りを添えている。私は、八方尾根の紅葉に幻滅したような気持ちでいた自分の頭を、唐突に殴られたような気持ちになった。幻滅とは難しい言葉であり、幻想から覚醒した筈の私の感覚が覆ったので、此れは幻想の復活である。其れがふたたび覆ることはもう無いだろう。そう思わざるを得ないくらい、眼前に広がる見事な紅葉の光景であった。

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2013/10/6

八方池山荘(11:50)---第三ケルン---丸山ケルン---唐松岳頂上山荘(15:20)---唐松岳---唐松岳頂上山荘(17:45)

索道で呆気なく千メートルを登り、行楽客に揉まれて歩いていたから、登山をしていると云う実感が無い儘、脚を繰り出していた。紅葉のお蔭で、茫然としていた其れ迄の意識が霧消していくように思えた。路傍の七竈の実の鮮烈な赤。其れが霧の中に明瞭に群生しているのが見えた。見通しの利かない樹林帯の登山道を縫うようにして登り、鮮やかな紅葉が広がると、カメラを構えて腰を据えた感じの人に遭遇する。普段は意識的に写真を撮るような態度は無いのだが、思わず私もカメラを取り出して、下手な写真を何枚も撮った。

下樺尾根が伸びる箇所を過ぎて、深い谷を左手に見下ろしながら、八方尾根の南側の肌をじわじわと登る道が続いていた。谷間の霧は深いが、濃密な紅葉の色彩が、其の深さを表現しているように思えた。重いザックを担ぐ鈍重な足取りの私が、次々と下山してくるハイカーたちと擦れ違う。濃霧から逃げるように降りてくる人々に抗って、私だけが違うところに向かって彷徨い歩いているような錯覚に陥る。

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扇雪渓で軽い食事を摂り、再出発すると、いよいよ其れ迄山腹の途上を歩いていた道が、ふたたび尾根の上に近づいてきた。砂礫状の稜線上に出た処が丸山ケルンだった。尾根の突端で、死者を弔う尖塔が霧に包まれて立っている。時刻は午後二時を過ぎていて、下山者の姿が現われることは無くなった。身体に染み付いていた焦燥感のようなものが、洗い流されていくような気がした。濃霧の中で、私は紫煙を燻らせて、何処を眺めると云うこともなく、立ち尽くした。

不帰險の山稜が近づき、唐松沢の行き着く深い谷へと、断崖が続く北方の気配を感じながら、八方尾根は険しい風景を構成するようになった。登山道は尾根の側面を器用に、傾斜を緩めながら続き、瘤状のピークを回り込むようにして捌いていく。やがて、本格的な断崖の側面を忠実にトラバースして、南へと進路を変えていくと、霧の中から海坊主のように忽然と、山のシルエットが浮かび上がった。啞然として其れを眺めながら歩を進めると、直ぐに唐松岳頂上山荘の建物が現われた。海坊主は五竜方面に聳える、牛首と呼ばれる山稜のピークのようだった。

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そうして、私は初めて後立山連峰の途上に登りついた。山荘は黒部側に向いて鎮座する立派な建造物だった。そして驚いたことに、黒部側に廻ったら、霧は谷間から時折噴出しているが、其れ迄のような濃霧に包まれたような景色ではなかった。やがて、雲間から陽が射すと、みるみるうちに黒部方面の谷の様子が現われた。天候は、間違いなく好転していく。そんな希望的な確信が、根拠も無く湧き起こってきた。

山荘で手続きを終え、テント場になっている黒部側の登山道に下りていった。テントは数える程しか無かった。それでも、随分下ってから、気に入った平地を見つけて設営した。テントの中に所持品を収納して、少し休んでからサブザックを背負って山荘に登り返していった。億劫な気持ちになる前に、唐松岳の頂上に向かうことにしたのである。

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唐松岳頂上山荘と云うのは、決して単なる虚名ではない。唐松岳の頂上から、緩やかに続いている稜線の途上にあり、山容の一部になっていると云っても云い過ぎではない。頂上迄、瓦礫状の道を登っていくと、二十分弱で到達できた。山頂に近づくに連れて、霧が濃くなった。霧と云うよりも、雲の中に入り込んだと云うような状況なのかもしれない。山頂の端で、三脚にカメラを据えて佇んでいる人が居る。山名標柱にカメラを向けていたら、撮りましょうかと、背後から声がした。

其れで、後に名乗りあうのだが、y氏と云う山岳撮影愛好登山の方と一緒に、暫く唐松岳の頂上に居ることにした。一縷の望みで夕映えの山岳風景が現われるのを待っているy氏と一緒に、取り留めの無い話をしながら、霧の晴れるのを待つことにした。時刻は午後四時半を過ぎたくらいで、霧の中とは云え未だ明るい。急いでテントに帰る必要も無かった。自分の浅墓な登山経験に就いて説明しているうちに、会話が繋がるようになってきたから、愉しくなってきていろいろ喋った。単独で陽が暮れる迄山頂に居るくらいなので、y氏は勿論ベテランの経験者である。

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其れで話が弾んでいたら、突然雲の動きが活発になって、太陽の光が霧の向こうから紗幕を挟んだような感じで辺りを照らした。雲海の中に、山塊が浮かんでいるかのように現われた。其れは峻険な尖峰が折り重なったような形をしていた。幻の大陸が忽然と出現した、とでも云うべき光景だった。しかし其れも束の間のことで、流れる雲は生き物のような奇怪な動きで、ふたたび視界を真っ白に染めた。

劔ですね、とy氏が云った。あれが、と、私は身体が痺れたような感覚の儘、呟いた。劔岳を肉眼で見たのは初めてだった。一瞬のことだったが、強烈な太陽の光に照らされた劔岳が、真っ白い空間に浮かんでいたのだった。太陽に照射されて神々しく光る其の姿は、この世のものとは思えない程、美しかった。雲の中に包まれた唐松岳で、其の儘待ち続けた。何度か雲が晴れて、劔だけではなく、立山の峰々も浮かび上がった。至近距離に、巨大な黒い山が忽然と現われて吃驚した。直ぐ其処に聳えているように見えたが、其れが明日目指す筈の、五竜岳だった。雲の中から、断続的に出現する光景に対して、最早遠近感と云う感覚は無用だった。

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風光明媚な山岳風景とは違う、異様な光景を眺めて、感に堪えなかった。もしもy氏が居なかったら、数分で下山の途に就いていただろうと思うと、想定外の僥倖であった。そんな感じで、私はごく個人的な感動に浸っていたが、雲が晴れるチャンスを待つy氏は、いよいよ落日が近づきつつある時刻になったので、霧の彼方を凝視していた。私も赤味を帯びた雲の紗幕の向こうを見つめて、待った。

一瞬、太陽の丸い輪郭が、不定形に膨張したように大きくなって、雲の合間から顔を出した。思わず固唾を呑んだ。しかし、其れはやはり一瞬の出来事だった。もう終わったかな。y氏が、誰に云うともなく呟いて、三脚を畳んだ。黄昏という余韻は無く、周囲は足を速めるように薄暗くなってきていた。其れで、ふたりで下山した。私は、云い様の無い感動の儘、瓦礫場の道を歩いていた。程無く眼下に山荘の姿が現われた。窓から暖かそうな明かりが洩れているのを見て、安堵感が、自然に湧き起こってくるのを、私は感じていた。

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