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裏妙義・産泰山(後編)

Photo



ザンゲ岩からの眺望に比較すると、より東の方向に広がる産泰山からの雄大な光景。其れを眺めながら、腰を下ろして休憩し、食事を摂った。暫くそうしていたら、kz氏が叫び声を上げた。何事かと見ると、靴の中に山蛭が入り込んでいると云う。インターネットで西上州の情報を見て予習はしてきた。しかし、帰途に予定していた鍵沢のルートに、山蛭が生息しているらしいと云うのは知っていたが、よもや産泰山で其の憂き目に遭うとは思わなかった。奇声を上げて狂乱の態のkz氏に、持ってきた忌避剤を振り掛ける。もちろん他人事では無い。気づいていなかっただけで、私の靴にも山蛭は纏わりついていた。そして既に腹部を噛まれていたようで、シャツの裾が赤黒く染みていた。流血である。しかしそれでも、蛭の被害に遭うのは不快で厭なものだが、私の神経は、無事に下山できるかどうなのかと云う懸念と不安に満ち満ちていた。kz氏は狂ったように騒いでいるが、私は蛭に構う余裕すら無かったのであった。

Zange4


2013/9/1

横川駅(10:15)---麻苧ノ滝---鼻曲り---産泰山---北西の尾根---鍵沢---横川駅(16:30)

突然の蛭騒動で、ほうほうの態の儘、慌てて下山の途に就くことにした。横川駅から見える岸壁の上から少しだけ奥に回りこんだくらいの位置にある産泰山で、今日の登山は終了である。裏妙義に登ったと、ちょっと大きな声では云えないような行程なのだが、もう其れでよい。無事に下山できれば御の字である。あの鎖場を回避して、kz氏が確信的に云う、鍵沢へ下りる尾根に乗って下るしかなかった。

来た道を引き返して、何処までも鬱蒼とした樹林の谷を見ながら、作業道と思しき踏跡が伸びる、道標の在る分岐点に着いた。地形図を見ると、明瞭な鞍部の付近にいるのだと思うが、小刻みに瘤があってアップダウンを繰り返しているので、確実なことが判らない。しかし、意を決して、なだらかな斜面の山肌に沿った踏跡を下り始めた。

道は細いが明瞭に辿っている。やがて尾根の分岐に乗ったから、一路傾斜を降り始める。眼に見えて周囲が薄暗くなってきた。此の儘順調に沢に下りるのかと思ったら、傾斜が緩まって、涸れ谷へ合流してしまった。こんなに早く尾根が終わるわけがない。kz氏が云い、南側に見える大きな尾根を指して、あれに乗ろうと云った。

Earia

踏跡は微かにあるように見えるが、気の所為かもしれない。心細くなるが、兎に角尾根に乗らなければならない。なだらかに見える谷を下るのは危険だった。大きく見えた尾根も、乗ってみて眺めたら、周囲の風景には何の変化も見られなかった。同じような樹林が覆っているだけである。コンパスで、大体の方向は判るが、小さい尾根が幾重にも伸びているから、気を抜いてしまうと、一瞬で方向の感覚は失われてしまうだろう。此れが鍵沢に下りる尾根だと、kz氏が断定してくれなかったら、先に進む勇気は出なかっただろうと思った。

尾根は実直に、然程の傾斜も無く続いていた。歩き続けて、漸く手応えを感じられるようになった。此れは大丈夫そうですね。好い尾根じゃない。背後からkz氏の陽気な声が返ってくる。其れだけで気持ちが軽くなった。ひたすら谷底に向かっている尾根の上の道が、少し明るくなって、空が見えた。コンパスで南の方向を見て、其の彼方を眺めた。丁須の頭の片鱗でも見えないかな。そう呟いたら、随分余裕があるんだねえ、と、kz氏が笑った。

Zange5

順調に下り続けた。そして傾斜が殆ど無くなって、沢の流れの音が微かに聞こえるような気がした。ふと足元を見たら、木片が転がっていた。其れは横川駅と丁須の頭が記された、道標の残骸だったから、ふたりで驚嘆の声を上げた。此の尾根は、もともとは登山道で、其れが廃道になったのか。後に検証せねばならない問題だったが、私は鍵沢に到達できたことで胸が一杯になっていた。助かった。そう思うばかりだった。まだ登山道に復帰したわけじゃないから、安心するのは早いよ。そう云うkz氏の冷静さが頼もしい限りであった。

地形図を改めて確認してみる。山名も記されていない産泰山の付近から、北西へと伸びる尾根は顕著に判るように見える。しかし、此の周辺に散見する壁の印を回避して、緩やかな尾根を下りきって、鍵沢に下りることができたと云うのは、私にとっては僥倖以外の何物でもなかった。読図能力だけでは此処迄辿りつけないだろう。判断してからの、決断力が問われるのだと、kz氏の動静を見ていて、そう感じた。

Map

渡渉して、対岸の尾根に刻まれた踏跡を歩いた。鍵沢の実直な流れは、真直ぐに下降していた。沢の行き着く処は、あの麻苧ノ滝である。我々の居る尾根は、沢から離れて徐々に登りに掛かっていた。どのくらい離れるかと云うと、沢に背を向けて、違う山に登り始めるような感覚を覚える方向だった。私はふたたび弱気な声を出す。そんな私を見兼ねたのか、kz氏は、私に休憩するように云い、空身になってから、先を偵察してくると云って、尾根を登っていった。

数分で戻ってきたkz氏は、釈然とはしていないようだったが、此の儘登ろうと云ったので、気を取り直して出発した。尾根は徐々に岩が出現するようになったが、其の中に白い丸印が描かれているのを発見して、俄然希望が湧いた。傾斜が急になって、湿った土を踏み込んで登っていたら、呆気なく登山道に辿り着いた。相変わらずの細木で作られた指導標を見て、今度こそ安全圏に到達したのだと実感した。kz氏と、渾身の握手を交わした。

気持ちの上では、既に下山してしまったかのような雰囲気だったが、鍵沢コースの登山道は、昭文社地図には何の記載もないが、予想以上に崩壊地が多く、緊張を強いられる場面も少なくは無かった。しかし、私は不思議なくらいに恐怖感が無かった。後で思い返すと、奇妙な程淡々と、崖っぷちのトラバース道を横断していた。クライマーズ・ハイと云うのは大袈裟に過ぎると思うが、不思議な高揚感の儘、岩崖を避けるようにして迂回する登山道を下り続けた。

Zange6

途中、またしても蛭の大群に襲われた。忌避剤を振り掛けてもキリが無いくらい、獰猛に俊敏に、山蛭は寄ってきた。もう諦めて進みましょう。そう云ったら、そうかあ、諦めるかあ、と、素直な感じでkz氏が云った。非日常的な会話をしているなあと、何だか可笑しくなった。そうして、陽の当たらない斜面の、泥濘や倒木の登山道を、困窮を極めながら下り、漸く舗装路の登山口に到達した。山から逃れたと思ったら、雨が降ってきた。倉庫の軒下で、足元を点検すると、山蛭は執拗な迄に、靴に張り付いていた。

鼻曲りの威容をふたたび眺めながら、雨に濡れながら車道を歩いた。彼方の空は明るいから、直に止むのだろう。そう思いながら、裏妙義の取り掛かりとでも云うか、入口あたりで彷徨って帰ってきたような気分を満喫した。垂直の崖の鎖場で萎縮し、度重なる鎖場で恐怖に眼を背け、そして道無き道を下り夢中で帰ってきた。其れを反芻していた。

無事に下山できた喜びで充足すると云うのは、実に倒錯した行為のようにも思う。尤も、何を満たそうと明確に意図して行動している訳ではない。自分に説明がつかないと云うのは何とも落ち着かないが、訳の判らない儘充足すると云う、莫迦になったような感覚は、そんなに悪いものでもない。そう思った。

Zange7



別記(2013年9月の山歩き)

2013/9/5(日光戦場ヶ原・高山)

赤沼(11:30)---戦場ヶ原・赤沼分岐---石楠花橋---幕張峠---熊窪分岐---高山---竜頭の橋---赤沼(14:40)

2013/9/20

大月駅(9:00)---むすび山---峯山---天神峠---高川山---男坂コース---初狩駅(13:45)

2013/9/23

高尾駅(9:00)---宮の前---中宿橋---太鼓曲輪尾根---北高尾山稜縦走路---地蔵ピーク---駒木野---高尾駅(13:00)

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コメント

>奇声を上げて狂乱の態のkz氏

>kz氏は狂ったように騒いでいるが、私は蛭に構う余裕すら無かったのであった。

なんか考えてることがまるっきり違ってんのが超おもしろくて大爆笑しました~。
俺は、地形図見て、楽勝の尾根だってわかってたから、蛭のほうがショック大きかったです。

逆に、蛭に食われても冷静な七目さんが信じられませんでしたよ~。

狂気っていうか狂喜のほうかもしれません。
蛭のうごめく動画撮りたいなあと思っていたので、絶好のネタキターーーーーーー!
と思って狂気乱舞でした。
乱舞したら落ちそうだったからしなかったけど。(笑)

下山に選んだ尾根も、大正解でしたね。
雨が降って来た時は正直不安になりました。
ものすごい断崖が出て来る可能性が無いわけじゃなかったので。

何事も無い普通の尾根だったのには、びっくらこきました。
ちょっとくらいの岩場はあると覚悟していましたので~。
沢に降りるところも2mくらいの崖だと思ってましたが、意外とすんなり下れたのがびっくりです。
そんで、もう安堵しきった七目さんにもびっくりですよ~。(笑)

いやいやいや…、安心するのは早いですよ~!

これで登山道出なかったら責任重大だ~!
と思いました。

偵察先では、登山道を無事見つけたんだけど、ネタばらしすると、面白く無いから、あえて登山道を見つけたことは伏せておきました。

僕は偵察で登山道見つけた時、ほんとに嬉しくて涙が出そうでしたよ。
あ~自分の経験も無駄じゃなかった~と実感しました。

短いけれど、中身のこい~~~~山行だったのは間違い無いです。
蛭画像たくさん撮れたのも嬉しかったな。
ちょっとしたホラーだよ~。

今までに経験したことの無い充足感を味わえました。
山はやっぱりおもしろい!

なんと!
偵察で登山道まで行ってたのですか。な~んだ~(笑)

お陰で、登山道に着いた時の感動は、ものすごかったです。
脳内では、あれ流れてましたね。あの曲(笑)

http://p.tl/JQ5V


下山した尾根は、どう呼んでいいのかわからず、北西の尾根と記しました。
今になって地形図を眺めると、産泰山から戻る途中の、
木で×印のついた顕著な尾根がありましたが、
あそこからも繋がっているようにも思えますが…。

>逆に、蛭に食われても冷静な七目さん

んー。やはり丹沢での幾多の蛭惨禍の経験のお陰でしょうか(笑)

見ればゾッとしますが、あの日はもう神経が磨り減ってました。
無感動に近い感じか?

>安堵しきった七目さんにもびっくり

思い返すと、かなり恥ずかしいです(笑)
かなりの終わった感でした。ほんっとに素人だなあ俺、そんな感じです。

18きっぷの余った分で、軽く何処かに行こうかと思っただけなんですが、
内容濃すぎでした。
山はほんとおもしろい!

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