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裏妙義・産泰山(中編)

国道18号から碓氷川に坂道を下り、麻苧(あさお)吊橋を渡ると、御岳経由で丁須ノ頭へと向かう登山口が現われた。朽ちかけた木段を登り、暫くは沢沿いの遊歩道を歩く。小さな滝や、珍しい形状の岩が散在している。そんな景勝の散策路が終わると、麻苧ノ滝が現われた。滝の景色と云うものを、然程期待していなかったので、其の雄大さに眼を瞠った。滝壷の岩場で、制服を着た女子高生がふたり、嬌声を上げているのが見えた。其れは何とも絵に描いたような、非現実的な眺めだった。


Zange2



2013/9/1

横川駅(10:15)---麻苧ノ滝---鼻曲り---産泰山---北西の尾根---鍵沢---横川駅(16:30)

女子高生に気を取られている場合では無かった。麻苧ノ滝を眺める橋を渡ると、いよいよ登山地図にも記されている、最初の鎖場が現われる。其れは水量の少ない滝が在る傍の岩壁に鎖が繋がっていた。岩壁を垂直に攀じ登る形状になっている。地図には10mの鎖と記されているが、鎖の高低差よりも、眼下に落ちる崖の深さを見て、足が竦んだ。

ヘルメットを被って、其の第一関門に向かう。kz氏が、此れは怖いよ、などと声を上げている。其れを背後に聞きながら、岩の折り重なった部分に、恐る恐る足を載せて、鎖を掴んで崖の切れ落ちる処に進んだ。鎖は崖に強固に打ち付けられていると判ったが、足元の岩が濡れていて、何時滑ってもおかしくないように感じる。其れで、足元を確かめるために視線を下げると、崖の底が見えないくらいに深いと云うのが判る。鎖に摑まっていれば大丈夫なことが判っているのに、恐怖感が心の裡に染み渡っていて、次の一歩を踏み出すことができない。

私はkz氏の処に引き返した。怖くて登れない。口惜しいが、本当に怖い。其れで、kz氏が先に登ることになった。どうなることかと思ったが、彼は怖い怖いと絶叫しながら、するすると登って行った。私は其れを茫然と眺めた。登り終えたkz氏が、崖の上から延びている尾根を伝ってきて、私の頭上に見える山腹から顔を出す。そして、私のザックを彼に渡すように指示した。空身なら登れるかもしれないよ。そう云って呉れたので従うことにした。

kz氏が登った軌跡が脳裡に焼き付いていて、其のお陰で岩に刻まれた小さな割れ目に足を入れたら、垂直に登る勇気が湧いた。強固な鎖に摑まり、足掛かりが確定したら、なんとか登ることができた。しかし、登りきった瞬間に、全身の力が抜けていくような気がした。もし、途中で時間切れとなって、来た道を戻って下山することになったら、此の鎖場を下らなければならない。其れを考えるだけで憂鬱になった。

気を取り直し、明瞭に続く登山道を歩く。ルートは明瞭だが、左右を見れば所々に断崖状である山肌の様子が窺えた。痩せている尾根ではないのだが、険しい岩稜の上を歩いているのだと云う意識が、気持ちを萎縮させていくような気がした。とんでもない処に来てしまった。それが率直な感想であった。

果たして、ふたたび鎖が現われた。其れは岩壁を攀じ登るのではなく、急傾斜の岩場なので、通過することができた。しかし、相変わらず岩場は濡れているから、滑って怪我をしたら、などと云う負の思考ばかりが心裡に渦巻いている。そうして、萎縮していくと、脚が自分の意図ではなく、機械的に繰り出されているような錯覚に陥るのだった。

Zange3

登山道は山腹をなぞるようになり、三番目の鎖場は、崩壊して久しい様子の箇所をトラバースする処にあった。なんとか及び腰で其れを通過する。巨岩の影になっている捲き道は、じめじめと湿っていて、足元に神経が集中する。間もなく次の鎖場が現われる。同じようなトラバース道だが、岩が斜めに突き出た箇所を、今度は鎖にしがみ付くように渡る。登山地図に「岩壁中の鎖」とある箇所かと思われる。もうこんな道は戻れないよ。kz氏が叫ぶ。息も絶え絶えに、其れを聞いた私は、どうやって下山するべきなのか、と云うことを漠然と考えた。時刻が遅くなっても、丁須の頭迄登り、沢沿いの登山道を下るしかないのだろうか。そんなことを考えていた。

尾根の端に出て、傾斜を登るようになったが、遠くに視線を移すと、目の前はふたたび聳え立つ岩壁だった。其の壁の下に辿り着いたら、右方向に岩が重なり合っていて、其の合間を微かなルートが辿っていた。其れは岩壁の隙間を縫って、壁に張り付きながら斜めに登って行くと云う進路だった。当然鎖が設えてある。足場は確かで、逡巡することなく登ることができた。しかし、眼下は此れ迄で最も高度感のある断崖だった。意識して底の方を見ると、思わず眩暈を起こしそうになる。断崖を登りきってから、私は後ろを振り返ることができず、尾根の上に、逃げるように登って行った。

穏健な尾根の上を歩くと云うだけで、快楽的だった。鎖場を全て通過して、漸く地形図を冷静に眺めることができた。御岳へと連なる尾根の、突端に乗ったばかりと云う位置に、我々は居るのだった。傾斜を登り詰めて、眺望が開ける岩の瘤に着いた。最初は、此処がザンゲ岩だと思い、kz氏と一緒に大休憩を取ったのだが、其処からは未だ軽い登りがあった。木々の合間に、ぽっかりと穴が開いたように、開けた場所に着いた。其処へ足を踏み入れたら、突然空中に躍り出たかのような錯覚に陥った。思わず声が出た。ザンゲ岩からの眺望は、遠近感が失われそうになる程、全てが見渡せた。地平が丸く歪んでいるように感じた。横川駅と、鉄道文化むらに保存されている列車が、模型のように見える。鳥瞰図の視線と云うのが、このようなものなのだろうと思った。

Zange1

横川から眺めた峻険な山稜の上を辿る。樹林の中の穏やかな道は、時折アップダウンを繰り返す。途中の鞍部で、道標の在る場所で、西の谷へ伸びる尾根に沿って下って行く作業道らしき踏跡を見つけた。kz氏が、此処から下山できる、と声を上げた。切り拓かれたような谷が底へと緩やかに広がっている。此れで、あの鎖場を下ると云う恐怖を味わわなくて済む可能性が出てきた。其れを確認して、我々は取りあえず明確なピークである、産泰山に登頂することを目標にして、先に進んだ。

地形図では崖に沿った尾根を緩やかに登るのかと思っていたが、所々にピークと間違えそうな瘤が現われる。其れ等を捲いていく道は、時折尾根が分かれている部分もあって、注意を怠ると迷ってしまいそうになる。kz氏にしても一瞬躊躇してしまうような箇所もあった。私は、瘤が見えると、あれが産泰山ではないか、などと云う希望的観測を頻繁に口走っていた。自分が余程、神経が磨耗しているのだと感じた。

丁須の頭に行くことが出来ないことになって、最早安全に下山できるかどうかと云う懸念だけが脳裡に浮かぶ。そんな中途半端な気持ちの儘歩いていたら、明るい広場に到達した。文字の消えた木片の山名標が木に掛けられていて、石碑が立っている。産泰山の山頂だった。断崖の方向の樹木が少ないから、ふたたびの絶景が広がった。

もう充分だろう。kz氏が独り言のように呟いた。私は言葉を発する余裕も無く、心の中で首肯しながら、ぼんやりと絶景を眺めていた。

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コメント

最初の鎖場の俺、かっちょいいなあ。(笑)
自分で言うのもなんなんだけど、俺、人の役に立ってる~!
って思いました。
かっこよく書いてくれてありがとう!(笑)

怖い怖い!
って叫びながら登ると、なぜか登れてしまいます。
ほんとに怖い場所は声も出ません…。
心の中で「死ぬ~」って思うだけです。

あの鎖場地帯を下るかと思ったら、憂鬱になるよなあ。
俺はもう、あんなとこ戻るの絶対ヤダ!
と思ってました。

遅刻事件でちょっとネタにし過ぎてしまったので、
鎖場のkz氏を大絶賛で書きました。

でも間違い無く、かずさんがいなかったら、
麻苧ノ滝を見物して帰っていたと思います(笑)

ネットで読んだ記事で、あの最初の鎖が駄目だったら、
御岳の先は無理でしょうと書いてありました。
たぶん私は妙義を行くのに十年早いということなのかと思われます。

かずさんでもあの鎖場を下るのは厭ですか。そう聞くとちょっと安心します。

ザンゲ岩の景色、あれは爽快でした。
あれを見て、鎖場の苦労が報われた気がします。

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