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2013年10月

唐松岳・五竜岳(前編)

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ゴンドラとリフトを乗り継いで、気がついたら標高1800mに居る。心の準備ができていない儘、取り留めの無いことを考えた。ゲレンデの山肌は色づいていて美しい。紅葉に群がる人々は、まるで花弁に集る虫のようである。麓である白馬八方からの標高差は1000mである。山と云うものは歩いて登るもの、其の労苦の感覚が、身体に染み付いているから、なんだか悪いなと云う気持ちも有るし、時間を稼いで得をしたと云う思いもよぎる。日曜日の正午近くに、登山姿でリフトに乗ろうと云う者が見当たらない。巨大なザックを抱え、所在無い感じでリフトのバーを握り締めている自分が、不必要な迄に目立っているような気がして落ち着かない。紅葉が最高潮を迎えている八方尾根の遊歩道は夥しい観光客で賑わっていた。何処かのテーマパークに居るような感じである。

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2013/10/6

八方池山荘(11:50)---第三ケルン---丸山ケルン---唐松岳頂上山荘(15:20)---唐松岳---唐松岳頂上山荘(17:45)

猛暑が和らいで、漸く過ごしやすくなったと思ったら、九月は呆気なく終わってしまった。秋の空の喩えの通りに、天候が落ち着かない日々が続いた。其れが漸く治まって、仲秋の名月を眺める頃には、絶好の好天が訪れたから、なんとか今年のうちにもう一度北アルプスに行きたいと云う気持ちが高まってきた。常念山脈を三日間掛かって踏破した苦悶の記憶は薄らいでいた。性懲りも無く、山へ行くのだと興奮しているが、例によって何処に行くのかと云うところから始まる思案が延々と続いていた。

今度こそ奥穂高岳に行くのだろうと思っていたが、書架にある「鹿島槍・五竜岳」の登山地図が気になってきた。常念岳の時に熟慮した計画思案の時は、白馬方面は絶対的に距離が遠いと云う認識があった。青春18きっぷの鈍行旅行の前提があったから、長時間鉄道で移動した場合、登山口に立つ時間は必然的に遅くなる。其れをを回避するために、なるべく早めに列車から離脱しなければならないと考えていたから、穂高駅で下車して中房渓谷へのルートを選んだのである。しかし、駅から尾根に乗る迄の所要時間を考えたら、白馬駅からゴンドラ経由で八方尾根に行くのが断然早いと云うことに、やっと気付いたのだった。

また、白馬駅の手前にある神城駅に下りて、やはりゴンドラ駅に移動すれば、五竜岳への遠見尾根に難なく乗ることができると云うことにも気付いた。八方尾根から出発して、唐松岳に登頂し、五竜岳へと稜線を渡り歩いて神城駅に下山するか、遠見尾根から五竜へ、そして唐松に向かうか。北アルプスの入門コースと云われるコース設定だが、計画は直ぐには確定しない。

初めての上高地の時にも書いたが、できれば夜行バスで移動したくないと云う思いがある。窮屈な姿勢でバスに揺られ、寝不足の疲労を蓄積した状態で山に登りたくない。そして、そもそも白馬へ行く夜行バスは平日には運行されていない。新宿から朝に出発するバスで白馬に向かうと云うことは、登山としては遅い時刻から出発しなければならない。其処で索道の終点、八方池山荘からから唐松岳頂上山荘迄の所要時間を換算する。其れは三時間半である。理想的とも思えるが、一抹の不安を感じた。

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十月の北アルプスと云う状況が判らない。上高地から岳沢小屋迄歩いたのは九月の後半だったが、其の時は午後四時にはテント場に到着していた。紅葉の八方池を散策するだけなら心配することもないが、標高2600mを越える稜線上にある唐松岳頂上山荘に、最低限何時迄に到着するべきなのかと云うことの見当がつかない。新宿発昼行バスの出発時刻は微妙に遅く、白馬八方に到着するのは午後一時に近い。リフトを乗り継いで歩き始めるのはそれから三十分後くらいだろうかと想定すると、小屋に着くのは順調に歩いても午後五時である。

初めての経験である、秋の高山を軽視することができない。常念岳からの途上で、山と高原地図の所要時間を盲信できなくなっていたから、私は怖気づいて逡巡した。テント場には、遅くても午後四時には到着したい。初めての山、初めての秋山、それも北アルプスである。余裕を持った行程で臨まなければならない。常念山脈で、無情に流れる時間に切迫して歩いた苦い経験が蘇ってくる。我儘を云ってはいけない。混雑する週末も厭わず、夜行バスに乗って早朝に白馬へ。時間を気にすることなく、のんびりと八方尾根の眺望を楽しみながら歩くべきである。そう決心した。

白馬八方へ夜行バスで行く。ただ其れだけなのであるが、此処迄決まるのに随分右往左往したような気がする。あとは好天を期待する、と云うよりも、今度こそ晴天の北アルプスを歩くことに執着した。切実な願いとともに、私は出発予定日の一週間前から天気予報を注視していた。信州側と黒部側の、麓の天気を参考にするしかないのだが、折しも発生した台風22号の影響で、雨と曇の印が並んでいる。予想も流動的で、十月五日土曜日、翌日曜日の天気予測は、日々変更されていった。そうして、漸く二日前の時点の予報で、週末の雨マークが消えたのであった。

気持ちが決まったので、あとはバスの座席を予約するだけであった。そうして、インターネットに接続してアルピコ交通のサイトを覗いたら、白馬八方への夜行バスは既に満席になっていた。熟慮の末の決断であったが、計画は呆気なく白紙に戻された。

土曜日の夕刻に現地へ達し、安宿に泊まる案なども考えた。昼行バスは、夜行バスに比べて廉価である。夜行バスが割高になっているとも云える。安宿の目星は付いたが、なんとなく気乗りがしなかったので、日曜日の午前中に、白馬に到達する案を考えた。未明に最も早く出発するJRの普通列車を乗り継ぎ、白馬駅に向かうのが最善策で、午前十時四十分くらいに到着する。安宿案の場合は遠見尾根から五竜岳、翌日に唐松岳へ向かう時計回りにするつもりでいたが、当初の思惑通りに、八方尾根から唐松岳、翌日に五竜岳を目指すことにした。

初めての後立山連峰。其の名峰のひとつである五竜岳が今回の目標である。順序として、最後に登るピークが五竜岳と云うのは、適切なコースだと思える。ゴリューと云う響きが、アルプスに行くのだと、気分を昂ぶらせてくれる。以上が出発迄の逡巡である。中央本線を高尾、大月、甲府、岡谷と乗り継ぎ、初めての白馬駅からバスと索道を乗り継いで、八方池山荘に立ったのは、正午に近い時刻であった。

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リフトの途上から、登るにつれて山上からの霧が覆ってくるのが窺えた。天気予報は其の後も変化していて、此の状況は織り込み済みである。翌日の晴天を信じて、八方池に映る白馬三山の有名な景観は既に諦めている。第二ケルン迄、なだらかな遊歩道を敢えて選ばず、尾根上の登山道を歩く。周囲はガスで真っ白だった。人が少ないと踏んで登山道を選んだが、下山に使う観光客が存外に多い。面白味のない木段の道を、実直に歩き続けた。乗り物に長時間揺られていた所為か、足取りは其れ程軽くは無い。勿論、テント泊装備の重いザックの負荷は、今日も変わりが無い。

いよいよ霧が深くなって、行楽客の群れが分散して閑散としてきて、砂礫状の傾斜の向こうに、薄っすらと第二ケルンの尖塔が見えてきた。其れを過ぎると、瓦礫場の登りになって、八方ケルンが現われた。行楽客の数は減ってきたが、本格的な登山装備の下山者が、ケルンの周辺で思い思いに寛いでいる。霧に覆われた斜面は、這松の緑に混じって、紅い植物が散見できる程度で、此れが八方尾根の紅葉なのかと、首を傾げたくなるような殺風景さであった。

眺望は次第に少なくなり、茫洋とした広場に多くの人々が屯している。八方池に下る遊歩道に、多くの観光客がゆらゆらと移動しているのが見えた。私は、未だ標高二千メートルに居ると云う実感が湧かない儘、霧の中を歩き続けていた。

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断章的に。神明神社から赤ぼっこ

台風が頻々に発生して、悪天候が続いた十月。「奥多摩東部登山詳細図改訂版」を頼りに、短時間の山歩きを行なった。

2013/10/17

宮ノ平駅(13:00)---神明神社---要害山---天狗岩---赤ぼっこ---馬引沢林道---宮ノ平駅(16:00)

Jinmei

大雨が続いて、漸く晴れたので出掛けようと思った。出発時刻は躊躇してしまうくらいに遅い。青梅駅に着く迄に、何処に行こうかと迷う。接続良く奥多摩行きに乗ったが、空は急激に曇天に変わったので、宮ノ平駅で降りた。

梅ヶ谷峠入口からは何度も登ったが、登山詳細図に記されている神明神社経由は初めてなので、そちらを歩くことにする。舗装された坂路を登り、住宅と畑地が同居した陽当たりのよさそうな地域を真直ぐに進む。立派な車道と交差するところを山のほうへ歩くと、直ぐに小さく盛り上がった尾根への山道があった。要害山への手製の道標があり、其処に進入した。草木が繁茂する細い尾根道を緩やかに登ると、神明神社に到着。小さい社なのに、立派な茅の輪が設えてある。祈願を記す人型の紙の投函箱もあった。

細い尾根が、真直ぐに続いている。右手の谷は梅ヶ谷峠入口からのコースで御馴染みの道があると思われる。谷筋コースの、最後の集落というか民家がたくさんの犬を飼っていて、かならずけたたましく吠えられるのを思い出した。犬に吠えられないと云う明確な利点が神明神社コースにはある。しかしあまり人が歩いていないのか、植物の繁茂が目立つ。細い木が幾つも倒れていて、其れ等を片付けながら歩いた。今後暫くは歩き易くなっている筈である。

梅ヶ谷峠入口からのコースと合流する道標の地点に呆気なく到着。其処からは平和な尾根登りだと思っていたが、大雨の所為で、かなりの大木が倒れているのが散見された。登山道をほぼ封鎖するように倒れているのもあった。しっかりした登山道が、荒々しい道に変貌したと云う観である。

愛宕山分岐から、要害山を過ぎて、南面の方で植林伐採作業が派手に行なわれていた。北面もかなりの範囲で伐採が完了しており、展望が利くようになった。通常であれば駆け抜けてしまいそうな道だが、今日は登山詳細図を眺めながらゆっくり歩く。途中の四等三角点にも立ち寄った。

不安定な天候の合間、それも平日の午後なので、人影の無い天狗岩を占有して、ひさしぶりの眺望を楽しみながら食事を摂った。無風で快適なので、長時間其処に座って思索に耽った。満悦して山稜ルートに復帰して、寄り道せずに降りようかと思ったが、赤ぼっこも無人なので、折角なので立ち寄った。台風の影響だろうか、木のベンチが逆さまになっていた。持ち上げてみると存外に重くはない。少々時間は掛かったが正常の形に戻した。

ベンチが在った山名標の付近は強風を直截に受けるので頼りないと思ったから、やや低い位置に移動させて配置した。だから恣意的に位置を移動したわけではない。ひと仕事終えたと云う気分の後、人の気配を感じた。周囲を見回すが誰も居ない。怪訝に思いながら風景に視線を移すと、直ぐ其処に立っている送電鉄塔に、ふたりの作業員が登っているのが見えた。私は内心で首肯して、赤ぼっこを後にした。

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裏妙義・産泰山(後編)

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ザンゲ岩からの眺望に比較すると、より東の方向に広がる産泰山からの雄大な光景。其れを眺めながら、腰を下ろして休憩し、食事を摂った。暫くそうしていたら、kz氏が叫び声を上げた。何事かと見ると、靴の中に山蛭が入り込んでいると云う。インターネットで西上州の情報を見て予習はしてきた。しかし、帰途に予定していた鍵沢のルートに、山蛭が生息しているらしいと云うのは知っていたが、よもや産泰山で其の憂き目に遭うとは思わなかった。奇声を上げて狂乱の態のkz氏に、持ってきた忌避剤を振り掛ける。もちろん他人事では無い。気づいていなかっただけで、私の靴にも山蛭は纏わりついていた。そして既に腹部を噛まれていたようで、シャツの裾が赤黒く染みていた。流血である。しかしそれでも、蛭の被害に遭うのは不快で厭なものだが、私の神経は、無事に下山できるかどうなのかと云う懸念と不安に満ち満ちていた。kz氏は狂ったように騒いでいるが、私は蛭に構う余裕すら無かったのであった。

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2013/9/1

横川駅(10:15)---麻苧ノ滝---鼻曲り---産泰山---北西の尾根---鍵沢---横川駅(16:30)

突然の蛭騒動で、ほうほうの態の儘、慌てて下山の途に就くことにした。横川駅から見える岸壁の上から少しだけ奥に回りこんだくらいの位置にある産泰山で、今日の登山は終了である。裏妙義に登ったと、ちょっと大きな声では云えないような行程なのだが、もう其れでよい。無事に下山できれば御の字である。あの鎖場を回避して、kz氏が確信的に云う、鍵沢へ下りる尾根に乗って下るしかなかった。

来た道を引き返して、何処までも鬱蒼とした樹林の谷を見ながら、作業道と思しき踏跡が伸びる、道標の在る分岐点に着いた。地形図を見ると、明瞭な鞍部の付近にいるのだと思うが、小刻みに瘤があってアップダウンを繰り返しているので、確実なことが判らない。しかし、意を決して、なだらかな斜面の山肌に沿った踏跡を下り始めた。

道は細いが明瞭に辿っている。やがて尾根の分岐に乗ったから、一路傾斜を降り始める。眼に見えて周囲が薄暗くなってきた。此の儘順調に沢に下りるのかと思ったら、傾斜が緩まって、涸れ谷へ合流してしまった。こんなに早く尾根が終わるわけがない。kz氏が云い、南側に見える大きな尾根を指して、あれに乗ろうと云った。

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踏跡は微かにあるように見えるが、気の所為かもしれない。心細くなるが、兎に角尾根に乗らなければならない。なだらかに見える谷を下るのは危険だった。大きく見えた尾根も、乗ってみて眺めたら、周囲の風景には何の変化も見られなかった。同じような樹林が覆っているだけである。コンパスで、大体の方向は判るが、小さい尾根が幾重にも伸びているから、気を抜いてしまうと、一瞬で方向の感覚は失われてしまうだろう。此れが鍵沢に下りる尾根だと、kz氏が断定してくれなかったら、先に進む勇気は出なかっただろうと思った。

尾根は実直に、然程の傾斜も無く続いていた。歩き続けて、漸く手応えを感じられるようになった。此れは大丈夫そうですね。好い尾根じゃない。背後からkz氏の陽気な声が返ってくる。其れだけで気持ちが軽くなった。ひたすら谷底に向かっている尾根の上の道が、少し明るくなって、空が見えた。コンパスで南の方向を見て、其の彼方を眺めた。丁須の頭の片鱗でも見えないかな。そう呟いたら、随分余裕があるんだねえ、と、kz氏が笑った。

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順調に下り続けた。そして傾斜が殆ど無くなって、沢の流れの音が微かに聞こえるような気がした。ふと足元を見たら、木片が転がっていた。其れは横川駅と丁須の頭が記された、道標の残骸だったから、ふたりで驚嘆の声を上げた。此の尾根は、もともとは登山道で、其れが廃道になったのか。後に検証せねばならない問題だったが、私は鍵沢に到達できたことで胸が一杯になっていた。助かった。そう思うばかりだった。まだ登山道に復帰したわけじゃないから、安心するのは早いよ。そう云うkz氏の冷静さが頼もしい限りであった。

地形図を改めて確認してみる。山名も記されていない産泰山の付近から、北西へと伸びる尾根は顕著に判るように見える。しかし、此の周辺に散見する壁の印を回避して、緩やかな尾根を下りきって、鍵沢に下りることができたと云うのは、私にとっては僥倖以外の何物でもなかった。読図能力だけでは此処迄辿りつけないだろう。判断してからの、決断力が問われるのだと、kz氏の動静を見ていて、そう感じた。

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渡渉して、対岸の尾根に刻まれた踏跡を歩いた。鍵沢の実直な流れは、真直ぐに下降していた。沢の行き着く処は、あの麻苧ノ滝である。我々の居る尾根は、沢から離れて徐々に登りに掛かっていた。どのくらい離れるかと云うと、沢に背を向けて、違う山に登り始めるような感覚を覚える方向だった。私はふたたび弱気な声を出す。そんな私を見兼ねたのか、kz氏は、私に休憩するように云い、空身になってから、先を偵察してくると云って、尾根を登っていった。

数分で戻ってきたkz氏は、釈然とはしていないようだったが、此の儘登ろうと云ったので、気を取り直して出発した。尾根は徐々に岩が出現するようになったが、其の中に白い丸印が描かれているのを発見して、俄然希望が湧いた。傾斜が急になって、湿った土を踏み込んで登っていたら、呆気なく登山道に辿り着いた。相変わらずの細木で作られた指導標を見て、今度こそ安全圏に到達したのだと実感した。kz氏と、渾身の握手を交わした。

気持ちの上では、既に下山してしまったかのような雰囲気だったが、鍵沢コースの登山道は、昭文社地図には何の記載もないが、予想以上に崩壊地が多く、緊張を強いられる場面も少なくは無かった。しかし、私は不思議なくらいに恐怖感が無かった。後で思い返すと、奇妙な程淡々と、崖っぷちのトラバース道を横断していた。クライマーズ・ハイと云うのは大袈裟に過ぎると思うが、不思議な高揚感の儘、岩崖を避けるようにして迂回する登山道を下り続けた。

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途中、またしても蛭の大群に襲われた。忌避剤を振り掛けてもキリが無いくらい、獰猛に俊敏に、山蛭は寄ってきた。もう諦めて進みましょう。そう云ったら、そうかあ、諦めるかあ、と、素直な感じでkz氏が云った。非日常的な会話をしているなあと、何だか可笑しくなった。そうして、陽の当たらない斜面の、泥濘や倒木の登山道を、困窮を極めながら下り、漸く舗装路の登山口に到達した。山から逃れたと思ったら、雨が降ってきた。倉庫の軒下で、足元を点検すると、山蛭は執拗な迄に、靴に張り付いていた。

鼻曲りの威容をふたたび眺めながら、雨に濡れながら車道を歩いた。彼方の空は明るいから、直に止むのだろう。そう思いながら、裏妙義の取り掛かりとでも云うか、入口あたりで彷徨って帰ってきたような気分を満喫した。垂直の崖の鎖場で萎縮し、度重なる鎖場で恐怖に眼を背け、そして道無き道を下り夢中で帰ってきた。其れを反芻していた。

無事に下山できた喜びで充足すると云うのは、実に倒錯した行為のようにも思う。尤も、何を満たそうと明確に意図して行動している訳ではない。自分に説明がつかないと云うのは何とも落ち着かないが、訳の判らない儘充足すると云う、莫迦になったような感覚は、そんなに悪いものでもない。そう思った。

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別記(2013年9月の山歩き)

2013/9/5(日光戦場ヶ原・高山)

赤沼(11:30)---戦場ヶ原・赤沼分岐---石楠花橋---幕張峠---熊窪分岐---高山---竜頭の橋---赤沼(14:40)

2013/9/20

大月駅(9:00)---むすび山---峯山---天神峠---高川山---男坂コース---初狩駅(13:45)

2013/9/23

高尾駅(9:00)---宮の前---中宿橋---太鼓曲輪尾根---北高尾山稜縦走路---地蔵ピーク---駒木野---高尾駅(13:00)

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裏妙義・産泰山(中編)

国道18号から碓氷川に坂道を下り、麻苧(あさお)吊橋を渡ると、御岳経由で丁須ノ頭へと向かう登山口が現われた。朽ちかけた木段を登り、暫くは沢沿いの遊歩道を歩く。小さな滝や、珍しい形状の岩が散在している。そんな景勝の散策路が終わると、麻苧ノ滝が現われた。滝の景色と云うものを、然程期待していなかったので、其の雄大さに眼を瞠った。滝壷の岩場で、制服を着た女子高生がふたり、嬌声を上げているのが見えた。其れは何とも絵に描いたような、非現実的な眺めだった。


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2013/9/1

横川駅(10:15)---麻苧ノ滝---鼻曲り---産泰山---北西の尾根---鍵沢---横川駅(16:30)

女子高生に気を取られている場合では無かった。麻苧ノ滝を眺める橋を渡ると、いよいよ登山地図にも記されている、最初の鎖場が現われる。其れは水量の少ない滝が在る傍の岩壁に鎖が繋がっていた。岩壁を垂直に攀じ登る形状になっている。地図には10mの鎖と記されているが、鎖の高低差よりも、眼下に落ちる崖の深さを見て、足が竦んだ。

ヘルメットを被って、其の第一関門に向かう。kz氏が、此れは怖いよ、などと声を上げている。其れを背後に聞きながら、岩の折り重なった部分に、恐る恐る足を載せて、鎖を掴んで崖の切れ落ちる処に進んだ。鎖は崖に強固に打ち付けられていると判ったが、足元の岩が濡れていて、何時滑ってもおかしくないように感じる。其れで、足元を確かめるために視線を下げると、崖の底が見えないくらいに深いと云うのが判る。鎖に摑まっていれば大丈夫なことが判っているのに、恐怖感が心の裡に染み渡っていて、次の一歩を踏み出すことができない。

私はkz氏の処に引き返した。怖くて登れない。口惜しいが、本当に怖い。其れで、kz氏が先に登ることになった。どうなることかと思ったが、彼は怖い怖いと絶叫しながら、するすると登って行った。私は其れを茫然と眺めた。登り終えたkz氏が、崖の上から延びている尾根を伝ってきて、私の頭上に見える山腹から顔を出す。そして、私のザックを彼に渡すように指示した。空身なら登れるかもしれないよ。そう云って呉れたので従うことにした。

kz氏が登った軌跡が脳裡に焼き付いていて、其のお陰で岩に刻まれた小さな割れ目に足を入れたら、垂直に登る勇気が湧いた。強固な鎖に摑まり、足掛かりが確定したら、なんとか登ることができた。しかし、登りきった瞬間に、全身の力が抜けていくような気がした。もし、途中で時間切れとなって、来た道を戻って下山することになったら、此の鎖場を下らなければならない。其れを考えるだけで憂鬱になった。

気を取り直し、明瞭に続く登山道を歩く。ルートは明瞭だが、左右を見れば所々に断崖状である山肌の様子が窺えた。痩せている尾根ではないのだが、険しい岩稜の上を歩いているのだと云う意識が、気持ちを萎縮させていくような気がした。とんでもない処に来てしまった。それが率直な感想であった。

果たして、ふたたび鎖が現われた。其れは岩壁を攀じ登るのではなく、急傾斜の岩場なので、通過することができた。しかし、相変わらず岩場は濡れているから、滑って怪我をしたら、などと云う負の思考ばかりが心裡に渦巻いている。そうして、萎縮していくと、脚が自分の意図ではなく、機械的に繰り出されているような錯覚に陥るのだった。

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登山道は山腹をなぞるようになり、三番目の鎖場は、崩壊して久しい様子の箇所をトラバースする処にあった。なんとか及び腰で其れを通過する。巨岩の影になっている捲き道は、じめじめと湿っていて、足元に神経が集中する。間もなく次の鎖場が現われる。同じようなトラバース道だが、岩が斜めに突き出た箇所を、今度は鎖にしがみ付くように渡る。登山地図に「岩壁中の鎖」とある箇所かと思われる。もうこんな道は戻れないよ。kz氏が叫ぶ。息も絶え絶えに、其れを聞いた私は、どうやって下山するべきなのか、と云うことを漠然と考えた。時刻が遅くなっても、丁須の頭迄登り、沢沿いの登山道を下るしかないのだろうか。そんなことを考えていた。

尾根の端に出て、傾斜を登るようになったが、遠くに視線を移すと、目の前はふたたび聳え立つ岩壁だった。其の壁の下に辿り着いたら、右方向に岩が重なり合っていて、其の合間を微かなルートが辿っていた。其れは岩壁の隙間を縫って、壁に張り付きながら斜めに登って行くと云う進路だった。当然鎖が設えてある。足場は確かで、逡巡することなく登ることができた。しかし、眼下は此れ迄で最も高度感のある断崖だった。意識して底の方を見ると、思わず眩暈を起こしそうになる。断崖を登りきってから、私は後ろを振り返ることができず、尾根の上に、逃げるように登って行った。

穏健な尾根の上を歩くと云うだけで、快楽的だった。鎖場を全て通過して、漸く地形図を冷静に眺めることができた。御岳へと連なる尾根の、突端に乗ったばかりと云う位置に、我々は居るのだった。傾斜を登り詰めて、眺望が開ける岩の瘤に着いた。最初は、此処がザンゲ岩だと思い、kz氏と一緒に大休憩を取ったのだが、其処からは未だ軽い登りがあった。木々の合間に、ぽっかりと穴が開いたように、開けた場所に着いた。其処へ足を踏み入れたら、突然空中に躍り出たかのような錯覚に陥った。思わず声が出た。ザンゲ岩からの眺望は、遠近感が失われそうになる程、全てが見渡せた。地平が丸く歪んでいるように感じた。横川駅と、鉄道文化むらに保存されている列車が、模型のように見える。鳥瞰図の視線と云うのが、このようなものなのだろうと思った。

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横川から眺めた峻険な山稜の上を辿る。樹林の中の穏やかな道は、時折アップダウンを繰り返す。途中の鞍部で、道標の在る場所で、西の谷へ伸びる尾根に沿って下って行く作業道らしき踏跡を見つけた。kz氏が、此処から下山できる、と声を上げた。切り拓かれたような谷が底へと緩やかに広がっている。此れで、あの鎖場を下ると云う恐怖を味わわなくて済む可能性が出てきた。其れを確認して、我々は取りあえず明確なピークである、産泰山に登頂することを目標にして、先に進んだ。

地形図では崖に沿った尾根を緩やかに登るのかと思っていたが、所々にピークと間違えそうな瘤が現われる。其れ等を捲いていく道は、時折尾根が分かれている部分もあって、注意を怠ると迷ってしまいそうになる。kz氏にしても一瞬躊躇してしまうような箇所もあった。私は、瘤が見えると、あれが産泰山ではないか、などと云う希望的観測を頻繁に口走っていた。自分が余程、神経が磨耗しているのだと感じた。

丁須の頭に行くことが出来ないことになって、最早安全に下山できるかどうかと云う懸念だけが脳裡に浮かぶ。そんな中途半端な気持ちの儘歩いていたら、明るい広場に到達した。文字の消えた木片の山名標が木に掛けられていて、石碑が立っている。産泰山の山頂だった。断崖の方向の樹木が少ないから、ふたたびの絶景が広がった。

もう充分だろう。kz氏が独り言のように呟いた。私は言葉を発する余裕も無く、心の中で首肯しながら、ぼんやりと絶景を眺めていた。

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