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燕山荘から常念小屋

Otensho



希望的観測には特に根拠も無い。夜半に目が覚めて、ふたたび眠りに落ちて、其の繰り返しの果てに、テントを叩く雨音が止むことは無かった。周囲のテントから、曖昧な話し声が聞こえてくる。時計を見ると、午前五時に近い。テント場の下のほうから、多人数の足音が近づいてきた。関東の学生たちが、空身で燕岳へと向かうようであった。隣のテントは関西弁の学生たちで、ラジオを流しながら様子を窺っている。フライシートのジッパーを少しだけ開いて、外の様子を眺めた。雨は一時的に止んでいて、周囲は濃霧に包まれている。腹這いになって、頭だけテントの外に出して、行儀悪く煙草に火を点けた。今日の行程をぼんやりと思い浮かべる。本来であれば、既にテントを畳んで出発すべき時刻だった。私は、昨年の、岳沢での朝を思い出していた。焦って先を急ぐ必要は無かった。濃霧の中を、燕岳に登頂すると云う気力が湧き起こってこない。ぱらぱらと、ふたたび雨粒が落ちてきて、煙草の指先を濡らし始めた。

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2013/8/21

燕山荘(7:15)---蛙岩(8:00)---大天荘(11:20)---旧二俣小屋跡(12::25)---常念小屋(14:50)

ひと筋の登山道が、霧の彼方へと続いていた。単独行の若者が、ダブルストックで軽快に下りて行った。溜息の序でに、深呼吸してから、私は、燕岳の方角に背を向けて、歩き出した。幾つもの花崗岩の奇岩が、ぼんやりと現われ、そして消えていく。稜線の西側に沿って、霧の道は果てしなく続いていた。時折、数人のグループの気配が背後に近寄ってくる。重いザックで、重心を傾けることさえ億劫なので、背後を振り返ることなく、私は道端に避けて、登山者たちを見送った。

そんな感じで、表銀座縦走路を歩き続けた。言わずもがなであるが、晴れていれば、右手には壮大な北アルプスの山々の絶景が展開する筈である。そう考えてしまってから、虚しくなった。映画の『八甲田山』で、雪中行軍の連隊が遭難し、いよいよ死者が続出していく、という場面で、夏山の平和な景色が入り混じる、幻覚を表現した映像が挿入されていたが、何故か其れを思い浮かべてしまった。途中、大天井岳方面からやってきた大勢の学生グループと擦れ違った。巨大なザックを背負った若者たちが、一様に俯いて、粛々と数珠繋ぎで行進している。其の行列が燕岳方面の霧の中へ、幽霊のように消えていった。

濃霧の中を歩き続けて、距離感も時間の経過の感覚も失っていたような気がした。其れで突然、あっと思って時計を見た。出発して、三十分以上経過していた。昭文社の地図を広げてみると、最初のポイントである、大下りの頭と云う処迄、五十分のコースタイムが記されていた。大下りの頭よりもずっと手前の、蛙岩にすら到達していない。奇岩はいたるところに点在していたから、何時の間にか蛙岩を通り過ぎてしまったのだろうか。そんなことを考えていたら、目の前に大きな岩が立ちはだかるようにして屹立しているのに突き当たった。

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登山道は其の岩山を左に避けて蛇行していて、間もなく忽然と蛙岩の標柱が現われた。稜線を遮る、屹立した双頭の岩が蛙岩であった。其の真ん中の割れ目を通り抜ける。発ってから、四十五分が経過していた。大下りの頭迄のコースタイム迄、あと五分しか無い。私は、自分の歩調が著しく遅いと云う感覚が無かった。しかし、幾多のパーティに抜かれているのも事実だった。自分を急き立てるべきか、もう少し急いだ方がいいのか、自問自答してみたが、歩調は相変わらずで、惰性で歩いているような、そんな感じだった。

荒涼とした花崗岩が風化した土の道を辿り、大下りの頭に着いた。一時間二十分が経過していた。湯俣温泉の谷へ向かって、長大な尾根が伸びて居る。尾根の上で強風に晒されながら、ぼんやりと彼方を眺めていたら、霧が流されるようにして移動していった。そして、彼方に無骨な尾根の続く山なみが現われた。硫黄尾根、硫黄岳の末端であろうか。其処から左に視線を転じれば、北鎌尾根が連なっている筈である。霧の中に、槍ヶ岳が直ぐ其処に在るのだと思うと、不思議なことに、気力が漲ってくるように思えた。しかし霧は、ふたたび全てを覆いつくしてしまった。

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気が遠くなるような時間が経過した。稜線を歩き続けて、漸く切通岩に到達する。学生のパーティが屯していたので、衆目に晒されながら鎖場を通過するのが苦痛だった。鞍部は混み合っているから、喜作レリーフを眺めることもなく、ふたたび木段を登り、歩き続けた。槍ヶ岳と大天荘の分岐点は、茫漠とした濃霧の中に道標が立っていて、とても休憩しようと云う気持ちにはなれなかった。大天井岳の山腹をループするように、登山道は続いていた。瓦礫の道で、足元がぐらつき始める。辺り一面が真っ白な空間で、何処からとも無く、眼下の谷で停滞している学生たちの嬌声が聞こえてくる。其れがなんとも云えず不気味だった。

喘ぎながら登り続けて、気がついたら霧の中に建物が浮かんでいるのが見えた。大天荘は無愛想な大きい箱が置いてあるような感じで建っていた。窓の中に食堂で寛いでいる人々の姿が窺えた。小屋の軒先に在るベンチにザックを立て掛け、腰を下ろした。余りの疲労で、暫く動けないでいた。食堂で何か食べよう。昼食営業中の立札を見て、そう思った。思った途端に、テントサイトの方から、若者のグループが愉しそうに会話をしながら、小屋に近づいて来た。軽薄な口調の若者たちが、カレーあるじゃん、などと云って建物の中に入っていった。

其れで急速に気持ちが萎えていった。軽薄な輩と、同じような食事をするのが厭になった。疲れ過ぎていて、食欲があるのかどうかも判らなかった。ベンチに座った儘、行動食のカロリーメイトを齧って、其れで食事はお仕舞いにした。燕山荘から此処迄、四時間以上も掛かってしまった。標準コースタイムは三時間の筈だった。晴れていたら、未明に燕岳を往復し、今日一日で、蝶ヶ岳迄踏破しようと考えていたが、其れは余りにも無謀な計画であると云うことが実感できた。地図を広げた机上では、山を理解することはできない。山は、とにかく実際に歩いて経験しなければ、理解することができないのだ。大天荘の軒下で、私は独り、感慨に耽っていた。

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ザックを背負って、縦走を再開する。だだっ広いテント場の真ん中に道標があって、常念岳への道は真直ぐに続いていた。歩き出したら、取り巻く霧が動きを見せた。周囲に明るさを感じたので空を見上げたら、青空が垣間見えた。此れから劇的に晴れるのだろうか。昨年の重太郎新道での光景を思い浮かべた。霧の前穂高岳から紀美子平に降りて、時間が無いので止むを得ず下山の途に就いたら、途中で周囲を覆っていた霧が瞬く間に流れ去り、劇的に晴天へと変わったのだった。私は、期待に震えるような思いで、其の場に立ち尽くした。幾つかのテントから、人々が出てきて、同じように空を見上げた。

絵の具で描いたような青は、ふたたび鉛色の空気に覆われてしまった。登山道は霧に包まれた。北アルプスと云う壮大な存在が、私の心を弄んでいる。そんな気がしたが、此の大自然が、私に就いて関知する訳も無い。何故山に登るのか。絵葉書のような風景を眺めたいからではない。孤独に打ち克つのだ。そんな、本で読んだ台詞が脳裡に浮かんだ。本当は、槍ヶ岳を眺めたくて仕方が無いのに、心は意固地になっていくばかりだった。

そんな心境で、茫然としながら歩いていたら、登山道に雷鳥が降りて来た。一羽、そしてもう一羽と、這松の中からぴょんぴょん跳ねて私の行く手に現われた。四羽の目元が赤い雷鳥は、人間が歩いて来る様子に全く関心が無い様子で、其の儘歩いて行く。私は彼等の後から、呆気にとられたような気持ちで歩いている。数メートルもそうしていて、やがて飽きたのか、ふたたび這松帯へ、四方に散り散りになって、去っていった。

登山道は東方向に転換し、強風の吹きすさぶ稜線になった。霧雨が横殴りで吹き付けてくる。背中を丸めて、雨具のフードを手で押さえながら、歩き続けた。大勢の集団が現われて擦れ違った。疲労の極みのような表情をした集団は、高校生の団体だった。女子の割合が多いが、一様に大きなザックを担いでいた。殆どの高校生が、健気に挨拶をした。最後尾の、引率している教師の男性は、非常に切迫した表情をしていた。稜線の登山道は、何かが起こっても不思議ではないくらい、猛烈な風が吹き荒れていた。

東側の断崖は霧に覆われていて、何が何だか判らないが、西側の穂高方面は、遠くは見渡せないのだけれど、二ノ俣谷へと落ちていく尾根が濃霧の下に広がっているのが見えた。稜線は岩が多くなって、風は止んで、雨もいつしか上がっていた。二俣小屋跡の、石積みの遺跡を過ぎたら、景色が広がった。東天井岳から伸びる尾根に差し掛かり、道標の立つ尾根の上を越えた。尾根の反対側に出ると、山塊の肌を縫うように、登山道が連綿と続いているのが見えた。樹木の無い岩峰が無常に立ち並ぶ光景は、やはりアルプスと云うべきものだと思った。

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無欲の勝利と云うと大袈裟なような気もするが、曇天の儘なのに、視界が徐々に広がってきたように思えた。東天井岳から南西に伸びる尾根の雪渓、そして其の彼方に視線を移すと、端整な三角錐のような山が鎮座している。標高2492mの、中山と云う素っ気無い名前の山であるが、惚れ惚れするような山容だった。横通岳を捲く岩場で腰を下ろして休憩しながら、私は紫煙を燻らせて、其れに見惚れていた。

茫漠とした光景の最後に、常念岳の威容が現われた。岩崖の道を徐々に下って、常念乗越を眼下に見る処迄到達した。常念小屋は模型のように小さく、カラフルなテントが色紙の端のような感じで散らばっていた。疲労感が一度に押し寄せてくるような気がした。遠近感が、正常に受け止められないような、不思議な感覚に陥った。怪我をしないように、其ればかりを思って、私は長い下りを、歩き続けた。

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