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小下沢を遡行する(前編)

山が在って谷が在る。余りにも当たり前なことが、地形を意識して歩く山行きで、改めて実感できてきたような気がする。尾根はピークから派生して幾重にも分岐し、其の合間に谷が在る。其の沢の流れは相対的に、幾重もの支流が麓に向かって流れ、そしていつしか合流して、大河となって海へと注いでいるのである。あんまり当たり前なことを書いていると云うのが面映い限りである。道迷いでの遭難で、谷に降りるのは禁忌とされている。谷沢は下流に向かってはいるけれども、其処は自然の思うが儘に形成された峻険なる地形なのであり、断崖が滝となって落ちていく。渓谷の美しさは、峻険なる自然の厳しさを否応無く感受せられるからなのだろうと思う。

Kogesawa2




2013/6/29

大下バス停(9:00)---小下沢梅林傍の資材置き場跡---小下沢遡行---砂利窪分岐---逆沢分岐---逆沢ノ滝---小下沢遡行---逆沢林道---逆沢ノ頭---景信山南東尾根合流点---ヤゴ沢---小仏バス停(16:30)


山に親しむことになってから、自然と謂うものに対して、恐る恐る対峙しながら、歩いて来たように思う。無意識に、谷、沢、渓と謂う存在に対して、云いようの無い畏怖を感じる。沢登りと謂うものに憧れてはいたが、自分にとっては余りに敷居が高い行為のように思っていた。しかし、「悠遊趣味」のkz氏に、何気なく、沢登りへの興味を話してみたら、初心者は高尾辺りの沢で練習すればいいんじゃない、と云われて、憑き物が落ちたような気分になった。峻険な渓谷の岩場を攀じ登る、と謂うような図ばかりが頭に浮かぶ沢登りであるが、高尾山に流れる沢を遡行するくらいであれば、気後れするようなことも無い。

そうと決まって、では何処の沢を登りましょうとkz氏に誘いを掛ける。気後れは無くなったけれども、独りでは心細い。kz氏に引率して貰おうと謂う甘えた思惟が端から有るのである。そうしたら、ヘルメットは持っているのかと訊かれて、思わず緊張が全身を貫くような気持ちになった。其れで、逡巡しながらヘルメットを選び、沢靴を購入した。濡れた岩や、苔蒸した岩にステップを踏んで、滑りにくいのは、フェルト製のソールを配した靴なのだ、と謂うのも初めて知ったことであった。

山道具屋には何度も訪れるが、クライミングや沢登りの用具売り場に近づいたことは無かったので、沢靴を選ぶ時には脂汗が流れるほど緊張してしまった。全くの初心者であると伝えたら店員氏は、そうですか、すっごく愉しいですよ、と爽やかな笑顔で云った。ボルダリングとか、岩登りをやる人々の、いかにもスポーツをしています、と謂うような底抜けな明るさに、私はどうしても馴染むことができないような気がしていた。しかし、店員氏は、どうってことないです、と謂った雰囲気で話すので、いつしか私も、テニスのラケットでも買いに来ているような気分になってしまった。店員氏は、先週長瀞に行ったけど、水はもう冷たくなかった、と云った。私は、長瀞の急流を行くライン下りの船、の図を思い浮かべ、途端に目が廻るような心持ちになってしまった。

沢登りに就いての疑問は、全身がずぶ濡れになって、帰る時はどうするのか、と謂うことだった。着替えをビニール袋に入れて濡れないようにするんだよ、とkz氏に云われたから、首肯しつつテント泊に持っていくことにしているドライサックに全ての荷物を入れた。着替えるのは何処でするのか、其れも疑問だったが、衣類が濡れても、下山する頃には乾いているような素材の恰好をするのだと謂うことを、此れはインターネットの情報で知ったのであった。沢から上がって着替えなければならないのは、靴と靴下くらいであろうと、判断することにした。

いよいよ実行の日が近づいた頃、「登山詳細図」の世話人氏からメールが届いた。高尾山詳細図の改訂版がいよいよ刷り上った、目出度いので今週末に関係者を呼んで宴会をしようと思うが来ませんか、と云う内容だった。改訂版には、僅かながら私も踏査に参加しているので御相伴に与れるようである。初めての沢登りの日に重なってしまうが、都合の良いことに、kz氏は高尾山詳細図改訂版作成に、多大な寄与をしているから、ふたり揃って参加できる。実に好都合である。

宴会は夕方遅めから始まるようなので、私はkz氏に、当日はゆっくりと、遅めに集合しましょうと提案したので、集合時間は午前九時に決まった。集合場所は小仏行きバスで終点のひとつ手前の、大下バス停である。其処から小下沢に行く、とだけしか知らされていない。私は漠然と、小下沢林道を奥まで歩いて、何処かの支流に入って遡行するのだろうと、想像していた。其れ以上の予定は、行ってからのお楽しみ、と云う、kz氏からのメールを受け取った。実行前日、私は、遠足に引率されていく児童のような心持ちで、ザックに荷物を詰め込んでいた。

梅雨の合間の週末、天気予報は悲観的なものだったが、小仏行きのバスから眺める高尾山の山なみは、青空を背景にして佇んでいた。大下のバス停に降りたら、登山詳細図の踏査でお馴染みのC氏と、相方のTさんが居て、お互いに驚いた。kz氏は既に到着していて、知人と遭遇したとのことで、話し込んでいる。同じく小下沢林道に向かうC氏たちは、先に出発していった。陽射しが強烈で、暑いと云うよりも痛いくらいに感じる。身支度を整えてから、kz氏と私は、のんびりと小下沢林道に向かって、歩いていった。

車道から林道へ分岐し、小下沢梅林の手前に在る資材置き場跡地に分け入る。此処から降りられそうだね、とkz氏が誰に云うとでもなく呟いた。林道ではなく、小下沢の下流から入ると知って、私は動揺した。此処から降りるのですか、と恐る恐る訊いてみる。だって、沢登りに来たんでしょ。kz氏が、何を云っているのか、と謂う風に応えた。そうか、沢に入って遡行するのだもんな。沢に入らなきゃ始まらないもんな。奥深い渓谷、滝壺の釜、それが私の、沢登りに対する漠然としたイメージであった。其処に至るプロセスを、全く想像できていなかった。我々は、小下沢の最下流の川べりに、ゆっくりと降りて行った。

Kogesawa

履き替えた沢靴は、全体に薄っぺらで柔らかい履き心地だった。登山靴の積もりで踏みしめると、柔らかすぎて足を挫いてしまいそうである。フェルトソールの頼りない感触の儘、川べりに近づいたら、植物の繁茂が激しくなってきた。漸く其れ等を掻き分けて進むと、前を行くkz氏の嬌声と、ざぶざぶと沢に入っていく音が聞こえた。入渓しましたあ。kz氏が叫んでいる。沢の淵に立った儘の私は、泳げない子供がプールサイドで逡巡しているかのように、暫く動くことができなかった。

木洩れ陽に光る、鮮やかな緑に包まれた川の真ん中に、私は立っていた。辺りは濠音に包まれていて、他には何も聞こえない。沢に入ったと云っても、足首が浸かるくらいの、浅瀬である。涼しい風を直截的に浴びる。其れだけで異空間に入ったような、そんな気がした。ざぶざぶと音を立てて、足を繰り出していく。足元に気を遣いながら、前進する。時折、遠くを眺める。緑の光が、彼方へと続いている。沢の流れが、無限に、そして溢れんばかりに、私へと向かってくる。其れに抗って、濠音の中を、私は歩き続けていた。

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コメント

初体験だけに、感じることが多かったんすね~。
沢登りに至る経緯も良いです。

初めての沢のお役に立てて、これ以上の喜びはありません。

まだまださわりの部分だけですね。
三部作になるのかしら?
楽しみだわ~。

小下沢に入る直前、擁壁に沿って歩いていたよね。
あれで、負けた気がしました。
沢ヤの素質ありますよ~。
僕は怖くて、無理でした。

僕の場合、デビューが大常木沢とか小室川谷とか難しい沢でしたので、小下沢を一人やった時、最初にここをやればよかった~!
と後悔したのです。

ほんとは、クライミングジムでトレーニングした方がいいんですけど、七目さん登るのうまかったし、必要無かったですね。

初めてのことなので、あれこれと思い悩んだり、それが何とも長くて、なかなか先に進めないんですよね(笑)

>沢ヤの素質ありますよ~。

褒めて伸ばす、かずさんらしい優しいお言葉、ありがとうございます。

大常木沢、小室川谷。検索してみましたが、素晴らしいところですね。
いつか行けるようになりたいです。

またのご教授、よろしくお願いします。

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