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小下沢を遡行する(後編)

最初は及び腰で、沢の中に入っていったのだが、徐々に其の状況に慣れてきた。此れでは沢登りと謂うよりも、川遊びですね。そんな軽口を叩いたら、kz氏は笑って頷いた。小下沢林道が、直ぐ傍を通っていて、時折ハイカーが我々に気づいても、見て見ぬ振りをするかのように去っていく。異端の徒になったのだと思い、愉快な気持ちになる。梅雨の合間の良く晴れた日ではあるが、其れ故に山が供出する水量は夥しく、流れも激しくなってきた。川底も次第に深くなり、川遊びなどと云ってはいられない状況になってきた。

Kogesawa


2013/6/29

大下バス停(9:00)---小下沢梅林傍の資材置き場跡---小下沢遡行---砂利窪分岐---逆沢分岐---逆沢ノ滝---小下沢遡行---逆沢林道---逆沢ノ頭---景信山南東尾根合流点---ヤゴ沢---小仏バス停(16:30)


沢の両岸が狭まってきたと思ったら水流が激しくなった。大きな岩を見極めて、流れの多寡に係わらず、足を掛けられそうな方に進み、横這いになって通過する。なかなか上手いよと、kz氏が励ましてくれる。厳しい箇所を過ぎたら、平穏な沢歩きになる。気持ちに余裕ができると、直ぐ傍に併行する林道を見上げてみる。北高尾から注ぐ沢が合流してくるのが見えた。二番口だね、kz氏が云う。こげさわの森の散策コースの入口の番号である。未だそんな処迄しか来ていないのかと、驚いた。

左手、沢登り的に云えば右岸の方角を見上げる。景信山東尾根を形成する山が穏やかに連なっている。地形図を確認して、現在地を意識すると謂う行為は、既に意味を失っていた。時折現われる滝状の急流に意識を集中して、目の前の障害を乗り越えるのに精一杯なのであった。無心でひたすらにざぶざぶと小下沢を遡行していく。漸く林道のゲートが見えた。ザリクボで休憩しよう、kz氏が云った。入渓してから、既に二時間半が経過していた。林道を歩けば、四十分のコースタイムである。私は、漸く沢を歩くことと山歩きの違いを実感した。

Kogesawa3

小下沢野営場跡からザリクボを分けて、ふたたび沢に入って歩き続けた。樹林の繁茂状態が激しくなり、枝や葉を掻き分けながらの遡行である。やがて視界が開けたら、流れが徐々に激しさを増す沢を登っていく。上流に向かうにつれ、滝状になっている箇所が増えていった。落差は1メートルくらいのものだが、水流の激しさに、びくびくしながら其れ等をパスしていった。

切り立った崖に挟まれた沢が蛇行して、白い飛沫を上げながら流れている。遥か前方に、苔むした堰堤が見えた。猛烈な勢いで瀑布を演出している。此れは無理だろう。kz氏が云う。右岸から山肌に張り付くようにして、迂回して登って行くことになった。高捲きである。慎重に進むが、堰堤を越えた頃になると、足元が覚束無くなり、次の一歩が踏み出せなくなった。眼下には遠く川の流れが見えた。滑落したら、只では済まない。沢を無心に歩き続けていたから、高所にいる感覚が唐突にやってきたような気がした。

柔らかい感触の沢靴で、崩壊しそうな山肌の土を蹴りこみながら、随分時間を掛けて、漸く沢に復帰した。神経を遣って疲弊し、やや惰性のような感じで遡行を続けたが、渓流は遡るにつれて急流の様相を呈して来ていた。併行する林道は遥か高い処を走っているようで、目の前に広がる風景が、渓谷らしくなってきた。巨大な岩崖が、尖塔のように聳えている。突き出た岩崖を縫うようにして、沢が流れている。昔、八王子城から、此処迄矢が飛んできたと謂う伝説があって、此の辺りは矢淵と呼ばれているんだよ。kz氏が解説して呉れる。

小ぶりな滝が連続し、其の淵が豊潤なまでに水を湛えている。飛沫を上げながら遡行を続けた。そして、いよいよ逆沢が合流する地点に辿り着いた。此処迄の道程は云わばウォーミング・アップで、沢登りの醍醐味は滝を溯ることである。我々は、逆沢ノ滝へ向かう前に林道に上がり、食事の休憩をとることにした。

Sasazawafall

小下沢に注ぐ支流が、上流の方向に落ちているから逆沢と云うのだと、kz氏が教えて呉れた。其の沢に分け入って行くと、程無く滝が見えてきた。凄い水量だ、kz氏が叫ぶ。滝は何段も続いているそうだが、とにかく目の前の一ノ滝を登ることになった。ザックを置いて、kz氏が、お手本を見せて呉れる。惚れ惚れする程、躊躇なく岩を掴み、登って行く。滝の上に立ったkz氏の姿が、大きな岩の向こうに消えていった。

左手の山肌に張られたロープを伝って、kz氏が戻ってきた。いよいよ私の番である。ザックを置いて登るように云われた。そうするとまた戻ってこなければなりませんが。私が尋ねた。此の水量では先迄行くのは危険なので、今日はこの一段目を登る練習だけにしましょう。kz氏が云った。私は少し安堵しながら、空身になった。

滝の下に立って、岩崖を見つめた。先程のお手本の残像が脳裏に浮かぶ。岩の僅かな突起に足を掛けて、二歩、三歩と登る。そして、滝の流れの中央に在る岩の突起を掴もうとした。水温は、あっと叫びそうになるくらい、冷たかった。其れで、私の体の動きが、止まってしまった。お手本通りに、滝の真ん中の岩に、足を掛けるための、もう一点が確保できない。

上に在る木の枝を掴め。そうkz氏は云うが、動転していて、どの枝も体重を預けられるような堅牢さが無いような気がした。滝の真ん中で、私は暫く停滞した。やっとのことで、次の一歩を出して、滝の真ん中に立った。お手本では、次のステップを滝の反対側に大きく跨いでいく感じだった。しかし、なかなか三点を確保することが出来ない。胸が早鐘を打っている、本当にそう感じた。暫く停滞して、結局は滝の中に片手を突っ込み、岩を掴むことで、対岸へと体重を移動することができたのだった。掴んだ岩を確信する決心が、なかなかできない。其れが問題の核心であるような、そんな気がした。

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小下沢に戻り、更に遡行を続けると、程無くして小さな滝が現われた。釜と呼んで差し支えないような、大きな淵が深い緑色に染まっている。滝の其の向こうに、更に大きな滝が濠音を立てていた。最初の滝の、左岸の岩壁に手を掛けて、ゆっくりと登った。登りきったら、いよいよ最後の大滝である。此処迄、kz氏の後をついて遡行してきたが、さあ行ってみよう、kz氏に背中を押されて、私が最初に大きな淵へ、突入することになった。

左岸、滝の右側にせり出している岩崖に向かって淵の中を進んで行くと、突然、腰まで浸かるくらい川底が深くなっていた。思わず叫び声をあげた。崖の下に辿り着いて、岩の上に立った。岩の抉れた部分を探して、足を掛けていかなければならないが、やはり躊躇してしまい、暫く佇んでから、意を決して、登り始めた。真ん中辺り迄登ると、自然に、滝から遠ざかるような方向に、手掛かりを探して登って行った。そっちじゃないよ、kz氏が叫んでいるが、身体が云うことを聞いて呉れない。滝よりも傾斜のきつい岩崖を、結局は登り詰めてしまった。

kz氏が続いて登りきった。ふたりで固い握手を交わす。達成感で胸が一杯だった。途中から滝の方を上がれば楽だったのに、kz氏が云った。水流から、反射的に遠ざかってしまうと謂う、恐怖心がそうさせてしまう、私は改めて思った。

林道に上がり、滝を見下ろした。釜に落ちる水の飛沫が美しかった。其れで気力が漲ってきたような気がした。kz氏を残して、空身でもう一回、滝登りを試みることにした。一段目の淵に降り立ち、大滝の傍に着いて、林道を見上げたら、kz氏が手を振っている。私は、改めて釜に腰まで浸かって滝壺に向かった。滝の途中から、思い切って滝の中の岩を掴んで、水流の上に立った。緩やかな傾斜の滝を登るのは、容易だった。

Kogesawa5

ふたたび林道に戻り、沢靴と靴下を履き替えた。何とも云えない疲労感に、全身が覆われていた。子供の頃の、プールの帰りに感じたような疲労感に似ている。子供の頃、夏休みには母親の生家の田舎に行った。従兄弟たちと、川に入って泳ぎ、遊んだ記憶が思い浮かんだ。帰り道、山沿いの砂利道は、照りつける太陽の光で眩しく、そして辺りには噎せるようなくらい、草木の匂いが立ち込めていた。

小下沢林道の地べたに座り込んだ儘、ふと、そんな記憶が蘇ってきた。苔蒸した岩の匂い、何処迄も覆われた樹木の葉の匂いを、川風が運んでくる。思い出が、五感によって想起されてくる。其れが、何とも云えず、嬉しかった。

付記

林道に上がったら既に五時間以上も経過していた。小仏峠で「登山詳細図」の世話人氏に合流するのは不可能な時刻になっていたから、其の後は、逆沢林道から逆沢ノ頭に登り、帰途はヤゴ沢ルートで小仏バス停に向かった。小下沢を歩くだけだから、遅めに出発しましょうなどと提案した、自分の浅墓さが露見した恰好である。kz氏に、すみません、沢を舐めてましたと、冗談交じりに云った。kz氏は、そうだよ、舐めてるよお、と、嬉しそうに云った。

別記

kz氏の「悠遊趣味」、画像付き山日記No.668「堂所山6」の項で、小下沢遡行、逆沢ノ滝を登る記録が詳しく記されています。初めて沢登りをする私に、手解きをして戴きましたが、彼が充分な経験を積んでいた上で、コースを案内して戴いたということが、よく解ります。言葉だけではとても表現できない感謝の意を、記すばかりです。

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コメント

沢は熟練者と一緒でないと行けませんね。
分からないことだらけです。
でも分からないからもっと知りたくなるのですけど。(^^)

そうですね。
怖いけど愉しい。
その衝動の行方がちょっと気に掛かってしまいますね。

とりあえず8の字に結びながら次の沢行きに思いを馳せましょう(笑(

うわ!宣伝してくれてありがとう。

沢登りが好きになってくれたみたいで連れて行ったかいがあります。

一人の沢登りも楽しかったけど、同じルートを友と歩くのもまた別の楽しさがありました。

七目さんがすげー興奮して感動しまくっているのが伝わって来て、嬉しかったっす~。

いつも、見下ろしていた沢がルートになるっていうのは、衝撃的です。小下沢林道を歩くたびに、「あ~あの滝を登ったし、この淵も浸かったなあ」と思います。

コメント遅くなってしまいすんませんした~。(*^▽^*)ゞ

いやはや。伝播力が無いので宣伝には殆どなってないので恐縮です。

この年齢になって、初めてのことに興奮して感動できるっていうのは、なんとも不思議な気分です。

次に小下沢林道を歩いたら、感慨深いでしょうね。

今夏の目標は、来年にとっておきます。ぜひお付き合いお願いします。

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