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井戸沢尾根からトバノ岩山、そして天地山の彷徨。(後編)

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天地山の彷徨と云っても、天地山の圏内で彷徨っていたわけではなく、鋸尾根からの分岐点から違う尾根に下りていってしまっただけの話である。看板に偽り有りのようだが、冷静になって地図を眺めていたら、迷い込んだ尾根の落ちる先に流れる谷は、どうやら天地沢と謂うようであったから、あながち間違いではない。そんな気もする。

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2013/5/26

白丸駅(9:00)---海沢園地---ネジレの滝---930m圏峰(11:50)---トバノ岩山(12:50)--- 鋸山---道標分岐---東尾根に入り標高800mで引き返す(14:40)---道標分岐---鋸尾根---愛宕山---奥多摩駅(17:30)

薄曇になってきた午後の登山道に歩を進めた。人影は疎らだった。左手には御前山の姿が、茫洋とした感じで樹間から窺えた。大ダワへの分岐を越えて、鋸山への急な傾斜に差し掛かった頃から、麓の方で激しい打ち込み音楽が鳴り続けているのが聞こえた。其れが何時迄も止まないので耳に障った。鋸山林道の辺りで、大麻集会でも開催されているのだろうか。由々しき事である。そんな莫迦げた想像をしながら、存外に厳しい露岩の傾斜を縫って、鋸山に到達した。人の多い頂上を早々に立ち去る。気持ちに少々余裕を欠いた儘、鋸尾根を下っていった。程無く、天地山への分岐である道標の箇所に着いた。

道標の東側には「行き止まり」と記してある。其処へ入り込む。東京多摩学園から天地山に登った時は、此処に抜け出て来たのだ。私は勝手知ったる道とでも云うように、支尾根の入口に向かった。境界標石が在る処から、尾根が延びているのを見て、疑問も無く進入していった。緩やかに、雑木林に囲まれた尾根が続いている。私は、軽快にステップを踏んで、降りて行った。

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程無く、真新しい境界標石が道の真ん中に設えてあった。天地山から登り返して来たのは初冬の頃で、雪で覆われていたから、此の尾根の記憶は無いに等しい。そう思って、険しい傾斜を下り続けた。勾配が急になり、周囲を見渡すと、左手に尾根が延びている。捲いていく踏跡らしきものがあり、其処を辿る。コンパスは北東を指している。方角は合っている。そう思った。

尾根は倒木と繁茂した草木に覆われて、傾斜も厳しくなってきた。こんなに不明瞭なルートだったかと不安になるが、少しずつ進むと、ふたたび刈り払われた歩き易い道になり、また同じような境界標石が在った。随分降下してきたように思うが、先を見ると尾根は下り続けている。私は未だ、自分の間違いに気づかないでいた。

其処からは、尋常ではない傾斜を、木に摑まりながら、慎重に降りていく。こんなにも下るものだろうか。眼下に何処迄も続いている傾斜を見て、漸く異常に気づいた。立ち止まると、其の途端、遠くから沢の流れる音が聞こえてきた。夢中で降りて来たので、地図は見ていたが、高度計を見ていなかった。高度計は、標高800mを示していた。

絶望感に我を失いそうになった。天地山へ至る途上の鞍部は、凡そ900m強の地点である。違う尾根に入り、下り続けていたのだと、今頃気づいたのだった。樹林に覆われた尾根の上からは、周囲は窺えない。一体自分は何処に居るのだと謂う想念は、次第に恐慌に変わっていく。全身が虚脱していく、そんな感じだった。

抛っておくと、神経を失いそうな程に落胆してしまう。私は、来た方角を振り返って仰ぎ見た。尾根は無表情に高く聳えていた。考えることをやめて、私は急勾配を登り始めた。太腿が小刻みに、ぷるぷると震えているような気がした。口惜しい、と、思わず呟いた。鋸尾根から天地山の方角、其れは北東だった。其れだけの理由で、コンパスを見て自分の歩いている道が正しいと確信してしまった。自分が腹立たしかった。現在地を確定しないで方角だけを頼りに、別の尾根を下り続けていたのだ。

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勾配は異様な程急激だった。縦横に重なり合って繁茂する樹木を掴みながら、一心不乱に登り続けた。そして、漸く緩やかな地点に辿り着いた。其れでも断続的に、傾斜は続いていた。心が折れそうになりながらも息を整えて、直ぐに歩き出した。右手に、北東方向に微かながら、樹間から風景を察知できることに気づいた。遠くに大きな尾根が聳えている。鋸尾根に違いない壮大な壁の稜線だった。視線をゆっくりと右に移動して、樹葉の合間を凝視した。独立して盛り上がる塊が窺えた。黄緑色の海坊主みたいな、天地山の姿だった。

本来の尾根から南側の、別の尾根に居ると謂うことが、それで認識できた。高度計を見ると、未だ五十メートル程登り返しているに過ぎないことを認識した。絶え間なく続く傾斜に足を踏みしめて、息も絶え絶えに登り続ける。恥ずかしい、そう呟いた。読図能力を磨いてきたと謂う自負を、疑念も無く抱いていた。尾根は降下するに連れて派生して分岐する。等高線を見れば判ることだった。鋸尾根からの分岐で、全く慎重さを欠き、盲信した方角に歩を進め、そして違う尾根を下り続けていたのだ。

境界標石が現われた。高度計は900mを示していた。鋸尾根迄、あと高度二百メートルを登らなければならない。よくも此れ程盲目的に降りてきたものだと、自嘲した。涸ら涸らになった喉に、飲料を流し込んだ。南面の谷が陽射しを浴びて、燃えるような新緑の色を拡散している。私は、対照的な迄に薄暗い尾根の途上で、茫然と行く手の方角を仰ぎ見た。私は、機械的な足取りで、無為に歩き続けていた。

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最初に通過した境界標石に辿り着き、漸く安堵して、煙草に火を点けた。時刻は午後三時を過ぎていた。陽は長い。落日迄は充分に時間がある。口惜しさと羞恥で、私は此れからでも天地山に向かってみるか、そんな気持ちになっていた。そうして、ゆっくりと来た道を戻って行った。漸く尾根を登り詰めて、最初の分岐の境界標石に戻った。本来の行くべき尾根に向かう方角の処に細い木が在って、赤い紐が結んであるのが見えた。何故此れが見えなかったのか。私はぼんやりと、そう思った。其の傍らに少し太い木が在って、其の幹に、誰かが刻んだ、天地、と謂う文字を見て、愕然とした。

私は其の場で嘆息し、落胆した。崩れ落ちそうな気持ちだった。懇切丁寧に、天地山はこっちだよと、書いてあるのだった。奇妙な興奮状態が、其の瞬間に溶解した。もう帰ろう。私は道標に引き返した。鋸尾根の登山道は、すっかり人影が消え失せていた。足取りも重く、緩慢な歩調で下山の途に就いた。

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鋸尾根を少し下った処に三角点が在る。此の標高1046.7mの地点を、天地山とする説もあれば、鋸山と云う説もある。後者は宮内敏雄の名著『奥多摩』で、其れに拠れば、現況の鋸山に在る露岩記号を天地の割れ石などと呼んでいるのだから、と謂う理由で此処が天地山であり、鋸山とは、天地山(現況の鋸山)から登計へと続く山稜の総称なのだと説いている。

天地の割れ石と、何の文献か地図がそう読んでいるのかは浅学で知る術が無いのだが、天地沢の詰めた鞍部は現況の鋸山に近いから、頷けるような気がする。天地沢左岸の尾根を彷徨ってきたばかりの私は、三角点の傍から東に垣間見える標高981mの天地山を眺めた。

黄緑色は、いつしか陽の影になって深い緑色になっていた。其れはユーモラスな程にぽっかりと浮かんでいる端正な山であった。私は、また今度来るから、と心の中で呟いて、溜息をつきながら、ふたたび歩き始めた。

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